32、酒場の錬丹術師
翌朝。
酒臭さで俺は目覚めた。
アリアは既に起きていたようで、俺の覚醒に気づくと何故か離れたところから話しかけてきた。
「アキトさん達はお酒臭いので、今日は身につけたくありません」
なんと無慈悲な宣告だろうか。
朝っぱらから拒否されてしまった。
「私も同感だ。本当に臭い。テイラは既に部屋から逃げ出している」
アリアに加え、プレイサまでもが苦情を訴えてきた。
獣人のテイラも臭いに我慢できず逃げ出したようだ。
『実は酒臭さで目覚めたんだ。俺が一番の被害者なんだぞ』
彼女達もそれを察してくれたようで、同情するような表情を俺に向けてきた。
そう、この悪臭を作った犯人こそ、同じ石の同居人リリスだ。
彼女は昨夜振舞われたワインや地酒、精がつく食べ物をたらふく石に吸収させたために悪臭を放っているのだ。
臭いの中心はアルコールなのだが、食べ合わせが悪かったのか排泄物の臭いも若干混ざっている。
とにかく臭い。
『……なに、この臭い』
原因を作った本人も目覚めたようだ。
『なにじゃねーぞ、お前が食べ過ぎたから石が臭いを発してるんだぞ』
『なんで私のせいなのよ!あんただって吸収したじゃない。共同責任よ!』
食材を選んだのはリリスなので、言いがかりもいいところだ。
結局、臭いが抜けるまで俺たちを持ってくれたのはフレデリカだった。
意外なことに彼女は臭いが気にならないらしい。
彼女自身の生命活動は停止しているので、嗅覚が鈍いのかもしれない。
「道中お気をつけて」
「みんな、ねーちゃんを救ってくれてありがとうな!」
朝食を軽く済ませた俺たちは、アンダーソン一家に見送られながら宿を後にした。
昨夜は未明までお祭り騒ぎだったが、寝不足だからといって休むわけにはいかないし、門も開けなければならない。
みんなどことなく眠そうだが、朝から懸命に働いていた。
俺たちに気づいた人々があらためて挨拶やお礼をしてくれた。
宿場の木戸で、ソッサマン達を護送する兵士と合流し、共にウィラの宿場を目指すことになっている。
リリスは、ドーラの木戸を通る手前で式神を放った。
これは、テハスに残るジルへの連絡手段として一定間隔で配置しているのだ。
問題が発生した場合は、式神の連絡網を通じてテハスに知らせが届く。
宿場を出た俺たちは街道を北へ進む。順調に行けば夕方にはウィラへ着くはずだ。
今日のルートは、途中にガルラ山脈が横たわるが、長大なトンネルで抜けているので容易に山越えができる。
トンネルができる前は峠を越えていたが、かなりの難所らしく冬季は積雪による通行止めもしばしば…。
落石も多く、毎年十数人の死者が出るほど危険な山道だったらしい。
トンネルは35年かけて掘り進められ6年前に完成。
中は素掘りではなくレンガ積み覆工構造となっていて、とてもレトロな感じがする。
幅員に関しては、馬車同士が余裕を持ってすれ違うことができ、ところどころに照明としてオイルランタンが設置されているのでほのかに明るい。
トンネルの長さは体感で10キロ程度。
この世界にしては、とても近代的な構造物といっていいだろう。
馬車はトンネルを約20分で通過した。これが完成する前は、山越えだけで1日を要していたそうなので、大幅な時間短縮と安全に貢献している。
経済的な効果は計り知れないだろう。
その分、建設費用はとんでもない額だと聞く。そのせいかトンネルは有料で、入口には通行料の徴収人が笑みを浮かべて待っていた。
金額は庶民の1日分の食費程度なので、それほど高額ではない。
トンネルを抜けるとそこは雪国であった。というと大げさかもしれないが、ドーラに比べるとウィラ側のほうが積雪が多い。目測で50センチは積もっているだろうか。
除雪していない場合は、馬車が通行できるぎりぎりの高さだが、ここは幹線の街道なので除雪も行き届いていた。
トンネルから北側はライドランド家の直轄領だ。従って次のウィラの宿場を管轄しているのはライドランド家ということになる。
それを知ったリリスは、フレデリカを使って今夜も豪華な夕食にありつこうと画策。
「リリスさんは質素な食事にしていもらます。フレデリカさんもリリスさんを甘やかしてはいけませんよ。あんな悪臭はごめんです」
「わかりましたわ。今夜は質素な宿に泊まるとしましょう」
リリスは『あんた達は悪魔よ!』といって、お馴染みのパターンで1人抗議していたが、受け入れられることはなかった。
夕方。
正面にウィラの宿場がうっすらと見えてきた。
ウィラは俺たちが通ってきた南北方向の街道と東西方向の街道が交わる要衝で、西へ進むと隣国のアケメネスまで通じているらしい。
そして東へ峠を二つほど超えると海へ出る。エスターシアの東は海なのだ。
俺たちが向かう予定のソッサマン領は、その手前を山に入った山奥にある。
そういうこともあってか、宿場の規模はドーラの倍近くあった。
村と町の中間といった感じだ。
城壁はないがドーラ同様、宿場の周囲は柵で囲われており入口には門代わりの木戸が設けられており、徴税人が手ぐすねを引いて立っていた。
ソッサマン達を護送する兵士にくっついて入ろうをしたが、きっちり止められて通行料を徴取。
財布を預かるアリアはとても残念そうであった。
フレデリカの身分証を見せれば免除されるとは思うが、本人が身分を明かしてほしくなさそうなので、彼女の意思を尊重した。
護送の兵士達にもそれは伝えてある。
宿場に入った俺たちは、ソッサマンの護送兵と一旦別れることにした。
彼らは、この町で起こった詐欺事件の取り調べがあるからだ。
俺たちは宿場内で宿探し。その途中リリスが不自然な気の流れを感知した。
『この宿場に奇妙な気の流れがあるわね』
『気の流れ?』
『うん。地下にある流れが無理やりこの辺りに集められているのよ。おかげで私の魔力の回復量が少し増えたけどね』
龍脈とか霊脈といわれる気の流れが不自然に集まっているらしい。
一番集まっているのは、目前にある酒場を併設した宿屋だ。
入口には何故か人だかりができている。
「この宿、安そうなのでここに泊まることにしましょう。空き部屋があるか聞いてきますので、フレデリカさんはそのまま石を持っていてください」
「わかりましたわ」
アリアは大人たちの足元にあるわずかな間隙を見つけて器用に入っていった。
いつもなら俺たちを持ったまま宿の受付に行くアリアだが、リリスのことを警戒してフレデリカに預けたままにした。
彼女を受付に連れて行くと、念話でワインコールが始まるのは間違いないので、賢明な選択だ。
「しかし、この人だかりはなにかしらね?」
「気になるから見に行こう」
テイラは持ち前の怪力を使って人混みを押し分け、中に入った。
その後ろを小柄なプレイサとフレデリカが追従する。
そこではひとつのテーブルで行われているカードゲームに、みんなの視線が集まっていた。
ポーカーだろうか?
「フォーカード。俺の勝ちだな」
「そんな馬鹿な!あんたイカサマだろ」
「そんな事するわけないだろう。周りの奴に聞いてみろ」
負けた男が、勝った男の背後にいる連中を見るが、みんな首を横に振っていた。
「約束通り、お前の娘を頂こう」
「ヤンさん待ってくれ!もう一勝負だ!」
「これ以上何を賭けるのかね?」
「まだ何か俺にスキルが残っているだろ」
「ルイス、君には何も残っていないよ」
負けた男は項垂れた。
『リリス、あれってスキルを奪うことができるってことだよな?』
『そうね、あのヤンって男悪魔の匂いがするわ。それに娘を賭けるなんて、負けたルイスって奴もどうかしてるわ』
ドーラでもソッサマンが子供を売買しようとしていたが、ここでも同じようだ。
この国は子供の売買が盛んなのだろうか。
俺たちの念話にフレデリカが入ってきた。
『負けた男、何か魔法のようなものがかけられているような気がしますわ』
確かに男の顔をみると精気が抜けている。負けたショックというよりはとり憑かれているといった感じだ。
「あとから引き取りに行く、家に帰って準備しておけ。逃げても無駄だからな」
ヤンは隣にいた背の低い男に目配せすると「へい旦那様」といって頭を下げていた。
彼の仲間のだろう。
ルイスは絶望したまま宿から出て行った。
「次は誰がやるかね?勝てば巨万の富を得ることができる精霊石をあげよう」
精霊石という言葉に俺たち全員が反応した。
ヤンが懐から石を取り出し机に置くと、キラキラと輝く砂金のような物が出てきた。
「おお、今度は金が出てきたぞ!次は俺が相手だ」
大柄な男が椅子に座りポーカーを始めた。
『あれは本当に精霊石なのか?』
『うーん、触れてみないと分からないわね…』
リリスは石をじっと見ていたが、ここからでは判別ができないようだ。
それは精霊のフレデリカも同じようで、視線を向けたが両手をあげてわからないといった身ぶりだ。
「みなさん、部屋が取れたので荷物を置きに行きましょう」
大人たちの間を縫って来たアリアが、フレデリカの腰のあたりからひょっこり顔をだして言った。
テイラが強引に見物人をかき分け、やっとの思いで二階への階段にたどり着く。
部屋は通りに面した側で、木窓をあけると宿場が見通せた。
辺りは黄昏時を迎えていて、宿場を目指してきた商人や冒険者たちでごった返していた。
建物の一角に目をやると、賭けで娘を失ったルイスが人混みにもまれながら別の酒場に入って行くのが見えた。
「宿の主によると、ヤンという男は昨日から泊っていて、ポーカー勝負で負けなしだそうです」
対戦相手から金品を巻き上げ、それが尽きるとスキルを奪い、さらには嫁や子供まで奪うらしい。
スキルを奪う時は、負けた相手の額に手をあて淡い光を発するそうだ。
それでスキルを吸い出しているのだろうと推測できる。
本当に奪っているのかどうかは、ステータスウインドのスキルを持つ者にしかわからない。
ヤンという男は恐らくそのスキルを所持しているのだろう。
『しかし不思議だわ。本当にスキルを奪えたとして所持できるのは7つまでよ』
『魂石を使えば、不要なスキルは削除できるんだよな』
『そうよ』
ヤンは魂石を持ち歩いているのだろうか。
砂金を作り出した精霊石も気になる。一体何者なのだろう…。
「リリスさん、ここへ来たとき気の流れの話をしていましたけど、あの男と関係はありますの?」
『関係あると思うわ』
同じ精霊として、フレデリカも興味があるようだ。
リリスは錬金術ランクAの実力を持つ。
この世界の錬金術は、地脈の気をつかって無価値な物を金などの貴金属に錬成する。
『でもね、ヤンが使ってるのは錬金術じゃないわ。似ているけどね』
錬金術に似て非なるもの。
俺が居た世界あったような気がする。確か不老不死になる霊薬、なんていったかな。
そうだ『錬丹術』
「錬丹術ですか?」
俺とアリアは同時に口を開いた。
『俺の世界では不老不死になる霊薬をつくる術とされているけど、こっちはどうなんだ?』
「はい、ここでは地脈を使って物を生み出すときに使われます。不老不死の薬を作るためではありません」
俺の世界の錬丹術とは異なるようだ。
アリアによると、錬金術は元になる素材が必要だが錬丹術では不要。錬金術よりも手軽に物が作れるというわけだ。
ただ、貴金属類は作れないのと、幻といわれるくらい珍しいスキルらしい。
精霊石から出ていたあの砂金のような物はなんだろうか?
『ヤンという男が気になるわね。あいつが入った酒場に行って食事も兼ねて話を聞いてみよう』
「わかりました」といって全員が頷いた。
一階に下りると、大柄の男がポーカーで負けているところだった。
ルイスと同じく、精気が抜けた顔つきになっている。
「もうひと勝負だ!」
「残念だが、君から得るものは何も残っていない。家族も居ないしスキルもないようだ。立ち去りなさい」
男は立ち上がりヤンに殴りかかるが、彼が手から淡い光を放つと大人しく外に出て行った。
まるで催眠術でもかけられているようだ。
と、その時。
「そこのお嬢さん、私と一勝負いかがかね?」
突然、ヤンと目が合った俺たちはポーカーの誘いを受けた。
「君が持っている素敵な石を賭けないかい?」
それを聞いたアリアは右手で俺たちを握りしめ口を開く。
「今は遠慮しておきます」
「そうかね、いつでも相手になるから」
アリアは軽く会釈をして宿を出た。
『あいつ俺たちの存在に気づいてるな』
『その可能性は高いわね。あれは厄介な相手かもしれないわ』
俺たちはルイスが入った酒場を目指した。
今日から投稿再開します。




