叶の捜査②
「東屋を追うだけでいい?」
『ああ。いや正確には、東屋を追う必要もないかも知れない』
降魔課で、東屋を探すヒントがないかと書類を見返していた叶に。
20分も間を置かずに再度掛けてきた久遠は、先程と違い迷いのない口調で告げた。
しかし叶には意味が分からない。
久遠は、自分の直観を裏付ける何かを思い付いたのだろう。
彼はあらゆる物事の答えを、最初から知っている。
今の久遠の口調は自分の答えが正しいと確信した時の口調だと、幼い頃から久遠を知る叶は感じた。
「説明して」
叶はそれ以上余計な疑問を挟まずに、ルーズリーフを一枚抜いてペンを手にした。
久遠は、淀みなく話し始めた。
『考え方が逆だった。何故、カマイタチを与えたのか、じゃなかったんだ……東屋は、カマイタチを与える相手を探していたんだ』
「何故」
『自分の身を守る為だ。事の起こりは……』
久遠の話す時系列を、叶は走り書きで用紙上に書き留めていった。
東屋の事件、その理由、植村くんに符を与えて、起こした事件の意味。そして最期に襲われた深井翔の母親に関する傷害事件と、発生場所から考え得る目的の推測。
話し終えた久遠に対して、取ったメモを見返しながら、叶は口を開いた。
「東屋が襲われてから一ヶ月以上間が開いていたのは、そういう事……」
『そう。力を蓄えていたんだ。奴が怪我をしたのは、植村くんが不登校になるよりも前だろう?』
「ええ」
植村くんが犯人だとしたら、存在するはずのない被害者。
旧字体の漢文が意味するところも、この久遠の話を裏付ける根拠になる。
「マズイ状況ね。今まで考えていたよりも、ずっと。でも、追わなくていいというのは何故?」
『自分から現れるからだ。それまでに人を襲う事はないだろう。……奴は自分が追われている事に気付いている』
「力をさらに蓄えようとするとは思わないの?」
叶の危惧に対して、久遠ははっきりと告げた。
『ない。奴は美香の呪力を察知したんだ。これ以上騒ぎを起こすよりも、静かに忍び寄って美香を襲えば奴の目的は達成される』
「近くにいる、という事?」
『見つけ出せれば確保して欲しいが、そこまで待つよりも待ち伏せた方が早い。奴が動くとすれば、今夜だ……叶。家まで仮面を届けてくれ。方法は……』
久遠の口にした言葉に、叶は眉をしかめた。
『そう上手くいく?』
「俺は呪力を周囲に放つ。奴は俺という護衛者を察するだろう。そこで俺が家を出れば、好機と見る。そこを押さえる』
「事前に確保する方が安全よ?」
『出来るならやってくれ。だが、仮面は準備しておいて欲しい』
「こちらを信用出来ない?」
あえて皮肉にいう叶に、久遠は重く答えた。
『俺の家族に手を出すというのなら、万全を期して滅するのが俺の役目だ』
久遠は冷静さを失っていないと、叶は判断した。
美香を襲われそうになって視野狭窄を起こしているのではない。
「分かった。人払いは私がやるわ」
『ああ、頼む』
通話が切れ、叶は大きく息を吐いた。
「周辺に潜んでいるのなら、間に合えばいいけど」
久遠が直接対峙するという事は、『神降ろし』を行うという事だ。
危険と隣り合わせの技を使わせる可能性を減らせるのなら、降魔課の人員を借りる理由になる。
東屋の外見は割れている。
後は、呪力の気配さえ察知出来れば良いが、そちらは期待薄だろう。
しかしやれるだけの事はやらなければならない。
久遠の家族を守る事は、降魔課の優先事案でもあるのだから。
叶は人を借りる為に、降魔課長の元へと向かった。