23 、狼の怪物フェンリルと短気なフェニックス
「危険、何か来る」
周囲の異変を察知したプレイサが警告を発した。
間違いなくフェンリルだろう。北欧神話に登場する有名な怪物。
この世界での位置づけはよくわからないが、人を食らっているので悪の存在だ。
ほどなく、前方から口に足を加え、顔を血で染めた大型の狼がやって来た。フェンリルだ。
奴は足が美味しくなかったのか吐き出すと、敵意のある視線を俺たちに向けてきた。
口元からは、やや赤黒くなった人の血が滴り落ちている。
『あれはリーダーの足だな。ダメだったか…』
『そうね、あの腕前じゃ厳しいわよ』
とても残酷な世界だ。せめて俺たちが開拓する村は平和であって欲しいと心から思う。
『フェンリルが止まったわね』
『ああ、お互い凄い殺気だな。双方とも微動だにしていない』
プレイサは剣を構えフェンリルの出方を窺うかがっているようだ。フェンリルもまた同じであろう。
アリアは分析スキルを発動。フレデリカは氷の魔法をいつでも放てるように準備していた。
お互いに一歩も動かずにらみ合っている。先に動いた方が負けなのかもしれない。
誰一人として動く者はいない。森も静まり帰ったままで、風すら吹かない。
昼とは思えない静けさだ。
それから5分くらい経過しただろうか、待ちきれなかったのはプレイサやフェンリルでもなく、空で様子を窺っていたフェニックスだ。
突如、音速の如く速さでフェンリルに突撃を行ったのだ。意外と短気なのかもしれない。
フェンリルの視線は、当然ながらプレイサからフェニックスへ向けられた。
だがよく見ると、それは左目だけで、右目はプレイサを捉えたままという、変態技を披露している。
『うっわ、フェンリルの奴気持ち悪いわね、左右で違う方を向いてるわよ』
リリスの言うとおり確かに不気味な、気持ち悪い目つきだ。
フェンリルはフェニックスの突撃を寸でのところで交わし体制を立て直した。
反撃を試みるが、相手は空から襲てくる鳥。地を這うフェンリルでは分が悪い。
ジャンプして丸呑みすれば決着がつくように思うが、跳躍中にプレイヤやフレデリカの攻撃を受けると厄介なので、躊躇っている様子だ。
それが何度か続き、その間アリアはじっくりと分析をしていた。
そして6度目の突撃で、ついにフェンリル動きを捉えることができた。軌道を確認したフレデリカ即座に魔法を放つ。
フェンリルも、魔法が自身よりも若干ズレていることに気づいたが、位置の修正をかける前に今度はプレイサが突っ込んで来たのだ。
必死で回避を試みるが、魔法だけは完全に避けきれずフェンリルをかすって行った。同時に寸秒動きが鈍った。
プレイサがそれを逃すはずがなく、すぐに反転するとフェンリルの肩を浅く斬りつけた。
傷口からは血がにじみ出ている。
その後は、プレイサとフェンリルの一進一退の攻防が繰り広げられる。
しかし、それは互角ではなく、傷を負っているフェンリルの方がやや不利であり、ゆっくりではあるが動きが鈍りだしているように見える。
実はプレイサの剣には、フレデリカの怨念スキルを使った呪いがかけられており、その効果がフェンリルの体を蝕みつつあったのだ。
それは劇毒を塗った剣で斬りつけるのと同程度の効果を持っていた。
先ほどの6人パーティーを狩った時と違い、フェンリルの表情に余裕は微塵も感じられない。
だが、プレイサもまた、決め手となる一撃を与えられず苛立ちを覚えていた。
『プレイサ、落ち着いて。相手の動きは確実に衰えてきている』
『さすがは妹ね、ありがと』
フレデリカもアリアの分析を活用して、魔法攻撃を浴びせているが、命中率がいまひとつといった感じであった。
それでもプレイサの援護には十分役立っていた。
フェンリルが、思うように動けないもうひとつの原因はフレデリカなのだから。
『アキトさぁ、あのフェンリルちょっと変じゃない?目を見てみなよ』
『ん?そういや、なんであんなに真っ赤なんだ?』
怪物や魔獣だからそんな目をしているのかと思っていたが、リリスの指摘どおり何かおかしい。
操られている感じがしなくもないのだ。
そこでリリスは、フェニックスに指示をだして俺たちをフェンリルの近くまで運んでもらうことにした。
首からさげている袋から俺たちを取り出したアリアは、フェニックスにくわえさせて飛び立った。
今度は音速で突撃するのではなく、情報収集機のようにフェンリルの上を飛び、プレイサが一太刀浴びせている間に最接近して魔力の匂いを調べるのだ。
その瞬間はすぐに訪れた。
『これ、悪魔の匂いがするわね』
『お前以外のだよな?操られているってことか?』
『うん。解除できるかもしれない。フェニックス様、もう少し旋回をお願いね』
今日はかなり無理なことをお願いしているので、リリスは式神に対して様をつけるようになっていた。
これくらい言わないと、露骨に嫌なオーラを放って来るからだ。
下手するとフェンリルの口元目がけて投げられる可能性も考えられる。
食べられても俺たちに問題は無いと思うが、全ては飼い主の行いが悪い。
その間にも、プレイサとフェンリルは目まぐるしい攻防を展開。
プレイサは鋭い斬撃に加えて拳撃まで繰り出し、フェンリルに確実なダメージを与えていた。
プレイサはこういった合わせ技もできるようだ。
出し惜しまず、最初から使えよと思ったのは俺だけだろうか?
プレイサは攻撃のパターンをさらに変えた。
動きが鈍ったフェンリルを前にして、プレイサは跳躍によって奴の背後へ着地、 間髪を入れず上段蹴りを食らわせた。
それは見事に命中。その威力は吹き飛んだフェンリルが木を数本なぎ倒す程であった。
『フェニックス!今よ近づいて』
リリスの指示でフェンリルに近づくと、彼女は《リム―バブルカース》と叫び、呪いを解除する魔法を発動させた。
直後、フェンリルの体が淡い光に包まれる。が、プレイサは容赦なくもう一太刀浴びせ、相手にダメージを与えた。
術が解けたフェンリルの目の色は元に戻り、同時に降参の意味で腹を見せる服従のポーズをとった。
まるで犬だ。
体はプレイサの攻撃で傷だらけ、大きさも通常の狼より一回り大きい程度まで縮んでいた。
これが本来の大きさなのかもしれない。
「アキト、どうする?」
プレイサは疲れのせいか、念話ではなく声を出して俺に聞いてきた。
『少し待て』と俺は言って彼女を待機させた。
リリス経由でフェニックスに指示をだし、俺たちをフェンリルの腹の上に置いてもらった。
奴の真意を探るべく俺は探索スキルを再び使う。
流れてきた映像は、ローブを目深に被り顔が判別できない何者かに術を施されているフェンリルだ。
次に流れてきたのは過去の記憶だ。
元々、人を無差別に襲うような獰猛な奴では無かったようで、普段は森の奥にある洞穴で暮らしている。
森の狼たちを率いたり、他の動物たちと交流している様子も見受けられた。
驚いたことに、動けなくなった人の子供を助けているシーンまであった。
だが、ある日を境に人の気配を察知すると、狂ったかのような怒がこみ上げてくるようになる。
ローブを被った者によって施された魔法が原因に違いない。
映像を見終えたプレイサが俺に反論してきた。
「しかし、こいつは冒険者を何人も食らっている。始末すべきではないか?」
確かにそうだ。だがギルドのクエストにはフェンリルを討伐しろとは書かれていない。
剣術Aランクのプレイサに対して、死闘を繰り広げていたのだから戦力としては十分すぎる。
『俺は待てと言っている、勝手な行動はするんじゃない』
プレイサはフェンリルを斬りかねないので、少し強めに言っておいた。
『リリス、フェンリルと意思の疎通はできるのかな?』
『どうだろうね。うちの中に調教師テイマーはいないしね』
『わたくしが試してみてもよろしいかしら?』
フレデリカが名乗り出てくれた。
彼女は調教のスキルを持っていない。では、何を使ったかというと霊話スキルだ。それを念話と組み合わせてフェンリルに話しかけた。
『私の言葉が理解できるかしら?』
『解かる。私は降参する。助けてくれないだろうか』
意外にもあっさりと話が通じてしまった。
今すぐに斬れとか殺せとか言ってくることも考えられたが、生きる意志は持っているようだ。
『私は悪い奴に操られていたようだ。取り返しのつかないことをしてしまった…』
と言ったあと、フェンリルは獣人の姿になった。
雌の…。
よく考えたら、一番活躍してるのってフェニックスだよな…。




