1 夫婦喧嘩のはじまり
場の雰囲気がピリピリしてきた。
嫁さんは苛立たしげにカツカツと指をテーブルに打ち付けている。
俺は腕組みをして嘆息する。
俺のため息に嫁さんは綺麗に整っている眉を片方ぴくりとさせた。
「若くないからって言い訳して、本当は私との子供が欲しく無いんでしょ?そうなんでしょ?」
「んん?」
流石にカチンときた。
俺はちゃんと説明しているだろ。歳には逆らえないんだ。しょうがないことなんだよ。
「俺は人間だ。嫁さんとは時間の流れが違う。それはわかってるだろ?」
「ええ。それが?」
「わからない奴だな!俺は無力なジジイなっちまったんだよ!」
ドン、と鳴りテーブルが悲鳴をあげる。俺はテーブルに落とした拳を見つめ、やはり若い頃よりか細くなっていて、それがまた俺を苛立たせる。
そして無性に悲しくなってきた。
ちらりと嫁さんを見る。嫁さんは俺が若い頃と同じ姿で、衰えなぞ知ったことかとどこ吹く風だ。
それも俺には悲しくて悔しくて眩しくて愛しくて、いろんな感情が溢れ出してきてしまった。
「…嫁さんが羨ましいよ」
「そう」
「…俺も出来るなら英雄になって嫁さんと子供を作りたい」
「そう」
「…でも──」
溢れだした感情は涙となって俺から流れ出した。
「──俺にはもう出来ないんだよ…」
俺はそう言葉に出した後、寝室である二階に向かった。
それきり嫁さんは家を出て行き、家はおろか村でさえ見なくなった。