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38、修道院の怪異

 問題の部屋を後にした俺たちは、修道士に連れられて食堂へ移動した。

 どうやら宿舎に泊まっている人達とは食べる場所が異なっているようだ。


 行商人や冒険者達は内装も簡素な大広間でスープや固そうなパンをかじっているのが見えた。


 俺たちが連れて来られたのは賓客用の食堂で、先ほどの広間に比べれば狭いが、内装は豪華である。


 修道女達がメイド服を着て給仕をしていたので、まるでメイドカフェのような感じだ。


 せっかくの修道院なので、シスターの衣装を着せて聖女カフェにした方が喜ばれるのではないだろうか。



 食堂に入ると席は半分程度埋まっていた。


 実はこの修道院はソッサマン領内にあり、息子であるアルト・ソッサマンも賓客用の部屋に泊まっているようで、彼も護送の兵士達と一緒に食事をしていた。


 一般の兵士が豪華な部屋に泊れるなんてうらやましい。しかも公費でだ。


 俺たちは、話の内容がアレなので、空いているほうの角にある席に案内された。


 辺鄙な場所の修道院なので、質素な食べ物が出てくると思いきや意外と豪華であった。

 肉料理や海の幸を使ったカルパッチョまである。

 ワインは修道院の地下にあるワインセラーに保管している年代物を出してくれた。


『アキト~、このワインめっちゃおいしいヨ!天国にいる気分よ』

『この世界に天国なんて存在しないって言ってなかったっけ?』

『そうだっけ。えへへへ』


 注がれるワインをどんどん吸収する石。

 修道士の目は石に釘付けとなっていた。彼はアルベルトといって宿泊部門の責任者らしい。 

 

「この石はなんなのですか?ワインや食べ物を吸収する石なんて初めてみました。まさか悪魔の石の類ではないでしょうね?」


 食事をしていた全員の手が一瞬止まったが、リリスだけは気にせず今は肉を吸収している。


 アリアは、なんと答えようかと思考を巡らせているようだ。


「そんな訳ないじゃないですか。ドーラの修道院では奇跡の石として聖遺物認定されているのですよ」


 アリアは、ややひきつった顔で答えていた。

 本当は酔った修道士に悪魔の石として認定されたのだが酒の席でのこと、翌日には認定を行った者たちも忘れていたので助かった。


「そうでございましたか!」


 それを聞いたアルベルトは俺たちを見ながら祈りを捧げ始めた。

 

(本当にすいません。あなたが祈りを捧げている相手は悪魔のです)


 思わず心の中で言ってしまった。

 聖職者を騙すとは、俺は死んだら地獄行きだな。


『ちょっとー、ワインが不味くなるから祈りをやめさせて~』

『おいリリス、このあと怪異退治の話をするから泥酔するのはやめてくれよ。明日、朝から酒臭かったら誰も俺たちを持ってくれないぞ』


『う~っす』ヒック、としゃっくりをするリリス。


 いつものことなのだが、これはもう使い物にならないかもしれない。


 一通りの食事が提供されたところで本題に入ることにした。

 アリアが頃合いをみて口を開く。


「ところであの部屋なのですが、いつ頃から問題が起こり始めたのですか?」

「そうですね、今から1年半ほど前でしょうかね」


 アルベルトによると、その頃とある貴族の夫婦が問題の部屋の隣に泊った。


 夫婦の特徴は、夫は女癖が悪く、妻は嫉妬深い。

 そして修道院の賓客宿泊施設は修道女が給仕全般を行っている。彼女達は何故か美人が多い。


 これだけの条件が揃っていて何も起きないはずがない。

 その夜、事故は起きてしまったのだ。 


 深夜、夫が部屋を抜け出し隣の部屋(問題になっている部屋)へこっそりと移動。

 修道女を呼び出し金を渡して強引に燃え盛った。

 行為中の声が聞こえたのかどうかは定かではないが、その場を目撃した嫉妬深い妻は激怒。刃物を振り回し修道女を斬りつけ夫を刺殺した。


 動かなくなった夫を見て、事の重大さに気づいた妻もその場で自害したらしい。


 アルベルトが隣室の客から知らせを受け現場に行った時に、夫婦はすでに死亡しており、修道女も出血が止まらない状態。


 事情を聞きつつ手当てを施したが、失血が原因で力尽きた。最後は神に祈ったが効果なし。


 部屋の床は血の海となり、壁にも返り血が飛び散る始末。清掃を終えるまで一週間かかったらしい。


 その頃から、よなよな女性の声がするようになったので修道院の神父が部屋で神に祈りを捧げたが効果はなかった。


 数日後、放浪中の除霊師が修道院に泊まったので、賓客用の部屋への宿泊と食事を提供することで除霊してもらったらしい。


 俺たちと似たような条件だ。


「我々は神に仕える身です。霊媒師や除霊師といった類の方達とは相いれない関係なのですが、その時ばかりは神がお遣わせになられた使者と思いましたよ」

「教会から見たら怪しげな人達ですもんね。私達も含めてね」


 アリアは少し皮肉を込めていた。


「いえ…、あの一件以来、我々も少しは考えを改めましたので敵視はしていませんよ。多様性があってもよいのではと考えるようになっています」


 ここがデシューツのラフィエル教との違いだ。

 あちらは多様性を認めず、異教、異端として迫害を行っている。


 その後、半年は部屋も静かになり普通に客を泊めていたらしいが、それを過ぎたあたりから再び声が聞こえるようになった。

 

 しかも以前と違い凶暴になり、物が飛んできたリ、発火したり、通常では説明のつかない現象が起こるようになった。


『心霊現象じゃねーか。発火とかヤバイだろ』

『そんなの、あたしの魔法で吹き飛ばせばいいのよ~ん。イヒヒヒヒ』

『その魔法は使うな!』


 下手すりゃ修道院が地図から消え、跡地にディクソンの森と同様、温泉が湧くかもしれない。


「今夜、私達が泊った場合、物が飛んでくる可能性があるということですよね?」

「そうです」

「退治するにあたり、部屋の内装や備品を破壊する可能性もありますけど、いいですか?」

「全焼など、部屋が使い物にならなくならない程度なら…」

「それは当然です。私達も泊まれなくなりますから」


 となると、石で吸収してしまうのが一番安全そうだ。

 下手に魔法を使えば内装を破壊してしまう恐れがある。


 アリアの炎系は部屋が燃えるかもしれないし、フレデリカの氷系は部屋が凍結し寒くて寝れないだろうし、テイラとプレイサが戦闘を行えば家具類が無事で済むはずがない。


 (…やっぱり石による吸収が無難だな) 



 部屋に戻った俺たちは、心霊現象が始まる夜半過ぎまで部屋でくつろぐことにした。


 プレイサは武器の手入れ、テイラは爪の手入れをしている。

 リリスは予定通り泥酔状態で、俺は今フレデリカの手のひらに乗せてもらって、問題の絵を見ているところだ。アリアも一緒に眺めていた。


『やはりこの絵が怪しいか?』

「そうですわね、この絵に3人分の返り血が染み込んでいるのかもしれませんわ」


 ざっと見たところ問題はないように見える。こういった場合は裏が怪しい。リリスやフレデリカでは身長が足りないのでテイラに絵を外してもらうことした。


『テイラ、この絵を外して裏側を見せてくれないかな?』

「いいよ」


 テイラは絵を取り外すと裏を向け俺の前に置いてくれた。そこには俺の予想通り何かが描かれていた。


 ただ、ロウソクの灯りだけでは少し暗くて、はっきりと読み取ることができない。


『おいリリス!最近出番のないフェニックスはどこいった?』


 リリスの返事はなかった。仕方がない、アレで起こすか。


『リリス、お前の後ろに老婆がいるんだが……』

『!!!、え、いやーーーー』


 老婆の効果はてきめんであった。 


『安心しろ老婆は去ったぞ。で、フェニックスを呼んで欲しいんだ』

『ふぁ?ちょとまてぇぇー』


 肝心な時に使い物にならない…。

 ここ数日、連絡用の式神は定期的に放っていたのだが、リリスの記念すべき式神一号であるフェニックスは出番がないので存在を忘れていた。


 本当に申し訳ない限りだ。


『ぎたわよ…』


 窓を見ると光り輝くフェニックスがくちばしでガラス窓をつついていた。

 久ぶりに見たが無駄に明るいのは相変わらずであった。


 プレイサが窓を開けるとフェニックスは俺たち目がけて飛んできて、着地すると「ピー」と鳴きながらくちばしで激しく石をつつき始めた。

 

『ちょ、痛いわよ!やめなさいフェニックスちゃん』


 フェニックスは「ピーピー」と鳴き足で石を踏んづけたり、くちばしで上に持ち上げては床に叩きつけたりして俺たちを攻撃していた。


 怒っているのだ。ただ、不思議なことに俺には痛みは伝わってこず、全て飼い主のリリスにダメージを与えている。


『ちょっとやめなさいってば、痛い痛い。やだもー、ちょ髪の毛抜かないで』


 石に入っていても髪を抜かれるという感覚はあるようだ。


『普段のお前の行いが悪いせいだな』

「いい気味だ。リリスはもっと反省するべき」


 プレイサも呆れた様子であった。その後も攻撃を加え続けるフェニックスに対してリリスは降参した。


『お願いですからやめてください。フェニックスさま。この通りでございます…』


 なんとなくだが、土下座をしているような感じが伝わってきた。

 フェニックスは「ピピー」と鳴いて、やっと俺たちを絵の前に置いてくれた。


 隣のリリスから「ゼーゼー」と息の切れる音が伝わってくる。


『フェニックス、悪いが絵の裏を照らしてくれないかな』

「ピー」と鳴いてフェニックスは絵に近づいてくれた。


(そういえば、今までフェニックスって鳴いたことあったっけ…?)


 少し気になったが、リリスが落ち着いてから聞けばいいので、後回しにした。


『アリア、フレデリカ、この文字に見覚えはないか?』


 アリアは首を横に振ったが、フレデリカは見覚えがあるようで、必死に思い出そうとしているのが表情から読み取れる。


 俺も再び見てみるが、なんだろうか古代文字に似ているような?


『フレデリカ、これって古代文字の一種か?』

「そうですわ。読みにくいのですけど、わかる部分だけ言いますと、霊・半年・切れる、とありますわ」


 これを書いたのは除霊師で間違いないだろう。霊は部屋にいる3人と思われ、半年というのは心霊現象が起きなかった期間である。


 切れるというのがよく分からないが、何らかの効果が切れるのか、霊が怒ってキレだすといったところか。


 本当に古代文字で書くだけで効力が発揮していたとすれば凄い事だと思う。この除霊師は本物だ。


 次になぜ霊が凶暴になったのかは、俺のスキルを使って過去を探索するしかない。


『リリス、今から絵をスキルで探索するから、老婆がでないように祈っておいてくれ』

『なによもう!ひとの幸せ気分をぶち壊しやがって!!つつかれた次は老婆とか酷すぎるじゃないの』


 軽くリリスをからかったつもりだったが、意外と怒っているようだ。

 ワインを飲んで出来上がってるところを突然つつかれて痛い思いをし、息もあがりボロボロになっているところにトラウマの原因である老婆を思い出させたのだから怒るのも無理はないか…。


 しかし、前半部分はリリスが悪くフェニックスが怒るのは当然だろう。

 

 

 程なくして映像が見えてきた。


 絵が描かれたころではなく、1年半前の夜に時間を絞ってみた。以前に比べるとスキルの使い方が分かって来たので、欲しい情報を引き出せるようになっている。


 見えてきたのは除霊師が霊を絵に封印して、壁にかけてある同じ絵と入れ替えているところだ。


『なんで絵が2枚あるんだ?』


 リリスは不貞腐れて返事をしない。


(絵が描かれた時も見る必要があるな)俺はさらに時を遡った。


 結局、分かったことは除霊師は偽物の絵に霊を封印して、元々あった絵と入れ替えたということだ。

 

 除霊や退治したわけではなかった。そして閉じ込められた霊は封印の効力が弱まった頃から暴れ出している。封印の効力は半年だったのだ。


 暴れ出した原因は、無理やり閉じ込められたので怒っているのだろう。

 夜半過ぎにならないと絵から出て来れない理由は分からず終い。


「夜半を待たずにアキトさんの石に絵ごと吸収したらどうですか?」

 

 アリアの言う通り、今から石に吸収したほうが無駄な戦いをしなくてもすむ。


『そうしよう。フレデリカ、もう少し石を絵に近づけてくれ』

「分かりましたわ」


 少し間をおいて石は絵を吸収し始めた。


 すると今まで静かだった絵から悲鳴が聞こえ、白い何かが出てきたのだ。霊のように見える。


『おい!何か出てきたぞ。気をつけろ!』といってみんなに警戒させたのだが、フェニックスがそれをくちばしで器用についばんで食べてしまった…。


 直後、もう一体の白いモヤが絵からテイラ目がけて飛び出したが、こちらも手入れ直後の爪で引き裂かれ、悲鳴をあげながら消えてしまった。


 その頃には石が絵を吸収し終えていたので、白いものが出てくることはなかった。



 夜半過ぎ、アルベルトを呼び出し心霊現象が起きないことを確認してもらった。


「ところで花の絵はどこで手に入れたのですか?」


 俺はアリアに、花の絵について聞くように伝えてあった。


「あれはテミスさんという方の絵でして、100年前この修道院に泊まられた時に描いてくださったと聞いております。当然亡くなられているとは思いますが、彼女の絵は高値で取引されていますよ」


 だから絵の偽物が存在していたわけか…。あの除霊師の裏の顔は泥棒だったわけだ。

 俺はアリアに彼の正体や、経緯を話すように伝えた。

 

 アルベルトは真相を知り驚いた様子であった。


「ですが、石に吸収されたのは偽物の絵ということですよね?」

「はい」

「でしたら、テミスさんが描いた貴重な絵がこの世界から消えたわけではないので良しとしましょう。神のお導きによって修道院に戻って来る可能性もありますからね」


 その後、アルベルトはお礼と言ってワインやエール、夜食の類を修道女に運ばせた。


 不貞腐れていたリリスも機嫌を直し、ささやかなお祝いは夜半過ぎまで続いた。


リリスのやつ、調子に乗って肉を吸収していたから明日は悪臭がするに違いない。

どうなっても知らないぞ…。

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