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降魔の系譜  作者: 凡仙狼のpeco
《七殺》の久遠〜日本国警視庁降魔課の男〜
14/26

カマイタチ③


 グズる美香がおやつを食べながらも機嫌を直さず、結局泣き疲れて眠った後。

 久遠は慌てて洗濯物を取り込み、夕飯の支度に掛かった。


 気付けば、後一時間半もすれば真奈香が帰ってくる時間だ。


 別に夕飯を作れていない事に真奈香は怒らないが、何があったのかは聞かれるだろう。

 散歩をしていて、と言うのは簡単だが、出来るだけ悟られたくはなかった。


「しかし、あれだけ泣かれたのはマズかったな……」


 ちらっと美香に目を向けた久遠は、ジッと美香を見つめたが、軽く頭を横に振った。


 泣かせたくなかった理由は、家事以外にもあった。

 しばらく、警戒はしなければならないだろう。


 カマイタチの件も合わせて、それは、今すぐにどうする事も出来ない話だ。


 久遠は冷蔵庫の中を覗き込み、大根と人参、そしてワカメと下味を付けた冷凍の鶏肉を取り出した。

 いつもならだし昆布を煮立てるが、今日は濃縮出汁のお世話になる事にする。


 あんまり手抜きはしたくないが、時間が足りないので仕方がない。

 さして手早く料理が出来る訳でもない久遠は、普通にやると一時間くらい余裕で掛かってしまうのだ。


「えーと、次は鳥、鳥……」


 出汁を煮立てている間にラップで包んだ鶏肉の上に、水を張ったボールを置いて表面だけでも解凍する事にした。

 完全に凍ったままだと、包丁が入れにくいからだ。

 

 大根の皮を剥き、人参は洗うだけで皮ごと。両方をスライサーで薄切りにして鍋に入れる。


「鳥だけだと、メインが寂しいかな……」


 でも、手の込んだものを作れる程のレパートリーはない。

 ジャガイモと玉ねぎを乱切りにして、ジャガイモはレンジに掛けた。


 ゴリゴリのジャガイモも好きなのだが、あまり硬いと美香が食べられない。


「中華風で……」


 味が濃い方が、と言っても一般家庭に比べると久遠の家は薄味だが、中華系は調味料で味を誤魔化せるので楽なのだ。


 大根の水分で多めになってしまった汁ものの出汁をフライパンに貰い、そこに日本酒をすこし足して切った鶏肉を放り込むと、落し蓋でこれも煮る。


「後は汁にワカメを足して、味噌は食べる前に溶かして……あっつ!」


 焦るとろくな事がない。

 汁鍋を3個あるコンロの奥側に移動しようとして、熱されたフライパンに指で触れてしまった。


 冷やす時間が勿体ない、と指を咥えてフライパンを睨みつけた久遠は、ヒリヒリする指をそのままに次はサラダを作った。

 小さなポリ袋に入れたキュウリを塩もみして、冷蔵庫に放り込む。


 後は、最後に水洗いして水気を切ったキュウリにツナとごまドレッシングを足せばサラダも完成だ。


 煮込まれた鳥の肉汁をボウルに移し、刻んだ玉ねぎとキャベツ、レンジから出したジャガイモも放り込んで一緒くたに炒める。

 ちょっと水っぽくなってしまった。


「フライパン、洗うべきだったか……」


 言われたら謝ろう、と思って気を取り直した久遠は、残りの肉汁のアクを軽くすくって捨てる。

 少し肉汁を捨ててから中華調味料を中に放り込み、ソースに変えた。


 フライパンに投入すると、久遠好みの匂いが立ち、ちょっと嬉しくなる。

 グツグツと良い感じにトロミがついた所で火を止め、キュウリを水洗いしてツナサラダにした。


 時計を見ると、大体40分だった。


「よしよし。……あ。違う。米炊くの忘れてた」


 洗って置いておいた釜が目についたので米を洗い、高速炊飯で炊く。

 少し硬くなるので、心持ち水を多めに入れて。


「これで良し、と」


 そこでようやく一息ついた久遠は、美香を起こす前にスマホを見た。


 叶からリストが来ている。


 その名前と、聞き取りの状況がつぶさに書かれたものを拡大・縮小しながら改めて情報を把握するうちに、久遠はある一つの名前で目を止めた。


 深井翔。小学五年生。


 サッカークラブに所属しており、下校途中に足を怪我。

 かすり傷程度だが出血が多く、医者の見立てではガラス片が刺さったように傷が奥に達している。


 動くのに支障はないが、クラブは傷が塞がるまで念のために休み、次の大会のレギュラー争いの真っ只中だった彼は意気消沈している……という。


「深井さんとこの息子さん……」


 それは、小学校の前で立ち話をしていた女性の子どもの名前だった。

 続けて見ていくと、ピアノの子もコンクール前に練習が出来ない、子役の子は仕事がまだ少ないので支障はないが、傷が残るかもしれないのが心配だ、などと書かれている。


「これ、本人じゃなくて親の事情聴取か?」


 確かに得意な事が出来なくなるのはショックだろうが、傷が命に関わるようなものでなかった事を喜べないのだろうか。

 どことなく納得の行かないままに、久遠がスマホの情報を閉じると、インターホンが鳴った。


 ビクリと反応して、美香がグズり始める。


「いやー! いやー!」

「うんうん、嫌だったねー。後でおかーさんといっしょ見ようねー」


 慌てて美香を抱き上げてから久遠が玄関へ向かうと、相手は町長さんだった。

 回覧板を持ってきたらしい。


 町内持ち回りで、現在班長をやっている久遠は、回覧板と一緒に渡された町内祭りのプリントを配るのを面倒だな、と思いながら家に戻って美香をトイレに行かせてからテレビを付けた。

 テレビから離れた場所に美香を座らせると米が炊き上がったので、夕飯の仕上げを済ます。


「ただいまー」


 鍵を開けて家に入ってきた真奈香に、久遠は労いの言葉を掛けた。


「お帰り。今日もお疲れ様でした」

「うん、ご飯は?」

「出来てるよー」


 内心安堵しながら、真奈香のカバンを受け取ると。


「かーたん!!」


 テレビから母親に興味の移った美香がドタドタと駆けてきて、真奈香に飛びつく。


「たーいま!!」

「美香ちゃん、かーたんにはお帰りだよー」

「かえりー!!」

「はい、ただいま。良い子だった?」

「んー!」


 真奈香が腰を落として抱きしめながら聞くと、美香は元気に答える。

 今までグズってただろう、というツッコミは飲み込んで久遠は苦笑した。


「かーたん着替えるから、待っててね?」

「んー!」


 再びドタドタとテレビの前に戻る美香を追い掛けると、案の定テレビの前で齧り付こうとしていた。

 抱き上げて後ろの椅子に座らせて振り向いたら、 脱衣所へ向かう途中に台所を見て、真奈香が目を細めていた。


「久遠? 子どもの前でスマホはダメって言ってるでしょう?」

「いやあの、美香、さっきまで寝てたんだよ……?」

 

 焦って言い訳する久遠だが、その失言はさらに真奈香に油を注いだようだった。


「さっきまで!? こんな時間まで寝かしてたら夜寝ないっていつも言ってるでしょう!?」

「ご、ゴメン……」

「もー。健診の帰りもどうせ寝てたんでしょう?」

「あ、うん……」


 美香は真奈香が居なければ諦めて久遠と眠るのだが、真奈香がいる日は基本的に真奈香の添い寝でないと眠らないのだ。

 申し訳ないと感じながらも、色々あったんだけどなぁ、と内心思ってしまう久遠である。


 しかし真奈香は軽く鼻から息を吐いただけでそれ以上責めず、話題を変えた。


「健診は?」

「い、異常なしだったよ。ちょっと他の子より大きいっていわれたけど」


 それについては個人差の範囲なので、久遠も真奈香もあまり気にしていない。


「後でプリント渡すよ。13キロだってさ」

「最近重いと思ったらまた増えたのね……寝る時間が長くなってるのは、また伸びるのかしら?」

「かもね」


 最近また顎周りがふくよかになった美香を見て、真奈香は首を傾げてから脱衣所へ向かったので、久遠は真奈香の着替えを取りに二階に上がった。

 

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