20 、再会と新たな出発
フレデリカの別荘を発った俺たちは一路テハスを目指した。
今朝は放射冷却のせいで冷え込んでいるが、頭上には雲ひとつない青空がどこまでも広がっている。
この辺りは、どちらかと言えば山間部に属するので、山の天気は変わりやすいという言葉もあるが、今日に限っては一切心配なさそうだ。
霜柱をざくざく踏みながら、俺たちは絵の老婆が何者だったのか話しながら山を下っている。
「あの老婆は魔女で間違いないわ。アキトが探った情報だけでは、どういった経緯で魔女と契約することになったのか、させられたのか、よく分からないけどね」
「そうですわね」
「俺が気になるのは、あの絵には老婆本人を閉じ込めたのかどうかなんだ。もし、そうなら気持ち悪い…」
今でも瞼を閉じると、あの老婆がすぐに浮かんでくる。生きているようにしか見えなかったので、疑問を持つようになった。本物じゃないのかと…。
「あれね、みんなが寝ている間に調べてたんだけど、本人を封じたんじゃなくて、分身のようなものを作って封じているのよ」
なるほど。リリスが調べたのなら信ぴょう性は高いだろう。
あの術は魔女の中でも上位の者しかできない難しいものなので、気軽に引き受けるようなものじゃないらしい。
「それを聞くと、ますます気になりますわね。わたくしのご先祖様は何をなさったのでしょう…」
そんな話をしているうちにテハスがおぼろげに見えてきた。
単なる村だと思っていたのだが、意外と大きそうだ。
俺は村とフレデリカを見て、ふと疑問を持つ。
「話は変わるけど、この世界に青髪の人なんているのか?」
フレデリカの容姿が人からかけ離れていることが気がかりなのだ。
このまま村に入って大丈夫なのだろうか。
「エルフやドワーフと言った種族でしたら青や緑といった色もあります」
と教えてくれたのはアリアだ。
なるほど、この世界には知的な種族が他にも存在しているようだ。
「私は前にも言ったけど、愛くるしいピンク色よ。体のあった頃ね。ああ、私の体はどこへ行ったのかしら…、快楽が味わえないじゃない…」
淫魔の快楽と言えば性的なものだろう。体がないから快楽を享受できないのが不満らしい。俺も同じだが。
「このまま村に入っても大丈夫なのか?フレデリカはエルフには見えないからな」
「でしたら、魔法で髪の色を変えてはいかがです?よければ私が教えますよ」
「本当ですの!」
そんな便利な魔法があったのか。
アリアがフレデリカに魔法を教え始めた。最初はうまくいかず、奇抜な色やシルバーにもなったが、最終的に金髪で落ち着いた。
銀髪もなかなか似合っていたのだが、目立ちすぎるので採用は見送った。
しかしこの魔法、場面によっては使えるかもしれない。
「気をつけないといけないのが、多くの魔力を使う場合や、感情が激しく変化した時は解除されることがあるので、覚えておいてください」
「わかりましたの」
さすがに肌の色までは変更できないなので、金髪に透き通るような白い肌の少女で落ち着いた。
これでも十分に目立つが…。
◇ ◇ ◇
村まであと少しといったところで、正面から馬車がこちらに向かって走って来た。
身分の高い人が使うような車体だったので、俺たちは道を譲り横で待つことにした。
するとどうしたわけか、馬車は目の前で停車し、中から見覚えのある老人が降りてきたのだ。
「アリア様!」
それはパトリックであった。1日ぶりの再会だが、随分と久しぶりに会うような感じがする。
「あ、パトリックさん」
パトリックに俺たちの声は聞こえないので、仲間内は再び念話を使うことにした。
『パトリックじゃないか』
『無事に到着してたのね。良かったわ』
彼を見た俺とリリスはひと安心した。教会の魔導士が仮設の道を魔法で作って、彼らを追った場合は無事で済むはずがない。
あれは一種の賭けのようなものだった。
「パトリックさん、無事に到着されたようで安心しました」
「おかげさまで他の者たちも元気にしております。ささ、馬車にお乗りください。私は皆さんをお迎えに参ったのです」
パトリックが姿を見せたということは、村人がテハスに着いている証拠。アリアの表情もほころんでいた。
馬車は方向転換してテハスに戻ることになった。
俺たちが連れていた馬は、馬車に乗って来た兵士が騎乗している。
「えらく豪華な馬車ですね」
「アリア様の正体は話してませんが、我々を導き自らも囮となって我らを守ったと話したら、領主様が迎えに行けと言われましてね」
どうやら領主がテハスに来ているようだ。
パトリックによると、俺たちを迎えに行くために馬車と兵士数名をつけてくれたそうだ。
馬車はテハスの城門に差し掛かろうとしていた。
俺が想像していたものとは違い、村は立派な城壁に囲まれていた。
城門の外では、中に入るために商人たちが列を作っている。荷物の検査に加え通行税も徴収されるので村へ入るのに時間がかかる。
ギルドに登録している冒険者や村人は荷物検査だけなので、比較的早く門を通過することが出来る。
俺たちはその横を検査なしで通過していった。
門の中は、城壁の規模に似合わずのんびりとした風景が広がっている。それに驚いたのはフレデリカだ。
「わたくしが知っているテハスではありません。昔はもっと石造りの建物がひしめき合う街でしたのに…」
500年の間に、街から村に衰退してしまったようだ。
その答えはパトリックが知っていた。
「テハスは100年前までライドランド領の中心だった街なのですが、領土の3割をデシューツに奪われてしまったのです」
「確かデスパイズの村があった場所も、元々はエスターシアの領土だったと言ってましたよね?」
「その通りです」
英雄王カトマイが周辺国に侵攻しはじめる前は、エスターシアのライドランド公爵領南側に、クブトス子爵の領地が隣接していた。
公爵領は、今のような辺境の地ではなかったのだ。
現在はテハスが国境に近くなってしまったので、防衛上の観点から更に北の地へ遷都したというわけだ。
その時、城壁を除く建物は移築したために、現在は長閑な風景が広がっている。
「デシューツめ、絶対に許せませんわ!」
デシューツはエスターシア侵攻を計画している。
近い将来、ここが戦場になることは間違いない。
領主が滞在しているらしい屋敷は、村の北側に位置する城跡にあった。
城の一部施設を再利用している感じの建物だ。それでも石造りの堅牢な建物だ。
馬車は正面玄関で停車した。降車した俺たちは兵士の案内で屋敷内の応接室に通された。
ほどなく、やや疲れた様子の初老の男が部屋に入ってきた。衣装は質素で、宝石のついた金の指輪がなければ公爵とは思えないいでたちであった。
指輪のない状態で、街中でみたとしたら、絶対に村人だと思うだろう。
「待たせたな、デスパイズの村人を救ったのはそなたらか?」
「左様でございます。領主様」
パトリックが俺たちに代わって返事をした。
「これはまた随分と若いのだな…」
領主が疑問に思うのも無理はない。
外見だけ見れば美形揃いの少女で、そのうちの1人は公爵令嬢だ。
『随分と貧相な公爵じゃない?執事だったりしてね』
『貫禄は十分にあるぞ』
貧相に見えるのは仕方のないことだろう。
戦いを控えているし、領土も減っているわけだから、多方面で問題が山積しているはず。
「私が当主のヤムヒル・ライドランドだ。楽にしてくれ。しかし、デュシーツ軍の護送隊を装って、我が公爵領へ来るとは策士がおるようだな。私は君たちが気に入ったぞ」
と言って、少しだけ装飾の凝った椅子に腰を下ろしたヤムヒルは、パトリックに目配せした。
紹介をしろ、ということだろ。
パトリックは、プレイサ、アリア、フレデリカの順でヤムヒルに紹介した。
最後に紹介したフレデリカがライドランドを名乗ったので、ヤムヒルは眉間にしわを寄せた。
「ライドランド?君は、当家と繋がりがあるのかね?」
フレデリカはやや戸惑った表情になった。正直に話すべきか悩んでいるよう…。
そこで俺は助け舟を出すことにした。
『フレデリカ、正直に話しても信じてもらえないだろうから、遠戚ということにしておけ』
『どの血筋と言えばよろしいかしら?』
『お前の父親でいいんじゃないかな。落とし子ってことにしとけ』
『わたくしは嫡出子ですのに…』
現在のライドランド家が、どのような家族構成なのか不明だが、800年以上続く名家なのだから、謎の親戚も多く存在するはず。
落とし後の1人や2人は必ずいると思う。
「母から、フォスタ・ライドランドの系譜を継いでいると聞かされております。このネックレスはフォスタ様から送られたもので、代々受け継がれている物でございますわ」
「フォスタの血筋だと!?」
ネックレスを見たヤムヒルは、フレデリカの話を鵜呑みにしたわけではないが、ライドランド家の500年を語ってくれた。
フォスタにはフレデリカ以外に娘が居なかったので、彼の没後は弟が当主となり現在まで続いている。
娘は行方不明となっているが、もし彼女の末裔が現れた場合は、当主の座に戻すように遺言が残っているらしい。
「わたくしは、非嫡出子の血筋ですので権利はございません」
「そう言ってもらえると助かる。今は外交、内政両面で問題が山積しておって、一族を集めて議論をする時間がないのだ」
ヤムヒルの表情が一段と厳しいものになった。
テハスに来ているのも何か問題が起こっているからだろう。
「心得ております」
「思い出したのだが、君は別荘に飾られていた肖像画にそっくりだな。確か彼女もフレデリカであったな」
「わたくしにそっくりの方がいらしたのですね」
ヤムヒルは視線をフレデリカに向けてじっと見つめる。
それは卑猥な視線ではなく、絵にあった少女を思い出しながら見比べている感じだ。
「うむ、ライドランドの一族に間違いないようだな。君の待遇については後日考えるとしよう」
顔つきが似ているということで、ヤムヒルも一族である可能性が高いと判断したようだ。
別荘の例の部屋は、元通りにしておいたので、彼が訪れてもバレる心配は無いだろう。
本棚を移動させない限りは…。
ヤムヒルは次の仕事があるようで、早々に応接室をあとにした。
去り際に「また時間を作って君たちの話を聞いてみたいと思う」と言って部屋を出た。
俺たちの処遇については、エスターシアの市民として登録されることになった。
プレイサがデシューツでは下級勲爵士であったが、正式な勲爵士となり、身分もアリアと共に準貴族となった。
といっても、領内に土地を所有できるわけでもないので、名ばかりの貴族だ。
ライドランド公爵領は、領地が減っているため未開の地を開拓する必要がある。
そうしなければ領民が食べていけないからだ。
現在の残っている未開の地はモンスターが出没する場所か岩場などの荒れた土地が多く、開拓には必ずしも適していない。
俺たちが連れてきた村人は、準備が整い次第未開の地へ行き開拓を行い、自分たちで村を作ることになっているらしい。
今候補になっている土地は、ギルドを通じてモンスター駆除クエストを出しているところで、冒険者が各地からやって来て討伐している最中らしい。
開拓に成功した暁には、パトリックが村長となり、俺たちは貴族として所有することになるらしい。
どうせなら、金鉱とかお金になる物が埋まってる場所を所有したいところだ。
俺はアリアを通じてパトリックと会話をする。
「パトリック、開拓する場所は私たちが選べるのですか?」
「はい、現在、ギルドに所属する冒険者がモンスターを討伐しているエリアから選ぶのがよろしいかと思います」
パトリックは偶然地図を持っていたので、見せてくれた。
俺たちを迎えに来る前に、ヤムヒルと開拓に関して話し合っていたことが分かる。だから地図を持っていたのだ。
広げられたそれを見たが、どれも山奥の森ばかりだ。開拓してもそれほどお金になるとは思えない。
『リリス、お宝の鉱石が埋まってそうな場所とかわからないか?』
『そんな便利な魔法があれば、私は今頃一国の主になってるわよ。それこそ、あんたのスキル使った方が早いんじゃない?』
言われ見れば確かにそうか。ただ地図をみてやみくもに探しても時間の無駄なので、目星をつける必要がある。
「アリア様のお力で、何か有望な土地を探せませんかな?」
「可能かもしれませんが、この地図を見ているだけでは分かりません。場所をいくつか絞ってから現地に行く必要がありますね」
「それでしたら、ギルドで冒険者登録をして、いろいろと情報を集めてはいかがでしょうか」
ギルドで登録すれば、関連施設が利用できるらしく、古文書や伝承をまとめてある本も見ることが出来るらしい。
そういった物を調べて、場所を絞ったほうがよさそうだ。
俺たちは登録を行うため屋敷を後にした。
ヤムヒルさん、支度金とか言って5000ゴールド渡してくれたけど、宿屋が一泊1人500ゴールドだから、食費も考えると数日しか泊まれないな…。
20話の、よりにもよってタイトルを誤字っておりました。お恥ずかしい。。。。。




