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49、螺線迷宮2

 ライドランド公爵領の中心都市オークヴィル。

 人口は40万、エスターシア王国内でも首都に次ぐ多さと規模を誇る。


 だが、この町を最初に設計した者はバカである。

 人口が増える度に拡張が行われているのだが、初期に作られた旧市街は城を中心に渦巻状にぐるぐるまわった造りとなっている。


 防衛の観点からそのような造りにしたのだろうが、移動がとても不便で住むには適しておらず螺線迷宮都市と言われ揶揄されている。近年になって一部の建物を取り壊して行きやすいように改良されているが、それでも城に向かうのは至難の業だ。


 普通の町であれば城に近いほど立派な建物が多いが、オークヴィルでは中心に近いほどスラム街のような感じになっている。


 富裕層はこのような場所には住まず、区画も整理され賑わいのある外縁の新市街に多かった。貴族の屋敷も同様だ。


 そんな都市を俺たちは屋根よりも少し高いところを移動している。。

 アリアはサタニキアに抱えられて空を飛び、プレイサとフレデリカはテイラに乗り城へ向け屋根の上を移動している。

 

 俺たちに目がいかないように町の外ではフェニックスが体を光らせて飛び回り、兵士や市民の目を引き付けていた。


 ヤムヒルが居る場所は探索スキルで調べがついている。

 本人に会ったことがある場合は、顔を思い出すだけで簡単に居場所を特定できるのがこのスキルの便利なところだ。


 彼は寝室ではなく、城の外側にある兵舎にいるようで、幸いにも付近に人の気配はない。おそらく隔離されていると思われる。


『隔離されているってことは、あの病気にかかっている可能性が高いな』

『そうね、病気だとしたらそれしか考えられないわね。確かサタニキアが血清を持ってたよね?』


「ちゃんと持ってきてるわ。それよりも羽の付け根部分が痛くなってきたんだけど、まだ着かないのかしら…」


『お前それ運動不足だろ』

「確かに冬はあまり使わないから、そうかもしれないわね。あ~しんどい…」


 冬は寒くて服を脱ぎたくないから羽を使わないのは分かるとして、夏は一糸まとわぬ姿で飛んでるってことなんだろうか。下手に話しかけると喜んで話が長くなるので聞くのは止めておいた。


 それから少しすると目的の建物が見えてきた。

 ヤムヒルが居ると思われる部屋からはほのかに光が漏れているが、他の部屋は暗くなっており人の気配はない。


 警備の兵士も2人だけで、ヤムヒルの部屋から離れた位置にある建物の入口に立っているだけだ。


 念のため、探索スキルでヤムヒルの隣の部屋が無人かどうか調べた後、俺たちは木窓をこじ開け侵入した。

 

 続いてテイラが隣の建物からこの部屋の窓目がけて大きく飛び跳ねた。彼女はこういったことに慣れているのか、うまく着地したので音も一切ない。


 木窓を閉める前にもう一度外を見ると、フェニックスが盛大に暴れているのか、町の門付近から大きな火柱が上がっていた。


 そのおかげで城内にいた兵士たちも全て駆り出され、人気がない状態になっている。


 廊下に誰も居ないことを確認した俺たちは、ヤムヒルの部屋に侵入した。

 そこには1人寂しく寝かされている領主の姿があった。

 病のせいか、とてもやつれた感じで、以前会った時とはまるで別人のようであった。高熱を発してる割には息が浅く、あまり先が長くないことが伺える。


『サタニキア、どうだ?治療できそうか?』

「かなりまずいわね、もう少し水を与えるとかしていればここまで悪化していないはずなのに、これは完全に放置されているわ。死ねと言っているようなものよ」


 ベッド横にある水差しに目をやったが、中身は空っぽであった。

 部屋の照明となっている魔光石も暗くなっていることから、交換などは一切行われていないようだ。


 サタニキアは回復魔法を、フレデリカは解熱させるために氷系の魔法を使って、それぞれ治療を開始した。


 俺とリリスはアリアの手のひらに乗せられ、ヤムヒルの記憶を探るべく近づけられた。

 探るのは、彼がオークヴィルに戻ったとされる4日前からだ。


 見えてきたのはヤムヒルに食ってかかるバルカ伯爵とその仲間。どうやらデュシーツと手を組むように勧めているようだが、ヤムヒルはそれを一蹴している。


 その後の夕食会で彼はバルカ伯爵が注いだ酒を飲んでいる。


『この酒が怪しいわね』

『バルカ伯爵を探ることができればな…』


「バルカを調べる機会を作ってやるから調べてみてくれ」


 突然おっさんの声がしたと思ったらヤムヒルだった。


 サタニキアとフレデリカの治療が効いたようで、深い眠りから覚めたのだ。彼も念話が使えるのかと一瞬驚いたが、フレデリカが俺たちの会話をこっそり伝えていたらしい。


「ずっと死の淵を彷徨っていた気分だ…」


 俺は声魔法をリリスにお願いして、アリア経由で話を続けた。


「あなたはバルカ伯爵に毒の入った酒を飲まされたんだ。その結果がこれだよ」

「ああ。だが、それをどうやって立証する?」


 俺は即席で考えた方法をヤムヒルに伝え、仲間や研究所で待機中のパラケルススにも連絡した。

 

  ◇ ◇ ◇


 俺たちは、この建物を管理している者の記憶をすこしばかり変更して、プレイサ、アリア、テイラをヤムヒルの世話係とした。


 フレデリカについてはフレデリカ・ライドランドとしての役目を果たしてもらう。

 そして俺たちはヤムヒルが身につけている装飾品に扮しているところだ。


 マギアを発つ前はこういたことに興味がないと言っていたサタニキアであったが、ヤムヒルの正体を暴く作戦を伝えたところ「面白そう」と言って協力してくれることになった。


 単に領主や国王に会うのは退屈なので嫌なのだろうが、陰謀が絡むと積極的に首を突っこんでくる。おそらく楽しいのだろう。これは同じ悪魔であるリリスにもあてはまる。


 そして日が昇った今、サタニキアはヤムヒルの側付きの魔術師兼連絡役としてバルカ伯爵を呼びに行っているところだ。


 朝になって警備をしていた兵士の雑談が聞こえてきたのだが、明け方までフェニックスが暴れまわったせいで城門付近の雪は全て融け、森も一部が焼けたらしい。


 多くの兵士たちがフェニックス退治に動員されたようで、彼らは皆疲れきって休息をとっている。

 城に配置されている兵士は最低限ということになる。

 暴れすぎのような気もするが、フェニックスにはお礼として魔石を与えるとしよう。



 それから1時間、魔術師のローブに身を包んだサタニキアに連れられ、バルカ伯爵と仲間たちがヤムヒルの元を訪れた。


『サタニキア始めてくれ』

『いいわよ』


 サタニキアはバルカ達の方を向き、ヤムヒルの遺言を伝え始めた。


「ライドランド様はご覧のように重篤となっております。本日バルカ様にご足労願ったのは摂政に就いて頂きたいと思ったからです」

「それはもちろんだ」


 バルカは満面の笑みを浮かべる。


 ヤムヒルには息子がいるが幼いため、彼が死亡した場合は王子が成人するまで通常は摂政を置くことになる。摂政は領主を代行して政務を行うため、実質的に領主と言っても過言ではない。


 それは彼が望んでいることでもあるからだ。


「バルカ様、これは摂政の証である首飾りでございます。どうぞお受け取りを」


 バルカに接触して彼の記憶を探索したかった俺は、摂政の地位を餌に彼をおびき出すことにしたのだ。デュシーツの繋がりが立証できない場合は、重篤のふりをしているヤムヒルが目を覚ますだけでよいので、リスクも少ない。


「うむ、それにして見慣れない顔ぶれが多いな…」


 バルカは俺たちを手に取りながら周囲を見て怪しんでいる。

 俺からすれば彼に近づければそれでいいので、目的はこの時点でほぼ達成している。あとは記憶を探るだけだ。


 見えてきたのはデュシーツから送られてきたであろう手紙で、内容は指令書だと思われる。


 バルカはかなり前からデュシーツと関係があるようだ。


 証拠となる手紙を残すほどバルカも愚かではない。読み終えるとすぐに水に浸し文字を消していた。


 羊皮紙は燃えにくいので水に浸してインクを洗い流すか、表面を削って文字を消したりする。


『これじゃ証拠にならないわね…』

『いや大丈夫だリリス。羊皮紙さえみつかればなんとかなる』


 文字が消えた羊皮紙は再利用できるため、バルカもそのようにしていたのだ。

 表面を削られたら証拠として使えない。削るのは手間がかかるので水を使ったのだろう。彼がものぐさな人間で助かった。


『テイラ聞こえるか?』

『聞こえている』

『バルカが再利用するために残している羊皮紙を、なんとかして持って来てくれないかな』

『任せておいて』


 言ってテイラは部屋を後にした。

 次はパラケルススだ。

 彼女には俺が合図すれば、石ロボで城に来て兵を抑えて欲しいと伝えた。

 バルカの化けの皮がはがれた時に何をするか分からないからだ。武力を振るわれる前に武力で抑える。


 あとはテイラが羊皮紙を持って来るまで時間稼ぎする必要がある。ここからはヤムヒルと俺たちで喜劇を演じることにした。


「うぅ…」


 静まり返った部屋に響き渡るヤムヒルのうめき声に全員の視線が集まる。

 すぐに反応したのはサタニキアだ。ベッド横に移動し彼に寄り添う。


「ライドランド様、大丈夫ですか!」


 サタニキアはヤムヒルの上体を起こして水を口に含ませる。

 それを見たバルカは、この状況が息を引き取る寸前なのか、吹き返そうとしているのか判断ができないようで、やや戸惑った表情となる。


 もちろん彼の願いはヤムヒルが亡くなることだ。ややあって彼は行動を開始する。


「貴様、ライドランド様に何をするのだ!下手に水を飲ませて何かあったらどうするつもりだ」

 

 側付きが余計なことをしてヤムヒルの息が吹き返しては困ると判断した彼は、サタニキアの肩を鷲掴みにして引き離そうとした。 


「申しわけございません」

「ゴホゴホ…」


 示し合わせたかのように咳き込むヤムヒル。


「うぅ…」と再びうめき声をあげる。


 ここでバルカはさらに水を飲ませて窒息させようと思ったのだろう、サタニキアから水差しを奪ってヤムヒルに飲ませ始めた。

 

「バルカ様、先ほど水を飲ませるのはよくないとおっしゃいましたよね?」

「この表情を見ろ!ライドランド様は水を欲しておられる。側付きなのに気づかないのか」


 サタニキアに対して強い口調で言った。


「申しわけございません」


『リリス、一時的に仮死状態にしてくれ』

『いいけど大丈夫なの?』


 苦しんだ表情のヤムヒルだったが、息が止まると急速に穏やかなものへと変わっていった。

 バルカに抱えられた状態でヤムヒルは息を引き取ったのだ。


「バルカ様、なんてことを!」


 わざとらしく大声で叫ぶサタニキアを見たプレイサが近寄ってきてしゃがみ込む。


「ライドランド様しっかりしてください」


 プレイサは悲痛な表情を作り声をかけた。


「私はフレデリカ様を呼んでまいります」


 と言ってアリアは部屋を後にした。

 最後に動き出したのはバルカだ。確かに彼は息の根を止めようとしたがそれはサタニキアに代ってからのつもりだった。


 だがヤムヒルは、バルカの腕の中で亡くなったのだ。

 

「私ではないぞ!そうだ側付きのお前が原因ではないか」

「何をおっしゃいます。わたしはお止めしたではありませんか」


 その時「バタン」という音と共に部屋の扉が開かれ、アリアとフレデリカが部屋に入ってきた。フレデリカはヤムヒルの元へ駆け寄ると跪いて泣き崩れた。


「おじさま!なんてこと…。バルカ、貴様…」


 涙声でバルカをにらみつけるフレデリカ。


「私ではないぞ、おいお前たち、兵を呼んできてこいつらを捕らえろ。ライドランド公爵を殺めた反逆者だ!」


 バルカが叫ぶと仲間の数人が部屋を後にした。


『これでバルカの配下の奴らがここに揃うぞ』

『あとで探すのも面倒だもんね。アキトにしてはいい考えじゃない』


 リリスはいつも一言多いのだ。

 その時テイラから連絡が入った。


『アキト、目的の物は手に入れた。もうすぐそちらに着くぞ』

『恩に着る』


 そして俺はリリスに少し変わった光の魔法をリクエストした。


 喜劇はここまでだ。次はバルカにとっての悲劇が開幕する。


テイラはネズミに変身してバルカの屋敷に侵入したようだ。

そして現地にいたネズミに手伝ってもらい羊皮紙を手に入れた。

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