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降魔の系譜  作者: 凡仙狼のpeco
《七殺》の久遠〜日本国警視庁降魔課の男〜
18/26

カマイタチ⑥


 夜になり、久遠が茶碗を洗って歯磨きを終えた後。

 先に美香と共にベッドで横になった真奈香の元へ行くと、彼女は眠たそうな顔で久遠に話し掛けた。


「明日は、ゴメンね……」


 真奈香の言葉に、久遠は首を横に振る。


「仕方がないよ。欠勤は君のせいじゃないだろ」


 明日は出勤だ、と真奈香は帰ってくるなり言った。

 どうも、金曜に欠勤者が出て仕事が終わらない分を皆で振り分けたそうで、午前勤になったらしい。


「昼から、車は借りたよ」


 今週は、美香を自分の都合に付き合わせた分家でしっかり三食作ったから、生活費に余裕がある。

 維持費よりも電車での移動や車を借りる方が安い、という事で、貯金が目標額に貯まるまでは中古を買うのではなくカーシェアで済まそうというのが、天野家の方針だった。


「明日の朝、取りに行く」

「ふーん……で、行き先は?」


 再度言われて、久遠は黙った。

 行き先までは考えていない。


 だが、他の事で頭がいっぱいで、とも言えない久遠は素直に謝った。


「ゴメン」

「あなた、謝ったら済むと思ってるでしょ……」


 余程眠たいのか、あるいは出勤が後ろめたいのか、不機嫌そうな言葉にもキレのない真奈香は、ベッドの横に膝をついて肩を竦める久遠に対して溜息を吐いた。


「『スペイシア』っていう子どものアスレチック施設、仕事で出向いた先で見つけたから調べたけど、結構遊べそうなのよね……この間、美香が鉄棒に興味持ってたって言ってたでしょ……?」


 寝間着姿の真奈香は、普段は涼しげな目をトロリとさせたまま久遠を見た。

 無防備な様子を見せる彼女は、実は少しくせ毛の髪がふんわりと顔の周りに広がると年齢よりも幼くみえる。


「あ、うん」

「そこに行きましょ……」

「わ、分かった。ありがとう」


 久遠は美香を遊ばせるのに付き合うのはいくらでも大丈夫だが、どこで遊ばせるか、という事を決めるのが本当に苦手だった。

 そもそも探し方が分からないし、子どもの遊び雑誌を買ってきてもどこが良いのかとかはさっぱり分からない。


 適当に決めると結構遠かったり、閉館日だったりと困った事もあれば、外遊びをしようと決めたら雨だったりもする。

 そういう細やかな所に気が回らない久遠は、真奈香とのデートも彼女が行き先を決めていた事もあり、彼女に完全に任せたいと思っているのだが。


「次から、せめて候補くらいは出してね……今週、パート忙しかったの?」

「えーと……少しだけ……」


 フルタイムで働いてる真奈香の前で言うことでもないと思っていたが、見透かされていた。


「寝る……ちゅー」

「あ、うん。背中揉むよ」


 もうほとんど目を閉じた真奈香が顎を上げるのに軽く唇と頬にキスをすると、彼女は満足そうに少しだけ頬を緩めてごろりと転がった。

 美香は真奈香の腕枕を離れて、大の字でダブルサイズのベッドのど真ん中で眠りこけている。


 後で蹴った布団を掛けてやろうと思いながら、久遠は真奈香の背中を揉み始めた。

 細い背中は骨の感触が触ってわかる位だが、背筋の両脇に鉄パイプのような凝りがある。


 美香を妊娠してから、凝りやすくなった、と愚痴っていた彼女の背中を押し上げるように強く掌で押すと骨が鳴る。

 あまり上から圧迫すると骨が歪むというので、その後は肩甲骨の上や背骨との間、背筋から腰に掛けての凝りを丁寧に指先でほぐした。


 久遠は整骨の技術も学んでいた為、彼が揉むのと揉まないのでは体の調子が違うらしい。

 最後にオイルで足裏から太ももまでリンパマッサージ。


 30分かけて全て終えると、真奈香は完全に眠りに落ちた。


「さてと」


 美香を間に挟むようにベッドに横になった久遠は、ポケットに忍ばせていた符を取り出した。

 清めたレシートの裏に、同じく清めた墨汁ペンで五芒星を書きつけた符だ。


 一度、うっかりポケットに入れたまま洗濯してしまった符を見つけられ、誤魔化すのに苦労したのだ。これならまだ言い訳が立つ。

 符を自分の枕の下に差し込んだ久遠は、枕元の水差しを小学校のある方位へ向けて台所で清酒に偽装した神酒で指先と唇を濡らす。


 最後に霊道を敷く歩法で玄関から部屋へと戻り、ベッドルームのドアに僅かに隙間を作ってベッドに潜り込んだ。

 仰向けのまま、印を組んだ。


(ばく)


 金縛りの術を自分に施すと、体の自由が利かなくなった。

 しばらくすると、耳鳴りや霊的な存在の動く音、視界がひどい目眩のように揺れる感覚があったが、これらは幻覚だ。


 その間に、今の肉体の上数十センチ程度のところに自分の体が浮かんでいる様子をイメージし、今の肉体からずるりと意識が抜けてそちらに入り込むように動く。


 不意に目眩や耳鳴りが治まり、久遠は浮遊して眠る自分を見下ろした。


 『想い夢』と呼ばれる、幽体離脱を引き起こす呪法だ。

 元の肉体に惹かれる意識を無理矢理に引き剥がして自ら敷いた霊道を移動して玄関に立っていた久遠は、惹かれる感覚が治るまでその場にじっと止まった。


「ん……?」


 その間に、外に一般人より強い霊力の存在を感じた久遠は、念の為に『影の(わたり)』と呼ばれる隠遁法を自身の魂魄に施し、外へ抜け出る。

 霊力の強い者に姿を見られて、夜遊び扱いされるのは困るからだ。


 さらに『双つ身』という土人形に精神を移す術と違って『想い夢』の状態では強い術式は扱えないし、意識そのものが脆い。

 用心にこした事はないのだ。


 久遠は十分に家から離れた場所まで移動して、飛翔した。

 目的地は、植村くんの住む家。


 目印は翔くんの情動を吸った形代だ。

 家の前についた久遠は、ふわりとカーテンの閉ざされた窓に跳ぶと、そのままするりと壁を抜けて中へと入っていった。


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