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9、デシューツ脱出作戦2

 デスパイズを出発した俺たちは、エスターシアに向かう街道を順調に進んでいた。


「リゲル司教が無事で安心しました。死亡したと聞かされた時は肝を冷やしましたよ」

「ポトマック殿に心配をお掛けして申し訳ない。敵の排除に手間取りましてね」


 リチャード・ポトマックは、アリアの認識阻害魔法によって彼女のことをリゲル司教と思い込んでいる。

 もう一つ、これは偶然の産物なのだが、俺の探索スキルを実行中にアリアが誤って認識阻害を使用したところ、リチャードの記憶を改ざんできたのだ。

 大きな変更はできなかったが、それでもプレイサが彼に剣を突きつけたことや、パトリックが俺たちに協力していた記憶を消し、彼を襲ったのは黒ずくめの衣装を纏った異教徒ということにしてある。

 俺とアリアの疲労が起因のミスであったが、結果はご覧の通りだ。

 

 ただ、この合わせ技は注意を払う必要がある。それは被験者側に相当な精神的負担を強いることだ。


 異教徒の襲撃という記憶を植え付けている途中で、彼は白目を剥き、唐突に叫び出したのだ。

 危険を感じたリリスが、俺とアリアの術を強制解除させたので彼は今ここに居る。

 あのまま続けていたら精神を崩壊させ廃人になるところだったらしい。

 事実とニセの記憶の乖離が大きいほど、被験者の脳へのダメージが大きくなることが分かった。


 リリスが知る限り、この世界に記憶改ざん魔法は存在しないため、ある意味危険な組み合わせ魔法術だ。


「黒ずくめの異教徒共は始末できたのですか?」

「もちろん1人残らず消しました。私の護衛がね…」 

「優秀な部下をお持ちのようで、うらやましい限りですな」

 

 リチャードは指揮官に抜擢されたことが嬉しかったらしく、終始上機嫌でリゲルとの会話を楽しんでいた。


『アリアちゃん、うまく話せてるよ。その調子でよろしくね』

『はい』


 アリアは素っ気ない返事だった。祖父母の仇である司教を、自ら演じるのが嫌なのだろう。 


 街道は、村で全く見かけなかった商隊と何度も遭遇した。

 侵攻計画が外部に漏れているのか定かではないが、商人たちは独自の勘覚・感覚で、それを察知しているのだろう。

 武器や防具などを積んだ荷馬車を何度も見かけた。

 戦争は商人にとっては稼ぎ時なのだ。

 

 俺たちはデシューツの軍旗を掲げているため、その隊列ということが一目で分かる。

 商隊は俺たちを認識した途端道を譲ってくれる。

 この優越感がなんとも堪らない。


 しばらく進むと街道の分岐点と、軍の屯所が見えてきた。


「あそこが街道の分岐点ですな」


 リチャードが分岐点を指さした。


「災害があってルート変更されたのでしたか?」

「その通りです。司教」


 分岐点で停止するため、副官が後列の馬車へ合図をした。

 3人の兵士が屯所の前に立ち、新しい道を進むように誘導している。

 

 車列が停止するとリチャードが敬礼をし、兵士に話しかけた。


「私は護送隊の指揮官リチャード・ポトマック少佐だ」

「護送任務お疲れ様です。私は警備主任のテオドール・リンデンベルグと申します」

「公爵への贈答品である奴隷を運んでいる」


 リチャードは通行証のみ提示していた。

 偽造した書類が通じるか見ものだ。

 

「確認しました。どうぞお通りください」


 警備主任が敬礼してきたので、リチャードは軽く手を挙げ応えた。

 通行証に問題はなく無事に通過することができた。


『やはり現役の軍人は違うなぁ』


 俺はリリスに話しかけたつもりだったが、返事は帰ってこなかった…。


 ここからはルート変更された新しい街道を進むことになる。

 侵攻作戦を控えているせいか、道幅は広めで路盤もしっかりと固められているので進みやすい。

 奴隷に扮している村人の男衆も、これなら歩きやすいはずだ。


『ア~キト~』


 しばらく沈黙していたリリスが、とても間の抜けた声で話しかけてきた。


『急に湧くなよ。びっくりしたじゃないか!。さっきは無視しやがって』

『湧くってなによ!私はモンスターじゃないわ。失礼ね』

『何か見つけたのか?』

『そうなのよ』


 彼女は俺たちの石に吸収したリゲル司教から得られた知識や情報を調べていたようだ。


『使い魔っているじゃない。あれと似たもので式神ってのがいるのよ』

『式神なら知ってるぞ、俺の世界で大昔あったとされてたからな』


 この世界に陰陽道が存在していることに驚いた。

 リゲルはその研究をしていて、式札から式神を作ることに成功していたのだ。


『そうなの?とにかく式神を使ってさ周囲の状況を調べておきたいのよ』


 使い魔は、動物などに催眠をかけて使役するそうだが面倒なので、彼女はあまり使ってないらしい。

 式札から必要に応じた形に変身できる式神は、物ぐさな彼女にとって理想的なものなのだ。


『でも、悪魔が式神を使うって聞いたことないぞ。そもそも俺のいた世界じゃ、悪魔も召喚される対象だったから、式神も悪魔も似たようなものだと思うんだ』

『それってとても失礼なんですけど!覚えておきなさい、この世界では悪魔は召喚されるような安っぽいもんじゃないの』

『覚えておくよ』


 妙なところでプライドの高い悪魔だ。俺のいた世界とは違うから、彼女の言い分は理解しておく必要があるだろう。

 今後も同じ石で同棲していくのだから…。


 リリスは、アリアに式札のイメージを送り紙で作らせることにした。

 しかし、この時代の紙は高価な物だったので、気軽に使える紙なんて誰も持っていない。

 仕方ないので聖書に使われている紙を用いることになった。

 なんとも罰当たりな方法だ。

 

 唐突に聖書を破り短剣で切り始めたリゲルを見て、リチャードは開いた口が塞がらなかった。

 聖職者が聖書を破いている、気でも触れたのだろうかと彼は心配した。


「し、司教様…?聖書を破ってよいのですか?」

「聖職者だからこそ、破るのを許されているのです」


 謎の持論を展開し始めたリゲルをリチャードは、ただ見ているしかなかった。

 司教様がされることなのだから、何か意味があるはずだ。私のような俗世の卑しい者が、この方の崇高な考えを理解できるはずがない。黙って見ておこう。。。と。

 彼は貴族出身なので、けして卑しい身分の者ではない。その彼が、そんな考えに至るくらい司教の行動は異様なものだった。


「私が聖書を使うのは、女神ラフィエル様のお力をお借りするからです。我々の安全を確保するために、私は聖書から式神を作ります」

「式神?」


 耳慣れない言葉に、リチャードは首を傾げた。


『リリスさん、これもう恥ずかしくて嫌です。正常な人の発言じゃないです』

『私の言う通りにすれば式神ができるから、誰もあなたの気が触れたなんて思わないわ』

『本当に成功するんですか?』

『大悪魔の私を信じなさい。そうすれば救われるわ』


 悪魔の口から、そんな言葉が聞ける日が来るなんて誰が予想しただろうか。

 俺は歴史的瞬間に立ち会っているのかもしれない。


 そんなどうでもいい事を思っているうちに式神1号が完成した。

 不死鳥フェニックスだ。


『どうよ、これ凄くない?不死鳥フェニックスよ!』

 

 それは燃えるようなオレンジ色の羽を持ち、見た目は確かに凄い。

 しかし、目立ちすぎて偵察には向いていない。


『本当にできたんですね。きれいな色ですね』


「司教様、すごい鳥をお作りなったのですね」


 アリアもリチャードも驚いている。


『でしょー、もっと私を褒めてもいいのよ』

『リリス、これって偵察用だよな?』

『そうよ。目立つから普通の鳥と区別がついていいじゃない』


 区別がついては困るのだが…。

 何を考えているのだコイツは。


『この世界でフェニックスはありふれた鳥なのか?』

『と~っても珍しい鳥なのよ』


 リリスは自慢げに答えた。


 この世界にフェニックスは存在するらしいが、希少種らしく滅多にお目にかかれないそうだ。

 それ故に見た者は幸運が訪れると言われていて、縁起の良い吉鳥とされている。

 そんな鳥が偵察に出れば、珍しいから注目を浴びるに違いない。

 

 リリスは、単に「私は吉鳥も作れるの、凄いでしょう!褒めて」といった軽い気持ちだったのだろう。

 俺は問題点を彼女に伝えてやった。


『…その通りね。。。フクロウとかタカにするわ』


 指摘され落ち込んだリリスは、いじけながら新しい鳥を作り始めた。

 結局フェニックスは、遠方へ偵察に出るのではなく周囲の危険を察知する役となった。


  ◇ ◇ ◇


 全ての式神が完成する頃には、日も傾き、山に隠れようとしていた。


 鳥はフェニックスを除いて4羽作られ、そのまま偵察に出された。

 彼らは何かを発見した場合、俺たちに映像を送ってくることになっている。


「今日はここで野営をする。皆で準備をするとしよう。村人たちの縄をほどいて手伝わせろ」


 リチャードから野営の令が下された。

 通常奴隷には金属製の足かせなどをつけるが、相手が気心の知れた村人だったので、負担の少ない縄で軽く繋いでいる。

 故に外すことも簡単なのだ。

 

 今回は馬車ごとに班分けをして、その責任者に兵士が就く。

 テント張りの営舎は、班ごとに一張りで食事も班ごとで作る。

 兵士の人数が限られているのと脱走の心配が少ないため、このような形にしたようだ。


 俺たちの営舎は、班の責任者になっていない兵士と副官、パトリックが設置してくれた。

 食事はパトリックとプレイサが担当。

 遠征などの場合は日持ちする保存食を使うことが多い。

 村では何らかの事情で補給が食料の支援が遅れた場合に備えて、保存食を常に確保していた。

 今回はそれと、村で収穫した新鮮な野菜を持参している。

 しばらくの間は、保存食と野菜の組み合わせが続くだろう。

 

 今夜は塩漬けニシンとジャガイモのスープ、それに野菜とワインだ。

 日が完全に沈んだころ夕食が完成した。

 奴隷に扮している村人も同じ食事だ。

 通常ではあり得ないことだろう。


「ポトマック殿はお優しいのですね。奴隷にも私たちと同じ食事をとらせて、ワインまで振舞うとは」

「手厳しいご指摘ですな。奴隷と同じ物しか用意できなくて申し訳ない。彼らは奴隷ではありますが、我々と同じ人間です」


 リチャードは人格者のようだ。

 彼が奴隷に接している方法は、兵士が少ない場合に用いられることがある。

 それは反乱を起こされたら鎮圧するのが難しいからだ。

 移送中の食事は数少ない楽しみの一つ。

 通常より良い物を与えたり、兵士たちも同じ物を食べていると見せて反乱のリスクを減らすのだ。


 だがリチャードの場合は、彼らが同じ人間という理由で行っている。相手が村人だからという可能性もあるが…。

 

 酒が進むと、一部の班で踊り出す者が現れた。

 さすがに楽器は無いので、手拍子でリズムをとって踊っている。


『みんな楽しそうだわ。私も体があれば踊りたい気分よ』

『確かに楽しそうだ。なんの踊りだ?』


 それは盆踊りと何かを混ぜた不思議なものだった。


『アキトさんは初めて見るのですよね。あれは収穫祭の時に踊るものです』


 世界が変われば、収穫祭の踊りも変わるんだなと思い、俺が彼らの踊りを眺めていた。


 しばらくして踊りも終わると、夜警の兵士と村人数名を残し、みんなテント張りの営舎で睡眠をとる。

 野営地に静けさが戻ってきた。

 中心地では、警備の者が暖をとるための焚火があり、パチパチと音を立てながら燃えている。

 時おり火の粉が宙に舞っては夜空に消えていく。

 ついでに夜空を見ると、プラネタリウムと見まごうような星空が広がっていた。


 俺たちは地図を広げ、リチャードと明日の移動地点などを再確認した。


「予定では明日中に最初の検問所に到着します。現在地がここですから…ん?」

「ポトマック殿、どうかされましたか」


 リチャードの顔が固まっている。何か問題でも発見したのだろうか。


「司教様、申し上げにくいのですが、私の判断ミスで魔物の多い森の比較的近くで野営してしまったようです」

「なぜミスだと?」


 彼は凡ミスをするタイプに見えない。


「言い訳になりますが、護送の任務はかなり久しぶりでして、現在地を見誤っておりました。指揮官失格です」

「ということは、深夜にモンスター共が襲ってくる可能性があると?」

「そうです」


 移動に関しては彼に任せていたので、チェックを怠った俺たちにも責任がある。

 今さら営舎を畳むのは厳しい。みんな疲れているので休ませないと、移動速度が落ちて教会の奴らに追いつかれてしまう。


「私が式神に周囲を偵察させます。モンスターがいた場合は我々だけで対処しましょう。失礼ですがポトマック殿の剣の腕前は?」

「少々のモンスターでしたら問題ありません。以前は戦いの前線にも出ていましたから」

「ただ、予想以上の数でしたら営舎の撤収も考えておいてください」

「もちろんです」


『リリス、リチャードのステータス見れるか?』


=====

名 前:リチャード・ポトマック

種 族:ヒューマン

職 業:軍人

レベル:35

経験値:3780

体 力:240/350

魔 力:55/100

幸 運:65

知 性:C

戦 術:B

速 さ:A

防 御:C

器 用:B

スキル:剣術B・槍術C・盾C・戦術魔法D・隠蔽C・隠密C

称 号:下級勲爵士/下級貴族

=====


『剣術に関してはプレイサよりやや劣るが問題無いだろう』

『そうね』


 下級勲爵士の称号も持っているし、隠蔽と隠密スキルも有しているのが特徴だ。

 

『それじゃフェニックスちゃん、偵察ヨロシクネ!』


 フェニックスに目的を伝えたリリスは、不死鳥を放った。

 

 飛び立って10分もしないうちに映像が届いた。異常を発見したということだ。

 リチャードの予想通り、モンスター共がゆっくりとこちらに迫ってきている。

 

『リリス、あいつらどうやって俺たちの気配を察知したんだ?』

『そりゃあんだけ騒いだら聞こえちゃうわよ』


 風が森の方へ流れていたのも、モンスターを呼び寄せた原因のようだ。


 俺たちは寝ていたプレイサと副官を起こし、奴らを退治するため森へ向かうことにした。

 夜警の兵士にはその旨を使えてあり、異常が発生した場合はみんなを起して逃げるように伝えておいた。

 目の前には、月の光を通さない真っ暗な森が俺たちを待ち構えていた。

フェニックスは夜だったので目立ちまくりだった。

月以上に目立っている…。

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