22 、血まみれの冒険者と死闘の森
「アリア、すぐに治癒使って!」
プレイサが、やや強い口調でアリアに命令した。理由は目の前に倒れている女性を助けるためだ。
その顔は、血の気が引いて青白く、脈も弱まっている。
しかし、僅かながら意識があるようで口をパクパクさせていた。
「派手にやられていますわね。まだ意識があるみたいですわよ」
馬から降りたフレデリカは、女性の口元に耳を近づけた。
「な…かま…が、あぶ…な…いたす…けて…」と言って意識を失った。
「アリアさん、気絶してしまいましたわ。この方は助かりそうですの?」
「かなり危ないです。でも救ってみせます」
この女性、衣装からすると魔術師だと思われる。
魔力はほぼ尽き、背中にはモンスターに引っかかれたのだろう深い裂傷があり、これが致命傷となったようだ。
額も少し切っており顔も血まみれだ。
今も傷口から血が溢れでている。
『スキルで、この女性に何があったのか探ってみる』
『それがいいわね。私は式神ちゃんを呼び寄せて周辺を見張らせるわ』
『頼んだ』
俺は意識を集中して彼女の記憶の探りはじめた。
まず見えてきたのは森で戦う冒険者だ。その数6人。
ひょっとすると2つのパーティーが協力して戦っているのかもしれない。
構成は戦士が3人で剣術士2人、棒術士1人と魔術師が3人、攻撃系2人と治癒系が1人。
戦闘に特化したメンバーになっている。
相手のモンスターは動きが早く、狼のように見えなくもないが、何を相手に戦っているのかよく判らない。
戦士がかわるがわる剣を振るが、誰ひとりとして相手にダメージを与えれていない。
それどころか彼らは逆に、後方の切り立った崖へ、じわじわと追い詰められているように見える。
どうみても劣勢だ。
冒険者たちの動きを見ていると、このパーティーは中級者の可能性が高い。連携に甘さがあるからだ。
とくに戦士と魔術師の連携がかみ合っていない。
魔法のパターンもモンスターに読まれている。
やがて、彼らの動きは鈍くなり、ついに防戦一方となってしまった。
魔術師たちも魔力の残量が気になるのか、魔法を放つ間隔が開いている。
『これはまずい状況だな』
『陣形が崩れるのも時間の問題だわ』
彼ら前面に戦士2人を配置して、常にモンスターに斬りかかっている。
すぐ後ろにいる戦士は、剣を構えたまま軽く休息をとっているようで、回復すれば前面の戦士とスイッチしている。
長期になることを見越した戦い方だ。
その後ろに魔術師がいて、モンスターの魔法を放ったり、後列の戦士の回復を手伝ったりしている。戦士は立ち位置を何度も入れ替わりながら戦っていたが、そのローテーションがついに崩れた。
短い休憩では回復しきれず、体力的に限界に達したのだと思われる。
モンスターは、この時をずっと待っていたかのように、攻勢に転じる。
前面に居た2人の攻撃を交わし、後ろの戦士を襲撃。剣を持った腕ごと食いちぎった。
腕を失った戦士は、吹き出る血飛沫を見てパニックに陥った。
それを見て、一瞬怯んだ魔術師にも容赦のない攻撃が加えられた。
寸秒後、攻撃系魔術師の胴体が地面に転ぶ。
仲間の惨状を見たリーダー格の戦士は、己を奮い立たせ1人でモンスターに襲い掛かる。
ここでモンスターが反転するために一瞬立ち止まったおかげで、姿を確認することができた。
それは、通常の狼の3倍はあろうかという大きさの怪物。
『フェンリルか?』
『間違いないわね。知ってるってことは、あんたの世界にも存在したのかしら?それとも伝説の怪物かしら?』
『後者のほうだな』
フェンリルは戦士に視線を向けながら獰猛な笑みを作った。ように見える。
もはやこのパーティーに勝ち目はない。
リーダーは己を囮に使うことを決心したのか、残った3人に撤退の指示を出した。
それを受けたメンバーは、フェンリルの後ろへ周り、残った剣術の戦士が殿をつとめる形でモンスターを見ながらゆっくりと後退する。
ある程度距離を確保したら、背を向けて逃げる算段なのだろう。
しかし、フェンリルはそれも逃す気はないようだ。
頭部の角度をわずかに変え、後方にいる者の位置を確認。
狩りの方法が決まったのか、フェンリルは後ろ足で地面を蹴り、リーダーの戦士に飛びかかると同時に反転。
後ろ足で力強くリーダーを蹴り飛ばし、後退中の殿戦士めがけて飛びかかった。
蹴り飛ばされたリーダーは崖に激突。
殿の戦士は、こちらに飛んでくるフェンリルを見て恐れおののいた。
泣きそうな顔になり必死に、でたらめに剣を振るが、フェンリルに通用するはずもなく、無残にも上半身を噛みちぎられた。
即死だったのがせめてもの救いかもしれない。
ついでに目前で逃げ出した2人の魔術師の背をフェンリルは前足の鋭い爪で引き裂く。
背中を裂かれた2人であったが、走りる力は残っていたのか、二手に分かれて全力で逃走。
どちらかが生き残り助けを呼ぶつもりなのだ。
少し離れたところから女性が振り返ると、腹を浅く斬られたリーダーがフェンリルと熾烈な交戦を繰り広げていた。
リーダーは気が触れたのか、後悔したのか判らないが、泣き笑いしながら剣を振るっていた。
「ごめん」と一言もらし、女性は再び速度をあげた。
だが、フェンリルは女性を逃す気はない。背中に受けた裂傷が女性を襲う。
本人は気づいてなかったが、傷は思った以上に深く血が出続けていたのだ。
結果、出血過剰による貧血で意識が朦朧としはじめていた。
フェンリルはリーダーを倒してからゆっくり2人を狩るつもりだったのだろう。
逃げることのできる距離も計算したうえで、女性に傷を負わせていたのだ。
やがて、女性の視界を染めていた血の赤が灰色へ変わり、地面が接近してきた。
力尽きて倒れたのだ。
残った力を振り絞り視線を正面に向けると、2頭の馬がかすかに見えた。俺たちだ。
そこで彼女の記憶探索は終了した。
『あのフェンリル、今も周辺にいるわけだよな』
『そうね、プレイサとフレデリカで対応できるかしらね…』
女性のパーティーは、中級者に違いない。
それに比べこのパーティーは、俺を除けば上級なので連携すれば倒すことは可能だと思う。
『アリア、容体はどうだ?』
「傷口は塞がりつつあります。たぶん大丈夫かな」
俺は念話で話しかけたが、アリアは余裕がないのか普通に返してきた。
今俺たちが見てきた記憶の映像は、リリスの魔法を使って全員に配信している。
『プレイサ、フレデリカ。今の戦いを見ていたと思うが、お前たちは連携できそうか?』
『私が剣で攻撃するので、相手が交わして身を置く場所を予測して、フレデリカの魔法で足止めすれば倒せる』
『え?、わたくし、モンスターが移動する先を予測なんてしたことありませんわよ』
予測?誰か似たようなスキルを持っていなかっただろうか?
俺は自身の記憶を探る…。
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名 前:アリア・ミルヴィル
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スキル:魔法S・魔法抵抗S・治癒B・分析B・召喚B・古代魔法C・魔力回復C
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いた。アリアだ。
『アリア、モンスターが攻撃を交わして身を置く場所、回避行動、軌道を分析できるか?』
「できると思います。ただ、フェンリルのような強いモンスターに試したことはありません」
試してみる価値は十分にありそうだ。
あとは分析結果をフレデリカがうまいこと利用できればいいのだが…。
『リリス、アリアが分析したモンスターの回避パターンイメージをフレデリカと共有できるか?』
『記憶探査の配信と同じ方法でいけるんじゃないかな』
その時、俺の上を見張り役の式神が通り抜けて行った。
これで練習できないか?
俺はリリスに式神で分析の練習台が務まるかどうか確認した。
『フェンリルの速さまでは出せないけど、練習自体は可能よ』
決まりだ。
俺たちは、毎度お馴染みのフェニックスちゃんを使って練習することにした。
本当に式神使いが荒くて申し訳ない。今日も魔石をいっぱい食べさせてあげよう。
フェニックスは、お前は本当に鳥なのか?と思うくらいの速さで跳ねまわった。
飛んでいるのではなく、足を使って跳ねているのだ。
それは視認するのがやっとといった速さであった。
『フェンリルより早くね?』
アリアは、女性を治療しながら分析スキルを発動。彼女の目がフェニックスを追う。
その映像は俺たちも見えるのだが、それは眼前を音速で飛ぶ戦闘機を捉えるというくらい難しそうであった。
見ているだけで酔いそうになる。
しかし、時間を追うごとに速さについていけるようになり、練習を始めて20分後、フレデリカの氷魔法はフェニックスの足を捕らえた。
だが相手は火の鳥、瞬刻、速さが弱まったが、同じ速さで氷も融けたので、フェニックスは何事もなかったかのように飛び跳ねている。
『一瞬でも、あの速さまで弱まれば、私の剣さばきで仕留められる』
プレイサは自身に満ちた声でそう答えた。
これで練習は完了だ。俺とリリスはフェニックスに対して丁寧にお礼をしておいた。
その時、森が急に静まり返った。
何かが来る。
このフェンリルを仲間にする方法はないのだろうか?
うちのパーティーに必要なのはモフモフと思うんだ。




