46、マポ紛争
マポの町に入るとデシューツ軍と地元の警備兵が戦っている最中だった。
相手は一国の軍隊。対してこちらは町の治安維持と海賊対策が目的の兵士なので、装備も戦い方も明らかに劣っていた。
そんな中でも連携してデシューツ軍を倒している一群を発見。
おそらくは海賊専門の部隊だろう。
俺たちは彼らの周辺にいるデシューツ軍を倒した後、指揮官と思われる男に接触した。
会話はテイラにお願いした。
「あなたがこの部隊の指揮官か?」
「そういう貴様は教会の手先か?なぜ我々を助けた。いや、もしや…、偽装しているのか?」
指揮官は俺たちの姿を見て一瞬驚いた様子だったが、こちらの偽装を見抜いき手助けした理由を尋ねてきた。
俺たちは教会の奴らが着るローブを身につけているので、傍から見れば教会側の人間に見えている。敵だ。
「私たちはマギアから来た応援部隊だ」
テイラはマギアの現状やデシューツ軍の目的などを伝えた。
このマポの町もソッサマン領なので、現在の最高指揮官はフレデリカということになる。
リヒャルト・ソッサマンが重篤なので、その代行を彼女が行っているからだ。
「そういうことであったか。まさか鉱山に石人形が埋まっていたとはな…」
石人形とは石ロボのことだろう。
ロボットという言葉は一般的ではないので、人型ということで人形と言ったのだ。
「あなたは海賊対策部隊だと思うのだが」
「その通りだが」
俺の読みは当たっていた。
「俺はクリス・カーターだ。マポ守備隊海賊対策隊1班の班長をしている」
といって手を出しテイラに握手を求めてきた。
「私はテイラだ。この小隊を率いている」
2人は固い握手を交わした。
「この辺りは君たちのおかげで制圧できた。一旦指揮所に戻って次の作戦を練りたい」
「ついて行ってもいいかな?」
「もちろんさ」
俺たちは指揮所へ向かう間に現状の説明を受けた。
俺は町に入ったとき、この守備隊は2つに割れていると思ったが、それは正解であった。
やはり海賊対策隊と町の治安維持隊で部隊が分裂しているのだ。
前者は海賊と戦うことが日常茶飯事となっているので、戦い慣れしており指揮系統もしっかりしている。
後者の方は比較的平和な町の治安維持が目的なので戦い慣れしていない。
そのくせ、守備隊の大隊長は町の有力者と繋がっている治安維持隊出身者が務めているらしく、仲も悪いので連携が取れていない。
彼らはお互いのことを「海の奴ら」「丘の奴ら」などと言って蔑しているらしい。
酒場では喧嘩になることもしばしば…。
「情けない話なのだが、これが守備隊の実情さ」
街中に転がっている兵士の死体は治安維持隊の方が明らかに多い。
そして、海賊対策隊が守っている地域はデシューツ軍の兵士が多く転がっている。
「着いた。ここが俺たちの指揮所だ」
「守備隊の指揮所はないのか?」
「あったが占領されている。守っていたのは丘の奴らだから、敵さんが上陸後すぐに的にされたね。設置した場所が悪いんだ」
机に広げられた地図の一か所をカーターが指さした。
町の詳細は知らないが、位置や描かれている建物の大きさから推察すると町役場ではないかと思われる。
港から真っすぐ一直線上にあり、攻めてくださいと言っているようなものだ。対して、こちらの指揮所は住民が多く住む居住地区の裏側にあって、探しにくい。
カーター達は居住地区を守っていて、デシューツ軍とは互角に戦っているそうだ。
「丘の奴らは商会と繋がっているので商館地区を守っているが、お宝を略奪しようと思ってるデシューツ軍が押し寄せてボロボロだよ。略奪が終わった次は女を求めてこっちに来る」
「なるほどな」
「だから俺たちは居住地区の男どもと協力してここを守っているんだ。おや、隊長殿のお戻りだ」
指揮所に入って来たのは赤毛を肩まで伸ばし、ふくよかな胸を持つ美形のお姉さんだ。一瞬秘書官かと思ったが、鋭い目つきからして彼女が隊長だろう。
海賊の船長コスプレをさせたら女海賊に見える、それくらいの気迫もある。
カーターは俺たちのことを隊長に紹介するとともに、マギアの現状を伝えてくれた。
「ほう、そうかい。ならソッサマン領はあんたらの頭が仕切ってるわけだな?」
「そうだ、だからと言って私たちの指揮下に入れと言いにきたわけじゃない」
「それなら歓迎だ。あたしはエマ・モーガンだ。エマって呼んでくれ」
テイラとエマは固い握手を交わしたのち、サタニキアとも握手をした。
「外にいた洗脳されてるような男も仲間なのかい?」
「そうだ」
エマはサタニキアをもう一度、まるで品定めでもするかのうようにじっくりと見た。
「あんたはひょっとして悪魔かい?」
「あら、よく分かったわね。顔に悪魔とでも書いてたかしら?」
「海でよく悪魔に遭遇するからね。雰囲気で分かるんだ。あんたレヴィアタンって知ってるかい?」
「ええ、知っているわよ。確か倒されたって聞いてるけど」
「奴を倒したのはあたしだよ」
エマは少し自慢げな顔をした。対するサタニキアは悪魔殺しを自慢してきたエマに対して「レヴィアタンは中級の下かしらね」と言い、鼻で笑い返した。
『おいリリス、この2人なんだかヤバイ雰囲気だぞ』
『けん制し合ってるわね…。まぁこれくらいで怒るサタニキアじゃないから安心なさい』
2人とも視線をそらさずにらみ合い、お互いに相手の力量を調べているようだ。火花を散らしているわけではないが双方とも目力が半端ない。
そして先に口を開いたのはエマであった。
「中級の下ってことは、あんた上級悪魔かい?」
「よくお分かりで。わたしはサタニキア、元四将軍のひとりよ」
ここでエマは「ヒュー」と口笛を鳴らした。
「驚いたね、こんなところで将軍様にお会いできるなんて光栄だよ」
エマは一歩引いて跪いき頭を垂れようとした。その瞬間、隠し持っていたダガーでサタニキアの心臓めがけて突き刺そうとした。が、サタニキアは人差し指一本でそれを制し不敵な笑みをエマに向ける。
「やっぱり無理か…、あんた本物だね。大悪魔に傷をつけたってことで名を売ろうと思ったんだけど甘かったね…。それにしてはあんたボロボロだね」
サタニキアから不敵な笑みが消え、やや暗い顔となった。
ここへ来る道中のことを思い出したのだろう。
「茶番はここまでにして、援軍として来たってことならありがたいけど、あの石人形は何ができるんだい?」
「全ての性能を把握しきれてないが、デシューツ軍相手に戦うことは十分できる。そして私たちは今から戦艦を頂くつもりなんだ」
「ほう、それは面白いじゃないか。何か手伝えることはあるかい?」
俺はエマ達に何かできることがないか考えたのだが、しいて言えば港付近から住民を避難させることくらいだろうか。
それをテイラを経由して伝えてもらった。
「ってことは、派手に何かをやるってわけだね」
作戦も決まったところで、俺たちは分かれて行動することになった。
テイラと洗脳中の男はエマと合同で町の人たちを避難させつつデシューツ軍を叩いてもらい、カーターには合図したら相手の船に攻め込むように伝えた。
◇ ◇ ◇
港に移動した俺たちは魔法を唱え、戦艦を頂く作戦にとりかかった。
この石ロボだが、サタニキアが説明書を解読したところ、魔法効果を増幅させる力を持っていることも分かった。
この機能はオートマタ型のみに備わっている。他の石ロボは剣を使った戦闘向きで、こいつは魔法を使った攻撃に適している。
幸いここには魔術のエキスパートが2人もいる。これを使わない手はない。
『リリス、サタニキア、準備はいいか?』
『『いいわよ』』2人とも似た口調で返事した。
サタニキアは氷結魔法を唱え、バラムセーレの右手を経由で放ち海を凍らせ始めた。
マポは、冬でもぎりぎり使える不凍港なのだが、少し冷やすだけで凍り始めるほど海水温が低いのだ。
デシューツ軍の奴らは大半が町に入っているため、船に残っているのは純粋な船員のみ。
攻めてくるとは思ってないようで、海が凍っていることに誰も気づいてない。
船の中で暖を取って寝てるのだろうか?
(これならリリスの麻痺魔法はいらないかもしれないな…)と俺は思ったが油断は禁物。
『リリス、麻痺魔法を放ってくれ』
『はいよ』
リリスはバラムセーレの左手を経由して船内にいるやつらを麻痺させていった。
効果はあったようで、各船の中から食器を落とす音や、人が倒れる音などが聞こえてくる。
『サタニキア、氷の厚みを計ってくれないか』
『いいわよ』
計測の結果は50センチ、10分足らずでこの厚みの氷を作れるとは恐れ入った。
この世界に来て何度も思うのだが、異世界からやってきた俺よりも、一緒にいる仲間の方がチート過ぎる。
パーティー全体としてみれば十分強いのだが、俺個人となれば非力にもほどがある。
まあ、みんな高齢者だがハーレムはできているので良しとするか。
『アキト、フェニックスちゃんから映像が来たわよ』
視界に船の様子が映し出された。各船とも、上層部にいる人たちはみんな気絶している。これなら船に乗り込んでも大丈夫であろう。
戦艦乗っ取り作戦は最後の仕上げに入る。
『リリス、カーターに合図用のファイヤーボルトを放ってくれ』
『分った』
空高く打ちあがったファイヤーボルト。まるで照明弾のような明るさだ。
合図を確認したカーターの1班と、エマの命令で駆け付けた2班が船に乗り込んで船員を縛り上げる。
作戦開始から30分で4隻の船は俺たちの物になった。
「カーターさん、ここは2班に見張らせて、わたし達はエマの応援に向かうとしましょう」
「御意」
だが、俺たちが街中に入ると戦闘はほぼ終わっていたのだ。
やはり石ロボの威力は凄まじく、人に対して使うのは制限した方がよさそうだ。それくらい敵兵の死体は無残な状態なのだ。
『これは虐殺だな…』
『『そうね』』
また発言が被ったリリスとサタニキア…。
ただ、石ロボの威力を目の当たりにしたデシューツの兵士たちは次々と降伏したので、目の前は惨状だが、全体としてみれば相手の兵士は意外と生き残っているように見える。
最後にデシューツ軍の指揮官が降伏を受け入れ、マポでの紛争は終結した。
ただ、教会の奴ら数名は、隠蔽魔法でも使ったのか姿を消したため、取り逃がしてしまった。
◇ ◇ ◇
その夜。
俺たちとエマ率いる海賊対策隊の活躍で、居住地区の被害を最小限に抑えることができたので、町の人たちがお礼を兼ねた宴を催してくれることになった。
「みなさんのおかげで町は救われました。本当にありがとうございます」
といって、魔獣フェンリルと悪魔サタニキアに感謝する町の人たち。
もちろん俺たちの正体は明かしていない。悪魔に助けてもらったと分かれば、彼らも複雑な気持ちになるだろうからエマやカーターが黙っていてくれた。
マポ守備隊のうち、町を守る治安維持隊は隊長が戦死し、守備隊大隊長は行方不明となっていた。おそらく町長と共に逃げたのだろう。商会の人たちも幹部級は早々と逃げていたようだ。
金持ちや権力者の逃げ足が速いのは、どこの世界でも共通しているらしい。
宴の後。
今回の紛争の被害状況が報告された。
町を守る治安維持隊は残存率2割となっており機能していないことが分かった。
港湾施設も3割が破壊され、商館地区は4割が破壊。
居住地区は1割未満という結果になった。
デシューツ軍の被害は上陸部隊の6割が戦死または逃亡となっている。
捕虜となったのは残り4割。船の乗組員はほぼ全員が捕虜となり、死者はごくわずかだ。
深夜。
俺たちとサタニキア、エマは夜を徹して捕虜の尋問を行うことになった。
睡眠が必要なテイラは既に床に就いている。
『サタニキア、魔力の供給頼むぞ』
俺とリリスの魔力は既に尽きかけで、捕虜全員を調べるには魔力が足りない。
そこで今回もサタニキアの力を借りることになった。借りっぱなしだ。
『さすがのわたしも、魔力は無限大にあるわけじゃないのよ!ここは龍脈だって細いのしかないし…、節約して使いなさいよね』
『もちろんだ』
しばらくはサタニキアに足を向けて寝れそうにない。まぁ今は体が無いので向けようもないが…。
未明。マギアのアリアから式神を使った知らせが入った。
マギアの混乱も一区切りついたそうで、パラケルススが明日中にやって来るので戻れとのこと。




