29、宿場の悪党
昨夜、宿に全員が揃ってから隠し鉱山の件をみんなに話した。結果、全員が賛成してくれたので俺たちは再び旅に出ることとなった。
ジルはテハスに残り、書物の更なる調査と開拓の下準備をお願いしている。
村人が移動する分の食料や移動手段の確保。
移動後、家ができるまでに必要になる野営用具を揃えるなど、やることは多い。
テハスで冒険者をしていた彼女が適任である。
一方、俺たちはパラケルススが用意してくれた馬車で村を出発した。
目的地は、テハスから北東方向の山地を目指しているので積雪量が問題になってくる。
貸してもらえたのは耐雪仕様の馬車なので、多少の雪は問題ないが50センチを超えてくると動くのが困難になるそうだ。
行けるところまでいくとしよう。
俺たちは領都オークヴィルへ向かう街道を進んでいる。
目的地へ直接向かう道は存在していないので、一旦オークヴィルに向けて進み途中で北東の森へ入る予定だ。
この街道は幹線なので冒険者や商隊などの往来も多い。
幅員も十分あり、路盤もしっかりとしていて走りやすい。
オークヴィルへは馬車で3日の距離で、途中に二つの宿場が設けられている。
今夜はドーラという宿場に泊まる予定だ。
今日は天候も良いため、早朝は冷えたが日が昇ったこの時間は比較的暖かい。
難点があるとすれば太陽の光が雪に反射してまぶしい点だ。
手綱を握るテイラと隣に俺たちをぶら下げ座っているアリアも辛そうにしている。
「そういえばこれを渡すのを忘れておりましたわ」
といって、フレデリカがサングラスを渡してくれた。
『この世界にサングラスなんてあったんだな』
「サングラス?これは黒色偏光眼鏡と申しますの。昨夜、ギルドホールから帰る時にパラケルスス様が渡してくださいましたのよ」
『そうだったんだ。これ俺の世界ではサングラスっていうんだ』
「そうでしたのね。サングラス…。覚えておきますわ」
「これはまた高価な物を…」
アリアは受け取ると、ひと言発した。
どうやらサングラスは高価な物のようだ。
「これは見やすいな。目がまぶしくない」
テイラにも好評のようだ。
アリアが俺たちの石を手のひらに乗せ、前にサングラスを置いて体験させてくれた。
ガラス自体の透明度が良くないとか、日差しを軽減する能力が劣っているんじゃないかと思っていたが、俺の世界の物とそん色ないレベルだ。
この世界でも特定の分野では技術水準が高いのかもしれない。
この先、魔法以外で俺が驚いて興奮するような技術に遭遇することを祈っている。
◇ ◇ ◇
馬車は順調に進み、ドーラの宿場町へは夕方に到着した。
宿場というだけあって宿が多いのは当たり前だが、修道院や茶屋、厩舎に商店などが揃っており、コンパクトな村といった感じだ。
周囲は木の柵で囲まれており、入口には立派な木戸が設けられている。
警備の兵士に加え徴税人もおり、しっかりと通行税を徴収してた。
この地域の領主が管理をしているのだろう。
デシューツを脱出する時は軍の護送隊を装っていたので税を払う必要は無かったが、ここではしっかりと払わされた。
財布を預かるアリアが残額を数えながらため息をついている。
おそらく、今夜の食事でリリスがワインを頼むところでも想像しているに違いない。
町に入った俺たちは厩舎に馬車を預けて宿探しを始めた。
それが終われば修道院へ行き礼拝をするつもりだ。順番が逆のような気もしなくはないが、兵士に尋ねると決まりはないらしい。
自分の好きなようにすればいい、このおおらかさは嫌いではない。
デシューツのラフィエル教は順番が厳密に決められていて作法にもうるさかったので、エスターシアのアウロラ教も同様かと思っていたのだ。
やることの順番も決まったので、まずは宿探しからだ。
アリアとしては、お金を節約したいので木賃宿を主張していたのだが、そこは自炊が基本となる。
だが自炊に使う食材は予算の都合で用意できなかったので、仕方なく食事つきの宿に泊まることになった。
『これで今夜もワインが飲めるわね』
「誰のせいでこんなことになったと思ってるんですか?お金がないのでリリスさんのワインは1杯だけです」
『なんでよ!私の数少ない生きがいを奪うなんて酷いわ!ケチ!悪魔!』
『いや、悪魔はお前だろ』
思わずツッコミを入れてしまった。
宿に荷物を置いた俺たちは修道院へ向かった。
ひとつ感心したのは、俺の世界と同じように部屋には鍵を使って出入りするところだ。
扉に鍵なんてついていないと思っていたので意外であった。宿の主が合鍵で入って荷物を物色ってことも考えられるが、ここは性善説の精神でいこう。
修道院は宿場のはずれにあった。
デシューツでは教会などの施設は村や町の一等地に鎮座しているが、こちらでは邪魔にならないような場所にある。
それでもみんな信仰心があついようで、多くの人たちがかわるがわる礼拝に訪れていた。
『どうもこういう場所って苦手なのよね…』
確かに悪魔が入ってくる場所ではない。
「悪魔は隙をついて心に入ってきます。よろしいですか皆さん…」
修道士が礼拝に訪れた巡礼者に説いていた。
これを聞いていたプレイサやフレデリカは笑いを堪えるのに必死だったようで、真っ赤なに顔の口元に手をあてていた。
『心の隙とか、そんなセコイ真似するのは低級悪魔のすることよ。大悪魔の私はそんなことしないわ』
超後期高齢悪魔といういい方は忘れてしまったようだ。
『それじゃお前は、どうやって悪魔っぽいことをしてるんだ?』
『ちゃんとした悪魔召喚をしている人がいれば、話だけは聞いてやらなくもないわ……って、誰か召喚の儀式をしているわね』
『え?』
「え?」
リリスは儀式の気配を察知して向かったのだが、意外にもそれは修道院の中だった。
奥まった倉庫として使っている部屋で、それは執り行われていた。
7歳くらいの男の子がネズミの血を使って魔法陣を描き呪文を唱えていた。
『アリア、あなたを借りるわよ』
「相手は子供ですよ。お手柔らかにお願いします」
『あなたとあまり変わらないと思うわよ』
アリアは眉をひそめた。子供扱いされたことが気に食わなかったのだろう。
『この子、呼び出し方が間違ってるのよ、低級の悪魔が来たら食いものにされるから注意しておくわ』
子供のことを心配するお人好しの悪魔であった。
俺の予想では事情を聞いたうえで、この子の問題を解決するんじゃないかと思っている。
「ちょっとそこの少年、それ間違ってるわよ。そんなんじゃ低級悪魔しか寄って来ないわよ」
「なんだよ、俺と同い年くらいなのに偉そうに言ってんじゃねーぞ、そこまで言うならお前がやってみろよ」
と言って少年は首を切ったネズミを差し出してきた。
さすがに気持ち悪いのか、アリアは一歩後ずさりする。
『リリスさん、私の外見だとこの子は言うことを聞きませんよ』
『そのようね……。しかし、私に体があれば有無を言わさず大人の階段のぼらせてあげるのにな。可愛らしいわね…』
『この子にはまだ早いだろ。俺の世界だったらお前は犯罪者だぞ』
『リリスさん、私を使ってハレンチなことを口にしないでくださいね』
こいつ、少年も守備範囲だったようだ。
突然、後ろにいたテイラが前に出てきた。
『私に任せてもらおう』
「君はなんで悪魔を呼び出そうとしているのだ?」
テイラはリリスと交代して少年に問いかけた。
「アウロラ様にお祈りしたのに助けてくれなかったからだよ。女神様が俺のことを無視するなら悪魔に頼むしかないじゃないか!」
「何があったんだい?お姉さんに話してごらん」
少年は俯き加減で話し始めた。
「うちの宿屋にクソ貴族がやって来て、債券の代金を払え言ってきたんだ」
少年の父は、この宿場で宿を営んでいるらしく、近隣の領主が発行する領債を買わないかと言われたらしい。
領債は10口単位で販売されるが、宿屋の親父が買えるような金額ではないので、複数人で共同購入を勧められた。
売りに来たのが領主の身内だったのと利回りが良かったので宿屋仲間と購入を決めたのだ。数日後、代理人と名乗る者が現れて2口分の代金を受け取り債券を置いていく。
その翌日、共同購入を持ち掛けた奴が現れ代金を請求した。
しかし前日に支払い済みだと言って、債券を見せたところ偽物と言われたらしい。
債券類の偽造は罪に当たるため、代金を払わなければこの地域の領主に訴えた上で、ドーラの宿場に連帯責任を負ってもらうと言ってきた。
そのようなことになれば、宿屋を畳んでドーラを出なければならなくなる。
この国には20世帯単位の共同体による連帯責任の制度があるらしく、共同体の中から犯罪の加害者が現れ被害者から賠償を要求された場合は共同体が支払いを行うというものだ。
その後、加害者の家族は共同体を追い出されることになる。
ここは世帯数が多くないので、宿場全体で連帯責任をとることになっている。
「どうしても払えないなら、俺のねーちゃんを差し出せば支払いと告発を待ってやるって言ってるんだ。そんなの無茶苦茶だろ?」
『投資詐欺くさいな』
『そっれって何よ?』
『俺の世界では、お年寄りを標的にお金をだまし取る詐欺があるんだよ』
『ひどい話ね』
「今日、ねーちゃんが連れて行かれる日なんだ。だから悪魔を呼び出してあいつらに仕返しをして欲しいんだ」
『おいリリス、こいつと契約するつもりか?』
『こんな子供と契約なんてごめんだわ。私に体があれば考えるけどね』
悪魔と契約した場合は、あとできっちりと回収が待っているのでリリスとしては子供を相手に契約はしたくないようだ。
体があってもしないだろう。
『リリス様、私が引き受けるから手伝ってもらうことは可能かな?』
『それなら構わないわよ』
テイラの過去を見た限りでは、子供を助けたことがあったので目の前で困っている子がいれば見過ごせないのだろう。
『私も手伝おう』
プレイサやフレデリカも手伝いを申しでたので、結局全員でこの子の家族を助けることにした。
とは言ったものの、暴力で懲らしめるのは最終手段にするとして、合法的に捕らえて罪を償ってもらう形が最善だろう。
「お姉さん達が悪魔に変わって君を助けてあげよう」
「本当!!」
俯き加減で落ち込んでいた少年は目に輝きを取り戻し俺たちの方に視線を向けた。
「私はテイラだ。君は?」
「僕はペータさ。よろしくね」
『アリア、声借りるぞ』
『どうぞ』
「私はアリアよ、ところで君に酷いことをしたのがどこの貴族だい?」
「ソッサマンだよ」
ん?確か隠し鉱山の……、クレスト・ソッサマンの子孫か?




