7、悪魔の契約
村についた俺たちは村人を集めて、これまでの経緯を話すことにした。
今回は女神の使徒を演出するエフェクトは無し。
時間と魔力を節約するためだ。
「皆さんにお知らせしたい事があります。この村を支援していた方たちは、教会の者によって倒されました」
村人が騒然となる。
アリアの話が唐突すぎて、村人たちは混乱していた。言っている意味がわからないといった者もいる。
今まで彼らを守って来た者たちのが居なくなったのだから無理もない。
ただし、これは全て教会の仕組んだ茶番だ。
村人は毎月20~30人ずつ、隣国ではなく教会に引き渡されているのだ。
この事実を村人に告げた場合、彼らはさらに混乱するだろう。
それを受け入れるのに、一体どれくらいの時間が必要になるだろうか?
今は少しでも時間を無駄にできない。支援者の正体については、今は伏せておくことにした。
「ですが安心してください。私たちが司教を倒しました」
不安そうな顔をしていた村人が一転して安堵の表情へと変わった。
「アリア様」といって彼女に祈りを捧げる者も見受けられる。
俺は村人たちに説明をしつつ、念話でリリスやアリアに、この世界の情報を聞きながら話を進めることにした。
『おいリリス、この世界で人が亡くなった時はどうするんだ?』
『昔は、安らかなる眠りをお祈りしましょうと言って、軽く頭を下げて祈ってたわね』
『今でもリリスさんのおっしゃった通りですよ。さっきおばあちゃんを埋葬した時と同じです』
この世界の儀式は仏教とも違うし、キリスト教式とも少し違う独特なものだ。
「支援者達は、村の皆さんのために戦い、命を落としました。私たちで彼らの安らかなる眠りをお祈りしましょう」
村人たちはリリスの言った通り、軽く頭を下げ祈りを捧げ始めた。
『アリア、どれくらい祈り続けるの?』
『もう大丈夫です。次のスピーチに移ってください』
それは意外と短く、黙とうの半分程度だろうか。
「彼らは安らかな眠りにつきました」
祈りを捧げていた村人たちは、再びアリアに注目する
「こうなってしまった以上、教会の連中は再びこの村にやって来て、皆さんを蹂躙すると思います」
『リリス、アリア、怪しい動きをしている奴はいないか?』
『司教を倒したって言ったとき、2人だけ驚き方が違ってる奴がいたわ』
『2人もいたのですか?私は1人しか発見できませんでした』
『ありがとう。引き続き見ていてくれ』
スパイを見つけ、ニセの情報を彼らに流し教会側を混乱させようと思う。
こうすることで少しでも逃げる時間を稼ぐのだ。
「そこで、私は皆さんと一緒にエスターシアへ行こうと思うのです」
『誰かエスターシアへの行き方知ってる?』
『そんなもん知るわけないでしょ。私は空を飛べたから徒歩で行く方法は知らないわ』
『私も知りません。初めて行く場所です』
あとで村の代表をしている老人に聞いてみよう。
「途中で試練が待っている可能性もあります。中には命を落す者もいるでしょう。ただ女神の使徒である私が出来る限り皆さんを助けます」
『アキト~、出来る限り助けるって、どうせ私がやるんでしょ?もう少し私のことを労わったりさ、敬ってもいいと思うのよね。それに悪魔って契約を大切にするのよね』
リリスは唐突に契約の話を持ち出した。
『お前どうせ「大悪魔リリス様!」とかみんなに言ってもらいたいだけだろう?』
『それもあるけどさ、大悪魔の力を借りるんだから相応の見返りも頂かないといけないの』
海外のテレビドラマで、とある兄弟が悪霊や悪魔を退治するものがあるが、そこに出てくる悪魔は契約を大切にしていた。
この世界も悪魔も同じ習慣があるようだ。
『俺と契約するってことか?』
『違うわよ、あんたは私の一部みたいなもんだから契約対象にならない。目の前にいる村人と契約するのよ』
リリスは悪魔の中でも契約に関しては割と良い意味でいい加減な方で、気心の知れた相手なら契約も見返りもなく、気軽に助けたり手伝ってくれる。
ただ、これだけの人数になると助けるのも一苦労だし、悪魔として契約を結ばないと手助けしたくないらしい。
悪魔のポリシーに反するのだろう。
『どうやるんだ?』
『ちょっと私と交代なさい。これは大悪魔の私が直接やる必要があるの』
俺とリリスはアリアの役を交代した。
アリアは口パクしてるだけだが少し迷惑そうだった。
「みなさん、私は皆さんをお守りします。しかし、それには私との契約が必要となります」
悪魔と名乗るつもりはないようだ。契約が必要な女神の使徒って聞いたことがない。
ドラマでは、契約した者は10年後に魂を回収される。
まさかリリスの奴、同じことをするつもりだろうか。
「契約される方は、私に祈りを捧げてください」
『おいリリス、契約って魂を吸い取るんじゃないだろうな?』
『よく分かってるじゃない。でも魂じゃなくて、みんなから少しづつ魔力とか精気を分けてもらうの』
元気玉のようなものか。
それと精気って、リリスはサキュバスとか淫魔系なのかな。
「皆さん、もちろんこれは強制ではありません」
『お前って淫魔系か?』
『そうよ、私のお色気に気づかなかったのかしら』
石の中でそれに気づくのは困難だ。
今のことろ彼女に色気を感じたことはない。
声から彼女のことを自分好みに想像はできるが、特に感じるものはない。
実体がいかに重要か改めて思い知った。
「共に力を合わせ苦難を乗り切りましょう!」
村人から歓声があがった。ほぼ全員がアリア(リリス)と契約するようだ。
『今の間に吸っちゃうわ。これで契約成立よ』
『ちょっとリリスさん、どさくさに紛れてドレインする気ですか!』
リリスが魔法を唱えると、村人たちから金色に光るエネルギーがアリアに向かって飛び始めた。
それは夜空に舞う光蟲ようで、とても幻想的だった。
この魔法は、精気や生命力を奪う時に使用するもので、相手はとても心地よい極上の気分になる。
そのため吸引されていることに気づく者はいない。
気づいた時には絶命しているため、安楽殺魔法とも呼ばれているらしい。
俺はそんなネーミングの魔法を初めて聞いた。
「なんと心地よい。これもアリア様のご加護だ」と村人から声が上がる。
村人は皆膝をつきアリアに祈りを捧げている。狂信的な宗教を彷彿とさせるものだ。
リリスは契約に従い、村人から精気を吸い続ける。
村人のみなさん、騙してるわけじゃないけどごめんなさい。
『おいリリス、もういいだろう。子供とか年寄りが干からびるぞ』
『リリスさん止めてください。私もう恥ずかしくて嫌です』
『分かったわよ』
リリスは魔法を止めたようで、夜空を舞う光の粒も消えてしまった。
『あんまり魔力が増えなかったわね…。これじゃきっと赤字よ…』
『その発言はどうかと思うぞ…』
ここでリリスと俺は再び交代した。
近くにいる村の代表者に視線を移すようアリアに指示した。
「失礼ですがご老人、名はなんと?」
「これは失礼しました。わたくしはパトリックと申します」
「ではパトリックさん、教会の者たちが村に来るとしたら、どれくらいの時間が必要でしょうか?」
パトリックは腕を組み、少し黙考したあと答えた。
「早馬で3日半と聞いたことがあります」
なるほど。
『リリス、夜明けまでどれくらいだ?』
『そうね、この月の位置だと3時間半くらいかな』
『この世界って時間があるのか?』
これについてはアリアが説明してくれた。
1日は24時間で、太陽と月の位置で大まかな時間を決めている。(季節による位置の変動が少ない)
時計も存在しているが、大きな都市にしかないため、分や秒といった単位が使われているのは一部の場所のみ。
ちなみに腕時計は開発されていない。
この村に高価な時計はないので、太陽と月の位置で大まかな時間を割り出し、1日を過ごしているそうだ。
『月明りはあるが、今から荷物をまとめても効率が悪いし、みんなも疲れているだろうから朝まで休むとしよう』
『そうね。あまり疲れてもらうとドレインできないしね』
『まだ契約分吸えてないのか?』
『当たり前じゃない!私は大悪魔なんだから安くないわよ。その辺の三下悪魔と一緒にしないでちょうだい』
リリスから不服そうな感情が伝わってくる。
「パトリックさん、朝まで休んでもらって、その後荷造りをしてもらいます」
「はい」
「お昼ごろには村を発ちたいのですが大丈夫でしょうか?」
こちらは徒歩移動になるで少しでも時間を稼いでおきたい。
「それだけあれば大丈夫と思います」
「村のみなさんへの指示はお任せいたします」
「かしこまりましたアリア様」
あとは俺たちの寝床を用意してもらって、お楽しみのスパイ狩りだ。
わざと引き寄せてニセの情報を流してやろう。
「申し訳ないのですが、私たちが休憩する場所はありませんか?」
「それでしたら我が家をお使いください。狭いですが客間がございます」
「ありがとうございます。あとで道の確認をしたいのでよろしくお願いしますね」
「かしこまりました」
俺はアリアに、視線を再び村人へ向けるように伝えた。
「みなさん、今から朝まで体を休めてください。日が昇れば荷造りしてください。お昼には出発します」
村人同士が相談を始める。
「詳しくは明朝、パトリックさんからお聞きください。私は彼の家に居ますので何かあればお越しください」
これでスパイがやって来るはずだ。
◇ ◇ ◇
俺たちはパトリックの家に移動した。
この村は簡素な木造家屋が多いが、ここは支援者も寝床にしているため石造りになっていて大型の暖炉まである。
部屋は狭いといっても四畳半はありそうだ。
俺たちは木窓を開けて、外に聞こえるように打ち合わせを始めた。
エスターシアまでのルート確認だ。
部屋にはアリア、プレイサ、パトリックの3人が居る。
ロバの移動速度が遅いためプレイサは村に到着したばかり。
「パトリックさん、エスターシアまでのルートはこれですか?」
俺はアリアに指示して、地図上の道を指でなぞらせた。
「さようでございます」
「エスターシア領内の村まで、どれくらいの日数を要しますか?」
「天候が良ければ徒歩で4日です」
道幅を確認すると、山間部以外は馬車のすれ違いが可能なようだ。
問題は雪。
これから本格的な冬を迎えるが、真冬になると通行できなくなるほど雪が積もる場合がある。
途中に数か所避難小屋もあるらしいが70人を収容することはできない。
大雪や吹雪に巻き込まれないことを祈るばかりだ。
悪魔の魔法で乗り切れることを願う。
この村に教会の追手がやって来るのは2日後。
その頃、俺たちは峠を越えてエスターシア領に入っている。
だが、国境の警備兵はテハスという村に配置されているので、そこに行くまでは油断できない。
ところで、俺は地図上に気になるものを見つけていた。
「パトリックさん、この点線は旧道ですか?」
それは実線で描かれた現道の隣にある点線だ。
現道と付かず離れず進み、途中からは完全に離れてテハスへ向かっている。
最大の特徴は違う峠を越えている点だ。
「よくご存じですね」
この旧道は10年前まで使われていたそうで、道幅は馬車がぎりぎり通れる幅らしいので、1.6メートル位だろうか?
現道はすれ違いができるため、山間部を除き3.2メートルありそうだ。
酷道425号より広い。異世界の中世レベルの街道に完全に負けている…。
ただ、現在も通れるかどうかは不明らしい。
状況によっては旧道使おうと思う。
『リリス、お前の魔力さえあれば土砂崩れとか吹き飛ばせるか?』
『大悪魔ですから、それくらいできて当たり前よ』
この時代で、使われなくなった道が10年も放置されるとなると、土砂崩れ箇所が必ずあるはずだ。
その場合はリリスに頑張ってもらおう。俺の念斬りも岩を吹き飛ばすくらいなら可能化もしれないが、魔力の問題がある。
ルート確認が終わったので、次はスパイだ。
『話は変わるが、外に人の気配はあるか?』
『ばっちりあるわよ2人分ね』
「それではパトリックさん、我々は街道を通ってエスターシアまで行きましょう」
同時に、教会のスパイが外にいるので私の話に合わせるように書いた羊皮紙を見せた。
本当のルートは、スパイを始末してから伝えると、目の前で書き加える。
彼はそれを読み頷いてくれた。
「かしこまりました」
「それでは私とプレイサは休むとします」
「暖炉は夜通し温めておきますので、ごゆっくりお休みください」
「お気遣いありがとうございます」
アリアが軽く礼をすると、パトリックは部屋をあとにした。
俺たちは念話で話をつづける。
「リリス、外の奴らはどうだ?」
「1人減ったわ」
「そいつは泳がせておこう」
うまく食いついてくれたようだ。
「残りは動き出したら始末しよう。まさかパトリックがスパイってことは無いだろう」
「それは大丈夫。彼からは独特の臭さがしない」
「よかった。ところでプレイサも念話ができるのか?
「ええ、大丈夫よ」
「リリス、彼女のステータス見せてくれないかな」
「うん」
リリスは魔法を唱えてプレイサのステイタスを表示させた。
=====
名 前:プレイサ
種 族:ヒューマン
職 業:騎士
レベル:38
経験値:5780
体 力:120/300
魔 力:50/150
幸 運:60
知 性:B
戦 術:A
速 さ:A
防 御:B
器 用:B
スキル:剣術A・弓術C・盾C・戦術魔法B
称 号:下級勲爵士
=====
俺よりも立派なステータスだ。
「戦術魔法ってなんだ?』
「それは戦闘の補助魔法で、剣の振り速度や命中率を上昇させるときに使います」
プレイサ本人が答えてくれた。
「お前、騎士なんだな」
「ええ、学校も卒業して騎士見習いも経ていますので正式な騎士です。今は追われていますが…」
彼女も魔女の家系なので、並み外れた魔力を持っていたが、アリアの方が上回っていたので魔女の能力は受け継がなかった。
代わりに剣術と戦術魔法を極めて騎士になったらしい。
学校ではトップクラスの優秀さだった。
さっき支援者達をぶった切っていたが、あの腕前は十分に通用するだろう。不死身の司教を除けばだが。
「アキト、残りの奴が動き出したわよ」
俺たちはパトリックの家を抜け出して、スパイと思われる男の後をつけることにした。
「認識阻害を使います。プレイサは私から離れないでね」
「ええ」
ここで認識阻害ということは、姿を消して動く隠蔽+隠密の魔法ということになるな。
「アリア、これは隠蔽+隠密魔法か?」
「まあ、それに近いのですが、私は能力が低いので特定の数名に対してのみ有効なのです」
これは彼女の弱点にあたるため、あまり人には話したくなかったらしい。
ただし、アリアに接していれば5人くらいまでは対象人物から隠蔽できるらしい。
使い方によっては有益な魔法と言える。
「それともう一つ、ステイタスも誤魔化すことができるんです」
「俺たちが見たのは偽物の数値ってこと?」
「そうです。次に見る機会があれば正しいものをお見せしましょう」
あれでも十分驚きの数値だったのだが…。
男の後をつけること数分(体感)、彼は馬小屋の近くで誰かと話しているようだ。
他にも仲間が居たのかもしれない。
ロウソクの灯りに照らされた横顔は…、パトリックだった。
「マジかよ」
パトリックがスパイの仲間だなんてな…。
信用できそうな爺さんだったのに。