37、雪原をゆく
今日はソッサマン領のマギアへ向かう手前にある、修道院を目指す。
そこで1泊する予定だ。
というのも、修道院から先は山間部に入るため道が険しく、天候が良くても1日でマギアにたどり着くとは限らないからだ。
ソッサマンの護送もあり、移動速度を上げるにも限界があるので修道院に泊まることになった。
道中、御者台に座るプレイサが話しかけてきた。
「最近、宿泊する度に事件が起こるけど、修道院でも何かあるんじゃない?」
ドーラでもウィラでも面倒ごとに巻き込まれている。
しかし、次は修道院。神聖な場所なので安全なはずだ。悪魔召喚の儀式でもしたら話は変わってくるが…。
俺たちは再び石に戻ったので返事は念話となる。
『確率論で言えば、絶対なにか起こるだろうな。鬼が出るか蛇が出るか…』
「鬼ってなに?」
どうやらこの世界に鬼はいないようだ。名称が異なってる可能性もあるが…。
俺はプレイサに鬼について説明してあげた。
頭に角を生やし、口に牙があり指に鋭い爪をもち、トラ皮のパンツをはき金棒を持つ。
肌の色は赤・青・黒があり、それぞれに鬼がつくと教えておいた。
「それって悪魔と吸血鬼の混血種みたい。裸で金棒を振り回すなんて変態だね。見かけたら叩き斬ってやる」
変態とは、またずいぶんな言われようだ。確かに裸で金棒持って暴れたらそう見えなくもないか。
ふと思ったが吸血鬼も鬼という字が入るが、これも鬼の一種なのだろうか?
「でもさ、鬼はいないけど鬼女なら存在するよ」
『え?本当にいるのか…』
「いるよ。山に住んでるんだけど、その美貌を使って長旅で疲れている男を巣穴に誘い襲って食べるらしい」
淫魔よりタチが悪いじゃないか。しかし、男ってどこの世界でも美女に弱いんだな…。
『ちょっと、淫魔よりタチが悪いって聞き捨てならないわね』
『だから人の心を勝手に読むなと何度言ったら……』
『私は弱ってる男なんて襲いませんからね!』
『はいはい』
そんなたわいもない話をしているうちにお昼となった。
ここまでの道のりはとても順調。天候には恵まれているが、雪原をゆくせいで太陽の反射光が半端ない。
サングラス(この世界では黒色偏光眼鏡)のおかげで目は保護できているが、日焼け止めクリームなんてものは存在しないので、石なのに日焼けしたような感じがするのだ。
『なんだかお肌がヒリヒリするわね』
これはリリスも感じていたらしい。
昨夜見たリリスの衣装は露出度の高いものだったので、顔から肩にかけて日焼けしているのだろう。
「太陽の光くらいで音を上げるとは情けないね」
そういうプレイサも顔が赤くなってるので日焼けしているに違いない。
本当はヒリヒリするのだろうがリリスの手前、我慢しているようだ。
お昼ご飯を済ませた俺たちは、修道院へ向け街道を進み始めた。
こちらは幹線の街道ではないので、幅も狭く除雪はしてあるものの路面はデコボコだ。
これは日中の温かい時間は路面の雪が緩むが、夜になると再び凍って固まるためだ。
夜に馬車を走らせるとスリップして危険である。
一応冬用の蹄鉄を装着しているが、氷の上ではどうすることもできない。
従って夜間馬車を走らせることは滅多にしない。
もう一つ厄介なのが対向する馬車が来た場合だ。
周囲の積雪量が多い場合は、ところどころにある退避スペースまで後退するのだが、馬を付け替えるのが面倒なのでしばしば喧嘩になることもある。
今日も何度か、荷馬車の行商人同士で言い争っていたが、こちらの先頭はソッサマンを護送する兵士が先導しているため、対向の馬車が後退することになった。
兵士がいたおかげで、こちらは揉め事に巻き込まれずに済んだわけだ。
今後もこういった事に遭遇する可能性はあるので参考にしておこう。
なんと言っても兵士を装うのには自信がある。
日が西へ傾き始めた頃、リリスが思い出したかのようにサタニキアのステータスの話を始めた。
それくらい、平和過ぎて何もなかったのである。
強いていえば、何かに食いちぎられた人体のパーツが雪原に転がっていたり、氷漬けになった強そうなモンスターが転がっていたくらいだ。
俺たちはそれが気になったので調べるように兵士に話したが、よくある事だと言われ一蹴された。
一見美しく見える雪原も、雪がすべて融けたら何が出てくるやら…。
『アキト、サタニキアのステータスこっそり調べたんだけど見る?』
『見たい見たい!でかしたぞリリス!』
『もっと褒めてもいいのよ!』
『調子に乗るとプレイサの右ストレートが飛んでくるぞ』
=====
名 前:サタニキア
種 族:魔族
職 業:行商人
レベル:100
経験値:---
体 力:5300/5500
魔 力:355/5000
幸 運:不明
知 性:S
戦 術:不明
速 さ:S
防 御:不明
器 用:不明
スキル:魔法S・魅了S・ステータスウインドS・実体化A・錬丹術A・古代魔法A・虚偽記憶A・スキル枠増加B・不明・不明
称 号:上級悪魔/将軍
=====
これはまたツッコミどころが多い。何からいこうか。
『まず、行商人ってなんだよ』
『たぶんだけど、普段はそれに扮して移動してるんじゃないかな』
『空とか飛んで自由に移動しないのか?』
『そんなことしたら目立つじゃない。認識阻害使えばいいけど、あれも面倒だからね魔力も消費するし…』
サタニキアは人とふれあうのか嫌いではないそうなので、地道に歩いて移動するほうが出会いがあっていいのかも。
もちろん悪魔として契約を結ぶためでもあるだろうけど。
サタニキアはウィラで相当な魔力を使ったのか、上限が高いわりに残っている魔力は少なかった。
『あとはスキル枠増加ってやつだな』
『私も初めて見るわ』
「そのスキル、古い本で見たことあります」
アリアはそれを知っているようだ。
彼女によると通常スキルは7つまで持てるが、スキル枠増加を覚えたらその名の通り持てるスキルが増えるらしい。
ランクがBなので5つ余分に持てる。ランクがAなら6つ、Sなら8つまでいける。
このスキルもぜひ修得しておきたい。おそらくスキル錬成で入手できるものだろう。
いくつか不明なところもあるが、これはリリスのステータスウインドスキルがサタニキアよりも劣っているため、調べれなかったようだ。
『サタニキアのステータスって化け物じみてるな』
「討伐されたという魔王ルシファーは、もっと強かったのでしょ?それを倒した勇者というは、それを凌ぐ強さということですわよね」
フレデリカの指摘通りだ。
やっとレベルが11になって体力も130になったばかりのなのに、レベル100で体力5500以上を目指すには何百年かかることだろうか…。
考えるだけで気が遠くなる。
ほんと、どうやって倒したか知りたいので、領地を手に入れ村が安定してきたら必ずアケメネスに行こう。
サタニキアのステータス話がひと段落したころ、目的の修道院が見えてきた。
ドーラの宿場で見た修道院とは造りが全く異なっていて、古い砦を改築したようだ。
俺の世界にあった、中世の古城を改築してホテルにしたものと似ている。
馬車を預けた俺たちが中に入ると、そこは大広間となっており、内装は修道院というよりも少し高級なホテルといった感じだ。
俺とアリアは受付カウンターへ向かった。
「あの、一晩お部屋をお借りしたいのですが」
「ロンタン修道院へようこそ。ご寄付はこちらへ」
アリアが声をかけると修道士はいきなり寄付の箱を出してきた。
修道院は宿屋ではないので宿泊料は不要だが、その代わりに任意の額を寄付することになっている。
その額によって毛布など借りれる物が変わる場合もあるので、アリア的に少し多めに寄付をした。
修道士は軽く会釈し、教会の決まり文句を言った後、衝撃的なことを口にした。
「あいにく本日は修道院の宿舎は満室でして…」
「は?」
アリアの表情が一瞬で険しくなる。
これは、満室に対してではなく、寄付の金額を張り込んだことに対してだ。
要は「先に言えよ!」ということだ。
今さら返せとはさすがに言えない。どうしたものかと考えていると、修道士が木の板に書かれた部屋の配置図を出してきた。
「宿舎は満室ですが、賓客用のお部屋でしたら空いております。価格はこの通りでございます」
この修道院は、収入確保のためか高級な宿も営んでいるようだ。
ただ価格が半端ない。
ウィラの4倍もしていた。俺の世界の新幹線で例えるなら、一般的な価格が指定席だとすると、グランクラス並みといったところか。
さすがのアリアも価格を見て固まっていた。
払えない金額ではない。ただここで使ってしまうと先が不安になってしまう。
ここがデシューツならば野営も可能だが、こんな雪原で野営したら凍死してしまう。
かまくらを作っても同様であろう。
財布を預かる者として悩みどころであった。
一瞬、テイラにフェンリルの姿に戻ってもらい、人間であるアリアとプレイサだけモフモフ毛皮にくるんでもらうことも考えたが、そうなると砦から離れる必要があるので、この案は消去した。
腕を組み考えるアリア、しかし状況を考えれば支払うしかないと思ったその時。
「もし、ご予算が厳しいのでしたら、こちらのお部屋でしたら半額で結構ですよ」
修道士が指さしたのは最上階の角部屋だ。
ホテルならスイートルームと言っていいほどの部屋なのに半額…。
何かあるに違いない。
『アリア、それ曰くつきの部屋だと思うぞ。もしそうなら値切れ!』
『私もそう思います。わかりました』
うちのメンバーは怪異が大半だ。幽霊がいても怖くない…、いや1名ダメな奴がいた。
『ちょっと、そういう部屋やめない?出たら怖いわよ』
そう、リリスが苦手なのだ。
ライドランドの別荘で見た老婆から、あの手のものが輪をかけて苦手になっている。
彼女自身、人間をやめているので似たような存在だと思うのだが、怨霊の類は苦手らしい。
「その部屋って、何かよくないものが出てくるとか?」
「実はそうなのです。何度も除霊をしましたが効果がなくて、先日屈強な冒険者数名が泊ったのですが、みんな深夜になって泣きながらこちらまで下りてきていました」
屈強な冒険者が逃げ出すって、いったいどんな怪物なんだろう。
『ちょっと聞いた?屈強な冒険者が泣き出すんだよ?絶対にヤバいって!とり憑かれたらどうするのよ』
『いや、俺たちにとり憑くって奴って、よほどのバカかサタニキアクラスの霊ってことだぞ?強かったら一室に引きこもってるはずないから、バカな霊だろ』
『そうなのかな…』
とても不安そうなリリス。ちょっとカワイイ。
「私達の仲間には霊媒師もいます」
はて、霊媒師なんていたか?
『それ、わたくしのことではありませんか?霊話と霊媒はランクAですわ。ただ除霊なんてしたことありませんわよ』
『すまん、忘れていた。まあ、なんとかなるだろ』
アリアは受付の修道士と交渉を続けていた。
「仲間の霊媒師はランクAのスキル保持者で、その手の専門家です。龍脈をも制することができるのですよ」
「な、なんですと!龍脈を?」
修道士は俺たちに疑いの目を向けてきた。
テイラを除けば少女にしか見えない。修道士が疑うのも無理はない。
「はい、ですから私達が泊ればその部屋は再び使えるようになりますよ」
「なるほど」
「見たところ、あの部屋は貴族などの高貴な方や裕福な商人向けですよね?使えないのはもったいないでしょ?私達なら退治できます」
アリアの芝居の上達速度は目を見張るものがある。
その調子だアリア。
あとは俺たちが本物だという証拠を見せる必要がある。
『アリア、何か証拠を見せることはできないかな?』
『ここでですよね?』
『そうだ』
アリアも考えているようだが、浮かばないようだ。
何かないだろうか。
以前酒場でやったあれをするか…。
俺はアリアを経由してワインを持ってくるように指示した。
そう、ワインをこの石に吸わせて奇跡を見せるアレだ。
用意された皿にワインが注がれ、上に俺たちが置かれた。フレデリカが手を石にかざして適当な呪文を詠唱する。
それに合わせてリリスが石を通じてワインを吸収。
「こ、これは!?」
驚く修道士、こうなればこっちのものだ。
「これは奇跡の石といいまして、なんでも吸収する不思議な石なのです。これは彼女にしか扱えない代物なのです」
本当は悪魔の石と言うべき代物なんだけどね。
『あ~ワインうまいわー』
『ごきげんだな、リリス』
アリアは再び修道士に目を向け交渉の仕上げをする。
「私達の仕事はとても危険なので料金も高いのですが、食事を付けてくださったら追加料金なしで部屋をきれいにしますよ」
「お願いしてもよろしいですか?」
「もちろん」
修道士とアリアは固い握手を交わしていた。契約成立だ。
どうやら宿泊に関して決定権を持っている修道士だったようだ。話が早くて助かる。
アリアの芝居で最高級な部屋にタダで泊まれて食事まで頂けることになった。
問題は部屋の怪異が退治できるものかどうかだ。
修道士に案内され、俺たちは問題の部屋へ向かった。
階段を上りきった途端、嫌な空気が漂い始める。これはアカンやつや…。
『リリス大丈夫か?』
『大丈夫じゃないわよ。この空気感ヤバいって』
部屋に入ると危険度は一層増した。
神に仕え、加護を受けている修道士でさえ息苦しそうであった。
「ここが問題の部屋でございます。とても息苦しい…」
フレデリカが平気な顔で部屋を見回す。
テイラとプレイサも特に気にせず歩き回ってきた。
「皆さん平気なのですか?本物の霊媒師様は違うのですね」
「まだ私達をお疑いに?」
「滅相もございません」
フレデリカは、とある絵の前で立ち止まり、じっくりと眺めていた。
テイラも同じ絵が気になるようだった。
また絵が原因のパターンか…。
『アリア、とりあえず何か食べに行こうぜ。リリスにもう少しワインを飲ませたほうがよさそうだ』
『わかりました。今日の飲食はお金を気にする必要がないので盛大にいきましょう』
倹約家のアリアとは思えない発言だ。
「ある程度目星がついたのですが、詳しいお話をお聞きしたいので食事でもしながらいかがですか?」
「もう原因がわかったのですか!すぐに食事の準備をします。こちらへ」
俺たちは怪異の退治を後回しにして、ますは食事をとることにした。
描かれていたのは花だ。
俺が絵の過去を見て、また変なのがひょっこり現れてリリスがちびるパターンだろうな…。
今回は何が出てくるのやら。




