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降魔の系譜  作者: 凡仙狼のpeco
《七殺》の久遠〜日本国警視庁降魔課の男〜
19/26

カマイタチ⑦


 部屋に入った途端に濃さを増した負の情動に、久遠は眉をしかめた。

 

『通りに淀んでいた気配と同じ……か』


 窓の外から家を眺めた時に気配を感じられなかった理由も、整えられた部屋を見回して理解する。

 カーテンに二枚、格子型の呪印を描いた符が貼られていた。


 邪気封じの符による簡易結界だ。

 符が二枚あるのは、恐らくは『門』として閉ざしているからだろう。阿吽の像と同じ守護結界の応用に見えた。


 仮に才覚があるとしても、退魔士や陰陽師の家に生まれた訳でもない小学生の子どもにこんな効能の符を作れはしない。

 今回の件は、どうやら犯人とは別に専門に学んだ術師の黒幕がいるようだった。


『利用された、のか。目的は何だろうね』


 イジメの復讐にしては大掛かりだ。術師自身には別の目的があると見て良いだろう。

 他に変わった事はないかと観察すると、怯えたような声が久遠の耳に届いた。


「だ、誰……!?」


 素早く目を向けると、窓際のベッドで布団にくるまっていた少年が、こちらを凝視している。


 植村くんだ。起きていたらしい。

 少し大柄だったスポーツ少年である翔くんに比べると、布団から覗いた顔立ちや上半身の感じは華奢に見えた。


 色も白い彼の手は、さらに青白くなるほどキツく握り締められている。

 手にはくしゃりと握り潰された二枚の符があった。


 一枚はカマイタチの符だろうが、もう一枚は何だろうか。


『驚かせてしまったかな。俺は、小学校の前で人を傷つけていた何か、を追っている』

「ゆ、幽霊なのに?」


 警戒を解かない植村くんが自分の口にした言葉に反応したのを、久遠は見逃していなかった。

 彼が犯人なのは、ほぼ確定している。


『これかい? 幽体離脱だよ。カマイタチを操る君なら素直に信じられるだろう?』


 久遠はカマをかけながら、自分の胸に手を当てた。

 警戒を解く『誘い花』は、ここまで緊張している相手には効果がない。


 言葉のみで、彼を誘導する必要があった。


「僕を……逮捕するの?」

『何故?』


 今にもカマイタチをけしかけそうな植村くんに、久遠は問いかけた。

 彼が持つ符がカマイタチの符である事は、彼がカマイタチというカマかけに否定を返さなかった事で証明された。


『カマイタチを誰かが操っていたのなら、それは立派な暴行傷害だが。現行の法律に超常現象による被害を取り締まる法律はない。そうでなくても、俺の仕事は犯人逮捕じゃなくて霊害を取り除く事だ』


 なるべく分かりやすく喋ったが、彼が理解出来るかどうかは分からない。

 しかし久遠の心配は杞憂だったようで、植村くんの緊張が少し解ける。


「……何で、僕がやったって分かったの?」


 声はまだ震えている。

 自分が逆の立場だったら、怯えている事に不思議はない。


 霊体とはいえ不法侵入者であり、そうでなくても霊などと言えば怖がる者が大半だろうからだ。

 しかし、久遠には喋るための口がある。


 あくまでも現実の存在であると示すため、久遠はわざとおどけた仕草で首を傾げた。


『君がやったのかい? そういえば、さっきも逮捕しに来たと言っていたね』


 植村くんはハッと、何かに気付いた顔をした。

 自分の発言が失言だと理解したのだろう。思った以上に聡いようだ、と久遠は考える。


 敵対する相手が賢いのは、あまり喜ばしくはない。

 相手が小学生であるという意識を捨てて、久遠は気を引き締めた。


 この対話に失敗すれば、また別の解決方法を考えざるを得なくなる。


「……僕を疑っているから、ここに来たんじゃないの?」


 警戒心が少し戻った植村くんに、久遠はあえてうなずいた。


『そうだね。俺は話を聞いて、犯人は君なんじゃないかと思った』


 久遠は手を両脇に広げて、自分に争う意思がないことを示しながらも目を鋭く細める。


『誰かに、その符を貰ったのかい?』


 植村くんは、どう答えるべきか迷っているようだった。

 迷うこと自体が、彼がそれを誰かに貰ったという証左なのだが、それをいちいち伝えてやる必要はなかった。


 どのような理由があろうとも、犯罪は犯罪だ。犯罪者に自白を引き出す為の材料以外で、わざわざ何かを伝えてやる警察官はいない。

 超常の犯罪には、公的な法とは違う罰則があるのだ。


「……僕が、利用された、っていうのは……」


 と、植村くんが言いかけた所で、彼は口をつぐんだ。

 理由は、久遠には分かった。


 彼の持つもう一枚の符から、彼のものではない負の情動が立ち上っている。

 久遠らが『招き(しるべ)』と呼ぶ呪法が、その符には込められているのだろう。


 人の気を、術者の望む方向へと誘う術式は、久遠ら降魔課の者には使用を禁じられている術だ。


『掛けまくも(かしこ)き 伊邪那岐大神(いざなきぎのおおみかみ)……』


 久遠は、不自然に警戒心を増していく植村くんを、冷静に観察しながら、言霊を口にした。


 祓詞(はらえことば)と呼ばれる神道の清めの文言と共に、腕を振る。


筑紫(つくし)日向(ひむか)(たちばな)小戸(おど)阿波岐原(あはきのはら)に、御禊祓(おはら)(たま)ひし時に()()せる祓戸(はらえど)の大神等……』


 大麻(おおぬさ)と呼ばれる神へ捧げる布に代わり、自身の呪力をもって神への捧げとしながら、久遠は言葉を唱え切る。


諸諸(もろもろ)禍事(まがこと)、罪、穢有(けがれあ)らむをば祓へ給ひ清め給へと(しろ)す事を、聞こし食せと(かしこ)み恐み、も白す』


 ピィン、と清浄な空気が場に張り詰めた。

 掌を前に開き、真っ直ぐに伸ばして止めた先に圧を感じるのは、邪気と清気が拮抗しているからだ。


 しかし、押し込むように、さらに腹の底から股下を通して腕に回した呪力をもって、久遠は邪気を抑え込んだ。

 祓いが成り、植村くんの握った符の一枚が真っ黒に染まる。


「あ……」


 ぽかん、と惚けたような顔になった植村くんが、落ち着くのを待ってから、久遠は改めて問いかけた。


『教えてくれないか。それを、誰に貰ったのか。……君に一体、何があったのか』

「……」


 呪縛が解けても、植村くんはまだ迷っているようだった。

 弱くともカマイタチを操る彼には、おそらく式を打つ才がある。


 才のない者にいくら教えた所で、操る事は出来ないのだ。

 人を傷つけるだけのカマイタチを、彼は狙った人物を傷つける事に使えた。


 ただそれだけの事ですら、まともな教えなしに行う事は困難なのだ。


『優れた才がある者に、誤った使い方を教える……それはね、植村くん。俺にとっては許しがたい事だ』


 まして相手は子ども。

 情緒の育ち切らない内に、間違った道へと進み続ければ、その魂の本質すら歪む可能性があるのだ。


 超常の術は、安易に人に施して良いものではない。


「僕……は」


 植村くんは青ざめていた。

 呪縛によって、悪意的に視野を狭められていたのだろう。


 生来賢い彼は、自分のやった事の意味を悟って慄いていた。

 久遠は彼の枕元に座り、身を硬ばらせる彼の目をしっかりと覗き込む。


『君のやった事は、たしかに許されない事だ。だが本当に許し難いのは、君にカマイタチを与えた者だ。……俺は、君に話して欲しい。どうやってその符を手に入れたのかを』


 久遠は、あくまでも誠実に彼に対応する。


 嘘は一切、口にしない。

 代わりに妥協もしない。

 

 そんな久遠の態度を、感じたのか。

 植村くんは、目を潤ませながら、話し始めた。

 


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