52、悠久の時を過ごす者たちと…
パラケルススが乗っているオートマタは、魔術を使って操術するラウムガープだ。
これはハンニバルが乗っているアメミットジズと違って動かす者、操術者は機体の中に入ることができない。
肩に乗るか、近くを歩いて移動するしかなく操術者は無防備だ。
従って動かす者を倒せばオートマタは停止する。
知恵を授かり考える力を得たトロールはそれを弱点として理解していた。
彼は追いつかれる瞬間、急停止すると共に右腕を振り上げて拳をパラケルススに直撃させた。
トロールの動きの変化に気づいた彼女は咄嗟に防御魔法を発動して拳の勢いを削いだが、それでも防ぎきれずパラケルススの顔を直撃。彼の拳は防御魔法によって砕かれたが、操術者をオートマタから引き離すことに成功した。
しかし、ボウケンシャはもう1人いる。こちらは剣を構えトロールを捉えようとしていた。
彼は左手で剣を掴み、自らの体勢を反転させようと試みた。
剣によって手は切り裂かれ使い物にならなくなってしまったが、これは想定内。ちぎれなければ良いのだ。
手を犠牲にして反転に成功したトロールは、同じく使い物にならなくなった右腕を勢いをつけてオートマタの足にぶつけ、体勢を崩すことに成功した。
右腕は肩からもげたが、それが足に絡まったことでハンニバルのオートマタを転倒させた。
こうしてトロールはボウケンシャの動きを一時的に止めることに成功。その隙に彼は森の奥へと走った。右腕を失ったため、やや不安定な体勢であったが逃げるには十分だ。
彼は残った手足を器用につかい、足跡が残らないように工夫して隠れ家に身をひそめる。
『パラケルスス様!動けそうですか?』
『私のことはいいから、お前はあれを追うんだ!』
『わかりました!』
◇ ◇ ◇
『アキト、こっちの雑魚は全部片づけたぞ』
『ご苦労さんテイラ。俺たちのほうも終わったところだ』
俺たちの周辺には数百体にも及ぶモンスターの死骸が転がり、一定時間が経過したものから魔石へと変わっていっている。
『アリア、フレデリカと一緒に魔石を集めてくれないかな』
『うん』
『分かりましたわ』
2人は地面に下りて魔石の回収を始めた。
『リリス、フェニックスから連絡はないか?』
『まだないわね。何やってるのかしら…』
連絡がないと言えばパラケルススもだ。何かあったのだろうか、少し不安だ。
『リリスちゃん気づいてる?』
『もちろんよ、これって魔族よね?』
地面に下りたサタニキアは、まだ魔石になっていない激化型モンスターを調べ、わずかに残る同族の残滓を感じ取ったようだ。
『サタニキア、それって悪魔が関与してるって事か?』
『可能性はあるわ。調教師かしら…』
魔族にも調教のスキルを持つ者がおり、高ランクであればモンスターを使役することも可能だ。
俺たちの仲間では、テイラが調教スキルを保持している。
彼女のスキルランクはBで上級の部類に入る。そんなテイラに激化型を調教できないか聞いてみたが、スキルランクSでも難しいというのが彼女の答えであった。
『しかし、トロールがワイバーン並みの強さとはね…』
サタニキアは腕を組み首をかしげていた。
『ワイバーンってドラゴンと同じ種類か?』
『そうよ、ドラゴンの中では弱い方だけどね。でもトロールがそこまで強くなるなって考えられないわね』
それからややあって、パラケルススたちが戻ってきた。
ハンニバルが乗っているオートマタは傷だらけで、パラケルススが操術していた機体は無事だが、逆に彼女自身がボロボロであった。
鼻が曲がり、顔自体も少し陥没しているように見え、首にある縫合が緩んで体液のようなものがにじみ出ている。化け物だ…。
そして喉が損傷しているようで、声が出せないらしい。
『アキト君、すまない。トロールを取り逃がしてしまった』
俺たちはトロールの捨て身の作戦を聞かされ全員が驚いた。
『低級のモンスターがそこまで知能を有しているなんてありえないでしょ。わたしは初めてみたわ』
『私だってそうだ。正直今でも驚いている』
悠久の時を生き、いろんなものを見てきたサタニキアやパラケルススは驚きを隠せない様子。それはリリスも同じである。
◇ ◇ ◇
『ここが魔素だまりね』
魔石の回収を終えて、周辺を少し調べていると魔素だまりと思われるものを発見した。
この世界のモンスターの多くは、この魔素だまりから生まれるらしい。魔素だまりは洞窟のような底なしの穴になっているものもあれば、空間が歪んで見えるタイプもある。
今回は後者のほうだ。
『リリス、例の魔法で吹き飛ばしてくれ』
『もちろんよ。温泉がでるといいわね』
『そうだな』
パラケルススの指示で冒険者たちは安全な場所まで下がっている。
今ここにいるのは、オートマタに乗った俺たちとサタニキア、フレデリカだけだ。
みんな化け物クラスの怪異なので、リリスの魔法にも耐えることができる。
『いくわよ』
『念のため防御魔法を展開しますわね』
フレデリカが魔法を発動した直後、凄まじい光と熱、さらに爆発音が加わり魔素だまりは吹き飛び跡地には温泉ができていた。
熱風と風圧で周囲の木々は全て倒れ雪も全て融けている。まるで隕石が落ちたあとのようだ。
これで周辺にモンスターの群れが現れることは無いだろう。
激化型が現れない限り、一般の冒険者達だけで対処できるはずだ。
『日も暮れてきたし、キャンプに戻ろうぜ』
『そうね』
『いいですわね』
キャンプ地へ戻った頃にはすっかり日も暮れていた。
先に戻っていた冒険者たちが勝利を祝して盛り上がっている。
「お、主役が戻ってきたな」
「待たせたな」
キャンプに入る前に俺とリリスはサタニキアの魔法で実体化していた。
「全員揃ったところで、討伐で犠牲となった仲間に祈りを捧げようぜ」
冒険者の代表が木製のジョッキを持ち胸にあてると他の者たちもそれに続いた。
今回は幸いなことに犠牲者は出なかったが、過去2回の調査、討伐では死者が多く出ている。
『アキト君たちは初めて見るかもしれないが、テハスの冒険者はこうやって仲間の死を弔うのだ。一緒にやってくれ』
パラケルススが念話で教えてくれた。
リリスやテイラも、この風習は知らなかったようだが、最年長者のサタニキアは知っているようで、既に胸にジョッキを当てていた。
約1分の沈黙の後、いきなり乾杯が始まり冒険者たちはジョッキの酒を一気に飲み始めた。
その後は旅立っていった仲間たちの思い出話しで盛り上がる。
泣く者もいれば、笑う者、怒る者などいろいろだ。
「支部長殿もぐっといってください」
トロールの攻撃をくらい、首の縫合がゆるんでいたパラケルススだったが、いつの間にか修理したようで今は普通に見えている。
「頂くとしよう」
ただ、声は酷いありさまで、まるでおっさんのようであった。
◇ ◇ ◇
宴も終わった深夜、俺とリリス、サタニキアはパラケルススの幕舎へ呼ばれた。
中に入るとフレデリカとパラケルススが地図を広げて話をしているところだった。
「深夜に悪いね、黒松子爵にリリス君、サタニキア将軍」
「おいどうしたんだよ、急に敬称を言ったりして、なんかあったのか?」
いきなり子爵とか言われたので少し驚いた。
そのように呼ばれたのはエスターシアの王宮以来だ。
「わたしも現在は将軍ではない」
「なんで私だけリリスなのよ!大悪魔なのに」
「ちょっと地図を見てくれないかな」
リリスの抗議は無視された。
俺はパラケルススに言われた通り地図を覗き込むと領地と思われる場所が線引きされていた。
「これが君たちの領地となる範囲だ。これから正式な領主になるのだから敬称をつけて呼んでみただけだ」
「そういうことか」
俺の領地の隣にはフレデリカが代理を務める旧ソッサマン領がある。
パラケルススは羽ペンを使い、おもむろに二つの領地を囲い始めた。それはライドランド領内でも比較的大きな部類の広さとなった。
「ズバリ言おう。フレデリカ君とアキト君に結婚してもらおうと思うんだ」
フレデリカは事前に聞かされていたのか、驚く様子はないが、他の3人は一瞬固まった。
「ちょっと、私のアキトを取らないでよね!」
抗議したのはリリスだ。
「アキトはやぼったいから女性にモテルとは思えない。だから私が養ってあげるの」
次に口を開いたのはフレデリカだ。
「確かにリリスさんのおっしゃる通りですわ。わたくしもアキトさんは好みの男性ではございません」
酷い言われようだ。
俺の周りは女性が多いのでハーレムだと思われるかもしれないが、そんなことはない。
みんな俺が好きで寄って来てるのではなく、単純に利害関係が一致しているだけなのだ…。前々から分かってはいたが、あえて指摘されると心が傷つく。
「それじゃなんでフレデリカは俺と?」
「ライドランド家と領民のためです」
パラケルススが理由を説明してくれた。
「端的に言うとだな、君の領地が小さすぎるからだよ」
「はっ?」
俺の領地は開拓できたとしても広さはしれており、今後増えるであろう領民を養っていくだけの広さがない。自分の領地内で食料自給が厳しいとパラケルススは見ているのだ。
「アキト君は食糧事情の良い世界からやってきたんじゃないかな?」
「俺の国は確かにそうだ」
「この世界の食糧事情は厳しいんだ。しかも作物が育つ期間は短いんだ」
確かにそれは一理ある。
だが俺は天候に左右される地上で食料の生産は考えていない。
最初は厳しいかもしれないが、鉱物を掘ったあとの空間を利用してハウス栽培を考えていたのだ。さらにこの世界の魔法を使った品種改良にも挑戦してみたい。
「そこでだ。君とフレデリカ君が一緒になれば、領地を統合することができる」
「それと食料自給に何か関係あるのか?領地が増えれば作物を育てる場所は増えるけどな」
「その通り、だが他にも利点があるんだよ」
パラケルススは地図に描かれているマポを指さした。
「この統合の利点のひとつは港町が手に入ることさ」
「今のままでも俺たちが港を利用することはできるだろ?」
「フレデリカ君は領主代理だ。代理を外したいと思わないかい?」
パラケルススによると、フレデリカが正式な領主となった場合はマポやマギアの税や各種特権を手に入れることができる。
それに加えて俺の領地が加われば作物を育てることができる場所も増えるし、人口が増えれば税収も増える。今の状態よりも領地の運営が安定するのだ。
「どうやってフレデリカを正式な領主にするんだ?」
「マギアの鉱山メリトン2をヤムヒルに渡す」
ソッサマン領の収益の多くは鉱山によるもので、それがヤムヒルの所有となればライドランド家の収入が増え領地運営が安定する。そうなれば税金を低くできるため領民の生活も安定するというわけだ。
「一番大切なことはヤムヒルに恩を売っておくことさ。アキト君の領地からの税率や各種許諾に関して便宜をはかってくれるだろうね。新しく作る鉱山への税率だって低くしてくれる可能性も高い」
「なるほどな」
「どうだい、悪い話じゃ無いだろ?」
「わたくしがアキトさんと一緒になれば私たちの領地運営も安定しますし、パラケルススの言う通りライドランド全体も安定するのです」
「相互互恵関係ってやつか」
「はい、そのためでしたら喜んでアキトさんと結婚しますわよ」
これは複雑な気持ちだ。
フレデリカの本心はどうなんだろうか。
「無理に結婚するってのに抵抗があるんだけど…。フレデリカは、その…、好きな人とかいないのか?」
「残念ながら、精霊に改造された時点でほとんどの感情はなくなっているのです。アキトさんは、感情があった頃のわたくしの好みの男性ではありませんが、1か月近く一緒に旅をして嫌な感じは全くしませんでした。ですから、わたくしはアキトさんと一緒になってもいいと思ったのです」
好きでも嫌いでもない、でも領地領民のためなら一緒になってもいいという感じか…。
フレデリカは良くても、俺の気持ちがスッキリとしない。
次に口を開いたのはリリスだ。
「それなら一緒になってもいいわよ。でもねアキトは私のものだからね、そこは忘れないでね」
「もちろんですとも。それにお二人は一緒に石に封印されているのですから、これからもずっと一緒ではありませんか。それにわたくしも寿命はありませんから、3人で悠久の時を過ごすことができますわ」
勝手に話が進められている。
しかし、永遠に生きるというのはどうなんだろうか。最年長のサタニキアに聞いてみた。
「そうね、はっきり言って暇よ!魔王様がいるときは戦いで忙しかったから暇なんて感じなかったけどね。だから今はとても楽しいわよ、」
「パラケルススはどうなんだ?」
「私は研究が趣味だからな、時間がいくらあっても足りないくらいだ」
だが俺の目的はこの世界で悠久の時を過ごすのではなく、さっさと元の世界に帰ることだ。これは非常に悩むところだ。
腕を組んで悩む俺、その手を握って来たのはフレデリカであった。
「アキトさん、領地領民のためにわたくしと結婚いたしましょう」
フレデリカは笑顔で微笑んでくれた。
「俺はデュシーツのカトマイを倒したら元の世界に帰るかもしれないが、それでもいいのか?」
「もちろんですとも」
そこは引き止めて欲しいところだが…。
(元の世界にいても結婚なんて無縁だろうからな…、彼女もいないし…、モテないし…、よし、こうなったら結婚してみるか!あとはどうにでもなれ)
夜半過ぎ、パラケルスス、リリス、サタニキア立ち合いのもと、俺たちは領地領民のために結ばれることになった。
「しかしパラケルススは、なんで俺たちのためにそこまで考えてくれるんだ?」
「君たちといると楽しいことが分かったからさ。突然古代兵器のオートマタが手に入ったり、魔族の元将軍が出てきたリ、激化型なんてでたらめなモンスターが現れたり、研究者としては楽しくて仕方ないのだ」
彼女自身が楽しむために、今後も俺たちのサポートをすると言ってくれた。
この世界に来て1ヵ月ちょっと、石に入ったままだけど、黒松明人は結婚することになった。
新婚初夜はリリスとサタニキアが入り込んできたので4人で仲良く寝ました。
窮屈過ぎて、一線を超える余裕なんてありませんでしたのであしからず。。。




