24 、今なにしてますか? 忙しいですか? xx しちゃってもいいですか?
獣人となったフェンリル。
その容姿は見目麗しい女性であった。シルバーアッシュのヘアは背中まで伸び、尾骨あたりからは同色のふんわりとした尻尾が生えている。
頭には獣の耳をちょこんと搭載。肌は褐色であった。
3人の視線はフェンリルに釘付けとなっている。同居人のリリスも…。
「自由の身にしろとは言わない。必要であれば貴殿に同行し手伝うこともできる。それだけじゃ償いにはならないが…」
獣人になると、普通に会話もできるようだ。
これなら人と暮らすことも可能だと思う。
『アキトォー、あれは採用だわ。さっさとアリアに治療をさせてこき使おう。エヘヘヘ』
どうせエロいことでも考えてるのだろう。知性Fランクの悪魔は無視するとして。
彼女を加えるには幾つかの問題がある。あれだけ人を殺めているのだから、それを嫌うミルヴィル姉妹とやっていけるかだ。
フェンリル自身も、取り返しのつかないことをしたと言っていたが、自分が犯した罪の重さに耐えきれるかという問題もある。
あとは美形だから目立つという点だろうか。
うちのパーティーは、フレデリカがいるのでどうしても目立ってしまうのだ。
今はまだ静かに暮らしたい。
とりあえず問題をひとつづつ片づけていこう。
『アリア、プレスコット。彼女が仲間に加わることをどう思う?』
「私は構いません。今は1人でも戦力になる仲間が必要です」
アリアは問題なさそうだ。となると姉のほうだな。
「私は反対だ!あれだけの人を惨殺したのだぞ!すぐにでも斬り捨てたい。だが」
聞いていたフェンリルの顔が厳しいものになる。
自身にとっても相当ショックなのだろう。
「アキトが仲間にするというなら私は従う。ただし、妙な真似をしたら即斬る」
「わたくしも、アキト様が賛成でしたら従いますわ」
プレイサに関しては意外な答えだった。俺に従うと言ってくれたのも地味に嬉しい。
落ち込んでいたフェンリルも顔を上げ、硬かった表情を少し和らげた。
そして。
「斬るのだけはやめて頂きたい。私は逆らわないし、それに償いもしたい」
『賛成多数ということで、フェンリルを仲間に加える』
「ありがたい」と言って、フェンリルは深々と頭を下げた。
この素直さが、悪魔につけいる隙を与えた可能性も十分にある。
仲間に加えるなら呼び方を考えなければ。
『お前、歳はいくつだ?それと名前はあるのか?』
「270歳だ。名はテイラだ」
なるほど。そのままテイラと呼べばよさそうだ。
本人に確認してみたが、仲間の狼からもそう呼ばれていたらしい。
『それじゃよろしくテイラ。俺は廃道探検家の黒松明人、一緒にいるのは大悪魔のリリスだ』
俺たちはそれぞれ自己紹介をした。
しかし、また長命な奴が来たな。
うちのパーティーだけで計算すると、俺を含めないで平均年齢261歳だ。
人間のミルヴィル姉妹以外の怪異たちの年齢が半端ないのだ。
前回出した平均値は、絵の老婆やパルケススも入れていたので、とんでもない数値になった。
それでも、人の感覚で考えれば超後期高齢者パーティーなのは違いない。
俺の心を勝手に読んだリリスが割り込んできた。
『さっきからさ、超後期高齢者とかつぶやいてるけど、それってなんなの?超ってつくから凄いの?』
『俺のいた世界で、一定年齢以上のお年寄りのことを指す名称だよ。人生の達人って意味と思ってくれればいい』
『人生の達人!それってまさに私のことじゃない?決めたわ、超後期高齢悪魔のリリス様と呼んでもいいわよ』
周りの空気を一切読まない、通常運転のリリスであった。
ちょっと今日はテンションが高すぎる気もするが…。
さて、悪魔は無視して、次はテイラの罪の重さの軽減だ。と言っても、今は優しい言葉をかけてあげるくらいしか思い浮かばない。
『テイラ、お前が葬ってきた冒険者を埋葬したいから案内してくれないか?少しは償いになるかもしれない』
『もちろんだ。その……ありがとう』
『償いはこれからさ、最後まで付き合ってやるから心配するな。ただし妙な真似をしたらプレイサがお前を斬るから忘れるんじゃない』
『うむ、心に刻んでおく』
気休めにしかならないだろうが、何も言わないよりはいいだろう。
さて、埋葬しに行く前にやることが2つ。
気絶したままの女性をどうするかと、素っ裸のテイラをなんとかしたい。
女性の治療はすでに終えており、アリアはテイラの傷を癒しているところだ。
少しすれば女性は目を覚ますだろう。
埋葬に同行させていいのかどうか悩むところだ。
次に素っ裸の獣人。
テイラから視線を逸らしたいのだが、リリスがそれを許さないので困っている。
目のやり場に困るのだが、見ることを強要されている状態だ。
陰部やら、胸の谷間などをじろじろ見ながら「ウヘヘヘヘ」といった奇声をあげていた。
リリスは酔うと女体が大好きなオッサンと化すのだが、冷静に考えると体が欲しいのではないだろうか。
淫魔、おそらく彼女はサキュバスがベースだと思うのだが、男性を誘惑しようにもご自慢の体がない。
俺の世界では夢魔ともいわれ、寝ている間に夢に入り込んで行為をするが、この世界では異なるようだ。
サキュバスがいるのだとすれば、真逆のインキュバスも存在するはず。
だから彼女がインキュバス化することは考えにくい。
200年間石に封印されてため、男性を誘惑することができず我慢した結果が今の状態なのだろう。
欲求不満をこじらせたのだ。
そう考えると少し可哀そうな気もする。でも今日はテンションが変だ。
『アリア、テイラに着せる服を持ってないか?』
「持ってきてない。それ以前に余っている服なんてないです」
確かに、みんなデュシーツから着の身着のまま状態で来ているため余分な服はなかった。
クエストをこなして、少しでもお金が入れば衣類を買うとしよう。
「わたくしの下着とシャツを貸して差し上げますわ」
と言って、フレデリカは木の裏で脱いで戻ると、テイラに手渡した。
これでふくよかな胸と陰部は隠れてくれたのが…。
「ありがとう。フレデリカ」
「構いませんのよ。お気になさらず」
『これはこれでエロいわー。たまらんわー。グヘヘヘヘ』
『落ちつけリリス』
リリスが暴走し始めた。
テイラにかけられている魔法を解除した時に何かもらったんじゃないだろうか?
少し様子をみて、村に戻ったらパラケルススに診てもらおう。
『リリスさんの様子がおかしいですね』
アリアも少し気になっているようだ。だが、困ったことに調べる術がない。
俺も一緒の石にいるせいで、彼女に対してスキルを使うことができないのだ。
その逆はできるのに…。俺のステータスを見るのはリリスのスキルを使っている。
まだまだ、この石には謎が多い。
『確かに、いつもとは違いますわね。私は今下着をつけていませんがご覧になります?』
『脱げ!フレデリカ!ウヒャヒャヒャ』
『やめろフレデリカ。これ以上悪化させるな』
リリスを落ち着かせるのに10分を要してしまった。
最後は見かねたフェニックスが俺たちをくわえ、上空から水たまりに落下させ、リリスはやっと落ち着きを取り戻した。
『醜態を晒しちゃったわね。少し落ち着いたから大丈夫よ。アキトが心配したとおり、魔法を解除した時に呪いをもらってしまったの。こんな陳腐な罠を仕掛けるのはアスモデウスだわ』
その陳腐な罠にかかったことは既に忘れているようだ。
アスモデウスとは情欲の悪魔らしい。
女性に憑依すると相手の男性を絞め殺させるそうな…。
「うぅ、私はどうなってるの?生きている?」
ここで、気を失っていた女性が目を覚ました。
あれだけ深手を負っていたのだ。本人は死んだのだと思っている。
女性の手当てをしていたアリアが、優しく話しかけた。
「しっかりしてください。生きていますよ、傷はもう塞がりました」
「ありがとうございます。あの、大きな狼は?私の仲間は?」
女性はアリアの手を握りしめた。
「狼は私たちが始末しました。ですが仲間は……」
女性は涙を流し、悲しさと悔しさの表情を浮かべていた。
それを見ていたテイラも顔に後悔の念を浮かべる。
『みんな聞いてくれ、テイラが狼ってことは秘密にしておいてくれ』
『わかりました』
俺の探索とアリアの認識阻害を使えば、女性の記憶を改ざんできるが、今の体力と精神状態ではとても無理だ。
かといって、正直に話すとテイラを殺しかねない。またテイラも反撃することはないと思う。
はっきり言っていいことはひとつもない。
ここは心を鬼にして黙っておくことにする。
少し落ち着いたところで女性に事情を聞くことにした。
女性の名はジル・アンダーソン。中級の冒険者で治癒系の魔術師だ。
6人は酒場で知り合ったらしい。
この森に魔獣がでるという噂が広がったので、領主の依頼でギルドが調査クエストを斡旋。
報酬が良かったのでレベルを問わず多くの冒険者が森を訪れた。
しかしそれは同時に多くの怪我人を出すことになった。
実際に冒険者に怪我を負わせる存在が確認できたので、ギルドはクエストの内容を調査から討伐に変更。
報酬も増額して中級者以上限定のクエストにした。討伐したもの勝ちだ。
それを請負ったパーティーのひとつがジル達だ。
だが、死者が出たのは今回が初めてらしく、彼女たちも死ぬことはないだろうと油断していた。
その結果がこれだ。
「私たちはこれから、あなたの仲間を探しに行こうと思っていたところです」
アリアは探しに行くではなく、埋葬と言いたかったが、ジルの表情を見て言葉を選んだようだ。
「私も連れて行ってください。最後に別れたルイーダが心配で…、それにリーダーも」
「リーダーなら残念だが、そこに…」
プレイサがリーダーの足を指さした。
ジルは泣き崩れると思ったが、覚悟をしていたようで「やはりダメでしたか」と、ひとことだけ言って口を閉ざした。
ルイーダとは、途中で別れた攻撃系の魔術師らしい。
彼女の生死は不明だが、ジルの傷を見る限り厳しいだろう。
ルイーダの捜索に関しては、正常に戻ったリリスが偵察用の式神を使って探させている。
「他のメンバーも同じことになってるかもしれませんけど、よろしくて?先に村へ戻っていてもいいのですよ」
「いえ、その場合は私の手で埋葬します」
フレデリカが優しく話しかけると、ジルは寂し気に答えた。
その目は、過去のことを思い出しているのだろうと察しがつくものだった。
◇ ◇ ◇
俺たちはジルの仲間を見つける…、埋葬するために森の奥を目指した。
テイラに案内させれば早かったのだが、狼の獣人が道案内となれば怪しまれるので、ジルに道案内させた。
『リリス、式神から連絡はないか?』
『ないわね。あれば視界に表示されるわよ』
森を歩くこと10分、式神から映像が入って来た。
『見つかったようだけど……。なんて伝えればいいのかしら』
『酷いなこれ…』
さらに進んだところでルイーダと思われる残骸が見つかった。
既にモンスターに食べられた後だったのだ。
衣類の切れ端などから推測すると彼女で間違いないだろう。
『みんな、ルイーダ―が見つかったが手遅れだ。先に他のメンバーを埋葬してから、最後に向かうことにする』
『わかりました』
とても重い空気に包まれた。
この世界に来て、こんなに楽しくないのは初めてかもしれない。
結局、最後の残骸はジルがルイーダと確認した。
5人分の埋葬を終えた俺たちは、複雑な気持ちのまま村に向けて歩み始めた。
日は西に傾いている、高さからすると16時過ぎといったところだろうか。
今テイラは、シャツ1枚の状態から脱し、ローブと靴を履いている。
テイラは魔獣に襲われていたところを俺たちが救ったということにしてある。
ジルはそれを見かねて、仲間が持っていた予備の衣類を分け与えていたのだ。
その時の2人の悲しい表情と、許しを請う表情は、今後も忘れることはできないだろう。
こんな残酷な世界、できることなら俺が変えてやりたい。
世界を平和にするなんてことは間違いなくできない。
いろんな価値観の奴がいるのだから不可能だ。
でも俺たちが努力すれば、ほんの少しくらいは平和にならないだろうか。
そんなとりとめのないことを思って歩いていると、前方に少女が倒れていた。
新たな被害者だろうか?
テイラに確認したが違うと断言した。
『わたくしが見て参りますわ』
前方を歩いていたフレデリカが足早に少女の元へ駆け寄った。
「大丈夫ですの?しっかりなさってください」
一見、無傷に見える少女。フレデリカが息を確かめようと手を差し伸べた時、少女の目が開き、しゃべりはじめた。
「今なにしてますか?」
「無事でしたか。よかったですわ」
「忙しいですか?」
「どうしたのです?」
「殺しちゃってもいいですか?」
「どなたを?」
「あなたを」
「そんなことを考えてはいけませ…」
フレデリカが話終える前に、何かが彼女の胸元を貫いた。
フレデリカは精霊なので、たぶん大丈夫なはず。。。
あの少女は何者だろうか?




