16 、デシューツ脱出作戦 9 旧道と隠し鉱山
翌朝、俺はリリスに起こされた。
今の俺は体を持っていないので、寝る必要は無いはずなのだが、この世界に慣れていないせいか夜は眠くなってしまう。
『ちょっと起きてよアキト。大変なんだって』
『…ん?どうした?』
目を覚ますとノイズの入った画像が流れていた。
これはリリスが放っている式神の鳥が送って来る映像だ。
場所は、雪の積もり方からして、ディクソンの森の北側のようだ。そこをローブを被った集団が馬で走り抜けている。
『おい、これって…』
『そうよ、教会の連中よ』
1日程度の距離を十分に稼いだつもりだったが、半日の距離まで縮められていたのだ。
奴らは夜通し移動していたに違いない。
ゆっくりしていたら、確実に追いつかれてしまう。急いで出発する必要がでてきた。
『アリア起きろ!』
『……うぅん。眠いです』
『教会が来た』
『え?』
『リチャードを起して出発するぞ』
『わかりました』
リチャードを起こした俺たちは事情を説明した。
テュアラティン中尉も俺たちの置かれた状態は司令から知らされているで、急ぐ必要があることは分かっているようだ。
叩き起こされた村人は、急いで荷造りを行い出発に備えた。
中尉の計らいで倉庫にある物資も分けてもらっている。
「それでは出発する!」
日の出前に、俺たちはカピトラ検問所を出発した。
今日も冬独特の低く黒っぽい筋状の雲が多いが、モンテシト山脈を隠している。しかし、昨日よりは幾分か少ないようだ。
検問所は山脈に近いこともあり、出発して1時間もしないうちに勾配がきつくなり、山越えの峠道に入ったことをうかがわせた。
その頃、教会の先遣隊はカピトラ平原に入っていた。
先遣隊は馬のみで構成されている部隊なので、こちらより動きが早いので厄介だ。式神の映像を見る限り剣などは持っていないため、魔術部隊なのだろう。
夜通し走っているで、カピトラで多少の休憩をとるとはず。それでないと馬がもたない。
そこから先は、ほぼ一本道なので、迂回するといったニセ情報は流せない。相手が早ければ、単純に追いつかれるだけである。
『フレデリカは雪の精霊だったよな?』
『そうですわ、わたくしに何か?』
もし、局地的に雪を降らせることができるなら、街道の積雪を増やすことはできないだろうか?
いくら馬であっても、積雪量が1メートルを超えてくると進行速度が落ちるはずだ。追手の本体に至っては進むこともままならなくなる。馬車はその積雪では動けないからだ。
『雪を降らすことはできないかな』
俺は、今思いついた作戦をフレデリカに伝えた。
『やったことがありませんの。どうすれば雪を降らすことができるのでしょうか?』
『吹雪をイメージしてみたらだろう』
魔法と似た原理なら、イメージするだけで雪を降らすことができるはずだ。
『リリス、彼女を表示させて欲しい。ステータスが見たい』
『あいよ』
『ステータス?それはどのような物なのでしょうか』
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名 前:フレデリカ・ライドランド
種 族:精霊
職 業:ネクロマンサー
レベル:100
経験値:--
体 力:350/1400
魔 力:300/1000
幸 運:80
知 性:A
戦 術:F
速 さ:F
防 御:F
器 用:F
スキル:怨念S・霊話A・霊媒A・念抵抗A・裁縫A・味見A・魔法A
称 号:公爵令嬢
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『これが、わたくしのステイタスですの?』
彼女はステイタスを見ることができるらしい。精霊だからだろうか。
『そうだ。君はネクロマンサーなんだな。レベルも100だぞ』
『本当ね、なんで私より知性がいいのかしら?癪に障るわね…』
称号が公爵令嬢になっているが、なんの役にたつのやら。今のところ称号が役立ったことは一度もない。
フレデリカのスキルを見る限り、相手を呪ったりすることもできそうだ。裁縫や味見は令嬢時代の名残だろう。戦術から器用までがFランクなのもそれが関係してると思う。
俺は彼女に、雪の魔法が使えるか試してもらうことにした。魔法ランクがAなので大丈夫とは思うが…。
『フレデリカ、目を閉じて雪が降っているシーンを思い浮かべてみてくれ』
『わかりましたわ』
彼女が目を閉じてから程なくして雪が降り始めた。上空に雲はあるが、雪を降らせるほどの厚みはもっていない。彼女の魔法が成功したのだ。
『いい感じだ。次に吹雪をイメージしてくれないか?』
『はい』
彼女が再び目を閉じると吹雪となった。
「おわー。前が見えねーぞ!司教様どうなってるんですか!」
急に視界を奪われたリチャードが焦ってアリアに問いかけてきた。
『フレデリカ十分だ。目を開いて魔法を解除だ』
『わかりましたわ』
吹雪が収まると馬車は路肩ぎりぎりのところを走っていた。左側は崖が迫っていたので、転落防止の駒止めはあるものの、危ないところだった。
『これは十分使えるな。リリス』
『そうね、私ほどじゃないけどね…』
確かに、体力と魔力はリリスの方が少し上回っているが、知性を入れるとフレデリカの方が優秀ではないだろうか?
そこを指摘すると本人が落ち込むので、心の中にしまっておいた。
「すまなかったね、精霊の力を試していたのだ」
「そうでしたか司教様。でも視界を悪くするのは控えてください。この先カーブも増えますし危ないです」
「気をつけるとします」
精霊の力量を確認したので、次はルートの再確認をすることにした。
この馬車にはパトリックも乗せているので、一緒に確認してもらう。
御者台に居たアリアに馬車の中へ移動してもらった。
俺は教会の追手を撒くために旧道の利用を考えていたのだ。
机に地図が広げられた。
「今私たちが走っているのはこの辺りです」
アリアに言って、指で場所を示してもらった。
先遣隊は魔術師隊とすれば、魔法を使って雪を解かすことも十分に考えられる。フレデリカが雪を積もらせても一時凌ぎにしかならない。
リリスの破壊魔法を使って現道を破壊尽くす手も考えたが、魔力の残量を考えると確実な手でもない。
このまま現道を進めば、峠を越えるまでに確実に追いつかれてしまう。
そこでだ。
ちょうどこの先で、旧道への連絡道が分岐している。
村人が乗っている馬車は現道を進ませて逃がし、教会の追手は俺たちが囮となって引き寄せるのだ。
具体的には、村人らと別かれた後、現道を破壊して追わせないようにする。
分岐から旧道連絡路へ馬車の轍をつけて、少し小細工すればこちらに来てくれるだろう。
現道を進もうにも道が無いのだから…。
「小細工というのは?」
疑問を持ったドタンがアリアに質問してきた。
「道の形状を少し変更して、連絡を現道に見せかけるのです」
「おもしろそうですな。私はそういった小細工が好きですよ」
連絡用の分岐路は、往々にして急角度で曲がっているケースが少なくない。
カーブの半径を緩やかにしてやれば、現道と勘違いして進んでくれるはず。
「ドタンさんは、奴隷を乗せている馬車をお願いします」
「任せておいてください。司教様」
「リチャード殿は、この馬車を引き続きお願いしますよ」
「もちろんですとも」
分岐点に着いた俺たちは護送隊を分け、奴隷に扮した村人たちを先に行かせることにした。
「ドタンさんちょっと耳を貸してください」
「どうしましたか?」
この先には、もうデシューツの施設はないので、適当なところで軍を装うのはやめてもらっても大丈夫と伝えておいた。
「そのタイミングはお任せしますよ」
「かしこまりました、アリア様」と小声で返してくれた。
準備が終わったのでドタンの隊が先に出発することになった。
「それではポトマック少佐、村でお待ちしております」
「任せたぞ副官!」
ドタンがリチャードに敬礼をし、彼は手を挙げ応礼していた。
彼は退役しているが、さすがは軍人同士、それはさまになっていた。
「司教様、プレイサさん、フレデリカさんもお気をつけて、ご武運を祈っておりますよ」
「村で会いましょう」
アリアがドタンに返事をすると護送隊は出発した。
俺たちも、次の準備に取り掛からないと教会の奴らに追いつかれてしまう。
馬車の姿が見えなくなったところで、現道の破壊を行うことにした。
『リリス、また破壊魔法頼む。出力は絞ってくれよ』
『わかってるわよ。それじゃいくわよ』
アリアは俺たちを手に乗せ、道がよく見えるようにしてくれた。
赤い石が輝きを増して破壊魔法を放つ。一瞬にして現道は500メートルにわたり消え去り、手前から見た場合、この先に道があったようには見えない。
次に、小細工に取り掛かる。現道から連絡路へのカーブの緩和だ。これは山の斜面をカットして対応することにした。
リリスの破壊魔法を使うと、斜面を大規模崩壊させる恐れがあったので、俺の念斬りスキルで小さな穴をあけ、リリスとフレデリカの氷魔法を使って岩をカットすることにした。
冬場、岩の亀裂に染み込んだ水が凍結し膨張すると岩が砕けることがあるが、それの応用だ。
俺のもくろみ通り岩はカットできた。これでカーブが緩和されたので、自然と旧道に流れるはず。
最後にもう仕事、カーブ手前の現道も200メートルほど破壊。これで俺たちが逃げる時間が少し稼げるはずだ。
「それじゃ出発するぞ」
リチャードの号令で、俺たちの馬車も出発することにした。
分岐点から1キロほど進んだところから、フレデリカの雪魔法を使い路面に大量の雪を積もらせていった。
幸い、彼女の魔力はリリスよりは残っているので、連続して魔法を使い続けても問題無いはずだ。
そして次の問題は、10年間放置されている旧道がどこまで使えるか…、だ。
連絡路は全長2キロ程度。そこからは旧道に合流する。
少し不思議だったのだ、旧道に入って5キロほど進んでいるが、誰かが手入れでもしているのか障害物が少ないのだ。
放置された旧道は、落石や倒木、土砂崩れなどで通行が困難になるケースが少なくない。
処々に設置されている雪崩避けのスノーシェイドも、壊れていないので明らかに管理されている。一体だれが?
それは、さらに5キロほど進んだところに突如現れた。
大規模な鉱山だ。
直前で警戒中の式神から知らせがあったので、馬車を止めて現場を俯瞰できる位置から見ることにした。
労働者は全てオークだ。恐らくだが調教師がいて操っているのだと思う。
『アキト、あそこをみてよ』
リリスによって動かされた視線の先に、魔素の石で作ったと思われる黒いモヤがあり、そこからオークが次々と出てくる。
その前には、調教師だろうか、数人の人が立っていて術をかけているようだった。
『オークをこき使って山を掘らせてるんだな』
俺の世界でも、どこかの寿司屋の地下ではカッパがこき使われているという都市伝説があるが、ここではオークが使われている。
この規模の鉱山となると、国か教会か?それとも両方?
「リチャード殿、この鉱山の話を誰かからから聞いたことはありますか?」
「いえ、軍は鉱山運営に直接は関与しませんからね。ただ、噂話でよろしければ、教会の一部勢力と結託して隠し鉱山の開発をしている話は耳にしたことがあります」
魔素の石を使っているので、教会が絡んでいるのは間違いない。
しかし、困ったことになった。旧道は鉱山の中を通ってるので、隠し鉱山だとしたら簡単に通してくれるはずがない。
後方からは追手も迫っている。どこかにう回路はないだろうか?
地図を広げて、みんなに説明するため、その動作をするようにアリアに頼んだ。
『はい』
彼女は地図を広げると現在地を指さしてくれたので、それに合わせて俺が声を出す。
「この道は鉱山を通っているので、これ以上進むことはできません。私が教会の司教だといっても怪しまれて留め置かれるでしょう。他のルートを探す必要があります」
「わたくしが生きていた頃の道は、もう少し山の上を通っていたように思いますわ」
フレデリカは地図には載っていない場所を指さした。
さらに古い時代の道があるのかもしれない。
「誰か来る」
プレイサが人の気配を察知し警告を発した。
旧々道ということは、ついに俺の出番が来るわけだな。




