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降魔の系譜  作者: 凡仙狼のpeco
《七殺》の久遠〜日本国警視庁降魔課の男〜
23/26

カマイタチ⑩


 久遠がカーテンの隙間から外を覗くと、空は晴れていた。

 ぽっかりと満月が浮かび、淡い光が薄い雲を照らしている様子が見える。


 遊び疲れた美香を寝かしつけた後に風呂に入っていた真奈香が、バスタオルで頭を拭きながら現れ、彼女に目を向けた久遠を不思議そうに見た。


「出掛けるの?」

「うん……久しぶりにお酒が飲みたくなったから」


 美香を寝かすために着替えていた寝間着から、久遠は下だけジーパンに履き替えていた。


「あら珍しい。待っとこうか?」

「先に始めてて良いよ。コンビニまで行って、今度のおかーさんといっしょコンサートの支払いも済ませてくる」


 スーパーは近いのだが、久遠の家からコンビニまでは片道15分ほどの距離があった。

 上気した顔に呆れを浮かべた真奈香が、腰に手を当てる。


 相変わらず可愛い。

 美香がいないからか、彼女は子どもっぽく頬を膨らませていた。


「先に済ませといたら良いのに、全く」

「ゴメン」

「私との二人の時間を、大事にする気ないの?」

「だからゴメンってば」


 久遠は拗ねる真奈香に苦笑いを返した。

 自宅には真奈香の飲むビールは常備しているが、苦くて嫌いな久遠は甘めの缶チューハイしか飲まない。


 日本酒は高いしな、と思いながら、久遠は疑っていない様子の真奈香にキスして、へらへら謝りながら外に出た。

 家からコンビニに向かう角を折れたところで、特殊な歩法と呼吸音で呪術を織り上げ、久遠はさらに一つ角を曲がって歩みを止める。


「来たわね」


 唐突に聞こえた叶の声に目を凝らすと、目の前に彼女が立っているのが認識出来た。

 彼女は、術によって気配を断っていたのだ。


 叶は、久遠が呪術によってコンビニまで歩かせ始めた『影の者』……久遠の気配を持つ(おぼろ)……に目を向けながら、久遠に手を上げる。


「……持ってきたか?」

「缶チューハイ? ちゃんとそこのコンビニで買ってきたわよ?」

「違う」


 それも大事だが、と思いながらも、久遠は表情を崩さなかった。

 叶は肩を竦めてコンビニの袋と神社から持ってきてもらった偽装美香ちゃんセットを久遠に渡す。


 どちらの中身も確認して、久遠はうなずいた。

 用意していたチューハイの代金を叶に手渡した久遠は、実際は事前に払込を終えていたチケットをコンビニ袋に入れる。


「助かる」

「結局、事前には確保出来なかったからね……ふふ、いっつもそういう顔して真面目でいれば、奥さんに怒られる事もないでしょうに」


 からかうような叶の口調に、久遠はむっとした。

 間に合わなかった事を後ろめたく思っての態度なのだろうが、久遠の気分もささくれていた。


「……別に普段を演じてる訳じゃない。どっちも俺だ」

「知ってるわよ。付き合いだけなら長いんだから。……悪かったわね」

「いや、良い」


 叶が軽く沈んだ顔をするのに、久遠は目をそらした。

 幼馴染みというのは、やりにくい。


「久々だからな……確実に解決するには一番いいが、流石に緊張くらいはする」

曽祖父(おひい)様の再来と呼ばれた男とは思えない自信の無さね」

「あの人と並べられる事自体が、俺からしたらあり得ない」


 仮面と、それに付属した符と注連縄は、彼の『神降ろし』の為の神器だった。 

 叶とも面識のある偉大な曾祖父、里中勇治郎は清めを行ったただの軍刀と呪印のみで、スサノオに化身出来た傑物だ。


 落ちこぼれの自分とは違う、と久遠は思っていた。


「……すぐに済ませる。後は手はず通りに」

「はいはい。今回の件を『すぐに』済ませられるから、あんたは再来って呼ばれてるんでしょ」


 鼻を鳴らす叶に背を向け、久遠は自身も気配を断って家の前に戻った。

 そろそろ久遠の放った朧がコンビニに着く、という頃合いに、天野家に向かう道を歩いて、一人の男が現れる。


 これといった特徴はない、眼鏡をかけて髪を撫で付けた男は、野暮ったいが小綺麗なポロシャツとチノパンを履いていた。

 野暮ったさに関しては、上半身寝間着の久遠も人の事は言えない。


 彼が、久遠の待ち人だった。


 待つ間にあらかじめ仮面セットの中から取り出しておいた面を被り、両手に黒の拳帯を巻いた姿のまま。

 コンビニ袋を物陰においた久遠は、街灯の照らす場所に移動する。


 行く道を塞ぐこちらに気付いた男は、ぎょっとした顔をした。


「な……なんだ、あんたは」


 無理もない反応だった。

 久遠の被る面は般若や夜叉に似たそれ―――艮神(うしとらがみ)を象ったとされる旧い面だった。


 それ自体が神威を纏う面の下から、久遠は言葉を発する。


「日本国警視庁降魔課、天野久遠巡査。……東屋修介。植村啓一に対する超常犯罪幇助に関する容疑、及び深井里美への傷害容疑で身柄を拘束する」


 久遠の言葉に、男……東屋は戸惑ったような目を向けるだけだった。


「あんた、何を言ってるんだ……?」

「分からないか? だったら逆に尋ねよう。あなたは何故ここにいる?」

「何故……?」


 彼の家とも学校とも違う方角だ。

 訝しげに眉をしかめたかと思った東屋は……不意に、表情を変えた。


 それまでにない凶悪さがちらりと顔立ちに覗き。

 冷たく生臭さを感じる空気が、周囲に立ち込め始める。


 少しの間沈黙した東屋は、やがて静かに声を上げた。


「……待ち伏せ、カ。気付いていたとはナ」


 どこか歪に歪んだ声を発したのは紛れもなく彼自身だが、そこに乗る霊気の色が違った。


 今、この瞬間に何者かに憑依されたのだ。

 あるいは、奥底に潜んでいた妖魔が、表に現れたのだろう。


 久遠は、東屋であって東屋でない者に対して、答えを返す。


「最初は分からなかった。何が目的でカマイタチを植村くんに与えたのかがな」

「だが今、ここにいる、という事は、気付いたんだろウ……?」


 シャァ、と大きく口を開けて笑みを見せる東屋の姿をした誰か。

 口の中が人にあり得ない程に赤く、目の奥に熾火があるかのような輝きが生まれている。


「今回の件が、カマイタチに人を襲わせる事が目的である事は何となく察していた。だが、それを他者の手によって為さしめる理由が見当たらなかった」


 イジメは当事者にとっては深刻な問題だ。

 だが、何故深刻なのかと言えば、それが狭く閉ざされたコミュニティの中で行われるからである。


 外から見えづらく、当事者には容易に逃れ得ないと感じられる苦痛……それが、イジメの悪質な部分なのだ。

 外から発覚すれば、しかもそれが学校という場所で行われている子どもに対するものならば、大人の手による解決策はいくらでも存在する。


 最も容易なのは転校という手段だ。

 まして小学生ならば、転校するリスク自体が少ない。


 大人がイジメの事実を知ったならば、わざわざ超常現象を使って本人の手で解決させるなどという回りくどい事もする必要はないし、そもそも暴力に対して暴力で反撃するのは子ども自身の利益にならない。


「カマイタチという存在を育てるのに術師ならば人を襲う以外の手段もあれば、別の大人を唆してやらせる方が遥かに楽でアシも付きにくい。……しかし、もし術師自身が妖魔であり、接触出来る相手が限られているとすれば?」


 それが、久遠の出した答えだった。


 逆だったのだ。目的を持つ存在が。

 目的を持っていたのは、人側ではなく、妖魔側。


 一連の事件を起こしていたのは、妖魔を式とした術者ではなく、人に憑依した、封印された妖魔の方だったのだ。


 久遠らの周囲を覆う身を突き刺すような冷たさは、中位以上の妖魔が纏う邪気によるものだ。

 高位妖魔の中には、人に劣らぬ知性を持つものがいる。

 

 概念存在は本来、彼方と此方の境界が薄まった『場』にしか存在しえないが、力と意思を身に付ける事で実体化が可能となる。

 話す間にも心の奥へジリジリと侵食するような邪気に、久遠は呼吸を整える事で対抗した。


 今のままで、妖魔を倒す事は出来ない。乗っ取られた東屋の命までも奪ってしまうからだ。

 言葉によって彼に取り憑く妖魔を看破し、東屋の意識と切り離す必要があった。


「封印された妖魔が、封印が緩む事で他人に干渉出来るようになった場合。まずは力を蓄える必要がある」


 塚を壊したのは術者ではなく、全ては偶然だったのだろう。

 塚の封印がイタズラか何かで壊され、そこにたまたま妖魔と波長の合う東屋が現れて、目覚めた。


 そして、多分、封印符か何かを拾った東屋がそれを自宅に持って帰ろうとして、目覚めたばかりで力の弱かった妖魔に傷つけられる事で憑依された。


 封印状態の妖魔は、本来持つ力が発揮出来ない。

 そして眷属を自在に喚び出す事も叶わず、仮に宿主が存在したとしても、四六時中宿主を自由に出来るわけではない位に弱体化している。


 宿主の精神を掌握するだけでも苦労するほどの厳重な封印を施される妖魔は、名を持つ妖魔だ。


「力を蓄えると同時に、もし敵対者に見つかった時に身を守るモノも必要となる」


 自由に動けない妖魔にとって、恐るべき事は自身を脅かす存在に察知されてしまう事だ。

 そう、今、久遠に彼のモノが存在を看破されかけているのと同じように。


「故に、負の情動が深い手近な者にカマイタチを与えた。翔くんではなく植村くんに与えたのは、彼の方がより多くを傷つける理由を持つからだ」


 イジメの加害者は複数、被害者は一人。

 東屋に取り憑いた存在は、たった4枚の符を用意するのにも苦労しただろう。


 宿主の精神に少しずつ干渉し、素材を集めさせ、やがて少しの間体を操れるようになったところで、仕掛けを施した。

 それが、東屋と他の子ども達が襲われた日時が離れていた理由であり……深井の母を襲ったのは、早急に力を得る必要があったからだ。

 

 美香の呪力がどこにあるのか突き止めるのに、東屋を操る時間が足りなかったのだと、久遠は睨んでいた。


「カマイタチを操る術師は多い。しかし、カマイタチを従える妖魔となれば、その数は限られてくる。……まして、最初の眷属としてカマイタチを選ぶ、古い文字を使う存在となれば」

 

 久遠は仮面のバッグを持つのと逆の手で、ニヤニヤと笑う妖魔を指差し、その名を口にした。



「看破する。ーーー汝は、窮奇(きゅうき)の位階にある、風邪(ふうじゃ)の化身である」




 久遠の宣言と共に。

 ぶわ、と全身に鳥肌が立つような濃密な邪気が、その場に渦巻いた。


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