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降魔の系譜  作者: 凡仙狼のpeco
《七殺》の久遠〜日本国警視庁降魔課の男〜
24/26

カマイタチ(阿)


「安易だったナ、仮面の術師……」


 東屋の輪郭が周囲と曖昧になり、靄がかった人形の頭上にゆっくりと伸び上がった巨大な幻影が久遠を見下ろした。


 牛のような頭部と体躯に、細身の刃の如き毛を全身に生やした魔物だ。

 前足の先に生えるのは蹄ではなく三本の鎌のような爪。


 紛れもなく窮奇の姿だった。


「安易、か」


 久遠は異形の牛に似た面構えを歪ませる窮奇に、ぽつりと呟いた。


 今、この場は久遠の持つ神器によって、幽玄との境界が薄くなっている。

 久遠に名を看破された事で、外界では封印状態である窮奇が解放されたのだ。


 東屋の命を奪わずに窮奇を殺すために、本来の力を取り戻した窮奇と対峙しなければならない事くらい、当然ながら久遠は理解していた。

 だからこその神器であり、この『場』だ。


 今この『場』の周囲には人払いの結界が張られており、久遠と窮奇に憑かれた東屋しか存在しない。


 叶が久遠の補佐についている一番の理由は、彼女が風水に長け、思念によって具現させる式神でどこでも大規模な結界を敷くことの可能な貴重な陰陽師だからだ。


 久遠の『神降ろし』による被害を最小限に抑える為に、必要な人材だった。

 叶の結界が敷かれている間は、屋内にいる人々は、決して外には出てこない。


「自信があるようだが、貴様は窮奇そのものではない……カマイタチからの成り上がりだろう?」

「だからどうだといウ? カマイタチを殺すように、現出した我を滅ぼせるとでモ?」


 中位・上位の妖魔といえども、その種類は様々だ。

 概念存在は最上位の存在であっても定型を持たないが、基本となる状態は存在する。


 成り上がり、とは、力を蓄えた概念存在が、本来上位存在である『名持ち』の姿をかたどる事が可能となったモノを指す。

 目の前の、カマイタチから成り上がった『窮奇』のように。


 成り上がりに、原意存在ほどの力はない。

 彼らは、雑種なのだ。


 カマイタチと窮奇は、本来別のモノであったと言われる。

 『両者ともに風の概念である』という性質から、古い時代に習合されたのだ。


 概念存在は、古来より習合する事で変遷を重ねている。

 例えばシヴァ神が東アジアで大黒天と呼ばれるように、イマと呼ばれた王が閻魔大王と呼ばれるように。


 彼らは、人の認識に姿を左右される。


 物を引き裂く風が『カマイタチ』と名付けられ、認識される事で力と姿を得た。

 また信仰や人々の認識の広さによって、その力を増大させる。


 故に彼らは人とともに在り、人の尊崇や畏怖の光に、恐れや憎悪の暗闇に、潜むのだ。

 古く有名な存在であればあるほど力を増す事の出来る彼らは、習合された上位存在の姿を借りれば力のおこぼれにあずかれる。


 目の前の存在の本質は、あくまでも『カマイタチ』が力を得たものに過ぎない。

 真なる神や邪神でないならば、久遠に遅れを取る理由などなかった。


「窮奇よ、貴様は滅ぼす」


 久遠は宣言する。

 もし仮に、小学生を傷つけただけならば、再度の封印から存在を昇華する事で八百万の神の仲間入りをさせる事も出来たが。


「俺の家族を狙うモノは、(ことごと)く滅せよ。……それが、俺が降魔課長より受けた真の任務ゆえに」

「そう、そこダ……」


 窮奇が、何事か思案するように片目を細めた。


「甚大なる呪力を持ツ、幼児(おさなご)ではあるガ……何故あの子どもに汝のような護衛がいるのカ……それが疑問だっタ」

「貴様が知る必要はない」


 久遠が一言で切って捨てると、窮奇は不快そうに眉をしかめた。


「良かろウ。いずれ、あの子どもを喰らう事は変わらヌ……アレを喰らえば、回りくどい事をせずとモ他を圧する力を得る事が出来るのだからナ……!」


 久遠は、窮奇のその言葉に。

 自分の心の奥底が冷えるのを、自覚した。


 窮奇が美香に害為す言葉を口にした事で、一条の慈悲すらなく滅する事が定まったのだ。


 何故、窮奇が美香に気付いたのかも、久遠は察していた。


「……あの路地を通った時に俺に気付き、気配を追ったな?」

「眷属の狩場故にナ。すぐに追うは人に縛られし我には叶わぬ事ではあったガ。そして巨大な呪力が放たれた名残を感じ、大元を突き止めタ』


 深井里美が襲われたのは、その時だ。

 窮奇は呪力の名残を追うために彼女を襲った。


 ……久遠自身の失態が、被害者を増やしたのだ。

 安易にあの路地を通るべきではなかった。


『突き止めた家から、夜、夢遊を彷徨う汝を見タ……」


 『想い夢』を使った時の事だろう。

 姿を隠していても、幽体状態目の前の窮奇の目は欺けなかった。


 植村くんの元へ向かう時に玄関先で外に感じた気配は、人のものではなく、美香の気配を辿った窮奇のものだった。


 窮奇の察した通り、美香は巨大な呪力をその身に秘めている。

 だが未熟ゆえに、彼女はその呪力を制御出来ていない。


 ゆえに美香は感情が昂ると、無差別に強烈な呪力を周囲に撒き散らす。


 だからこそ、久遠の家には恒常的に二重の呪的結界が張られていた。

 母親である真奈香を鍵とする天然自然の結界と、降魔課と久遠による人為結界の二つで、その気配が外に漏れ出すのを抑えている。


 真奈香自身は、それを知らない。

 そして天然結界は、久遠自身を鍵とする事が出来ない事情があった。


 だから、真奈香が近くにいない時にはどうしても自然な結界の力は弱まり、あまりに巨大な呪力を美香が放つと、その気配が外に漏れ出してしまう。


 窮奇に久遠が存在を察知された日に、美香の感情は、真奈香不在の状態で極限まで昂ぶった。

 トイレに成功し続けていたにも関わらず、あの日は失敗してしまったから。


「汝を殺し汝も我が糧にしてやろウ。感謝するゾ。あの幼子のところに我を導キ、我が封印をも解いた愚行にナ……!」

「その必要はない。貴様の爪は、俺にも美香にも、決して届かない」


 こういう事が起こった時の為に、久遠は常に自らの家族のそばにいるのだ。


 美香は、自分がどういった存在であるのかを知らない。

 真奈香もまた、知らない。


 知らなくて良いと、久遠は思う。


 知れば、平穏には過ごせない。

 だから、伝える事は出来ない。


 それでもいずれ、知らなければならない日が来るかも知れない。


 久遠は今の平穏を出来る限り長く、守りたかった。

 可能ならば、真奈香や美香がその生を終える程に永く、守り抜きたかった。


 久遠には出来なかった自由な生き方をする真奈香と、これからも健やかに育つだろう美香と共に過ごす生活を。




 ーーー久遠に、愛しさという感情を教えてくれた、家族を。




「我は臨む兵、闘う者」


 久遠は九字を切り、呪言を唱える。


「皆護の陣を敷き、烈情を以て人前に在り!」


 解き放った呪力に反応して、カバンの中から無数の古符と忘れ去られた神木と数百年を共に過ごした末に塞の付喪神と成った注連縄(しめなわ)が飛び出して、久遠の周囲を覆った。


「金神よ! 触りて災う力の化身よ! 艮方(うしとらかた)より出で、我が総身を夜叉と化せ!」


 『神降し』の異能……久遠が降魔課伝説の男、里中勇治郎の再来と呼ばれた理由となった力が、顕現する。


 顕す神は、艮の金神。

 この世において最凶と呼ばれる一柱。


 その力は、久遠一人の呪力で制御し切れるものではない。

 ひとつ間違えば自身の魂が祟り神に取り込まれる紙一重の秘技だ。


 それゆえの、無数の封印符。

 符は久遠の体に吸い付くように重なり、全身を覆い尽くす。


 それゆえの、注連縄。

 肉体を覆う封印符を、久遠の体ごと締め上げてさらに鎧う。


 祀りの印を刻んだ艮神の面は、そのままに。

 久遠は、妖魔に対して名乗りを上げる。


「俺は、《七殺》の久遠―――俺の家族に手を出すのなら、魂ごと六道輪廻から消え去れ」

 

挿絵(By みてみん)


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