ぴょんぴょんうさぎ
とうとうCNPに繋がりそうだ。どうやって阻止する?
「おい、やめとけよ」
オレが阻止するまでもなく、隣に立つの男性がCNPを指した紳士の袖を引っ張って小声で諫めた。
「あの方がどうかしたんですか?」
ここぞとばかりにねぎまが尋ねる。聞かれた男性の視線が、ふっとねぎまの胸元に落ちたのをオレは見逃さなかった。こんな堅い話をする紳士まで。本能って悲し。
「いや、ま、恐い人とでも言っておこうか」
質問から逃れたそうな紳士を捕えるねぎまの視線。カマをかけるねぎま。
「あっちの世界の人だったりして。うふ」
「……だよ。暴力団の金を転がしてるらしい。君達が関わっちゃいけない」
やっぱり。それだけ分かったら、もう充分だろ。かつての憧れの人の堕ちた姿ってのは、女の子にとって辛いものなんだろうか。オレはももしおの顔を見た。ん? 頬が赤い。目がとろんとしている。CNPに見とれるてる? そんなに枯れた中年のおっさんがいいのか?
そのとき「時間でーす。そろそろ2次会に行きましょう」と幹事らしき人がみんなに声をかけていた。
「君達も2次会行くかい?」
「いえ、未成年なんで帰ります」
設定は大学1年生。19歳の未成年。丁重にお断りした。
「じゃ」
「ありがとうございました」
「アメリカ株も勉強します」
「気をつけて」
会計が終わっていることを知ったねぎまは、慌てて「いくらだった?」と聞いてきた。答えねーし。
「そんな、私たちも同じだけ飲んで食べたんだから払わせて」
「気にするなって」
「ねぎまちゃん、いいかっこさせてよ」
ちょっとしつこかったけど、ようやく諦めた。代わりに「何か考える」のだそうな。そっちが楽しみになってくる。また、一緒にどっか出かけられるってことじゃん。
店を出て階段を下りているとき、CNPが出てきた。2次会のへ行くメンバーに手を振っていた。
「キャビア美味しかったですっ。カシスのケーキも大人の甘さですっ」
ももしおのが敬礼している。様子がおかしい。
「ひょっとして酔っぱらってない?」
「ももしおちゃん、何か飲んだ?」
「甘いジュース。美味しーの。色んなジュース飲んじゃったー」
3人で顔を見合わせる。ももしおの息からは間違いなくアルコール臭。コメカブクラブの料理と酒にまで手をつけるなよ。エチケットだろ。
「まあ、歩けるし、問題ないんじゃねーの。家に帰るまでに冷めるだろ」
問題あった。
「CNPさん! ファンでありまっす」
大問題だ。ももしおは、デカい声でCNPに敬礼しやがった。酔っぱらってても聞いてただろ。暴力団の金転がしてるって。
「え? 古いネーム知ってるね」
くるっとこっちを振り向いたCNPは驚いた顔。そして。
「あれ? 同じマンション? 君、横浜に住んでる?」
CNPはミナトとぶつかったことを覚えていた。
「はい」
「***ってマンションで、この間ぶつかって」
「あ、あの時の。すみませんでした」
しらじらしいミナト。ポケットに勝手に入れられたスマホの持ち主とはバレていなさそう。
「こっちこそ。派手に転ばしちゃったけど、大丈夫だった?」
「大丈夫です」
「君らもコメカブクラブ?」
「いえ、たまたま同じ店にいたんです。そしたらこいつが、そっちに乱入しちゃって」
説明が苦しいぜ。ももしおのせいにしておこう。ホントは乱入第1号はねぎまだろうが。
「CNPさん、もう日本株はやってないんですか?」
触れるなーっ、ももしお。
「んー。まあ、どーかな。個人的には米国株かな。はは」
あ"-聞いちまった。つまり、自分はアメリカ株、暴力団の資金は日本株ってことじゃね?
「私ぃ」
「おっと、危ないよ。階段に気をつけて」
CNPに気を取られ、危うく階段を踏み外しそうなももしおの腰をCNPが抱きとめる。大人。いや、おっさん。父親よりちょい若いって程度。佐々木蔵之介と田辺誠一を足したような感じ。
「きゃっ。ありがとーございますっ」
照れたももしおは、ぴょんぴょんと階段を1段飛ばして降りていく。酔っぱらってるんだから大人しくして欲しい。慌ててねぎまが追いかけている。
「ははは。ぴょんぴょんとうさぎみたいだね」
CNPにそう言われると、ももしおはたたたたっと階段を駆け上がってきた。
「うさぎです。『ぴょんぴょんうさぎ』です。覚えてますか?」
ももしおはCNPの1段下にぴったりと立って、じーっとCNPの顔を見つめた。
「え? うさぎちゃん? ネットでときどきやりとりしてた『ぴょんぴょんうさぎ』?」
「はい」
「だって、何年も前なんて君、子供だろ?」
「子供でした。もう大人です」
ももしお、完璧未成年だろ。
「ホントにうさぎちゃん? 1段飛ばしで板に注文入れてくる」
「はい。CNPさんが来てた銘柄、今でも覚えてます。**HD、**産業、**クス」
「本物じゃん。株やってたなんて、学校どーしてた?」
「夏休みとか春休みとかずる休みとかです」
おいぃぃぃ。
「そっかぁ。子供だとは思わなかったよ」
「母の口座で遊んでました。CNPさんのブログはバイブルでしたっ」
ももしおがまたまた敬礼する。
「はは。バイブルって」
「仕掛けて、投げさせて、ばーんと刈り取って、勝負して」
「懐かしいなぁ」
「私、決算発表でコケたときとか、高値掴みしたとき、CNPさんにメールでテクニック教えてもらって励ましてもらいました。フィボナッチ、MACD、使ってます」
何言ってんのかさっぱり分からん。
「だったねぇ。最近、マザーズ行ってないなぁ。うさぎちゃんは今も?」
「はい」
「だったら気をつけな。もうすぐでかいのが来る」
「え」
「最近上がり過ぎてる。10年単位の暴落がそろそろ来るころだしね。政権が揺れて来てるし中東の代理戦争も心配だ。VIX指数も上がってるし、中長期の金利差が近づいてる。でかいのじゃなくても、調整くらいはあるだろうから」
何語?
「その時は逃げます」
「マザーズでぴょんぴょん遊んでても気をつけてるんだよ」
「はい」
「心配だよ、おじさんは」
「CNPさんはおじさんじゃありませんっ」
ももしおが真剣な瞳で訴える。
「終わった人間だよ」
その言葉は妙な響きを放った。
「終わってなんかいません。CNPさん、またいろんなこと教えてください。CNPさんのいる板をまた見たいんです。ブログなくなっちゃって、ツイッターもなくって。私、私」
ももしおが泣きそうな顔をする。そんなに尊敬してたのか。
「ありがと。動かす資金が大きいと、マザーズや小型株じゃ捌けないんだ」
それって……大きな資金って暴力団のってことじゃねーの?
「もうデイトレはしないんですか?」
「たぶんね。勝負の相手が人間じゃなくなってる。AIが株の売買するようになったときに値動きが激しい小型株で勝てなくなった。相場で生き残るのは難しい。がんばりな、うさぎちゃん」
「また前みたいにメッセージ交換したいです。LINE交換してください」
出たー。逆ナン。ももしお、これ以上近づくなって。
「こいつ酔っぱらってるんで」
と、止めに入ったオレは「邪魔」とももしおに階段から突き落とされそうになった。あぶねー。
「さあ、CNPさん、ふりふり登録を!」
「そうだね。もうアドバイスはできないだろうけど、暴落のビッグウエーブのときに知らせるよ」
「やったー」
なんだかサーフィンみたいな話をしてる。暴落って喜ぶものじゃないんじゃね? 株のこと知らなくても、それくらいは分かる。ももしおは、嬉しそうにぴょんとまた1段飛ばしで階段を下りた。
「君達も暴落のときは、上手く逃げて生き延びな」
「「「はい」」」
株もやっていないのに返事をする3人。LINE登録を済ませたCNPは歩測を速めた。流石に20歳程度離れた若者と一緒に歩く気はなさそう。
「CNPさん、絶対絶対連絡ください。私、CNPさんみたいになりたいんですっ」
ももしおは、CNPの背中に向かって叫んだ。道行く人が、スマホを持った両手を胸に当てる直立不動の超絶美少女を振り返っていく。
「オレみたいになっちゃいけないよ。うさぎちゃん」
CNPは背中を向けたまま、左腕を軽く挙げてダルそうに手を振り、去っていった。
ももしおは、しばらくぼーっとその場に立ち尽くていた。
「シオリン」
「おい、ももしお、LINEブロックしろ」
「ももしおちゃん、大胆」
「ステキ…… ♡_♡ 」
酔っ払いめ。完全にノックアウトされたらしい。あんなおっさんに。
「シオリン、関わらない方がいいのに」
「でもでもでも、ステキすぎ。大人。ニヒル。哀愁。影のある色気」
そっか? 人生に疲れたおっさんって印象。ところで、不思議なことがある。
「ももしおとねぎまってさ、石爺を助けようとした日、CNPに顔見られたんじゃね? なのに、全然気づいてなかったよな」
「どうしてなんだろ。私達がお化粧して、私服だったから分かんなかったとか」
いやいや、2人みたいな超絶美少女、お化粧しても雰囲気が変わっただけ。
「そんなに違うっけ?」
「ちょっと、宗哲君」
「宗哲クン、私たちにケンカ売ってんの?」
「いえ、滅相もない」
「なあ、ちょっと休憩してかね?」
ミナトがももしおを見て心配した。
「だよな。酔いさまさせよーぜ」
「電車で吐いちゃったら困るもんね」
あれだけ株の話をできたんだから、ももしおの酔いはすぐに冷めるだろう。
恵比寿駅西口の広場。週末でお洒落な人が行き交っていた。
みなとみらいほど人工的じゃなく、渋谷よりも大人っぽく、横浜駅西口とは全く違う。石爺が似合わない街。ま、石爺は横浜駅西口でも浮いてたかも。




