31、反撃の閃光
契約は全て終わり、姉のグウェンドリンは家族の元へ。そして、俺たちはアルトの元へ行くことになった。
『リリス、派手に光らせろ。ただ、明るくし過ぎると目がやられるから適度に光量を調整しろよ』
『任せなさい』
一抹の不安は残るが、こればかりはリリスにしかできないので、彼女を信じるしかない。
アルトが俺たちの入った石を手に取り、気持悪い笑みを浮かべまじまじと見つめだした時、ゆっくりと石が輝き始めた。
仲間には発光したら目を閉じるように伝えてある。
「おい、光り始めたぞ!」
電球くらいの明るさになった後、石の光量は急激に増しスミスの宿に太陽が現れた感じとなった。
宿から漏れ出たそれは閃光となって天に向かい雲を照らす。その反射で宿場周辺は、しばし朝焼けを思わせる明るさとなった。
事前に知らされていたとは言え、それは宿場の全員が驚くほどのものであった。
白熱球ではないので熱は発生していない。
「なんだ、何にが起こったんだ!!」
アルトは空いた手で目を覆い狼狽する。それは、下男役のアーマニも同様だ。
『アリア、そろそろだ!』
『はい』
俺はアリアに次の段階へ進むように念話で指示をした。
「これは女神様のご神託です。ズバリ怒ってらっしゃいます」
「女神だど?そんなもんいるはずねーだろ」
アルトは手で目を覆った状態で答えた。
「あなたは、この奇跡を目の当たりにしても信じないのですか?」
「都合のいい時だけ現れる女神なんて誰が信仰するか!」
口調からすると、彼は過去に何か問題を抱えたことがあるようだ。
女神に祈ったが答えてくれなかったというヲチだろう。スミスの息子ペータも同じ理由で悪魔召喚を試みたのだから。
『リリス、ゆっくり光量を落としてくれ』
『わかった』
やや光が落ち着いたころ、宿の扉が開かれ修道士達が入ってきた。
皆、床に膝をついて祈りの姿勢をする。
「これは女神様のご神託に違いない。お怒りなっておられるぞ」
冷静に見せれば嘘くさい芝居にしか見えないが、この場の雰囲気や、周りの人達の表情を見れば芝居だと見抜くのは難しいはずだ。
アルトの仲間であるアーマニも膝をついているので、俺たちの芝居に騙されているようだ。
◇ ◇ ◇
しかし、修道士の説得は一苦労させられた。
アルト達のことを快く思っていないところは共通していたが、俺たちが使徒を演じることは女神様への冒涜に当たるので拒否されたのだ。逆にそのような考えを持ったことに対して説教された。
そこで、神の奇跡を彼らの前で起こし、アリアを使徒と思わせたのだ。
異端者指定される心配はあったが、なんとか信じさせることに成功した。
実際のところは悪魔による奇跡なのだが、彼らが真相を知ることはこの先も無いだろう。
光が収まると修道士達は立ち上がり、アルトとアーマニを押さえつけ拘束した。
彼らは大柄で兵士並みに鍛え上げられており、暴れても逃げ出すことは不可能だ。
拘束を確認したアリアは、アルトの手元から俺たちを取り戻し、握りしめ胸元へ移した。
「女神アウロラに代わりお前達に問う。己の罪を告白しなさい」
先に口を割ったのはアーマニであった。
彼はアルトの命により計画に加わったことを自供した。
そして、アーマニは予想通りアルトの下男であった。
女神に逆らうことは許されない、彼は瞬時に判断したようだ。
だがアルトは否認し続けた。
次はアルトが仕組んだという証拠を見せることにした。
まずは偽の証書のサインと先ほど契約書に記した筆跡を見比べた。
これがもしエドワードがサインをしていれば、同一のサインにはならないので証拠として使えなかった。
しかし、偽の証書を本物に見せるため本人がサインしたのだろう。
唯一の違いは印章だけだ。
筆跡の鑑定はシモンが行なうことになった。
仕事道具の拡大鏡を使いじっくりと見た結果、彼は同一という判断を下した。
これでサインは同一人物のものと正式に認められた。
ただ、本物の債券もアルトが適当に作った物なので価値は全くない。
そもそも領債なんて代物が本当に発行されたことがあるのかも怪しいところだ。
「なぜ偽の債券証書にあなたのサインがあるのでしょうか?」
「それを作った奴が上手だったんだろうよ。俺は一切かかわっちゃいない」
「よろしいでしょう」
『プレイサ、テイラいいぞ』
俺は2人に合図を送った。
間もなく、宿の扉が開かれると体を縛られたエドワードがプレイサ、テイラと共に入ってきた。
外には警備兵に加え被害に遭った者たちの姿も見える。
「エドワードも自供したぞ。もう言い逃れはできないぞ」
と言って、テイラは小型の印刷機と予備の債券を机に並べた。
エドワードはここへ来る前に自らの罪を認めている。
「お前たちは、偽の領債を作り宿場の人達を騙し、金と子供たちを奪おうとした。そうだろう?」
テイラは怒りに満ちた声でアルトを問いただした。
アルトは俯いていた顔をあげ、テイラを睨みつける。
「だったらどうした?俺は貴族だ。お前は女神の使徒だとか言ってるが所詮は準貴族、俺を裁くことはできないぞ」
アルトは周囲の者達を一瞥した後、言葉をつづけた。
「今、この宿場で最高の地位にあるのは俺だ。修道院も俺を裁くことはできない。よく聞け、俺はこの件に関わっちゃいない」
彼は、まるで不貞腐れた子供のようになっていた。貴族という地位しか彼には残っていない。
「嘘つけ、お前が俺に話を持ち掛けたんだろうが!」
縛られているエドワードがアルトに訴えた。悪人同士の仲間割れだ。
『フレデリカ、最後の仕上げだ』
フレデリカを使うまでに自供してくれればよかったのだが、アルトは貴族の地位を盾にしらを切り通すつもりらしい。
殺人を犯したわけでもなく、宿場の破壊や王国や公爵に対して蜂起しようとしたわけでもない。
領主からの指示や、警備兵でも上位の地位にある者の許可がなければ手出しはできない。
ならば許可を出せる者を連れてくればいいのだ。
アリアの後ろで静かに座っていたフレデリカが立ち上がり、アルトの前に歩みでだ。
「わたくしが、アルト・ソッサマンの拘束を許可します」
フレデリカが大きな声で宣言すると、外にいた警備兵が入って来て修道士と入れ替わる形で彼を再拘束した。
彼は暴れながら言葉を発する。
「ガキが貴族様に向かってなに言ってやがる、あとでどうなっても知らねーぞ」
「証拠は全て揃ってますし、あなたの仲間が自供しています。それで十分ですわ」
「なに言ってやがる、ぶっ殺すぞ」
ペッとアルトはフレデリカに唾を吐きかけた。
しかし彼女は気にする様子もなく口を開く。
「フレデリカ・ライドランドの名において、アルト・ソッサマンの拘束を許可します。お前の行動は貴族の恥です。反省なさい」
その名を聞いたアルトは顔を引きつらせた。
「なっ…、ライドランドだと…」
散々悪態をついていたアルトだったが、ついに観念した。
フレデリカの身分を明かしたのは警備兵だけなので、それを知らない宿場の人達は一様に驚いていた。
「わたくしの身分は、ヤムヒル・ライドランド様によって保障されておりますわ。貴族を取り締まることもできますの」
『あれ、フレデリカってなんの権限もない名誉職じゃなかったっけ?』
『それは政治に関してですわ。今回は貴族の不正を正すためですから、わたくしでも兵士を動かせますの』
『そうだったのか』
◇ ◇ ◇
最後に残った貴族の地位も否定されたアルトは抜け殻のようになっている。
絶望した表情のまま彼は質問に答えていた。
今短剣を与えたら自決するだろう。そんな雰囲気だ。
アルトがこの様な事を起したのは、ソッサマンの家庭に問題があったからだ。
現在のソッサマン家は4人の兄弟がおり、アルト以外は全て嫡出子。正妻の子だ。
言い方を変えれば予備の予備といったところか。
3人も嫡出子が居ればアルトは不要な子となる。
嫡出子と同じ教育は受けさせてもらえず、ついには母子ともに屋敷から追い出され、町はずれのスラムで暮らすこととなる。
地位は保持したが、与えられる生活費もごく僅か。
貴族を雇ってくれるところはなく、母は体を売りながら足りない生活費を稼いだ。
だが、その生活も長続きはしない。
ソッサマンの領地は何故か異国の商人が多く、母の客もそれらが多数を占めた。
そのせいか、原因不明の病におかされたのだ。おそらくは性病だろう。
母は日増しに弱っていき、父の元を訪れて治療をするように懇願したが拒否された。
それが原因で、体を売っていたことが判明し、母は家から完全に縁を切られた。
アルトが最後に頼ったのは神だ。教会に通い女神様に祈りつづけた。
しかし、女神が彼の祈りに応えることはなかった。
母は亡くなり奴隷たちが埋葬される場所に、捨てられるように埋められたらしい。墓石すら無いのだ。
その時の彼の気持ちを考えると心が痛む。
その後、彼はスラムからソッサマン家の別宅に移され、アーマニが下男として仕えることになる。
母が亡くなってから父の態度が急に軟化したことにアルト自身も驚いた。
嫡出子達とは区別されたが、それでも以前に比べれば生活は一変した。
おそらくは、妾の存在を快く思わなかった正妻の仕打ちではないかと思う。
女同士の争いの恐ろしさは、俺の世界のテレビドラマで嫌というほど見ているからよくわかる。
もっと早く、こちらに移してくれれば母は今も元気なはずなのに…。アルトの父への恨みは増すばかりであった。
それも影響して彼は荒れる。
領主の息子、貴族という立場を最大限利用して荒稼ぎをしたり、その行動は目に余るものがあった。
ついに父の逆鱗に触れ、彼は領地を追放されることになった。
金に困った彼は、エドワードを仲間に誘い領債詐欺を思い立ったらしい。
これには、父への嫌がらせも意味合いも含んでいる。
もう一つの宿場町ウィラで、同じ手口で小さな詐欺を試験的に行い、うまくいったのでドーラでは大々的に行ったということだ。
なんとも悲しい話であった。
彼らは明日ウィラへ移送され事情を聴取された後、ソッサマンの領地へ戻され裁きを受ける予定になっている。
エスターシアでは貴族の家族が不祥事を起こした場合、領地へ連れ戻して裁きを受けさせるようだ。
国民が罪を犯した場合は現地で処罰される。貴族にとっては有利な仕組みとなっている。
この国へ来た当初はなかなか素晴らしい国かと思ったが、多くの貴族の上に成り立っている王国なので仕方のないことなのだろう。
俺たちも彼らに同行してソッサマンの領地を目指すことになった。
「最後に一つ聞きたいのだが、お前の父の領地に古くからある鉱山はないか?」
俺はアリアを経由してアルトに聞いてみることにした。
「それは聞いたことがない。ただ、南の山には入るなとだけ言われている」
洗いざらい話し清々したのか、ケレン味のない表情で話してくれた。
南ということは、俺たちが探している場所がそれに該当する。
やはり何かあるのだ。今でも。
宿場全体を巻き込んだ詐欺事件はこれで解決した。
◇ ◇ ◇
時間は既に宵の口を過ぎていたが、騙し取られたお金や子供たちが戻って来たので宿場は歓喜の声に包まれ、あっという間に酒盛りが始まった。
フレデリカと神の使徒になってしまったアリアはひっぱりだこであった。
女神の使徒アリア、宿場の人達は彼女に触れてご利益を得ようと頭を撫でまわし、彼女の美しい髪は乱れまくっていた。
触り終わった者達は、酒の入った木製のジョッキを手に持ち祝杯をあげている。
冬場はお祭りの類が少ないので、何かあれば盛大に祝って酒盛りをしたい、それも本音のひとつだろう。
リリスも調子に乗り、ワインや食べ物を大量に吸収し、それを見ていた修道士に悪魔の石認定を受けてしまったが、彼らも酔っていたので明日には忘れているだろう。
そしてリリスは泥酔した後に短時間で轟沈した。
その後もお祭り騒ぎは続き終わったのは未明だ。
夜の宴会代は一切不要、宿代も不要となりアリアはほくほく顔だった。




