8、デシューツ脱出作戦1
教会のスパイと思われる男と話しているのはどう見てもパトリックだ。
信頼できそうな爺さんだったので非常に残念。
今思うと、ここは長くても1年いれば隣国に行けるはずなのに、あの爺さんは既に1年いると言っていた。
そこに疑問を持っていれば、彼も教会の関係者だと気づけたはず。
俺はまだ鑑識眼が甘いようだ。
「2人とも捕らえようか?」
「ちょっと待って」
リリスは魔法を使って何かを確認しているようだ。
「アキト、念斬りは銃としても使えるわよね」
「機関砲は成功してるから大丈夫だろう」
「スパイの男を狙って、あいつ左の袖中にナイフを隠し持ってる」
俺には何も見えなかったが、リリスには男の行動がわかるようだ。
赤外線装置のような魔法でも使っているのだろう。
「合図したら撃ってちょうだい。じゃないとパトリックが刺されるかもしれない」
「それって、パトリックは教会と関係ないってことか?」
「言ったでしょ、彼は独特の臭さがないって。少しは私を信用なさい」
悪魔は人を騙すというが、彼女は一般的な悪魔とは違い人間好みたいだ。妙に人懐っこいところがある。
村人には悪魔と名乗らず契約したが、これは混乱を避けるためなのでノーカウント…。
俺はリリスに言われた通りに銃をイメージする。
それはトカレフTT-33。
もちろん実物なんて目にしたことも触れたこともないが、テレビのニュースで密輸で押収された物を見たことがある。
それを今必死に思い出している。
最後に☆のマークを思い出しイメージが完成した。
「パトリックは、あの男のことを怪しんでるようね」
「あの爺さんがスパイじゃなくて本当によかったよ」
「今よ、撃って!」
胸をなでおろす間もなく、リリスが射撃の合図をした。
俺は男の腕に狙いを定め、引き金を引くところをイメージ。
すると「パーン」という乾いた音が周囲に響くと同時に、弾は男の腕に命中。ナイフが宙を舞った。
同時に駆け出したプレイサが男に剣を突きつけ任務完了。
その時間僅か5秒(体感)だ。プレイサの俊敏性は目を見張るものがあった
音を聞いた村人が、何事かと不安そうな目を向けてくる。
「アリア経由で発言する魔法を頼む」
俺はリリスに魔法を頼んだ後、アリアに爺さんを見た後に男へ視線を移すように伝えた。
「パトリックさん大丈夫ですか?この男はあなたを刺そうとしていました」
パトリックは何が起きたのか分からない様子だったが、地面に落ちていたナイフを見て、自身がアリア達に助けられたことを理解した。
「か、彼が教会の?」
「おそらくそうです。ここでは目立つので移動しましょう」
『リリス、人に対して探索スキルを使えると思うか?』
『試してみる価値はあると思う』
◇ ◇ ◇
パトリックの家に戻った俺たちは、探索スキルを使って男から情報を引き出すことにした。
拷問するより効率がいい。男の左手はアリアの治癒魔法のおかげで完治している。
スキルを使う前にパトリックから事情を聞いてみる。
「彼はロメスといって、半年前に村にやって来た者です。馬番でもないのに厩舎で不審な動きをしていたので問いただしておりました」
パトリックは男の名と声をかけた理由を話してくれた。
おそらく名前は偽名だろう。
ここで男が表情をこわばらせて反論する。
「それは逆だ、パトリックが怪しい動きをしていたので、俺が彼に理由を聞いたんだ」
『リリス、ロメスから司教と同じ匂いはするか?』
『少しするけど、彼は不死身じゃないわ。それより早くスキル使った方がよさそうよ。奴が真実を語るはずないからね』
俺は呼吸を整えて、彼の中に入り込むイメージを浮かべる。
すぐに彼の記憶が俺の中に入って来た。
『アキト、私にも同じ物が見えるんだけど、少し年代を絞ってみてよ。これじゃ彼の幼少期とか初恋とか、どうでもいい記憶まで見ることになるわ。初体験はちょっと興味あるけど…』
――男の初体験なんて、ん?この場合相手は女性ってことか。少し見てみたいような…。
『年代なんてどうやって絞るんだ?5年くらい前の彼を想像すればいいのかな』
『そんなところかしら』
男の見た目は20代後半といったところだ。
彼の25歳くらいを想像…。男を見て想像することに慣れてない俺は、少々手間取ったが目的の記憶を引き出すことに成功した。
このスキル、欲しいところの記憶を検索やソートする方法を確立すれば、短時間で必要な情報を引き出すことができそうだ。
時間のある時に練習してみよう。
『この男って聖職者じゃなくて軍人よね』
彼の名はリチャード・ポトマック、貧乏貴族の5男だ。
家督を継げない彼は、軍に入りスパイとしての訓練を受けている。
現在の階級は少佐。
『こりゃ、情報将校ってやつだな』
『何か裏事情とか知ってるんじゃない?』
俺は機密に関する情報を持ってないか探ってみると、興味深いものが幾つかヒットした。
一番驚いたのが、デシューツがエスターシアへ侵攻作戦を計画していることだ。
このデスパイズの村周辺は元々エスターシア領だったが、英雄王カトマイが侵略して奪い取った地域である。
次の作戦でさらに領土を奪うようだ。
エスターシアは隷属になることを拒み続けている国の一つで、カトマイは少しづつ領土を奪い、要求をのませようとしている。
次に得られたのは現在のエスターシアまでのルートだ。
地図にない検問所が2か所設けられており、地形の関係で迂回することは厳しい。
かなり遠回りすれば可能だが日数がかかりすぎる。
男の正体とデシューツの最新情勢が入手できたので、探索スキルを一度解く。
かなりの魔力を消費したようで疲れがどっと出てきた。
これは記憶を探られているリチャードも同じだったようで、魔法で脳をいじられたと思っているのか、無言でアリアを睨めつけていた。
『こいつら本当にエスターシアへ侵攻する気だわ』
『今すぐってわけじゃないが、準備は着々と進んでるな』
「お前ら何もんだ、さっきから俺に何をしているんだ?」
得体のしれない実験をされていると思っているリチャードは苛立ちを露わにした。
『アキトさん、何か返事しましょうか?』
睨まれ続けて気が滅入ってしまったのか、アリアが不安そうな声で尋ねてきた。
まだ9歳なのだから仕方ないだろう。俺だって、あんな般若のような顔で睨まれ続けたら、たじろぐかもしれない。
それくらい奴の表情は厳しいものになっている。
『無視していいよ。もう少し頑張ってくれ』
『分かりました』
次に俺は作戦に関して情報を持っていないか調べるために、再び記憶を探ることにした。
特定のキーワードで検索をかけて、結果をソートして重要な順番に見れるかどうかも試してみた。
以外にも試みは成功した。探索ランクはチートスキルなのかもしれない。相手の記憶を探るなんて普通のスキルではあり得ない。
ややあって、必要な情報が出そろったようなので確認することにした。
彼は情報将校だけあって作戦についての記憶も有していた。
ただ、ここは侵攻作戦と関係ない村なので詳細な情報までは与えられていないようだ。
それでも、彼の記憶を探る限り作戦の進捗は70%近くまで進んでいると思う。
今はエスターシア領内の貴族へ、戦いが始まればデシューツ側につくよう懐柔工作を進めているようだ。
幸い、俺たちが向かおうとしているテハス村を領地にもつ公爵は難色を示しているようだ。
そして近日、その公爵宛に貢物として奴隷を運ぶ計画がある。
――これは使えそうだ。
霊力が減って来たので記憶を探れたのはここまでとなった。
少し休憩して、情報の整理をしようと思う。
スキルの使用を解くと再び疲れが押し寄せてきた。
まるで魂でも削っているのではないかと思うくらいだるいのだ。
対面で縛られて座っているリチャードも、先ほどより疲労度が濃くなっている。
「お前ら、魔法で俺の記憶でも探ろうとしてるのか?だが残念だな、俺は特殊訓練を受けているからそんなもん通用しねーぜ」
ついに自分はスパイですと認めたようなことを言い始めた。
彼も限界が近いのだろう。
『アキト、急いでエスターシアへ向かった方がいいことは分かったけど、何かプランはあるのかしら?』
『公爵への懐柔工作があるだろう?』
『それってテハス村を持ってる公爵の?』
『そう。その工作を利用するんだ』
公爵への懐柔工作の内容は奴隷を貢物として送ること。
それに便乗して村人を奴隷に見せかけエスターシアへ運ぶのだ。
公爵はデシューツの工作を快く思ってないので、事情を話せば避難民として受け入れてくれるだろう。
俺たちには正規軍の情報将校が1人いるので、彼を操れば検問所を堂々と通過できる可能性が高い。
通過する際に必要な物の情報は、もう一度リチャードの記憶を探ればなんとかなるだろう。
彼を操る方法として考えられるのはアリアの認識阻害だ。
リゲル司教の死を彼は信じていない可能性がある。死を伝えた時、彼は情報を疑っている表情をしていた。
もしそうであれば、アリアを司教として彼に認識させればいい。
そして新しい命令書が来たということにして、彼に村人を運ばせる指揮を執らせる。
こうすればニセのデシューツ正規軍の護送隊の完成する。
あとは護送の兵士役と教会の関係者を選ぶ必要がある。
これに関してはパトリックに人選を任すつもりだ。少しでも教会のことに詳しい者がいると助かるのだが…、こればかりは神に祈るしかない。
護送に使う馬車も昼までに揃えなければならない。
全ての下準備を終える頃には東の空が白み始めていた。
リチャードは最後に行った探索スキルが原因で気絶している。
実体を持たない俺も意識が飛びそうなくらい魔力を消費していた。
「あんた少し寝た方がいいわね」
「石に入っていても寝れるのか?」
「寝るところをイメージしてみ…」
リリスが話してる途中でイメージしてみると、その瞬間意識が飛んでしまった。
◇ ◇ ◇
意識が戻ると太陽が高い位置まで移動していた。
「おはようアキト」
リリスがご機嫌な声をかけてきた。
「おはよう。今何時だ?」
「10時半ってとこね」
「おはようございます。アキトさん…」
リリスと違ってアリアはとても眠そうな声だ。
「おはよう。アリアちゃんは寝れたのかな?」
「少しだけ寝ました」
彼女は俺の意識が飛んだ後、リチャードから引き出した記憶を元にニセの指令書と必要な書類を作ってから寝たようだ。
寝れたのはせいぜい1時間くらいだろう、目の下に深いクマができている。
パトリックも俺が寝ている間に馬車の準備と、兵士役、聖職者役に相応しい者を選んだそうだ。
驚いたことに、村人の中に元助司祭や退役した正規軍の兵士もいて、下士官経験者まで含まれていたのだ。俺たちの幸運度が作用したのかもしれない。
彼らに指導役をお願いして兵士や聖職者の動作を教え込んでいるそうだ。
衣装に関しては、聖職者用は過去に押収した物があったのでそれを再利用し、兵士用の物は裁縫が得意な女性たちが、数着ある物を見本にして作っている最中だそうだ。
護送に当たる兵士は金属製の鎧などは身に着けないので用意しやすい。
先頭を行く指揮官用の馬車は、司教が乗ってきた教会のやつを使用する。
今は軍よりも教会の方が立場が上らしいので、教会の馬車を利用しても問題はないそうだ。
パトリックはそれらの準備を全て終え、ついさっきぶっ倒れ寝ている。
その疲れ切った表情は、少し離れたところから見ると息を引き取った老人にしか見えなかった。
ちゃんと目を覚ますのか心配だ。
最後の仕上げは、リチャードが目覚めたらアリアをリゲル司教と思わせてコントロールすること。
アリアはゲイルの顔をはっきり覚えているので、認識阻害は確実に成功すると言っている。
話し方の特徴まで全て覚えているそうだ。
祖父母の敵なので無理もないか。
「リリスは寝てないのか?」
「うん。アリアが寝ている間は、プレイサが私たちを持ってくれたので、彼女に指示して作業を続けていたのよ」
「プレイサは?」
「アリアと交代で、ほら、あっちで寝てるわ」
リリスによって強制的に視界が動かされると、寝息を立てているプレイサが見えてきた。
彼女もまた疲れ切った表情をしていた。
「村人は荷造りしている最中よ。それと報告なんだけどさ、病気の人とか一部の老人が畑や家畜を放置できないから村に残ると言ってるわ」
「説得したのか?」
移動は強制ではないと言ってあるので無理強いはできない。
「したけど、彼らの意志は固いからダメだったわ」
手塩にかけて育てた畑などを簡単に手放せないのだろう。
残りの人生を考えると、リスクを冒して隣国へ逃げるよりもこの村で骨を埋める選択をしたようだ。
俺たちが発った後に村を訪れる人もいるだろうから、村に人が残ったほうが確かに良い。
最終的にエスターシアへ向かうのはアリアとプレイサを含めて58人となった。
日が真上に上る頃には荷造りも終わり、兵士と聖職者役の村人は装備も含めて準備が整った。
どこから見ても立派な兵士にしか見えない。
馬車は全部で8台で、食料や野営用の部材と老人・女性・幼子を乗せることになった。
もし検問所で指摘されるとしたら、奴隷には適してない者たちが幾人か含まれているところだ。
ここは認識阻害でコントロールに成功したリチャードに頑張ってもらうことにした。
「みなさん、準備はよろしいですか?」
村人はアリアに注目している。
「これから皆さんはデシューツのため、隣国エスターシアへ送られます」
リチャードが居る関係で、アリアはリゲル司教になりきって話しをしている。
このことは事前に村人に話してある。全員でリチャード1人を騙している感じだ。
兵士役の村人はリチャードも知っているので、ニセの指令書に兵士の者たちは事前に潜伏させていた同胞であると記載しておいたので、彼はそれを信じている状態だ。
彼の下につけてある副官は下士官経験者なので、少々年配ではあるが兵士を統率や上官の扱いに慣れている。
護衛の兵士役は全部で13人、この規模の護送にしては人数が若干少ないらしいが、なんとかなるだろう。
「これはとても光栄なことです。女神ラフィエルのご加護があらんことを」
続いてリチャードが挨拶をする。
「俺はリチャード・ポトマック。護送隊の指揮官である」
村人からどよめきが起こるが、これはリチャードが自己紹介したときに、そのように反応するよう事前に伝えてあったからだ。
昨日まで仲間だったのに、翌日いきなり指揮官だと言われれば通常は驚くからだ。
「昨日まで村人に扮し、今とは異なる任務に就いていたが、軍中枢の勅命によりお前達を護送することになった。道中モンスターや山賊に出くわ可能性もあるが、慌てず我々の指示に従うのだ」
姉のプレイサは、リゲル司教直属の護衛ということで認識させてある。アリアの魔法が効いている限りは素顔を見せても問題ない。
元助司祭もアリアの側付きにしたので、教会関係の厄介ごとがあっても大丈夫なはずだ。
正午過ぎ、俺たちはエスターシアへ脱出するために歩み始めた。
どこから見ても正規軍の護送隊にしか見えない!はず。。。