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降魔の系譜  作者: 凡仙狼のpeco
《七殺》の久遠〜日本国警視庁降魔課の男〜
25/26

カマイタチ(吽)


 ーーー(うしとら)金神(こんじん)が有する概念の中に『金神七殺(こんじんななさつ)』と呼ばれるものがある。


 金神の在する方位そのものが凶とされ、これを侵すと家族7人、親類縁者が存在しない場合は隣人まで、必ず7に至るまで人が死ぬと言われる概念である。


 妖魔に縁者はない。

 故に『金神七殺』を受けた妖魔は、妖魔自身に内在する、天上道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の魂の六道を殺され、無間の奈落に堕ちると言われている。


 久遠の降ろした艮方に存在する金神は、日本という国土においては蝦夷(えみし)の守り神であり、かつては大陸で猛威を振るった悪神であり、蝦夷の住まう方位を守護する者として長く大和(やまと)に恐れられていた事で最凶と呼ばれるまでの力を持つ事となった。


 触らぬ神に祟りなし、はこの艮の金神に対する格言である。


 眠る内は害を為さない、しかし一度目覚めれば止める事の出来ない存在。

 その、自分自身の『分』を遥かに越える力を持つ神を、神器の力を借りて身に降ろした久遠に対して。


「人の身でありながラ、神を降ろしたのカ……」


 窮奇は危機感の滲む口調で言いながらも、引き攣るような笑い声を上げた。


「だガ、それ程に厳重な封じでハ、使える力は本来の力に対して微々たるもノ……」

「微々たるものかどうか、試してみればいい」


 久遠は足を踏み出し、浮かび上がる幻影……今は実体を伴う窮奇の牛面を見上げた。

 次いで仮面の下からチラリと、妖魔に繋がった東屋に目を向ける。


 まずは、宿主と妖魔の繋がりを断ち、除霊しなければならない。

 久遠は脇から自分に張り付いた封印符を一枚引き抜き、遮断の呪力を込めた。

 

「縛符結界.人身一魂.急急如律令」


 彼方との境界が薄れた場では、意思の力で概念を化身させる事が容易くなっている。

 久遠の呪に応えた縛符は、ゆらりと揺らめいて一本の古ぼけた刀に変化した。


「行くぞ」


 地面を蹴って一足飛びに窮奇の眼前に達した久遠は、右の拳を相手の顔面に叩き込んだ。

 自分の呪力のみを込めた一撃は窮奇を背後に吹き飛ばすが、それだけに止まる。


 金神の力が妖魔を通して宿主に到達してしまえば、彼のみでなく親類縁者までをも呪殺してしまう。

 久遠にとって金神の霊威を扱う事は、人殺しになるのと隣り合わせの状況だった。


 窮奇が怯んだ隙に着地した久遠は、即座に、動きを見せない東屋の体に繋がる窮奇の根元を狙った。

 抵抗する事すら許さず、二つの存在の繋がりを一息に縛符刀で断ち落とす。


 艮の金神を封じるほどの符を化身させた縛符刀の刃は、成り上がり如きで抗えるほど安くはない。

 ヴモオオオオオオオオッ! と牛のような苦鳴を上げた窮奇が、半透明な憑依状態から完全な実体へと変化した。


 妖魔を除霊された東屋は、そのまま糸が切れるように倒れる。

 頭だけは打たないよう、東屋を足先で受け止めて勢いを殺した久遠は、そのまま彼を背後に庇うようにして窮奇と対峙した。


 次は浄霊……この場合は滅殺と呼ぶべきかもしれないが、窮奇をただ引き剥がして除霊して結界を解くだけでは、再び宿主に取り憑く事ができる。

 窮奇を、完全にこの世から抹消する必要があった。


「人に害を為した事、後悔するがいい」

『グゥゥ……人の術師の忌々しきは、時を隔てても変わり映えのせぬ事よナ……』


 怨念が充ち満ちる声音で言いながら、窮奇は四つ足で立つように、吹き飛ばされて反った体を前に倒した。

 地面に触れた長い前足には力が掛かっておらず、すぐにも凶悪な両手の爪が振るえるように久遠に対して備えている。


 窮奇から立ち上る邪気によって空を黒い薄雲が覆い、月が赤く染まった。

 閑静な住宅街が、まるで幽鬼の住む廃墟であるかのように寂寥とした気配を感じさせるようになると共に、窮奇の周囲にだけ立ち込めていた生臭い冷気が風に乗って広がっていく。


『人に害を為す事こそ、我らが本意なリ……人どもが、そのように我らを『風』の内より産み落としたのであろうガ……』


 憎悪の内に納得がいかぬ気配を滲ませる窮奇に、久遠は心乱す事なく。

 縛符刀を符に戻して納め、黒い拳帯を巻いた両手を構えた。


「人は愚かであり、また臆病なものだ。暗闇に潜む怪異に名を授けて封じねば眠る事すら出来ない。……哀れとは思うが、見逃しはしない」


 久遠自身も、愚かだ。

 失いたくないものの為に……初めはただの任務として近づいた女性に本気で惚れた。


 美香の母親となる女性を守る事が、久遠の最初の任務だった。

 あの頃は自分がその父親となる事など、考えてすらいなかった。


 妖魔は人の心の闇の写し身だ。

 封じ、避ける為だけに名を与えられ、生を受けた存在。


 そんな存在を、美香に害を為すというただそれだけの理由で滅しようというのだから、なじられる事くらいは甘んじて受け入れる。

 妖魔とて望んで在る訳ではないのだと、真奈香と出会う事で人の心を得た久遠は理解していた。


 だが、彼は窮奇に己の内心は伝えない。

 ただ滅する為に右の拳を引いて半身となり、深く、腰を落とした。


(かしこ)み、畏み(かしこ)み、申し(たてまつ)る……」


 陰陽の技で封じられた艮の金神に、久遠は陰陽術による封じの結界に干渉して乱さないよう、古来神道の技を行使して力を借り受ける。

 全く異なる二つの呪術を行使して金神の力を扱う事が出来るからこそ、久遠はかつて麒麟児と呼ばれた。


「其はかつて蝦夷を守護せし金神。其は艮方にて深く眠り、眷属を見守る気高きもの。征夷(せいい)の脅威にすら滅びを避けて、なお強大なる御力を示せしものなり。其が憎むは我域を侵すもの。其が守るは己が眷属。其の甚大なる御力を以て大敵を(ほろぼ)さん。ーーー我が拳に、七殺の神威を」


 ぬるり、と胸の内で力の塊が(うごめ)き、かの存在からすればほんの(わず)かな力が、身の内を通って右の拳に宿る。

 熱を感じるほどの荒ぶる力を握りしめた拳で制御しながら、久遠は待った。


 ジリ、と窮奇が動く。


 相手に、逃げの選択肢はなかった。

 結界から抜ければ、窮奇は封じられた存在に戻る。


 そうなれば、宿主を失った今、久遠や降魔課に祓われるのを座して待つより他はないからだった。


『ヴモォオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 一際高く、おどろしく大気を震わせる咆哮と共に、窮奇が飛び掛かってくる。


 自分の倍以上ある巨体に対して、久遠はただ、足を前に踏み出し。

 頭上をすり抜けた窮奇の爪を避けて。


 その顔面に、無間地獄へと相手を突き落とす拳を、叩き込んだ。


「我、其の神威を以て穢れを(しい)さん」


 最凶の力が牙を剥き、窮奇の身の内を通り抜けた力が足元に奈落へ繋がる穴を開けた。


『ーーー!』


 断末魔すらなく、フ、と穴に呑まれて窮奇の存在が消失し、残った穴は瞬く間に閉じる。


悪鬼調伏(あっきちょうぶく)……」


 つぶやいた久遠は、『神降ろし』を解いた。

 無数の符と注連縄がひとりでにバッグへと収まり、久遠は仮面を外して拳帯を解く。


 その間に、久遠の気配が収まった事と窮奇の消滅を察知した叶が現れて、無言のまま首を傾げた。

 久遠もまたただ頷き返して、言葉もないままに仮面と拳帯を収めたバッグの口を締めてコンビニ袋を持ち上げると、自宅へと帰った。

 

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