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30、偽りの証書と偽りの契約

 俺たちはペータの父親が営んでいる宿へ移動した。それは偶然にも今夜泊まる宿であった。


 中に入ると家主と娘と思われる少女が頭を抱えていた。

 俺たちに気づいた主が視線を向けてきた。


「ペータ。それにお客さんまで…。何かあったのですか?」

「とーちゃん、この人達がねーちゃんを助けてくれるって言うから連れてきた」

「ペータ!お客さんをうちの問題に巻き込むんじゃない」


 と言って父親は息子にゲンコツを食らわせた。

 てっきり泣きわめくと思ったのだが、ペータは痛みと涙を堪え食い下がった。


「ねーちゃんが連れて行かれるんだぞ!この人達は俺の悪魔召喚に応えて来てくれたんだ。絶対に助けてくれるって」


 悪魔召喚に応えて来たわけではないのだが…。


「お前!お客さんを悪魔呼ばわりするんじゃない!」


 パチンという音とともに、ペータの頬が平手打ちされた。

 頬にはゆっくりと赤らんだ紅葉を彷彿させる手のひらが浮き上がってきた。


「うちのバカ息子が申し訳ないことをしたようで、謝罪いたします」


「俺をいくら叩いてもねーちゃんは連れて行かれるんだぞ!せっかく助けてくれるって言ってるんだからお願いしようよ」


 ペータの目は涙ぐんでいたが、必死に父を説得する。

 ここで、少年の依頼を引き受けたテイラが前に出る。

 

「ご主人、我々はあなた達を助けたいと思っている。詳しい話を聞かせてくれないか?」

「見ず知らずの方達にお願いすることなんてできませんよ…」

「息子さんから話は聞いたが、これは詐欺だ。黙って娘さんを渡す気か?」


 テイラはやや強い口調で父親に迫った。


「グウェンドリン……」


 父親は娘に視線を向ける。

 グウェンドリンは俯いているが、頬に涙痕が残っていたので泣いていたのだろう。

 娘にしてみれば訳が分からないに違いない。


 今まで平和に暮らしてきたのに、いきなり借金の形として連れて行かれるのだから心の準備も整理も出来ていないに違いない。


 父親は娘の手を握り視線を俺たちに向けた。


「本当にお恥ずかしい話なのですが…」


 父親の名はエディー・スミス。


 エディーは俺たちに問題を託してくれる気になったようで、事の経緯を話してくれた。内容については、ペータから聞いた通りだったが、この宿以外も同様の被害に遭っている家があるそうだ。

 

 駐屯している警備兵や修道院に相談しに行ったが、相手が貴族ということで取り合ってもらえなかったそうだ。


 ここは宿場町であって正式な村ではない。

 兵士や修道院にしても、権限のある責任のある立場の者が配置されて居ないのだ。


 正式な教会があった場合は司祭が仲裁するのだが、ここの修道院にいるのは修道士であって司祭ではない。


 警備兵に関しても同様で、貴族を取り締まれるような身分の者は、ここには居ないのだ。


 貴族が暴れだして、宿場の破壊や反旗を翻すような行動に及ばない限りは手出しはしない。


 俺の世界の民事不介入にどことなく似ている。


「今、宿場の代表者が領主様のところへ相談しに行ってるのですが、戻って来るより先に娘が連れて行かれるんです…」


 これを企てた奴はそれも計算した上で動いているようだ。

 一体、どこの貴族なのだろうか。


「今夜、ドーラで金が払えない家の子供たちが集められ、明朝連れていかれます。領主様の元へ行った仲間が帰って来るのは、早くて明日の夕方なので間に合いません」

「なるほど」

「このままではグウェンドリンが……」


 連れて行かれた子供たちは人身売買されると思う。


 力のある子なら厳しい労働環境で働かさられ、美しい子ならば男女問わず小児性愛の嗜好を持つ輩の元へ愛玩として売られる可能性だってある。


「事情はわかった。偽物と言われた債券を見せてくれないか」

「お待ちください」


 父のエディーは席を立つと奥の部屋へ取に行った。


『アリア、父親が債券を持ってきたら俺たちをその上に置いてくれ。スキルでどういった感じに作られた代物なのか見てみる』

『分かりました』


 ほどなくして、エディーは債券の証書を手に持ち戻ってきた。


「こちらでございます」


 アリアは言われた通り俺たちを債券証書の上に置いた。

 俺は精神を集中してから紙で作られた証書を探る。


 見えてきたのは3人の男達。


 悪いことをしている連中というのは、それっぽい人相になるというが、まさしくその通りだ。


 時折、気味の悪い笑みを浮かべながら証書に印刷している。

 この世界では活版印刷の技術があるようだ。

 デシューツで見た聖書も、木版か活版か分からないが印刷したものであった。

 意外と普及している可能性がある。


 この3人の中にソッサマンが居るはずなのだが、おそらく左後ろにいる人物だろう。


 他の2人に比べて多少なりとも良いものを着ており、証書を作っている男にいろいろと指示を出していたからだ。


『口の動きを見ていたんだけど、アルトと言ってるわね』

『アルト・ソッサマンが首謀者というわけか』

『そうね、あと証書を作っている奴がエドワードで、もう1人がアーマニね』


 証書は2種類あり、各12枚刷られアルトが直筆でサインした後、自らの指輪を外して印章を捺している。ソッサマン家の紋章だろう。


 もう一つはエドワードが何か別の印章を捺していた。こちらが偽物に違いない。


 次に彼らは宿場の地図を広げ、いくつかの建物に印を入れていった。


 ここ、エディー・スミスの宿にも印が入ったので、標的になっている家族を指しているに違いない。


 手口は、アルトとアーマニが債券を持ち込み強引に仮契約を交わし、翌日、印刷を担当していたエドワードが本契約と代金を引き換えに債券を手渡している。


 彼らは町はずれの森にテントを張っていることも分かった。

 証書からの映像はここで終わった。


 俺は各々に役割を伝えアルト・ソッサマンを迎え撃つ準備に取り掛かった。


「スミスさん、この宿場に印刷機はありますか?」


 アリアを経由して俺は父親のエディーに尋ねた。


「ございます。何か刷られるのですか?」


 俺たちはアリア、フレデリカと一緒に印刷機のある場所へ移動した。

 プレイサとテイラは別の役割を与えたので、一旦別れることになった。


  ◇ ◇ ◇


 宵の口になろうかという頃、ソッサマンが宿場に到着したという知らせが入った。


「それではみなさん、予定通りにお願いしますよ」


 皆、頷き配置に着く。


 その頃、アルトと下男役と思われるアーマニは標的の家々を訪れ、金か子供を順調に回収していた。


 そして次はエディーの宿。


 アーマニによって宿の扉が開かれると、不敵な笑みを浮かべたアルトが入って来た。

 そして開口一番。


「ごきげんよう。スミスさん、約束の代金を頂きに来ましたよ」


 言ってアルトはアーマニに促され席に着いた。

 彼の下男役はとても上手で、ひょっとすると本物の下男なのかもしれない。


 アーマニは鞄より債券証書を取り出し机の上に置いた。


「代金が払えない場合は約束通り娘さんを頂く」


 アルトは余裕の表情うかべながら言葉を並べた。

 次にアーマニの視線が俺たちに向けられた。


「今から大切な契約があるんだ、ガキは部屋に戻りな」

「ガキとは無礼な!」


 アリアの下男役をお願いした警備兵のモルブが即座に反応した。

 宿場の者達の多くは兵士や修道士も含めて彼らの行動を快く思っていない。

 理由を説明したところ多くの者が喜んで手を貸してくれたのだ。


『アリア、フレデリカ、そろそろいくぞ』

『わかった』

『わかりましたわ』


「お嬢様、あの無礼者をいかがしましょうか?」

 

 アリアはどうしたものかと少し考えるふりをした。

 

「お前たちは何者だ?」


 下男役のアーマニが訪ねてきた。

 双方とも芝居のできは上々だ。どうみたって貴族同士の揉事にしか見えない。 


「こちらはミルヴィル家の令嬢アリア様だ」

「ミルヴィルだと?聞いたことのない家だな。お前ら貴族を騙った賊の類だろ」


 アルトは腕を組んだ状態でアリア達に睨みを利かす。


「準貴族に対して賊とは無礼であろう!」


 モルブは興奮で顔を赤らめさせて告げた。迫真の演技だ。


 ここまで、余裕のある表情と偉ぶった態度を見せてきたアルト唐突に破顔し笑い始めた。

 

 それは、アリア達を蔑むものであった。


「準貴族風情が図に乗るんじゃない。我がソッサマン家は正式な貴族だ。邪魔だからさっさと消えろ」


 アルトは手のひらを下に向け、まるで動物でも追い払うかのような手振りをした。


「貴様、どこまで無礼なのだ」


 これは最大限の侮辱に当たるようで、モルブが再び言い返した。

 モルブがいいか言えそうとしたところ、アリアが手でそれを制した。


「モルブ、そこまでにしておきなさい。あちらは品が悪いですが一応貴族なのです」


 モルブは返事をすると一歩後ろへと下がった。


「品が悪いとは言ってくれるじゃねーか、次にその口を開いたら叩き斬るぞ!ガキ」


「わたくしは戦いに来たのではありません。この宿の娘を侍女として向かい入れるために来たのです」


「は?何を言ってやがる。ここの娘は既に俺の所有物だ。勝手なことをぬかすんじゃねーぞ」


「モルブ、あれを」

「御意」


 モルブは机の上に証書を広げた。それはグウェンドリンに関する契約書で、アルトがサインをすれば彼女はアリアの物となる。


 代わりにアルトに対して相応の対価を支払うことが書かれている。

 アルトはアーマニに目配せし、契約書を持って来させた。

 ややあって、アルトは口を開く。


「悪くない内容だ。元々異国に売り飛ばす予定をしていたので手間が省けたぜ。最初からそう言ってくれればよかったのに」


 異国と聞いたエドワードと家族は一様に顔をこわばらせた。

 危うく今生の別れになるところだったからだ。

 この世界でも人身売買は平然と行われているようだ。


「代金はお持ちなのですかアリアお嬢様?」


 アルトは満足げな顔でアリアに尋ねた。


「この石でいかがでしょう?」


『リリス、輝きを増すんだ』

『わかってるわよ。調節が難しいんだから集中させて!』


 俺たちは、デスパイズでアリアを神の使徒と思い込ませるために使った方法と同じことをするつもりだ。これで石の価値が高まるはず。


「なんだこの石は」

「賢者の石です」


 それを聞いたアルトとアーマニは驚いて固まったようで、呼吸を忘れているんじゃないかと思うくらい微動だにしなかった。


「こんな田舎娘に賢者の石とか釣り合わないだろう。偽物の石に違いない」


 アルトは俺たちを手に取り、まじまじと眺める。


『気色悪いわね。穢れた手で私に触れないでほしいわ』

『確かにこいつの顔面ドアップは厳しいものがあるな。夢に出てきそうだ』


「なんでしたら、宿に泊まってらっしゃる鑑定士に見せればよろしいのでは?」

「鑑定士だと?」

「先ほどわたくしの宝石を鑑定してくださったところよ。あちらにいらっしゃるのがそう」


 全員の視線がアリアの腕が指した方に向けられる。

 そこには白髪の老人がエールをあおりながら静かに座っていた。

 しかし、俺たちの視線に気付きこちらを向く。


「私に何か?」


 この老人は本物の鑑定士で、ギルドから発行されている身分証明も持っている。

 もちろん俺たちが事前に手を回してある。


「爺さん本物の鑑定士なのか?」

「この通りでございます」


 鑑定士の名はシモンといってギルド専属の鑑定士だ。

 戦利品の見定めが彼の仕事だ。


 普段はオークヴィルにいるが、テハスから急な呼び出しがあったので向かっている途中だ。今日はスミスの宿に泊まる。


 パラケルススの友であり、今回のことを話したら快く引き受けてくれた。

 アルトは証明書をシモンに返すと、鑑定を依頼した。


「かしこまりました。拝見いたします」


 シモンは机の上に仕事道具を並べ、俺たちの大きさを計ったり、拡大鏡を使って念入りに調べ始めた。

 

 迫真の演技といいたいところだが、石を調べてみたいという気持ちは彼の本心であろう。


 その証拠に、打ち合わせで決めた時間以上に念入りに俺たちを調べていた。


「この様な素晴らしい石を見たことがありません。賢者の石で間違いないでしょう。まさか生きている間に見ることができるとは…」


 と言って、神と石に祈りを捧げ始めた。まぁ、中に入ってるのは悪魔なんだけどね…。


 アルトの顔は、とんでもないお宝を手に入れたような驚きの顔となっていた。

 下男役のアーマニも冷や汗をかくほど驚いている。


「だが、なんでこんな娘をそこまでして欲しがるのだ?おかしいだろ?」


 アリアは一呼吸置いてから話し始めた。


「全ては女神アウロラ様のご神託なのです」


 アリアも空を見上げ祈りを始めた。


『苦手だわーこの雰囲気、何が女神よ!祈ったって降りてくるはずないのにね』

『お前、雰囲気をぶち壊すんじゃない』


 神が信じられている世界、信仰に熱心な場所では神託ほど強力なものはない。


「神託を受けたからって手放すのか?」


 アリアは静かに頷いた。


 ただ、アルトに関しては信仰心を持ち合わせていないようだ。

 若しくは、とうの昔に理由があって捨て去ったのかもしれない。


「とにかく分かった。この石と交換で手を打つ」


 アルトは契約書に直筆のサインをすると封蝋をたらし、指輪を外して印章を捺した。


「これで成立だ。石はもらうぞ」

「どうぞ、お持ちください」


 これで契約は完了となった。

 姉のグウェンドリンは、家族の元に行き涙ぐみながら抱き合っていた。


 あとは反撃に出るだけだ。


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