54、開拓開始!
その日の午後、俺たちは開拓団の第1陣としてブラックパイン入植地を目指して出発した。
天候に問題はなく、激化型モンスターに遭遇することもなく2日後に予定通り到着。地熱で雪が融けている場所を偶然発見したので開拓小屋を作り始めた。
通常の小屋は、丸太を柱として笹や茅などで屋根や壁を葺いた簡素なもの作るが、予期せぬ暴風雪にも耐えれるように石造りとし、内壁は保温のために木の板を張った。
地熱があるため床はほんのり暖かいが、寒波が来た場合に備えて暖炉も設置した。
このような頑丈な建物を作るには最低でもひと月はかかるが、魔法を駆使して1日で完成させた。
これにはデュシーツから逃れたデスパイズ村の人たちも驚いていた。
「リリス、サタニキアご苦労さん」
「本当に悪魔使いが荒いわね。ここは龍脈に恵まれているからよかったけどね」
力仕事は彼女たちに任せていたので、リリスは少々お冠のようだ。
石の切り出しから運搬、組み立てまで全て2人で行った。短時間で仕上げるには魔法に頼るほかない。
「テイラとアリア、プレイサも手伝ってくれって助かったよ」
アリアちには、村人と一緒に木を伐り出してもらっていた。テイラは夜間にモンスターが襲ってこないよう周辺の警備もしていた。
内装に関しては大工経験者が数名いたので、彼らがうまいこと仕上げてくれたので、短期間で完成にこぎつけたのだ。
これで第1陣40名が当面寝泊りする小屋5棟と、俺たちが寝泊りする指揮所が完成したことになる。
翌日からは第2陣用の小屋に手をつけるつもりだ。
住む場所に目途がついたら、次はライフラインの整備にとりかかる。一番大切なのは水だ。
これに関しては、夜間の警備中にテイラが凍らない水場を見つけてくれていた。
ここは少し面白い地形となっていて、岩盤が地上に出てきている部分にあたるのだが、種類の異なる地層から水が湧き出ていたのだ。
片側は透き通った水、片側は少し赤みがかったお湯、温泉であった。
意外と熱く、体感では50度を少し超えている感じがする。この寒い地域ではちょうど良いと思われた。
これらを木製の水道管、木樋を使って町まで通すことにした。
本当は頑丈な石で作りたかったのだが、リリスとサタニキアは上下水道用の石の切り出しと加工で精いっぱいであったため、木樋作りも含めて村人が行うことになった。
俺はブラックパインを上下水道完備の清潔な町にしたいのだ。
以前訪れた、領都オークビルや首都エスターシアは建物に関しては立派なものであったが、下水があったのは王宮など一部に限られていたため市街地は清潔とは言えなかった。
医療が発達していない時代なので、少しでも病になるリスクを減らすために上下水道をしっかりと整備することにしたのだ。
それに合わせてトイレをつくり村人には使い方もしっかりと教えることにした。
これまでは木製の桶の中に汚物をいれ、肥料として直接畑で使用してのだが、寄生虫などが入っている可能性があるため、下水処理場で加工したものを使うことにした。
これには家畜のフンなども混ぜており、腐葉土と混合して使えば立派な肥料になるはずだ。
従って下水には謎の液体や毒物を捨てないように説明をしておいた。
これらの大規模な工事は魔法のおかげで10日で完成。そのタイミングで第2陣がブラックパインに到着した。
それにはジルも同行しており、町の規模や設備を見て驚いていた。
ジルを呼び寄せたのは、村人たちが住む家の割り振りや、そろそろ事務仕事が出来てきたのでそれを任せるためだ。
テハスの図書館が恋しそうであったが、彼女の様子を見たパラケルススがパインにも図書館を作ると言ってくれたらしい。
言って悪いが、ひとりの女性のために図書館を作るなんてとても贅沢な話だ。
それくらいパラケルススが俺たちを支援したいということなのだろう。
◇ ◇ ◇
第2陣がやってきた5日後、新たな問題が発生した。
ここの村人は農夫が多く、畑に近い町の周辺部に居を構えることを希望する者が多かったのだ。しかし、森に近いその場所は魔素だまりが消えたといってもモンスターはやってくる。
それに加え野生の肉食獣もいるため、俺としては町の範囲を広くするのではなく、なるべく中心部にまとめたコンパクトシティーにしたいのだ。
既にそのつもりでライフラインも設置しているのだから…。
この国が、俺がいた世界のような民主主義の国であれば住民の同意を得る必要があるが、ここは専制国家である。領主が決めたことには従わなければならない。
だが俺は強引にことを進めるのではなく、村人の意見を聞いたうえである程度反映させることにした。
村人は何故か俺と町づくりの話をするだけで感動する…。
理由を尋ねると、彼らがデュシーツにいた頃は町の代官が村人各人の意見を聞くことなんて皆無らしく、しかも利益に直結する町づくりの話に参加することはできなかったらしい。
俺はこの町の代官ということになっているが、そんな俺とこのような話ができただけで嬉しかったようだ。
今のところ俺の領地運営はうまくいっていると言えよう。
その町づくりだが、話し合いの結果ブラックパインの周辺に2つの集落を設けることで決着となった。
1集落あたり15戸の家を建てる。これだけあれば、モンスターが現れてもある程度は抵抗することができる。
腕の立つ警備兵も数人配置するので、町からの応援が到着するまで十分に耐えれるはずだ。
開拓地の全体の基本設計が決まった翌日、俺たちはテハスの図書館で見た洞窟を探すことにした。あの洞窟が存在するなら有望な鉱山に変貌する。それは大切な収入源にもつながる。
それともう一つ、ヒエログリフの描かれた石柱も気になったのだ。
俺はテハスの図書館で探索スキルを本に使って場所の特定を試みたが、見えてきたのは本を作る工程や執筆している映像だけで、サタニキアの魔法のように作者の体験まで見ることはできなかったのだ。
いまだに場所は特定できていない。
となれば現地で地面に対してスキルを使うほかない。
俺はまず町となる場所で調査を開始した。町が完成してから地下洞窟が発見されたら、最悪の場合、町を作り直すことになるからだ。
といっても、ライフラインは既に完成し、今は各家の基礎工事は始まっているので、この件に限れば洞窟が発見されないことを祈るの。
調査は町になる部分を100メートル四方で区切り、順番に行っていった。
膨大な土地の記憶をすべて見たが、洞窟と思われるものは幸い発見できなかった。
ただ一つ分かったことは、古代文明のとある組織がなんらかの調査を行っており、発掘して不要になったものを埋めた場所を特定できた。
そこを掘ってみると、絵文字が描かれた土器の破片などが見つかった。
「アキト、これって石柱にあったものと似ているわよね」
「そっくりなんだが、少し違う部分もあるな。リリスはこの中で読める文字はあるか?」
リリスは腕を組み絵文字を眺める。
表情から判断すると、判読可能な文字はなさそうに見える。
「ダメね。まったくわからない」
次にサタニキアに振ってみると、悠久の時を生きているだけあって見覚えのある文字を含んでいた。だが肝心の意味は分からないままだが、ひとつだげ人の名前らしきものが判明。
それはネフェルティティ。
俺の記憶が正しければ、古代エジプト王朝の王妃だったはずだ。
試しに土器に対してスキルを使ったが、土器を作っている様子しか見ることはできなかった。
だが、人々の服装は古代エジプトのそれであり、俺の世界とこの世界の繋がりがさらに深まった。
(実は俺がいた世界の未来がここだったり?)
なんて考えてみたが、それにしては文明が衰退し過ぎているので、その考えは今は捨てることにした。
「それさ、ジルに託してみたらどうかしら」
リリスの提案で土器についてはジルに調べてもらうことになる。
彼女は考古学にも興味があるようで、目を輝かせながら受け取ってくれた。
本格的に調べるのは図書館が完成してからになるだろう。
町の次は集落、次は畑の順で俺は地面の調査を続ける。
その合間に、マギアへ続く道作りも忘れてはいけない。
そんな感じなので時間の経過がとても速いのだ。
ブラックパインに来て約1ヵ月で、ついに開拓地の半分が完成した。
この時代では驚異的な速さである。
通常、ここまで作り上げるのに10ヵ月はかかるらしい。
みんなよく頑張ってくれた。
その夜は半分完成したことを祝う宴を催した。
テハスからはパラケルススが送ってくれたワインと上等な肉が届いたのでみんな大騒ぎであった。
村人たちとの友好関係も良好なので、このままの状態が続くことを願うばかりだ。




