48、螺線迷宮1
マギアを発った俺たちは、3日かけて領都オークヴィルに到着した。
ソッサマン領はライドランド直轄領となり、暫定領主はフレデリカが就いた。
エマは準貴族となったうえで、マポ地域の代官に任命された。代官は町や村などごく限られた地域の領主のようなもの。
守備隊の隊長が、いきなり代官になるのは異例のことであり、身分が平民から準貴族になることも珍しいことだ。大規模な戦闘でよほどの武勲でも立てないと身分が上がることはない。
簡単に身分を上げてしまうと門閥貴族たちが黙っていないからだ。
彼らは良い家柄同士が血縁関係となり団結して地位を守ているため、平民などが貴族になることを嫌う。
そのために用意されているのが準貴族であり、平民出身のエマがなれる地位は通常はここまでとなる。
代官という役職は平民では就けないため、デュシーツの侵攻を防ぎ武勲を立てたエマを準貴族にしたうで任命したのだ。
そんな権限をパラケルススが持っていることも驚きだが…。
俺たちはオークヴィルでフレデリカやエマの任命式が行われるのでやって来たのだが、領都に入る門で何故か止められている。
ちなみにエマは復興の指揮をとるためマギアに残っている。
「パラケルスス様、バルカ伯爵様の命によりお通しすることはできません」
「なっ…」
兵士たちの対応に驚くパラケルスス。今までこのようなことは一度もなかったのであろう。
『パラケルスス、バルカ伯爵って何もんだ?』
『ヤムヒル様の遠戚で門閥の重鎮だ』
パラケルススは門番の兵士にヤムヒル・ライドランドの命で来たと再度伝えたが、結局領都へ入ることは許されなかった。
俺たちは今後のことを話し合うため、オークヴィル郊外にあるパラケルススの研究施設に移動した。
まずは入れない理由を考え、それからどうやってヤムヒルに会うか方法を探る。
『パラケルススが門前払いって、あんたの身分って低くないよな?』
『私は古くからの貴族だが門閥ではない。だが門前払いされるような身分じゃない』
600年以上もこの世にいるのだから古くからの貴族なのは間違いない。
『ヤムヒルに会わせてくれないって、何か事件でもあったのかしらね』
リリスはやや心配そうな声で尋ねる。
パラケルススはヤムヒルの命で動いているため、呼びつけた本人に会えないというのは通常考えられない。となれば、病気や他のなんらかの理由で、ヤムヒルに代わってバルカ伯爵が領都を手中に収めている可能性が高い。
この可能性についてパラケルススに聞いてみた。
「それは十分に考えられる。病気であっても意識があれば門前払いされることは考えにくい。バルカ伯爵が領主の座を手に入れたのなら情報が私に入るはずだ。ゆえに、ヤムヒルは意識を失うほど酷い病に侵されていると見るのが妥当だろうな」
『マギアの病気と同じ?』
考えすぎかもしれないが、ヤムヒルが倒れて得をするのは誰だろうか?今の世界情勢からするとデュシーツだ。
仕掛けてくるとしたらマポやマギア以外にも保険として何かを画策しているはず。
(これが保険にあたるのか…、いや。マポが揺動でヤムヒルが本命かもしれないな)
『暗殺だ…』
『アキトの考えは正解だと思うわ』
リリスも同じ考えに至ったようだ。
そうなると、一刻も早くオークヴィルに侵入してヤムヒルの安否を確認する必要がある。
『次は侵入方法を考えよう』
俺はみんな意見を求めた。
「アリアちゃんは通行許可証の偽造ができるのでしょ?それを使って変装すれば入れるんじゃないかしら」
「作れるよ。あんまり好きじゃないけど…」
サタニキアの問いにアリアは幼いながらに厳しい表情で答えた。
どちらかと言えば正義感の強い方であるアリアにとって偽造という行為は好ましいものではない。
「書写スキルを持ってないのに偽造ができるってのも不思議よね。アリアちゃんは分析スキルを使って作ってるのかしら?」
「スキルを意識しているわけじゃないけど、じっくり見ていると作られるまでの工程などが詳細に頭の中に再現されると言ったらいいかな」
分析スキルは、いろいろな物事、物質、概念などを分解し成分や要素などを明らかにするものだ。
これを使えば、対象物の構成内容が細部までわかるので、忠実に複製することが可能になる。
さらに書写スキルがある場合は、複製時間を短縮することができるが、残念ながらアリアはそれを持っていない。
俺たちのメンバーで書写スキルを持っているのは、残してきたジルだけだ。
『許可証を複製するのも町に入る手段の一つにはなるが、他にも方法はないかな?』
一瞬であるが、みんなの視線がテイラに向けられた。
「まさか私がみんなを乗せて壁を?」
『それもアリだが…』
「この人数はさすがに無理だ…」
ここで俺は視線をサタニキアに向けた。前々から疑問に思っていたことがあったのだ。
俺の世界では、悪魔の一部は羽を持っていて滑空が可能であった。サタニキアのドレスが破れた時に背中に小さな突起物が見えたのだが、ひょっとして羽を隠しているのではないかと思ったのだ。
ただ、聞く機会がなかったので今まで問う事はなかったが、この機に聞いてみることにした。場合によっては侵入方法の一つとして使えるからだ。
『サタニキア、お前って羽を持ってたりするか?』
唐突に尋ねられて少し驚くサタニキア。
「いきなりどうしたのよ。羽なら悪魔だから持ってるわよ」
全員の視線がサタニキアに集まった。その一部には明らかに怒気をはらんだものもある。
『私も体があった頃は持っていたわよ。コウモリのような可愛らしい羽よ。見せてあげれないのが残念だわ』
サタニキアと張り合おうとリリスも自身の羽を自慢する。
「わたしはリリスちゃんと違って蝶のような美しい羽よ」
『あんたのは蛾でしょ?』
(まーた始まった…)
『お前らいい加減にしろ!今、羽を持ってるのはサタニキアだ。リリスは持ってないんだから対抗するんじゃない』
『・・・』
急に静かになったリリス。おそらく不貞腐れているに違いない。
『サタニキア、羽を見せてくれないかな』
「嫌よ。服を脱ぐの面倒だもん」
リリス以外の視線が再びサタニキに集まった。それは文句を言わずに脱げという無言の圧力だ。
「嫌よ」
しばらく沈黙が続くが折れたのはサタニキアだ。
「わ、わかったわよ。脱ぐからそれ以上睨まないでちょうだい」
ぶつぶついいながらもサタニキアはドレスを脱いでくれた。
衣の下から現れたのは生まれたままの姿だ。彼女もリリスに負けないくらいのしなやかな体躯にふくよかな胸を有していた。それに加え妖艶な雰囲気も醸し出している。
背中からゆっくりと現れた羽は蝶のように美しく、それはまるで妖精のようにも見える。だがしかし…。
『お前下着くらい着用しろよ、全裸はねーだろ、少しは隠せよ』
さらに女性陣からは冷ややかな視線が送られる。
「わたしはつけない派なのよ!」
男の俺としては目のやり場に困るので、アリアに言って強制的にさらしを巻くことにした。
チラっと見るのはいいが、堂々とガン見する勇気は持ち合わせていない。
落ち着いたころテイラがサタニキアに尋ねた。
「ひとついいかなサタニキア」
「何かしら?」
「お前羽があるのに、なんで私に乗ったんだ?」
先ほど怒気をはらんだ視線を送っていたひとりはテイラだ。
「羽を広げたら服が破けちゃうし脱いだら寒いじゃない、極寒の中を裸で飛んだら凍死しちゃうわよ」
この瞬間、テイラの目が殺意に満ちたものに変わった。
「いっそのこと凍死すればよかったんだよ」
「酷いこと言わないでよ!仲間でしょ?」
「「誰がだ」」
テイラとプレイサが即座に、同時に発した。
今は漫才をやっている場合ではない。侵入方法を考えている最中なのだ。
『2人とも落ち着くんだ。サタニキア、お前は人を運ぶことはできるか?』
「アリアちゃんとか軽いのなら運べるかな。フェンリルのテイラちゃんはさすがに無理よ」
ネズミなど軽いものに変身すれば運べるかと思ったのだが、重さは本来のフェンリルのままらしい。
サタニキアがアリアを運んで、テイラがフレデリカを乗せれば領都を囲む城壁を越えることは可能だろう。彼女ならパラケルススも乗せれるはずだ。
『もう一つは運んできた石ロボで城壁を破壊して侵入し、ヤムヒルのいる城を制圧する方法だ』
自分で提案しておいてなんだが、これはデュシーツの陰謀でないことが立証されれば、俺たちが反逆罪に問われる可能性がある。リスクがとても高い。
主だった侵入方法が出揃ったのでみんなで検討した結果、一番確実なのはサタニキアとテイラを使う方法ということになった。
侵入後、まずは偵察を行なったうえで状況を把握し、それから石ロボを投入するかどうか判断することになった。
「その作戦ならば私はここに残る。君たちから連絡を受けたらラウムガープを操術して城に向かうのがいいだろう」
俺も同じことを考えていた。
彼女にはゴーレム型の操術方法を教えてある。魔力に関しても十分持っているので、その点に関しては心配する必要は無い。
ただ単独で攻め込んでも心許ないので、この研究所にいる彼女の弟子であるハンニバルがロボ型のアメミットジズに乗ることになった。
人が乗って操縦するタイプは一体しかないのでとても貴重なものだ。アメミットジズは、鉱山で俺たちが一部を破壊して動けないようにしたのだが、領都までの道中でパラケルススが構造を調べた上で応急処置を施したのだ。
説明画面にはパラケルススも分からない古代語が含まれていたが、サタニキアが読むことができたので手助けをしていた。そういう意味ではサタニキアも立派な仲間といえるだろう。
『決行は深夜だ。パラケルススとの連絡方法は念話を使う。壁から侵入するとき目立たないようにするためフェニックスに協力してもらおう』
『フェニックスちゃんをダシに使うってことね』
◇ ◇ ◇
オークヴィルの喧騒と明るさが落ち着いた深夜、俺たちは作戦を開始した。
深夜になるまでの間、フレデリカは持ち前の裁縫スキルを使ってサタニキア用のシンプルなドレスと下着を作っていた。
これが意外と似合っていて、サタニキアがフレデリカを褒めちぎる度に1着増え、作戦決行までに3着も仕上がった。
サタニキアは本気で褒めていたのか、悪魔として計算した上でのことなのか定かではない…。
ただフレデリカは褒められるのに弱いようだ。




