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26 、特権状と仮そめの器

 村に戻った俺たちはギルドホールにクエスト完了の報告をしに行った。

 報酬も貰わないといけない。


 昼間は閑散としていたホールだが、夕方になると各地から戻ってきた冒険者で混雑している。


「人が多すぎて酔いそうですわ」

「冒険者とは、斯様かようにも多いのか」


 2人はホール内の冒険者の多さに驚いていた。

 目立たないように、フレデリカとテイラにはフーデッドローブを着せている。

 少々血で染まってはいるが…。


 獣人はこのエリアでは少ないらしいので、念のためローブを着せておいた。

 でも周りを見ると、ネコ科や犬科の獣人も散見される。


 受付の列に並んでいる間、冒険者の話を聞いてみると、モンスターの情報を交換したり自慢話をしたり様々だった。


 中にはジルのように仲間を亡くしたのか、渋い表情をして思い出話をしたり、目を赤くして泣きはらす人も見受けられる。

 

 俺たちもどちらかと言えば表情は暗い部類に入るだろう。

 それは5人分の死亡届を出さなければならないからだ。


 クエストの報告は初めてなので、ジルがしてくれることになった。


『報酬が楽しみだな20万ゴールドだっかな』

『ワイン浸し!ワイン浸し!』

 

 リリスの頭は、すでにワインで溢れているようだ。


 報酬を受け取った者たちは金を分配し、ギルドホールを出た後は繁華街の方へ散らばっていく。


 ここは元々領都ということもあり、移転したとはいえ、繁華街はそれなりに残っているのだ。


 男たちの欲を満たすピンク街も存在しているらしく、夜の戦場へ向かう冒険者も少なくない。


 受付に並んで20分。次は俺たちの番だ。


「アリアさん、狼を倒した時の魔石はございますか?」


 ジルがフェンリルを倒した時にドロップする魔石を渡すように促してきた。

  

「えっ、魔石が必要なのです?」

「ええ、倒したことを証明するのに魔石が必要になるのです」


 初耳だ。

 よく考えたらここを訪れた時はパラケルススが応対してくれたので、ギルドの細かな規約などは全く教えられてなかったのだ。


「それが無いと報酬はいただけないのですか?」

「そうです。まさか回収していないのですか?」


 回収していないのではなく、倒していないのだ。

 討伐対象はこっそり隣に居たりする。


『リリス、今夜のワインはお預けだな』

『えーーーー!私、頑張ったじゃない!!いっぱい頑張ったよね?ね?』


 ウソ泣きの可能性がとても高いが、子供のように泣き出した。正直うるさい…。

 一番活躍したのはフェニックスだと思うが…。


 フェンリルとプレイサがお互いに隙を探している時、きっかけを作ったのはフェニックスだった。


 さらに、アリアがフェンリルの軌道を分析する手伝いをしたのもフェニックスだ。

 帰り道に、お礼の意味も込めて好物の魔石を与えてある。


 しかし、あれだけ頑張ったのに無報酬というのはつらい。

 アリアにパラケルススがいないか、受付嬢に聞いてもらうことにした。

 直談判だ。


 ジルがパーティーメンバーの死亡届を出したあと、俺たちは再びパラケルススとの面会を許された。


 俺たちは2階への上がる。


「コンコン」とノックして部屋に入ると昼間と同じように、彼女は正面の椅子に腰かけていた。


 御年635歳のギルド支部長にして錬金術師。

 体中に縫い跡が残るが、容姿だけは見れば妙齢という言葉がピタリとはまる。


 俺たちに視線を向けた彼女は開口一番「ご苦労だったね。座ってくれ」と言ったので、各々近くの椅子に腰を下ろした。

 

 次にパラケルススは左腕上げてジルを指さすと、不思議なことに彼女は意識を失ってしまったのだ。


 睡眠スリープの魔法でも使ったのかもしれない。

 室内にいた4人は驚いて、視線をパラケルススに向けた。


「悪いが少し眠ってもらうよ。彼女が知るにはまだ早い話を含む。さて、そこの獣人が森で捕らえた魔獣、フェンリルだね?獣人にもなれるのだな」


 彼女は鋭い視線をテイラに向けた。

 テイラは背筋が凍りついたような表情をして固まっている。

 それほどに鋭く険しい目つきであった。


「話を聞こうかリリス君」

『うん』


 リリスはジルのパーティ―メンバーが亡くなったこと、フレデリカの守護石や悪魔アスモデウスを自分の石に吸収したこと、フェンリルを仲間に加えたことを話した。


 ただ、アスモデウスがなぜあの森に現れてフェンリルを術にかけたのかは判っていない。


 アスモデウス自身は悪魔として気まぐれに悪魔っぽいことをしたと言っていたが、本当にそうなのかと俺は今でも疑問に思っている。


 あのまま拷問するという手段もあったが、リリスは選ばなかった。

 俺は彼女の意思を尊重したいのでこれ以上追究をするつもりはない。

 この件はこれで終わりだ。


「なるほど。だからフェンリルの魔石が無いわけか…」

『そういうこと。私たちには少しでも戦力が必要なのよ。意思の疎通もできるから仲間に加えたの』

「ふむ、理由はわかった」


 パラケルススは腕を組み、しばし黙考する。

 時間は19時を過ぎており、外からは繁華街の喧騒が聞こえてくる。


「いいだろう。減額するが報酬は出すとしよう。ただし、冒険者のランクアップはお預けだ」


 パルケススは引き出しからお金の詰まった袋を取り出し「君たちには、また直接クエストを依頼するから頑張ってくれ」と言って5万ゴールドを渡してくれた。


 ひょっとして最初から5万しか用意してなかったのでは?と疑いたくなるくらいの周到さだ。


 半分の10万くらいもらえるかと期待していたので、残念だ。

 それでもしばらく村に逗留はできるので、良しとするしかないだろう。

 次のクエストを頑張ればいいのだ。


「ところで、アキト君とリリス君に見せたいものがある。先にフレデリカ君にこれを」


 パラケルススは丸めた羊皮紙を2枚、フレデリカに投げてよこした。 


「これはなんですの?」

「特権状だよ」


 ヤムヒル・ライドランドが、フレデリカを正式に一族として認め、公爵領内に土地の所有を認める領主権と、彼女の地位を保証するものであった。


 フレデリカはフォスタ・ライドランドの嫡出子として、精霊の公爵令嬢として、ライドランド家を補佐する立場に落ち着いた。


 なんの権限も持たない、名ばかりの名誉職と思えばいいだろう。

 生きている限り地位は保証するが、当主の座には就けないということだ。

 政治に興味のない彼女にとっては最適な位置だろう。


 領地に関しては自分で開拓した土地の領主権を与えられた。

 場所が空白になっているので、好きな場所を探せという意味だ。

 デスパイズから逃がした村人が開拓する場所の領主に彼女が就けば問題ない。


 あとは場所を探すだけ。


 しかし、彼らが精霊を認めたのは意外だ。

 隣国デシューツの国王が200歳を超えている時代。

 一族に精霊がいても驚くことではないのかも。悪魔は別だろうが…。


「次にアキト君とリリス君にはこれだ」


 彼女は粘土玉のような物を袋から取り出して机に置いた。


「アリア、君の持っている石を粘土に埋めてくれないかな」

「分かりました」


 アリアは立ち上がると、俺たちを袋から出して粘土に埋め込んだ。


『なんだこの粘土。ゴーレムとかになったら笑うな』

『案外そうかもよ?粘土から魔力を感じるわ』


 粘土に埋められ視界が遮られた直後、触手に全身をまさぐられるような気持ち悪い感覚に襲われた。


 隣のリリスは、逆に気持ちよく感じているようで、時おり喘ぎ声を発していた。実にエロい。


 彼女はマゾの可能性もある。


 やがて、立ち上がったような感覚がした直後、視界が戻ってきた。

 どうしたわけかアリアが見下ろせる。

 そして、寝ているジルを除く3人が見上げるような視線を俺に向けている。

 これはひょっとして。


『リリス、これ体か?』

『そうよ!手足が動くわよ。すごーい。胸もあるよ!少々窮屈だけどね』


 どうやら粘土は、封印前のリリスの体を調べて大ざっぱに再現したようだ。

 鼻のボタンを押せば、自分のコピーができるような、そんな感じだろうか。

 えらく古いネタだけど…。


「気に入ってもらえたかな?これはまだ試作品だ」


 パラケルススは鏡を手に取り俺たちに見せてくれた。


 それは確かに試作品といった感じで、肌は粘土そのままだし顔も輪郭や目鼻立ちが少しある程度だ。


 手足が動くのは素晴らしいが、それらは丸いままなので、歩くこともままならず、何も持つことができない。


「現状、動作時間は30分が限界なんだ。これはまだまだ改良できるから安心してくれ」


『パラケルスス、あんたすごいわね。200年振りよ手足が動かせるなんて…。胸も触れる!』


 触れたときの感触は俺にも伝わってきた。

 粘土のくせに神経もちゃんとあるようだ。


「私は稀代の錬金術師だよ?素材さえあればなんだって創るさ。声帯も作る予定だ」


 それがあれば念話じゃなくても会話ができる。


『これで私は夜の生活が楽しめるのね』


「いや、それはどちらかというとアキト君向けのものだ」


 きょとんとするリリス。


 パラケルススは快楽のために体を作っているのではなく、交渉をするためだと言う。


 今後、フレデリカは領主となるが、そうなると人付き合いが必要になってくる。

 俺を彼女の夫にして交渉事を任せるつもりらしい。

 デシューツを倒すためには仲間が必要。


 しかし、今までのようにアリアを神の使徒に仕立てて仲間を集めていては効率が悪いとパラケルススは考えた。


 この世界はまだまだ男社会で、使徒と名乗る怪しげな少女が交渉するよりも、侯爵令嬢の夫として、地位のある者が動いた方が早いらしい。


 人外の怪異を仲間に加える場合は、リリスが前面に出ればいい。


『話は分かったけどさ、だからこそ快楽を楽しむ機能は大切よ?私は淫魔だもん』

「考えておこう…」


『あ!ひょっとしてパラケルススちゃん男性経験ないとか??図星???』


 パラケルススは頬を赤らめた。

 赤くなるということは血が流れているのかこいつ?


「私を揶揄すれば報酬に響くと分かって言っているのかい?」 

『そんなことはございません』


 粘土ボディーで土下座をするリリスであった。

 この世界にもあったんだな、日本スタイルの必殺技。


  ◇ ◇ ◇


 パラケルススとの話が終わり、粘土から取り出された俺たちは、ギルドホールを後にして酒場へ向かった。


「私なんで寝てたのかな」

「ジルさんは疲れていたのですよ」と、さらりとアリアがフォローする。


 俺たちはパルケススの好意で、血で汚れた服から着替えている。

 といっても、フレデリカ以外は一般的な冒険者のスタイルだ。


 フレデリカはライドランド一族ということもあり、やや高級な素材で仕立てられたパンツスタイルの服装だ。


 ローブ以外なら、何をお召しになられても気品溢れる令嬢様に見えるのかもしれない。


 街を歩くだけで注目の的になっている。

 パルケルススも仕事が終わったらしいので、俺たちに同行している。


 ギルドの支部長の彼女がいなければ、酒に酔ったならず者がフレデリカに声をかけてくるのは間違いない。


 今向かっているのは彼女が行きつけの酒場だ。


 ギルドホールから少し離れたところで路地に入ると、表通りの喧騒とはうってかわってとても静かになった。


 かといって治安が悪くなるわけでもない。


 俺たちは路地裏の奥深くに存在する怪しげな酒場に入った。

 客も少なく、常連がいく人か静かに酒を楽しんでいる。


 パラケルススがマスターに目配せすると「どうぞ」といった感じで奥の部屋に通された。


 程なくして、黒髪のエルフの給仕が注文をとりにきた。


「注文は任せてもらえるかな?」

『いいわよ。私は美味しいワインさえあればいいわ』


 ささやかな宴が始まろうとしていた。


飲食代は10万ゴールド。俺たちの報酬の2倍!

原因はリリスのワインだ。パラケルススの奢りだったからよかったが…。

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