41、隠し鉱山の奥深く
雄猫に追われながら、俺たちは町で金貨のようなものを首から下げローブを纏った者たちを探していた。
いくつもの区画を見回ったが、結局それらしき者を見つけることが出来なかった。
『アキト、そろそろ猫の姿を解きたいのだが…』
雄に追い回されるのが嫌なようだ。
『そうだな、雄猫たちに包囲されつつあるしな』
『うらやましいわね~、雄がよってくるなんて、石ころの私なんて誰もよってこないもんね』
リリスの愚痴は無視するとして、このまま町を探しても進展はなさそうなので、鉱山探しに切り替えることにした。
町の外にある森へ移動したテイラは、本来の姿であるフェンリルになった。
生前、ソッサマンの息子アルトは言っていた、町の南側に立入禁止になっている施設があると。そして南の森には入るなと言われていることを。
それは町の住民に対しても同様であった。
◇ ◇ ◇
テイラは夜目が効くが俺たちはそうではない。今日は月も出ていないので前照灯の代わりをフェニックスにお願いした。
フェンリルは普通の狼の倍以上の速度で走れるため、20分程度で目的地を見下ろせる山腹に到着。
『何か変わったことはないか?音でも匂いでもいい』
テイラは聴覚嗅覚ともよく利くので、些細な音も調べ、聞き分けることができる。
岩の窪みは周辺の音が集まりやすいので、入って耳を動かしたり、風下に移動して鼻を働かせたりを幾度となく繰り返す。
『落石音の可能性もあるが、岩が砕ける音が二方向から入ってきた』
『両方とも行ってみよう』
『わかった』
無駄足に終わる可能性もあるが、少しでも可能性のある所は調べるべきだ。
長い間隠されてきた鉱山、簡単に見つかるとは思っていない。
走り回ること30分、結局二つとも空振りに終わった。
次は沢筋を調べるため移動する。水をスキルで調べれば何か見えてくるかもしれないからだ。
ただ、これはもう当てずっぽうと言ってもいい。
山の上に昇ったり谷を調べたりもしたが、全くそれらしい痕跡が見つからなかったのだ。
無駄に時間だけが過ぎてゆく。
『次は奥の森で探してみよう』
『わかった』
テイラは返事をすると暗く不気味な森を疾走した。だが、途中から何か他の生き物を視線を感じるようになった。横を見てみると幾つもの光る目が見える。
高さを考えると雄猫が追ってきたというわけではなさそうだ。
『テイラ、何かに囲まれているよな?』
『ああ、狼だ。そろそろ話をつけて方がいいな』
テイラが速度を緩め立ち止まると暗闇から二つの光る目が近づいてきた。
フェニックスの明かりが届く範囲に入ってきたそれは、テイラのいうとおり狼であった。
大きさはテイラの半分程度だが、他の狼と比べるとひと回り大きいので、群れの長かもしれない。
ハふーッ「お前は何者だ。ここは俺たちの縄張りだぞ」
わぁおン「私はフェンリルのテイラ、古い鉱山を探している途中だ」
テイラは狼の手を器用に使い、革袋から肉を取り出し狼の前に置いた。
『ぎゃー!あたしのお肉がぁ…、あれ一番おいしい部位よ!』
『落ちつけリリス、あとでもっといいもの食べような』
(実際のところ、俺も何故か空腹感があるのだ)
わぁおン「お前達の縄張り荒らして悪かった。これはお詫びだ」
狼の長は前にだされた肉の香りをかいだ後、口に入れ咀嚼し始めた。
ハふーッ「これは美味いな」
わぁおン「そうであろう、それはとても高価な肉だ」
ハふーッ「こんな旨いものは始めて食べた」
テイラはさらにふた切れ肉を地面に置き「これは仲間たちに食わしてやってくれ、一口分しかないが…」と言った。
すると周囲に隠れていた狼たちが出てきて、行儀よく肉を分けて食べ始める。
この群れの数は全部で10匹ということが分かった。テイラは群れの数を把握するために肉を追加で出したのかもしれない。
『みんな旨いと言って食べている』
『そりゃ当たり前よ。一番いい部位なのよ!私も狼になりたいなー』
『群れの長が寄ってきたぞ』
先に食べ終えた長がテイラの前にやってきて、見上げるように視線を彼女に向けた。
ハふーッ「とても旨かった。仲間の分まで分けてくれてありがとうな。鉱山を探していると言ったか?」
わぁおン「そうだ、何か心当たりはないか?どんなことだっていい」
ハふーッ「鉱山なのか分からないが、人間達が石を捨てていた場所なら知っている。ただ、とうの昔に使われなくなったがな」
今は何でもいいので手掛かりが欲しかったところだ。リリスの肉を分け与えた甲斐があった。
俺たちは狼に連れられその場所を目指した。
森を走り抜けること10分。それは唐突に現れた。
ハふーッ「ここだ」
そこは先ほど探した場所であったが、暗いこともあり完全に見落としていた。いや、規模が大きすぎて気づかなかったのだ。
ズリ山。
鉱山で不要となった石は特定の場所に捨てるのだが、年月が経つにつれて山のように積みあがる。
炭鉱の場合はボタ山ともいわれる。
ハふーッ「俺のばーちゃんが若かったころ、人間が石を捨てていたそうだ」
確かに周辺の木に比べるとズリ山に生えている木は低い。この差に気づくべきであった。
廃道探索でよく山に入るが、この木の太さだと大体樹齢20年といったところか。
わぁおン「ありがとう、これは大きな手掛かりだ」
ハふーッ「俺が知ってるのはここだけだな。縄張りもここまでにしてあるんだ」
ここから奥に他の群れは存在しないが、餌が豊富というわけでもなく無駄に縄張りが広いと管理できないので、ここで線引きしているらしい。
それでも周辺を調べたことはあるらしいが、人間が出入りしている穴を見たことはないと言われた。
ハふーッ「俺たちは縄張りの巡回があるから、そろそろ戻るぜ。また何かあったら声かけてくれ。旨い肉をありがとよ」
わぁおン「元気でな」
狼は俺たちの前から立ち去った。動物と会話できるテイラが居て正直助かった。
調教のスキルがあれば、動物と意思の疎通ができるというが、あくまでも調教済みの動物に対してのみだ。
野生の個体だと疎通は困難なので、力を見せつけ服従させてから調教する。
テイラがやったような会話は困難である。
◇ ◇ ◇
ズリ山があるので鉱山が必ず存在する。
これだけでも隠し鉱山の証拠としては十分なのだが、治山治水事業で出た捨石などと言い訳されても困るので鉱山本体を見つけておきたい。
あとはそこに通じる道を探し出すだけ。
(こうなれば奥の手だ)
『テイラ、俺を地面に置いてくれ。道の痕跡がないか見てみる』
テイラは前足と口を器用に使い、俺たちを地面に置いた。
魔力の残量が心許ないがスキルを使用する。
このスキルは調べる範囲によって魔力の使用量が変わる。
さきほど提案した川筋は場所を絞ることができるので魔力の消費はそれほどでもないが、道筋もないところで使用すると魔力の減りが半端ない。
ズリ山が見つかった今、そこから伸びる道っぽいものを見つければ範囲を絞れるので、今の魔力残量でも十分調べることが出来る。
見えてきたのは複数の道。作られた年代によって幅や作りが異なる。
俺は廃道探索家として最大限の勘を働かせた。
今見えている道は5本あり、うち2本は獣道なので除外。
1本は道幅も広くしっかりした造りで、もう1本は獣道よりは広いがデコボコである。
最後の1本は腐敗した丸太が多く見える。これは何かを引きずるために使われたのだと思う。
以前見た村の映像には広い立派な道があったので、見えている広いそれは当時の道だ。
丸太が見えるのは、鉱山を掘る時に使う機材を運び入れるための作業道だろう。
谷間に橋梁や山腹にトンネルを掘る時はこういった道を作るから間違いない。
とういうことはデコボコになっているものが、最後まで使われていた道ということになる。
おそらくだが、鉱山の衰退に伴って道を使う人が減っていき管理もされなくなり自然に還えったパターンだろう。
これを辿れば鉱山に着く。
『道順が分かったので、さっそく移動しよう』
俺はイメージングスキルを使って道順をテイラに送った。
『なるほど。これは分かりやすいな』
テイラの頭の中は、地図が直接表示される感じになっているはずだ。
再び森の中を疾走する。
倒木を飛び越え、落石が原因であろう大岩を避けながら10分程度進むと崖にぽっかりと穴があいていた。
当時は、周囲に村があったはずだが、今は何も残っておらず年輪の浅い木々が生えているだけであった。
『さっそく中に入ってみよう』
『ちょっと待て』
テイラが耳と鼻を利かせる。何かの気配を感じたようだ。
『なになに?幽霊でもいるの??』
リリスが、やや震えた声をだす。
『違う、中から人の気配がするのだ』
テイラは念のためネズミの姿になった。これが彼女が変身できる一番小さいサイズの生き物だ。
『テイラ、これって妖術のスキルを使っているのか?』
『そうだが』
『最大は何に変身できるんだ?』
『ドレイクまでならいける』
ドレイクは小型のドラゴンである。
『ブレスや火を吐くこともできるか?』
『できるけど、フェンリルとしての強さ以上のものは出せない』
ドラゴンとフェンリルの攻撃力の差がどれくらいなのか皆目見当もつかないが、テイラの攻撃力は軟ではない。
何かと遭遇して、いざという時は十分に使えるだろう。
ネズミに変身したテイラに乗せられ俺たちは鉱山探索を始めた。
ややかび臭いが、有毒な気体もないし、モンスターもいないので順調に奥へ進む。
中に入って20分が経過したころ、正面に明かりが見えた。
速度を緩め慎重に近づく。
そこは大きな空間になっていて中が村になっていた。
『外にあった村が、鉱山の中に移動したってっことか?』
『そのようね。でも活気がないわね…』
『閉山したのかもしれないな』
俺たちは村の中を探りながら移動したが、人が生活している気配はない。
だがところどころに、魔光石を入れたランタンが置かれているので、人がいることは間違いない。
村を抜け明かりのある坑道をさらに進むと、正面から岩を削るような音が微かに聞こえてきた。
『人がいる』
テイラはそう言ってから壁に登り、天井付近のひと際暗い部分を進み始めた。
ネズミが壁を登ることは多々あるが、壁を横に進むというのは見た記憶がない。
テイラはネズミらしからぬ動きで音のする方向を目指した。
そして最奥の空間に入ると目の前に高さ6メートルほどの石で出来たロボット?が見えてきた。
『ゴーレムか…?』
ここに来る途中ネズミにも遭遇したので残り物のチーズを与えたらとても喜んでいた。
ネズミたちには鉱山の構造がどうなっているのかを彼らのネットワークを使って調べてもらっているところだ。




