タワマン
CNPを尾行ねぇ。怖っ。
石爺の場合はさ、じーさんだから例えは取っ組み合いしたら簡単に勝てそうだったんだよ。石爺は攻撃的な雰囲気は皆無だから、大丈夫だったんだけど。でもなー。CNPは普通に大人の男性。オレの身長は高い方ってくらいで、体格はCNPと互角。もしCNPがケンカ慣れしてたら、兄とケンカすらしたことがないオレはこてんぱん。
オレの心配をよそに、チャンスは2日後にやってきた。
部活が終わった後の4時ごろ、先日、張り込みした場所でぐだぐだとどーでもいいことを喋っていると、CNPが歩いてきた。至近距離で顔を見られたことがあるももしお×ねぎまをミナトとオレの体の陰に隠した。CNPがオレの背後を通り過ぎて行った。やや離れてから尾行開始。
CNPはぶらぶらと歩き、ふと立ち止まり、建物の方をしばらく眺めていた。そして再び歩き始める。
「あそこになんかあるわけ?」
「なんだろな」
その建物の前を通りかかったとき、証券会社だと分かった。もう営業が終わった証券会社のウインドウには、企業名、株価、その他、よく分からない数字が並んでいた。
「ステキ♡ やっぱCNPさん、株のこと忘れてないんだ」
ももしおが萌えていた。萌えポイントが理解不能。
電光掲示板には「日本国債の日銀消却法案」という文字があった。日本の国債ってGDPの200%を余裕で越えてるんじゃなかったけ? まあ、学校の異様な国家予算の円グラフを眺めたことがあるだけで、どーでもいい話だけどさ。
CNPはどんどん進んで横浜駅に入って行く。
「電車乗るんかな?」
「何線だろ。相鉄線以外だったら、オレ、パスモチャージしないと」
「オレら追いかけるから、もし乗り遅れたらスマホで知らせる」
「ミナト、頼んだ」
他の3人は電車にすいすい乗られる状態らしい。
横浜駅の西の外れの相鉄線は4人で張り込みをしていた通りのすぐ近くに改札口がある。その近くを迷いなく突っ切ったから、相鉄線ではないということ。CNPが東横線とみなとみらい線の改札へ入って行った。急いでパスモにチャージ。
走って追いかける。どっち。
ぶぶー
ミナト『みなとみらい線、中華街方面』
サインインしないままの画面に表示されたLINEのメッセージを見てばたばたと走る。
♪~♪~♪~♪~
出発メロディが構内に響く。目を凝らせば、遠くにひょこっ背の高いミナトの頭が電車に乗るところが見えた。
『オレも乗った』
メッセージを返す。そして電車内を歩いて3人が乗っている車両を目指した。歩いているうちに「新高島」で停車。すっげー短い区間。人をかき分け歩いていると即「みなとみらい」で停車。
ぶぶー
ミナト『下りた』
おっと。合流すらできてねー。どんだけ短い区間だよ。
駅のホームでは観光客の中国語や韓国語が聞こえる。人波の中を目で探す。えーっと、アイツらはっと。と、と。CNPが歩いてきてすれ違った。先日、オレは顔を見られていなかったらしい。セーフ。
「行こ」
ももしおがCNPの行く方へ歩いて行く。観光地で人だらけ。そしてまだ明るい。安全。
ぶらぶらと4人並んで後をつける。徐々に賑やかな場所から離れる。
「どこ行くんだろ」
なんかさ、港の倉庫とかだったら恐いじゃん。倉庫はなさそうだけどさ。
CNPは数分歩くと背の高いビルに入った。
「マンション? アイツ、ここに住んでんのかな?」
そう言うオレの横で、ミナトはスーッとマンションに入ろうとする。
「オレ、鍵ある」
「「「え?」」」
訳が分からずミナトに続くと、ミナトはカードをセキュリティ装置にかざして開錠。
「かっけー」
「ミナト君ちってこのマンションなの?」
「すっごい偶然だね」
管理人に「こんにちは」と挨拶をしてミナトはエレベーターの方に視線を送った。十数メートル前を歩いていたCNPの姿は既にない。
しーっと人差指を鼻の前で立てて、ミナトは動き出しているエレベーターがどの階で停まるかを見ていた。27階。
「乗ろっか」
エレベーターに乗り込むとミナトはカードキーをかざした。そして、27階と29階を押す。
「オレんちってゆーか、オレんとこのマンション。人に貸してたんだけどさ、6月から開いてんだ。半端じゃん。6月って。それにさ、地価と一緒にマンションの家賃が上がって、借り手がいないんだよ。ま、オレにとっちゃラッキー」
「すっげー。セカンドハウスかよ」
「ミナト君とこは何階?」
「29階。みなとみらいの花火見えるらしいよ。人に貸してたから見てねーけど」
「きゃーステキ。ミナト君のカノジョになったら、マンションがついてくるの?!」
「シオリン、その言い方、ミナト君に失礼」
「借り手がいない今だけ」
「バド部のLINEで回していい?」
「アホか。そんな女の子とつき合ったら、花火の後捨てられるじゃん。勘弁して」
「ははは。ミナト、もう捨てられるの嫌だよな」
「うるせーよ、宗哲。取り敢えずカノジョできてから言えよ」
「さーせん」
「あ、さっきのヤツの本名は?」
「黒岩」
27階。恐らく監視カメラもあるとのこと。4人でうろうろすると怪しすぎるので、ミナトだけがフロアを歩いて戻って来た。
「半分くらい表札出てねーから、どの部屋なのかさっぱり分かんねー。とりあえず、オレんとこ行こ」
「うぃぃぃ」
29階。カードキーで開錠して部屋に入ると、全てがセレブ空間だった。
「前の人、家具置いてってくれたんだよ。普通に暮らせるし」
「すっげー。ミナト、男テニで集まろうぜ」
「んー。そこまではムリ。部室と同じように使われたら借り手いなくなるって」
「そっか」
ボロイ部室ではやりたい放題。焼肉、鍋、おでん、タコパ。鉄板やガスコンロは代々、駅伝の襷のように受け継がれている。部室は、コーラを噴射させて遊んだ痕、アイロン型の焦げた焼き印、うっかりロッカーを倒して開いた穴など、不思議空間になっている。
こーゆー部屋あったらいいよな。特にカノジョがいたらさ、2人っきりになれるじゃん。聞いてみよう。
「あのさ、カノジョとここ来た?」
こそっとミナトにだけ聞こえるように。
「まぁ」
だよなー。そっか。ミナトって。たぶん「脱」してんだろな。元々カノは2コも年上だったもんな。ん? 6月まではこの部屋は開いてなかったんだから、ここでの相手は園田さん。考えるな、オレ。くっそう、邪なフィルターがかかって、高級感ある家具やらなんやらがいやらしく見えてしまう。
ミナトに勧められ、ソファに腰を下ろす。
ふかぁ
いいソファ。体が埋まってくじゃん。現場だったりして。ミナトと園田さんの。あかん。考えるな。
L字型のソファと1人掛けの大きな椅子が1つ。1人掛けに主のミナトが座り、Lの長い方にももしお×ねぎま、Lの短い方にオレが座った。
またまたももしおは、自然な角度で足を揃えずに座る。どうにかしてくれ。
「悪い、水くらいしか出せなくて」
ミナトはプラスチックのコップに入った水を出してくれた。氷入り。ありがたい。
「おー。氷も入ってっじゃん」
「オレ、しょっちゅうここに来てるから。氷は新しいから安心して」
「そんなん、気にしなかった。去年のでも大丈夫なんじゃない?」
ももしおは細かいことを気にしないタイプらしい。
「1週間前の」
「あらら。1週間前にはまだつき合ってたんだ?」
ももしお、傷口に触れるなよ。やめたげて。
「あー。まあ」
「へー。あ、長い髪が落ちてる、って冗談」
「シオリン」
「ごめんなさい」
ねぎまに窘められたももしおは、反省している。
「昼間は大丈夫だけどさ、枕を濡らす程度には、まだ立ち直ってないんだわ。オレ」
ミナトの乾いた笑いが聞こえる。
「友達紹介しよっか? それとも合コンがいい?」
ももしおは嬉々とした表情。「枕を濡らす」って聞いてなかったのかよ。こいつ、恋愛方面ぜんぜんわかってねーな。
「ももしおちゃん、そーゆーときは『私じゃダメかな』って言うのが正解かな?」
恋愛上級者のミナトの言葉に、ぱっとももしおが頬を染める。
「ゆーわけないじゃん」
恥ずかしいからかももしおはソファの上に足を乗っけて体操座り。
「シオリン。脚」
「ももしお、パンツ見えてっぞ」
角度的にばっちり目に入ってしまったオレは、指摘せずにはいられない。一応ももしおは、脚をソファから下ろして揃えた。
「うるさいなー、見せパンだからいーの」
「よくねーし」
妹で免疫があるとはいえ、目のやり場に困る。
「で、シオリン、どうするの? CNPさんは、ここに住んでるのかもしれないし、ひょっとしたら事務所かなんかがあるのかもしれない」
「5時半かぁ。ね、ミナト君、このマンションってロビーある?」
「あるよ。玄関を出入りする人、見えるし」
ロビーでCNPが出てくるのを張り込みしたいらしい。
「そろそろ暗くなってっけど。暗くなったら尾行はなしだからな」
念を押すオレ。




