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降魔の系譜  作者: 凡仙狼のpeco
《七殺》の久遠〜日本国警視庁降魔課の男〜
13/26

カマイタチ②


 家路に着いて大通りの角を折れようとした久遠のスマホから、着信音が聞こえた。

 

 久遠はポケットからスマホを出そうとしたが、一度引っかかって軽く眉をしかめる。

 スマホを扱えないわけではないがナビくらいしか有効活用していないので、このデカい図体は正直邪魔だと思う。


 携帯なんか電話とラインだけ出来れば良い。なんならラインすらなくてもメールで良かった。


 スマホに登録してあるのは、仕事先の番号と美香に関係のある病院や児童関連、市役所、そして真奈香の番号だけだ。

 ちょっと前まで持っていた、手にフィットする折りたたみのガラホを懐かしく思いながら、久遠が表示を確認すると架空の仕事先だった。


 しかしこの電話番号は携帯の番号で、所持者は課長以外で唯一彼との連絡手段を持つ同僚、蛇帯(へびおび) (かなえ)という女性だ。


「はい」

『後ろ』


 耳に当てたスマホから、前置きも何もない唐突な物言い。


 慌てて振り向いた久遠は、赤信号の道路を挟んだ向こう側に相手の姿を見つけて。

 即座に、手を上げようとする彼女を焦った気分で制止する。


「電話のまま、他人のフリで喋る」

『は?』


 相手の訝しげな声に、久遠は真剣な気持ちで相手の顔を見つめた。


「こんな家の近所で昼日中から女と立ち話なんかしてたら、何を噂されるか分かったもんじゃない」


 それは、久遠の死活問題だ。


 もし万が一、巡り巡って真奈香の耳にでも入ろうものなら……。

 二時間尋問の末、どのような事情があろうとも『執行猶予なし一週間無視の刑』に処されるのは確実である。


 久遠の嫁様は非常に嫉妬深いのだ。

 相手の女性は、そんな久遠の言葉にため息を吐いた。


 綺麗に撫で付けた肩口までの髪にパンツスーツスタイルの彼女は、一重まぶたの整った顔に渋面を浮かべている。

 

『らしくないし、所帯染みてるわね。おっさんみたいよ』

「実際におっさんだしなぁ……」


 久遠は一応二十代ではあるものの、後半年もすれば十の位が繰り上がる。少なくともお兄さんという年齢ではない。

 ベビーカーを端に寄せて車輪にストッパーを掛けると、側にあった自販機でカフェオレを買い……無駄な100円の出費だ……一服してるフリをしながら、電話口に再度話しかけた。


「それで、何の用だ? ついさっき受けた仕事は、まだ現場を見たばっかりだけど」

『被害者のリスト欲しいって言ってたでしょう。この案件のサポートは私よ』

「……後で画像で送ってくれ」

『紙に出力したんだけど』

「そんなものを家で真奈香に見つかったら、言い訳出来ないじゃないか。見たら消す」

『あんたね……』


 叶は苛立っているが、アポを取り付けなかった自分が悪いんじゃないか、と久遠は思った。

 彼女は、久遠の幼馴染であり、同時に陰陽寮の流れを継ぐ降魔課の中核を担い続けた一族の一人でもある。


 久遠自身は名古屋にある熱田神宮由縁の血筋であり、叶は愛媛県熊野神社に籍を連ねていた。

 もっともどちらも本家からの経脈は遠く、降魔課を維持するための家に生まれついた為、お互いに東京生まれで幼い頃から面識があるのだ。


「それで、被害者に何か共通点はあったのか?」

『ええ。とても分かりやすい共通点がね』


 仕事の話になれば、私情はお互いに挟まない。

 叶は道の向こうで手元の資料に目を落とすと、一度眺めてから答えた。


『被害者は、最初の一人を除いて全員が同じ学校の児童。最初の一人は教員で、被害者は全員、同じクラスのクラスメイトみたいね』

「同じクラス……」


 その後、叶が続けた言葉によると、怪我をした子どもは五人、大人が一人。

 子どもばかりを狙った無差別犯罪かと思っていたら、どうも違うようだ。


「その教員もクラスに関係が?」

『担任のようね』

「……意図的にカマイタチをけしかけている、という推測は当たっていたな」


 最初の被害者である教諭から、少し間を置いて二週間後に一人。五日後に一人。その後は三日に一回程度と、子どもが襲われた間隔が短くなっているらしい。


 被害者は例外なく路地で傷を負い、犯人の姿は見えず、人を殺すほどの負の情動も見えない。

 風の通り道であり、神域も近くにはなく、怨念溜まりでもなく、墓場が過去に埋め立てられた事もない。


「間隔が短くなっているのは、カマイタチが力をつけているのか、操る術師が慣れて来たのか……」

『カマイタチなの? 他の風霊である可能性は?』

「ないな。降魔課の方でも、そうアタリを付けたから俺に回して来たんだろう?」


 自然なカマイタチなら、風だまりになる場所でもないのに一か所で騒ぎを起こし続ける事は少ない。

 他の風霊であれば、この程度の被害では済まない。


 カマイタチによる霊害は、降魔課にとっては街中の喧嘩程度の騒ぎだ。


 被害自体も大きくはない。が、間隔が短くなっている点と同じ場所で被害が起こり続けている点から、降魔課は久遠に仕事を回して来たのだろう。

 カマイタチの駆除そのものは、見つけてしまえば容易い。


『……やめとく? 抱えている案件的にも、こちらでどうにか出来ると思うけど』


 叶が心配しているのは、カマイタチの被害ではなく久遠の抱える事情の方だ。


「術師、か……」


 その点だけが、久遠の頭に引っかかっていた。

 おそらくは降魔課長もそれくらいは読んでいる筈だ。


 ただのカマイタチ被害であれば久遠に回す理由も分かるが、術師の存在が臭う案件をこちらに回してくるとすれば、理由は三つ。

 術師自体が大した事がないと判断したか、降魔課で手の空いている人間に対処出来る者がいないと判断したか。


 あるいは、久遠の家族に関わる相手であると判断したか、だ。


「……仮面を、すぐに使えるように準備しておいてくれるか」


 久遠の提案に、叶は驚いたような声を出した。


『あれが必要な案件なの?』

「杞憂に終われば良いが、念のためにな。現場を見た感じ、大した案件ではないと判断したんだろうけど」

『……もし、万一があれば?』


 久遠は目を細めた。


「美香を置いていく、という選択肢はない。もう一度現場に向かうとしても、どこかに預けるより俺のそばの方が安全だ」

『降魔課預かりにしても良いのよ?』

「美香は話せるようになっている。もし話されたらどう言い訳する?」

『近くに託児所を開く方法もあるわ』

「その一回だけの為に開いて閉じるのか? 悟られるような行動は極力避けるべきだ。……いつもの場所に仮面を保管してくれ」


 叶はため息を吐いた。


『課長も何を考えてるの』

「あの人は怪異国防しか考えていないだろう。それに、術師自体が大した事はない、と俺は睨んでいる。その程度は、現場を見れば分かる。後で見に行くんだろう?」

『見て分かるのは、あんたくらいよ。自分自身は推測しているつもりかもしれないけれど。昔から言ってるように、貴方程の直観力は、希少なのよ』


 久遠は、叶の言葉にこめかみを掻いた。


 直観力とは、理屈に依らず物事の本質を見抜く力の事を言う。

 超常的な力を操る者には多かれ少なかれ資質があるが、久遠の場合は物事を悟る力が頭一つ、他の者達から抜けていると、昔から言われていた。


 分かってしまうのだ。

 久遠の思考は常に先に答えがあり、答えを証明するような形で全てを固めていく。


 悟り、とも呼ばれる思考の在りようは、容易く久遠を周囲から浮かせた。

 彼の自堕落の仮面は、自分を周囲に溶け込ませる為に作ったものであり、彼は呪術によって自分の精神を封じていた。


 方向音痴は、その弊害だ。

 しかし仕事の時には、彼は自身を封じない。


 怪異の真実を悟る事は、彼に与えられた『人々を守る』という役割において必要な事だからである。

 そんな久遠が仮面を望んだからこそ、叶はここまで警戒しているのだ。


「念のため、だ。油断する気はない。最初に被害に遭った教員は、何時頃にやられた?」


 久遠はあまり、その話題に触れられるのが好きではなかったので、話を戻した。


『夜の7時。家に向かう時にあの道を通ったそうよ。ちなみに男性』

「何故、子どもではないのに最初の被害者だと?」

『彼自身は、どこかで気付かない内に引っ掛けたのかとでも思っていたみたいだけど……生徒の親と話して、自分にも同じような事があったと気付いた、と書いてある」


 久遠は納得した。

 関係者であれば子どもでなくても狙われる可能性があるという事ならば、いずれあの小学校の教員や他の生徒にも被害が広がるかも知れない。


「他にも何か、有益な情報はあるか?」


 叶は少し考えるように沈黙すると、眉根を寄せて情報の書かれた書類と睨めっこした。


『怪我の部位、かしらね?』

「部位?」

『ピアノを習っている子の腕。子役事務所に登録している子の顔。サッカークラブに入っている子の足。内情に随分と詳しそうな感じがするわ。大事なものを知っていて、それを狙っているように見える』


 大切なもの、と久遠は言葉を繰り返した。

 大した怪我ではなくとも、一時的に支障は出るだろう。


 特に子どもであれば、自分が誇るものを傷付けられる事は傷が大きい筈だ。

 体の怪我よりも、心の怪我を狙っているのか、と久遠が考えた所で。


「……とーたん?」

「うわっと!」


 思考の海に沈んでいた久遠は、寝ぼけた呼びかけに思わず身を竦ませ、ほとんど飲んでいなかったカフェオレを服にこぼしてしまう。

 焦って払った途端に、今度はスマホを取り落としそうになって受け止めた。


「あ、危なかった……」


 服のシミはともかく、スマホは高い。

 壊したらまた怒られる所だ。


『何を遊んでいるの?』


 道の向こうで呆れたような目を向けてくる叶の声がスマホから聞こえ、久遠は早口に答えた。


「美香ちゃんが起きた! またな!」

『え? ちょっと……』


 電源を切って、ポケットに仕舞うのももどかしく、美香ちゃんセットの入ったカバンにスマホを放り込み、続いて中身の入ったカフェオレをゴミ箱に放り込むと、久遠は叶を見もせずに家に急いだ。


「美香ちゃん、おっきしたねー! おうち帰ろうね!」

「んー……」


 ベビーカーを押しながら問いかける久遠に、まだ眠たそうに答える美香。

 完全に覚醒するのはまずい。その前に家に帰らなければ。


 寝ぼけている間は、美香は大丈夫なのだ。

 問題は起きた時である。


 久遠が焦る理由……それは、最近成功し始めた美香のある行為に由来する。


 美香は、トイレトレーニング中なのだ。

 成功すれば褒められる事を知った美香は、今、やる気になっている。


 だが、この子は理想が高いのか、出来るはずの事で失敗すると極端に機嫌が悪くなる。


 もしそうなると。

 今から夕飯の支度をしなければならない久遠は、彼女をあやし、おんぶしながらそれを行う羽目になる。


 腰が痛くなるし、疲れるし、お風呂も歯磨きも寝かしつけも、そうした全てが滞るのだ!


「美香ちゃん! もうすぐおうちだからね!」


 この任務は、最優先で完遂しなければならない。

 久遠は家に着くと、ベビーカーのシートベルトを最速で外し、全てをほっぽり出したまま鍵を開け、美香だけを連れて家の中に飛び込む。


 ……しかしこの後、美香はぎゃー! と激しい泣き声を上げた。


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