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降魔の系譜  作者: 凡仙狼のpeco
《七殺》の久遠〜日本国警視庁降魔課の男〜
21/26

カマイタチ⑨


「ゴメンちょっと待って!」


 かかってきた電話にいきなりそう言って、久遠はおやつを欲しがって、ぎゃー!! と泣きながら足にしがみついてくる美香に目を向けた。


「まだ10時じゃないでしょ。おやつはダーメ!」

「いぃぃいやぁああああ!!」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で久遠の足を掴んで訴えてくる美香に、強めの口調で言い含めるが彼女は納得しない。

 真奈香は急な欠勤で人手が足りなかったらしく、土曜の午前中を返上して出勤していた。


 この後、真奈香を迎えに行って食事をして遊びに連れて行く予定なのだが、真奈香がいない事で美香は少しご機嫌斜めだった。


「イヤじゃないの!」

「だぁあああめぇぇええええ!! たぁべぇるぅうううう!!」

「食べない! ダメなのは美香ちゃん! ……もしもし?」


 ぴぎゃー! とさらに泣き声が激しくなり、頭をグリグリと太ももに押し付けてくる美香を片手であやしながら電話に戻る。

 聞き取りづらいし、涙と鼻水でぐっしょり濡れるが気にしない。いつもの事だからだ。


『おやつくらいあげたら……?』


 美香のでっかい声を聞きとがめたのか、呆れたように言う叶。


「ダメだよ。習慣ってのは大事だろ」


 出来る限り、食事の時間は固定するものだ。

 情にほだされたり根負けしてしまうと、美香が次からも泣き喚けば貰えると思ってしまう。


「それで?」


 手近にあったオモチャをしゃがんで取り上げ、美香の目の前で振りながら久遠は叶に電話の要件を訪ねた。

 貰った叶の返事に、久遠の声が自然と厳しくなる。


「取り逃がした……?」

『深井さんの件でもう一回東屋に聴取を行ったのは留守電で言ったわね。その後、すぐに東屋の家に人を向かわせたけど、いなかったらしいわ』

「らしいって?」

『私も聞いたばかりだからね。自分でやろうとしたら、あんたが符の回収を頼んだんでしょう。東屋の見張りもあんたの頼み事も私一人でやれっていうの?』


 曖昧さを咎める声に反発されて、それもそうか、と久遠は納得した。


『朝になっても出てこなかったから捜査員が学校に問い合わせたら、今日は体調不良で休むって連絡があったそうよ』


 久遠は、自分の行動にまた何かミスがあったのか、と思わず舌打ちする。

 その音に、グスグスと泣き止み掛けていた美香がビックリしたように久遠を見上げた。


「とーたん?」

「ああ、ゴメンゴメン、何でもないよ」


 慌てて美香に対して笑みを作り、そのまま美香が大人しくオモチャで遊び始めた事にほっとしながら、久遠は考えた。


「何か、術師に勘づかれるような事があったとすれば、植村くんに俺が接触したのが原因かな……」


 操念符への干渉の時か、それとも封印の時か。

 どちらにせよ、東屋が植村くんを呪的に見張っていたのは間違いない。


『部屋は結界によって遮断されてたのよね。……中での出来事を感知出来るとすれば、東屋か彼を操っている相手は相当練度が高い術師……』

「だと、思うけど」


 東屋が術師ならば、身軽で判断が早く手練れ、しかも現在の社会的地位に拘ってもいないように感じられる。


 東屋が何者かに操られているとしても、そこまで傀儡に長けている上に高位妖魔を式神と出来る時点でより厄介な相手だ。


 しかも久遠には、まだ東屋の、あるいは背後の術者の目的が読み切れていなかった。


 封印塚を壊し、カマイタチに類する妖魔を式として得る。

 その目的を達した後に、カマイタチによる騒動を起こした理由が分からないのだ。


 しかも今回の件を起こしているカマイタチは弱い存在だった。

 あの程度の妖魔は封じるまでもなく、封印を施せるほどの相手であれば容易く対退治出来る。


 何か見落としがある気がした。


「もし東屋が術師であり黒幕だとして、教師の地位に拘りがないのなら、植村くんに符を与えた理由は学校に関する事ではないだろうな」

『そうね。カマイタチは、封印の妖魔には見えなかったわ。呪力の濃さが違う』

「符の方は?」

『当然回収したわ。念のために邪気祓いの結界を学校の周囲にはっておいたけど、杞憂だったわね。植村くんは登校した。貴方の言った通り、結界符二枚と捜念符、招来符を置いてね。……間違いないのよね?』

「植村くんが故意に隠していない限りはね」


 その可能性は低い、と久遠は見ているが。

 叶はそれから、現在の状況を久遠に伝えてくれる。


『追跡の手配と周辺の聞き込みは始めているけど、逃げた時間的に目撃証言は期待出来ないわね』

「邪念の追跡は?」

『読めないそうよ。でも、かなりの手練れと思えるのに、軽く調べても東屋の家系からは何も出てこない。降魔課の課員でも手こずるような相手なら、術師の家系でもおかしくないのに……』


 叶は納得いかないようだった。

 それは久遠も同じだ。


 東屋が術師である可能性は、低いかも知れない。


「使われていた符の系列は?」

「印されていた九字印がドーマン型である事以外の特徴は、あまりないわね。和紙を使っている事と、招来符の文言が古い事くらい』

「古い?」


 意味が分からずに首を傾げたが、続く叶の説明で納得する。

 カマイタチ招来の文言が旧字体の漢文で書かれていたという事らしい。


「和紙、ね。取扱い元を当たればアシはつくかな」

『今更、東屋が犯人だっていう補足がいる? 彼が黒幕という可能性は低いのよ』

「犯人ではある。もしかしたら、奴が本当に黒幕かもしれない。術師の家系でなく、呪術を修めたのかも」

『本当にそう思ってる?』 


 久遠は少し沈黙してから、答えた。


「思ってはいない。でも、背後にさらに別の誰かがいる、とも、思えないんだ」


 起こった事は、ただ小学生が浅い怪我をして、犯人である筈の東屋も怪我を負っている、そして深井さんが襲われたという事だけだ。

 通りの事件の犯人は、植村くんだった。


『深井くんの親御さんの怪我は、植村くんのせいではないでしょう?』

「そう思う。彼が犯人ではないならば、封印塚の妖魔である可能性が高い。だけど……」


 問題は、深井さんの怪我の理由や、植村くんに符を与えた目的が分からない事なのだ。

 カマイタチを植村くんに与えて、東屋か、他にいるかもしれない黒幕に、どんな得があるのか。


『とりあえず、東屋は行方を探すわ』

「ああ、頼む……」


 結論のないままに、久遠は叶との電話を切った。


「とーたん!」


 不意に、大人しく遊んでいた美香がこちらに駆けてきて、コップを差し出した。


「おみず、ほしー!」

「お水? ああ、お茶がなくなっちゃったのか」


 久遠はコップの中を覗き込んで、それが空になっている事に気付いた。

 天野家のテーブルはダイニングテーブルではなく、子どもの手が届く背の低いものだ。


 中身をわざわざ覗き込まなければ分からなかったのは、美香ちゃんお気に入りの専用コップが二重構造になっているからだった。


 中身が空でも、中身が満タンに見えるコップ。

 何故そんな構造になっているかと言えば、二重になっているコップの隙間が密閉されて、星やハートなどを浮かべた粘性の高い液体で満たされているからだった。


 見た目が可愛らしいそれを受け取り、中に冷ましたお茶をヤカンから注いで。


「あ……」


 久遠は、思わず声を漏らした。


「もしかして、逆、なのか……?」


 そうであるとするならば、全てが繋がる。


 東屋だけが大人でありながら、またイジメに加担していないにも関わらずカマイタチに襲われた理由。

 仮にそれが、カムフラージュではなく本当に襲われていたのだとしたら。


 徐々にカマイタチによる被害が加速していた為に見逃していたが、東屋の襲われた日時だけが離れている理由も、深井さんが路地ではない場所で襲われた理由も、その全てが繋がる。


 久遠はもう一度自分の考えが合っているかどうかを確認して、叶に電話をかけ直した。

 


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