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降魔の系譜  作者: 凡仙狼のpeco
《七殺》の久遠〜日本国警視庁降魔課の男〜
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序章

序章


 日本国警察・警視庁降魔課。

 政府機関の概要には記されていない、超常の陰魔を狩る者達が所属する国家機関が存在している。


 現在では概念存在と呼ばれる、妖怪変化や悪鬼羅刹による被害が災害に発展しないよう防ぐ組織である。

 陰陽寮の命脈を継ぐその組織には、名前だけが記載され、ごく一部の者しかその姿を見たことが無い男が在籍していた。


 ―――《七殺》の久遠。


 階級は降魔巡査。

 彼のプロフィールには、経歴とその名前以外にはただ一言、降魔課の中でも特異な能力と言われる『神降ろし』の異能所持者、とだけ書かれていた。


※※※


「久遠~~~ッ!」


 自分を呼ぶ女性の声にパチッと目を覚ました天野久遠(あまのくおん)は、慌てて枕元の時計を見た。

 針が8時を指している。


 しまった、と思いながら久遠は起き上がってメガネを掛けると、寝癖のついた頭を掻きながら慌ててリビングへ向かった。


「だから早く寝さないって言ってるでしょう! いつも!」

「ご、ゴメンゴメン」


 あはは、と笑って誤魔化す久遠に、冷たい目をした女性が鼻を鳴らす。

 嫁の真奈香(まなか)だ。2つ年下の彼女に、久遠は頭が上がらない。


 公認会計士の資格を持つ彼女は大手監査法人に勤めており、ついこの間昇格した。

 美人で仕事も出来るとなれば引く手数多かと思いきや、近寄って来る男はいなかったらしい。


 まぁ性格キツいしな、と久遠は、フチなしメガネにひっつめ髪、薄化粧でも涼しげな美貌を微塵も衰えさせていない嫁を見る。


「……何?」

「いや、なんでも」


 真奈香の出勤前は下手な事を言わない久遠である。

 特に機嫌が悪いからだ。


「ごっとーたまでした!」


 そんな両親を気にする事なくまぐまぐと食事を終えたのは、もうすぐ二歳になる娘の美香(みか)だ。

 美香が一歳になるまで堂々と育休を取った真奈香の躾は完璧である。


 子供らしく取りこぼす事はあるものの、きちんとテーブルに向かって座り、食後には手を合わせるのだ。


「もう行くけど、良い? 今日は美香の検診だからね!」

「ああ、分かってるよ」

「場所も?」

「うん。レイクっていう施設だよね」

「位置は」

「一回行ったから分かる……と思うけど」


 方向音痴を自認する久遠に、再度鋭い視線が向けられるが、何かを言われる前に久遠は告げた。


「プリント持って行って、最悪スマホにナビしてもらう」

「よろしい。30分掛らないけど1時間前には出なさい。あの施設、遊びスペースがあってア○パンマンのアニメを常に流してるから、アニメに飽きたら絵本や積み木で時間潰せるし」

「り、了解」


 記憶力も計画性も足元にも及ばない久遠は、コクコクと頷いた。


「今日は電話出れないからね! 洗濯物も回し終わったし風呂掃除も終わってるから、後は干して部屋の掃除と皿洗いよろしく!」

「あ、うん、ありがとう」


 黒いバッグを手にして入り口へ急ぐ真奈香に、邪魔をしないよう美香を抱き上げた久遠は、娘にデレっとした笑顔で告げた。


「じゃ、かーたんにバイバイしようか」

「うん!」


 ニコニコとした美香は真奈香に良く似た顔立ちで、真奈香よりも目がぱっちりとしている。

 背こそ高いもののひょろりとした無精髭の久遠は割と薄い顔で、幸いな事にその要素は美香には見受けられない。


 どうか是非とも、頭の中身も真奈香に似て欲しいと思う久遠である。


「かーたん、バイバーイ」

「はい、行ってきます」


 入り口で靴を履き終えた真奈香に、美香が手を振ると、真奈香はついぞ久遠には見せない優しい微笑みで彼女に答えた。

 娘と嫁はお互いの頬にキスをし合い、それを微笑ましく見つめる久遠に、唐突に真奈香が手を伸ばしてきた。


「うぐ!」


 いきなり後ろ首を掴んで引き寄せられて息を詰めた久遠は、目の前にある真奈香の顔を見つめる。


「行きと帰りの約束は、いつになったら覚えるの?」

「あ、うん、ゴメン」


 久遠も真奈香とキスをして、真奈香は出かけて行った。

 別に忘れていたのではなく、ぼんやりしてただけなのに、と久遠は心の中で言い訳をする。


「とーたん! ちー兄さん!」

「ああ、そうだね」


 8時から放送される子ども番組の歌のお兄さんの名前を言う美香を、きちんと画面から離した位置に座らせて久遠は皿洗いを始めた。

 天野家は一軒家だ。


 こんな都心の近くに二階建ての家を建てて住めるのは、ひとえに真奈香のお陰である。

 マンションでも別に良いんじゃ、という久遠に『周囲に対して喧騒を気にする生活を美香にさせるの?』と言われては仕方がない。


 金を出すのは久遠ではなかったし、高い買い物に彼女が納得しているならそれで良かった。

 久遠は主夫だ。


 それも、真奈香に出会うまでは定住する家すらない生活をしていた。

 拾われたと言っても過言ではない。


 一応、仕事はしているものの……内容は真奈香には秘密だったし、久遠の勤務状態から、給与は雀の涙だ。

 地方公務員なのに歩合制なんて職は、あの仕事以外にはないに違いない。


 確定申告やらなんやらがややこしいので、派遣扱いで副業、と真奈香には伝えている。

 お陰でご近所さんからは影でヒモ扱いされていた。


 真奈香に拾われてからこっち、彼女のきっちりとした性格によって服こそ季節ごとに新しいものに変わるが、久遠は言われないと慣れた服以外は着ない。

 美香が幼稚園に通い始めたらきっちりしろとは言われるが、現状無精髭も寝癖も特に何も言われない。


 それがますますヒモ扱いに拍車を掛けているのだが、そもそもあまり人目を気にしないタイプなので、美香には申し訳ないと思いつつ、いつもそのままだ。


 子ども番組が終わるまで、ドアを開け放して隣部屋に移動する。

 ベッドの上の布団を綺麗に畳みながら布団と枕に掃除機を掛けていた久遠は、美香に声をかけた。


「洗濯干すよー」

「おにかい、あがるー!」


 先に階段へ向かう美香を、久遠は慌てて洗濯物を入れたカゴを手に追いかけた。

 一人で登れるのだが、目を離すなと真奈香に散々言われている。


 一度、育休中に真奈香が用事で出かけた時に寝不足でうとうととしてしまい、歩き始めの美香が頭をぶつけてコブを作った事があり、正直に申告すると一週間ほど口を利いて貰えなかった。

 それ以来、ちょっと反省したのだ。


 久遠は、洗濯物を干すのは嫌いだ。

 シワが上手に伸ばせず、いっつも真奈香に文句を言われるからだ。


 最近、干す前にはたき、膝でならせば良いと気付いたが、結構面倒くさい。


「とーたん、だっこー」

「ああ、開けっ放しにしちゃダメだよ!」


 丁寧に30分くらい掛けて洗濯物を干す間、二階に置いてあるオモチャで大人しく遊んでいた美香が飽きたのか、途中で網戸を開けてしまった。

 仕方ないので、常備してある虫除けを美香に塗ってベランダに出す。


 網戸を開けっ放しにすると蚊が入るので、真奈香が嫌がる。

 久遠はまるで刺されないのに、真奈香と美香はしょっちゅう刺されるのだ。


 蚊も、優秀な血が欲しいんだろうなーと思う久遠である。

 

 洗濯と掃除を終えると軽いおやつ。

 丁度開始一時間前になったので、久遠は美香に靴を履かせて、真奈香の準備した美香ちゃんセットの入ったリュックを持って家を出た。


 ベビーカーは普段極力使わないようにと言われていたが、検診に遅れそうになった時に美香を抱いたままだとスマホナビ頼りづらいので、今日は使った。

 決して、美香と一緒に歩くよりも楽だという理由ではない。


「良い天気だねー」

「いーてんき!」


 ベビーカーで喜んでいる美香に話しかけると、元気な声が青空に弾けた。

 


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