40、斬首と絞首、陰謀のマギア
俺たちの目の前で、現当主リヒャルト・ソッサマンは息子のアルトの首を跳ね飛ばした。
吹き上がる血しぶきで、リヒャルト自身やフレデリカ、周囲の人達にも血が付着する。
突然の出来事に、みんな何が起こったのか理解できていない様子だ。
『おいおい、妾の子だからといっていきなり首を刎ねるか?』
『普通じゃないけど、異常ってほどでもないわ。過去に何度か見たことあるもん』
リリスは悪魔にすがった者の末路を幾度となく見ている。
周囲の人達も一瞬驚いていたが、その後は落ち着いて付着した血を拭っていた。
こういった事は、この世界では珍しくないのだろう。驚き続けているのは俺だけなのかもしれない。
「ライドランド様、これでお許しください。我が家名を貶めた者を許すわけにはいかんのです。それが我が息子であっても…」
「わたくしは何も首を落せとは言っておりません」
「これは我が家の問題でございます。侯爵家の方といえど口出しは控えて頂きたい」
リヒャルトは強い口調でフレデリカに迫った。そして床に転がる息子の顔を一瞥した後、フレデリカに視線を戻し話を続けた。
「御召し物を汚してしまって申し訳ございません。後ほど新しいものを届けさせます。今夜は当家の屋敷にお泊りになり、明日中にお発ちください」
これ以上踏み込むな、用事が済んだなら早く引き上げろということだろう。
長居されては困る何かがあるのかもしれない。
リヒャルトが右手を上げると、別室で待機していた私兵が出てきて俺たちや護送してきた兵士を取り囲んだ。
「残り2名も絞首刑とします」
「そんな!助けてくださいソッサマン様。俺たちはそそのかされただけなんだ」
必死に命乞いするエドワードとアーマニであったが、私兵によって外に連れ出された。
俺たちと護送の兵士はそれぞれ違う場所へ移された。
勝手に行動しないように監視の意味合いが込められていると思う。
「夜は屋敷からお出にならぬようお願いします。最近妙な病が流行っておりまして、出歩かれて病になられては公爵様に合わせる顔がございません」
妙な病とは黒死病に似たアレだろうか。
私兵たちも数人だが咳き込んでいる者もいたし、顔色が悪く発熱しているように見える者もいた。
やはりマギアが感染源で間違いなさそうだ。
今日の出来事も含めて至急パラケルススに報告しておこう。
◇ ◇ ◇
俺たちが通された、というより兵士に囲まれ連れてこられたのは賓客用の部屋であった。
歓迎されていないのは分かっていたので、使用人の部屋でも使わせるのかと思っていたので意外だった。
部屋に入って間もなく、フレデリカの世話係と名乗るメイド3名が部屋を訪れ、彼女の着替えを始めた。今日のフレデリカは目立たない町娘の衣装であったが、今は豪華なドレスを身に着けていたお姫様だ。
正直言って見とれてしまうほど美しい。
着替え終わった後は夕食が運ばれてきた。肉料理に混ざって魚もきちんと用意されていて、昨夜並みに豪華な食事となった。
山奥なのに新鮮な魚が出てくるのは、港から魚が定期的に運ばれてくるからだろう。
部屋には給仕の女性が常にいるので、迂闊に話すこともできない。かと言って黙々と食べつつけるのも不自然なので、道中見てきた風景やマギア町の良いところなどを適当に話しつつ、念話で本題に入ることにした。
口火を切ったのはリリスだ。
『なんで私だけ食べれないのよ!不公平だわ!!』
(また食いものかよ、空気読め!)思わず心の中で突っ込んでしまった。
『ここでエールや肉を吸収する石を出したら給仕に見られてしまうだろ!あれは監視役だぞ』
『分かってるけどさ……、目の前でみんなが美味しそうに食べてるのに、ただ見てるだけなんてひどいと思わない?』
『思わない。リリスは自重しろ反省しろ』
やや怒気を含んだ声はプレイサのものだ。
『リリスさん用に少し取り分けておきますから、今は我慢してください』
次のやや呆れた感じの声はアリアだ。やれやれ世話が焼ける子供だなと心の中で思っているに違いない。
マギアに正当な理由で滞在できるのは、せいぜい明日のお昼までだろう。
修道院へ明るいうちに着くには、遅くてもお昼過ぎまでに町を発つ必要がある。それ以上残った場合は偵察していると思われる可能性が高く強制退去させられるかも…。
残るためには何か正当な理由が必要になるだろう。それは後で考えるとして、この短時間でどうやって隠し鉱山を見つけるかが先決だ。
そこで俺は、再びメンバーを二手に分けることにした。
今夜ここから外に出れるのは俺とリリス、それと変身できるテイラだ。
フレデリカ達には残ってもらって、彼女を世話をする給仕からソッサマンに関する些細なことでもいいので情報を聞き出してもらう。
例えば、アリアはフレデリカの専属侍女、プレイサとテイラは専属の警護という設定になっている。
侍女と給仕が2人だけになった時、何気に主人の悪口話で親近感を抱かせて、ソッサマン家に対する不満や噂を引き出すのだ。
そのためにフレデリカには、今から悪役令嬢を演じるように伝えた。
アリアに対して「跪いてわたくしの足をお嘗め」とは言わなくても、そんな感じの振る舞いをしてもらう。
となると、今フレデリカが侍女と一緒に同じテーブルで食事をとるのはおかしい。そこで、さっそく一芝居打ってもらうことにした。
肉を切り分けて口に運んだフレデリカ。突然ナイフとフォークを叩きつけるように机に置き、ナプキンで口を拭うと表情を険しいものに変えた。
「ちょっとそこのあなた!何故わたくしが侍女と一緒に食事をしないといけませんの?」
フレデリカは給仕にきつい視線を送った。
少し前まで団らんと話していたのに、急に怒り出したフレデリカを見て給仕達はやや驚いていた。
隣に座っていたアリアが立ち上がり頭を下げる。
「フレデリカ様、失礼しました。私が給仕の方に申し出るべきでした。お許しください」
アリアは跪くとフレデリカに許しを請うた。プレイサやテイラも同様だ。
「我慢して、話を合わせていましたがもう限界ですわ。今すぐ食事を変えなさい。私とはテーブルを分けて、あなた達は後で食べなさい」
「承知いたしました」
跪き深々と頭を下げる3人。給仕達は急いで食事を下げ、新たにテーブルをセットし始めた。
「わたくしも甘く見られたものですわね」
テーブルのセットが終わると、プレイサとテイラは部屋の隅で待機し、アリアは給仕の女性1名と一緒に侍女らしくフレデリカの食事のサポートを行った。
これが上流階級本来の食事風景なのだろう。
『フレデリカ、いい感じじゃないか』
『わたくしの幼いころの食事風景を思い出しただけですわ。でもこういうの苦手ですの…、芝居ではありますがアリアさんに申し訳ないし…』
『気にしなくていいです。その調子で私に対して酷い扱いをしてください。おかげで隣の給仕さんが少し同情してくれています』
思い付きの作戦ではあったが、うまくいっているようだ。
◇ ◇ ◇
食事を終えてからフレデリカは寝室へ行き、アリアや世話係の女性と一緒に着替えを手伝い、髪や爪のケアなどをしていた。
一方、プレイサは寝室の手前にある部屋で警護として立ち、テイラは深夜の交代要員として先に仮眠するようにフレデリカに命じられた。
侍女や専属護衛の控室に入ったテイラは俺たちと一緒に偵察に行く準備に取り掛かった。
『テイラ、猫に変身できないか?』
猫は機動性も良く大きさもちょうどいい。町を偵察するには最適である。
『え、誇り高き狼のわたしに、猫なんぞに化けろというのか?』
『これもお前の償いのひとつだよ。それによって多くの人の命が救われるかもしれないんだ』
テイラが俺たちの旅に加わっている理由の一つが、悪魔アスモデウスに操られている時に殺めてしまった冒険者達への罪滅ぼしだ。
少し狡いやり方だが、この言葉がテイラには最も効果がある。
人を救うという点はウソではない。
テイラは猫に変身し俺たちを首からぶら下げた。
最初は町の様子を見てまわり次に隠し鉱山を探すことにした。
テイラはフェンリルの能力に加え、変身した動物の能力も得ることができるため、屋敷からの脱出はとても容易であった。
街中は異国の商人も多くいて活気に満ち、不夜城のごとく煌びやかに光を放っている。だが裏路地に入ると状況が一変した。
死体がそのまま積み上げられているのだ。
おそらく、これから運び出すのだろうがそれにしても数が多い。皮膚を見たが、修道院にいたアイリスの母親がもし亡くなったとしたら、ここに積み上げらている人達と同じ状態になっていただろう。
みんな同じ病気で亡くなっているのだ。
そのうちの1人をスキルで調べてみたが、同じ細菌が見えたので死因はこいつに間違いない。
ここは山奥で寒いため死臭は漂わないが、夏であれば間違いなく衛生状態に問題が出てくるはずだ。
それくらい多くの人が亡くなっている。
『テイラ、お前猫と話せるか?』
『変身している動物の能力を得ているから可能だ』
『あそこにいる猫に、いつからこんな状況なのか聞いてほしいのと、死体を食うなと言ってくれ』
『わかった』
テイラはゆっくりと黒猫に近づくとあちらから声をかけてきた。
にゃー「お前見かけない顔だにゃ。ここは俺の縄張りださっさと失せるにゃ」
にゃん「話を聞きたいだけだ、いつから死体が増えたか教えてほしいんだ」
テイラは情報代として夕食の魚を渡した。
『あ~!あたしのお魚がぁ…』
これはアリアがリリス用にこっそり取り分けてくれていた物であったが、他の動物から情報を聞き出すのに使えると思い、アリアが皮袋に入れて持たせてくれたものだ。
にゃー「これはうまいにゃ。いいだろう話してやる」
黒猫によると、半月ほど前から死人が増え始め町の外にある墓場が満杯になったため、路地裏に仮置きされているらしい。
この町は、さっきも言った通り異国の商人が多いため表通りは賑わっているように見えるが、元々町に住んでいる人達の多くは病気で動けないらしい。
黒猫に餌を与えていた雑貨屋の主人も数日前から寝込んでいて、餌を求めて町を動き回っている。
にゃん「他に怪しいい奴らとか見なかったか?普段この町に居ない奴らとか」
にゃー「もうひと切れ分けてくれたら話すにゃ」
『いや~!あたしのお魚がぁ…』
『今は我慢する時だリリス』
テイラはリリスを無視して黒猫にもうひと切れ渡した。
にゃん「助かるにゃん。腹が減って大変だっからな…」
黒猫は魚のムニエルをうまそうに頬張るとムニャムニャと音を立てながら咀嚼していた。
隣のリリスからはお腹の鳴る音が聞こえてくる。体が無いのになぜ聞こえるのかはよく分からない。
にゃー「食べ終わったら教えろ」
にゃん「もちろんにゃ。先月からローブを纏った怪しいやつらが、よなよな路地裏を周っては井戸に何かを入れていたにゃ」
黒猫もよく利用する井戸にも何かを入れようとしたので、爪で引っ掻いて暴れてたら付近の住民が目を覚ましたので、怪しい奴らは逃げたらしい。
にゃー「その時、刃物で切られた傷がこれにゃ!俺様のおかげで、その井戸を使っている人達は病気になっていないにゃ」
黒猫は傷をテイラに見せて自慢してきた。
にゃー「奴らフードのせいで顔は見えなかったけど、首から金貨のようなものをぶら下げていたにゃ。最近はあまり見かけないな」
にゃん「なるほど、教えてくれてありがとう」
にゃー「どうってことないにゃ。久しぶりに美味しいものにもありつけたにゃ。それよりねーちゃん、このあと俺とどうにゃ?」
にゃん「何がどうなんだ?」
にゃー「俺はこの辺りを仕切ってるにゃ。よかったら俺といいことしないかにゃん?」
食欲が満たされた後は性欲ということだろうか。
誘われていると気づいたテイラは、右前脚を狼のそれに変化させ、猫パンチならぬ狼パンチを食らわせると黒猫は一目散に逃げて行った。
『猫に誘われるとは…、こんな屈辱は初めてだ』
『ご苦労さんテイラ。重要な手掛かりが得られたよ。もう少しまわってみよう』
『わかった』
異国からやってきたローブを纏った奴らが井戸に細菌を入れたに違いない。
(金塊のようなものをぶら下げている奴らか…。どこかで見たような気がしなくもないが…)
テイラは屋根に登り隣の区画へ移動する。途中広場を見下ろせるところに来るとエドワードとアーマニが吊るされていた。
斬首に続いて絞首、そして何やら陰謀が渦巻いているマギア。
ここは予想以上に危険な町なのかもしれない。
この後も町を見回ったが、テイラは他の雄猫から何度も求愛され逃げ回っていた。
どうやら猫的にもテイラは美人さんのようだ。




