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15 、デシューツ脱出作戦8 曇りのち山賊

 嵐は明け方までに収まり、どんよりとした低い筋状の雲が幾つか残っているだけで、薄日の射しているところもある。

 空の状況から天気予報を発表するとしたら、曇り、所により一時雪といったところだろう。

 暴風雪が吹き荒れることはなさそうだ。

 雪は約20センチほど積もっている。洞穴の周囲は一夜にして銀世界となってた。


 軽く朝食を済ませた俺たちは、馬車を元に戻し、幌を張りなおして出発の準備をしていた。


「司教様、精霊の件はどのように?」

「出発の準備が整いしだい、私から報告するとしましょう」

「よろしくお願いします」


 リチャードとアリアが話している精霊とは、洞穴の奥で昨夜発見したフレデリカという少女のことだ。

 同じ穴にいた人達には彼女のことは話してある。

 朝起きたら、青髪で透き通った白い肌を持つ美少女がいたら、驚かないほうがおかしな話である。


 精霊は何も食べなくて大丈夫なのかと思ったら、意外にも腹は空くらしい。500年間どうやって空腹に耐えてきたのだろう…。

 彼女は元公爵令嬢ということもあり、上品に朝食をとっていた。


『精霊の体ってどういう仕組みなんだろうな』

『食事ができるようだけど、どうやってそれを吸収するのかしらね…』


 リリスも精霊の仕組みについては分かってないようであった。

 体温は低く、脈がないので心臓は機能していない。一番近いのはゾンビだろうか。


 フレデリカが幽閉されていた部屋の壁面に描かれていた文字をリリスが解読した結果、精霊石の受給者レシピエントの魂を結合させ体内に移植すればよいことが判明した。

 これはアカーシャの者たちが、後世の子孫に託すために研究結果を記したと思われる。

 彼女の場合は雪の精霊石が使われたのだろう。


『アキトさん、出発の準備できましたよ』

『はいよー』


 今朝、同じ穴の人達にはフレデリカは魔術師ということで話してある。

 術を使って洞穴の奥に結界を張り身を隠していたが、リゲル司教が術を見破ったことにしておいた。

 彼女のことを知らない人達に対しても同様の説明をしたが、みんな疑う様子もなく彼女を受け入れてくれた。


「それでは出発する!」


 リチャードの号令と共に馬車が動き出した。

 耐雪仕様になっているので、この程度の積雪なら問題なく進める。

 今日の行程は昼過ぎまでに森を抜け、夕方までに山脈の手前に広がるカピトラ平原を進み、検問所に到着する予定だ。

 検問所の名前はカピトラ。平原の名称を使っている。

 テュアラティン中尉によると、災害で通行不能になっている以前の街道も、検問所で合流しているらしい。


 アリアは昨日同様、御者台に座っているため、俺もリリスも景色がよく見えた。

 モンテシト山脈は雲で覆われているのでよく見えないが、今、山越えすれば吹雪になっていることは容易に想像できる。

 なるべく晴れている日に山を越えたいものだ…。そんなことを考えていると、唐突にディクソン検問所近くの映像が視界に入って来た。

 リリスが飛ばしている式神の鳥が異常を察知し、映像を送って来たのだ。

 

『アキト、あいつら先遣隊よね?』

『間違いなさそうだな…。もう来やがったか』


 教会の先遣隊がディクソンに到着したようだ。

 奴らが来たということは、あと半日、遅くても明日には本体がやって来るだろう。

 司令には、俺たちは街道から外れ森を経由していると伝えるようにお願いしてる。

 成功しても、奴らの足を引っ張れるのは半日程度だろう。

 それに、昨日遭遇した魔素の石を使った奴らが1人だけのはずがない。

 俺たちの正確な位置は、既にバレている可能性も考えられる。少しでも早くカピトラに行き、できれば今日中に山脈の近くまで進みたいところだ。


 街道の雪は徐々に増えて行ったが、特に問題なく護送隊は進んでいた。

 森を抜けカピトラ平原に入る。俺は木々がまばらに生えている風景を想像していたのだが、実際は小高い岩山が多く見通しがあまりよくない。

 これのどこが平原なのだろうか。命名した奴を問い詰めたいところだ。


 事前に中尉から説明を受けたが、この辺りは山賊も出てくるので注意が必要とのこと。

 軍を相手に奇襲を仕掛けてくることはは考えにくいが油断は禁物。


 街道は岩山を避けるように曲がりくねっており、進むにつれて勾配が増してくる。

 幾つかの岩山を避けたあたりで、再び式神から映像が送られてきた。カピトラ検問所へ向かわせていた鳥からだ。

 障害物のせいか、流れてくる映像はノイズが激しい。それでも、検問所で何か問題が起こっていることだけは分かった。


「司教様、あれは煙ですかね?」


 リチャードのいう通り、正面の空にうっすらと煙のようなものが見えた。

 後ろのに黒っぽい雲があるので、判別はしにくいが間違いなく煙だろう。

 やはり何かあったのだ。


 俺は先頭をゆくテュアラティン中尉へ、馬車に同乗しているプレイサを通じて、注意するように念話で連絡した。

 同時に、アリアにもモンスター出現時に使う赤色のファイヤーボルトを放ってもらう。

 これで全ての馬車が前方に問題があることを認識するはずだ。


 映像は乱れたままだが、誰かと戦っている。


「ポトマック少佐、この辺りで戦を起すとしたら異教徒か山賊ですか?」

「中尉の話だとそうなりますな。それと司教様、何度も言ってますけど、俺のことはリチャードでいいですよ」


 彼はデシューツの軍人にしては珍しく、堅い雰囲気を嫌うタイプのようだ。

 

『リリス、もう少し近づいたら馬車を止めて、調査隊を別に組織して調べた方がよさそうだな』

『賛成よ』


 護送隊は、検問所の少し手前で停止し、調査隊を別に組織して検問所へ向かうことにした。

 テュアラティン中尉の馬車が一番怪しまれないので、そこに中尉と部下3名、アリア、プレイサ、リチャードで調べに行く。

 残りの者は念のため護送隊の警護に当たらせる。フレデリカも同様で、フェニックスも目立ち過ぎるので残してきた。


 カピトラ検問所の規模はディクソンの半分にも満たないくらいだ。それでも軍が管理する宿泊施設や酒場などもあり、商隊も利用することもできる。

 商隊の規模が大きい場合は周辺で野営をして、主のみ敷地内の宿屋に泊まることもあるらしい。


 最近はエスターシア侵攻に備えてか、倉庫が建て増しされて物資がため込まれているらしい。

 山賊がそれを狙った可能性は十分にあった。

 

 検問所の敷地からは、煙が出ている建物もあるが、門番はしっかりと立っていた。

 俺たちが馬車を止めると中尉が兵士に話しかけた。他の者たちは馬車から降りて、武器などの装備品などを身につける。


「私はディクソン検問所の警備隊長のテュアラティン中尉だ。定期巡回である」


 門番は2人いるが何か奇妙な感じがする。

 中尉と話してる兵士は、いかにも軍人らしい感じだが、後方でダラッと立っている男は軍人のようには見えない。


「ご苦労、後ろの君は見かけない顔だな。どこから来た?」

「か…、彼は最近クブトスから転属になった者です」

「ほう」


 中尉は男に疑いの眼差しを向けた。


「司教様、あれは賊かも知れませんな。ここが乗っ取られている可能性もある。周囲の奴らも動きがおかしい」

「そうですね…。私たちを無事に返す気はなさそうですね」


 俺たちの周囲を武器を持った兵士が囲みつつあった。

 この辺りを偵察していた式神から突然、鮮明な映像が入る。

 倉庫の裏に人の死体が積み上げられている。軍服を剥ぎ取り着替えている者も見受けられる。


『リチャードの言う通りだな。俺たちで対処するしかなさそうだ。俺は右側の奴らを仕留めるからリリスは左を頼む』

『うん。視界の問題があるから、アキトから先にやってちょうだい』

『うい』


 後方はリチャードに任せれば、この場だけはなんとかなりそうだ。


『アリア、リチャードとプレイサに後方の奴らを倒すように言ってくれ』

『わかりました』


 クブトスから来たとされる男は不気味な笑みを浮かべ中尉を見ている。

 突如、前にいた兵士の胸に、「ドスッ」という鈍い音と共に、血のついたナイフの先端が現れた。本人も何が起こっているのか分からない様子でナイフに視線を移していた。

 同時に「やれ!」と男が叫んだ。


 だが俺たちは寸秒早く、ナイフが現れ男が口を開いた瞬間、既に行動を開始していた。

 俺はガトリング銃をイメージして右側の男どもの足を狙い弾を連発し、続いてリリスが麻痺の魔法を使い左側の男どもを無力化。

 後方の数人はリチャードとプレイサ、中尉の部下3名が剣で男たちを倒した。

 残るは正面にいる1人のみ。


 男が叫び終わった時、周りにいた仲間は全滅していた。

 背後から刺された兵士は、アリアの治癒魔法が発動していたので、倒れていはいるが命に別状はない。

 

 中尉が男の首元に剣を突きつけ睨みを利かす。


「降参だ!」


 男は武器を捨て両手をあげた。


「賢明な選択だ。お前たちの仲間は何人いる?目的はなんだ」

「60人だ」


 男は目配せをしながら答えた。

 近くに仲間が隠れてるに違いない。どこだ?


『リリス、周辺に隠れて俺たちを狙っている奴がいるようだ』

『フェニックスちゃんを呼ぶわ』

『頼んだ。それと上空の式神に映像を送るように指示してくれ』


 リリスが作った式神で、攻撃の能力を持つのはフェニックスのみ。他の鳥タイプは偵察専門だった。


『わかった』


 男は視線をやや上に移動させた。となると…。


『リリス、フェニックスに屋根に潜んでいる奴がいれば攻撃するように伝えてくれ』


 屋根から弓などを使った攻撃が考えられる。

 どこだろうか。

 こういう時、ついついリリスと視界を取り合ってしまう。

 この石は中に2人分の魂が入っていても、目に当たる部分は1人分しかないのだ。

 心眼のようなスキルがあるなら身につける必要がある。


『リリス、声魔法を頼む。アリア、そこからは俺が直接口頭で指示する』

『いいわよ』『わかりました』


 魔法をかけてもらった俺は、アリアを通してリチャードに指示を出した。


「リチャード!まだ確認は取れてないが、俺たちは屋根から狙われている可能性がある」

「司教様、急にどうされました?話し方が…」


 焦っていたので司教の話し方を忘れていた。しかし、そんなことはどうでもいい。

 俺たちは狙われているのだから。


「それよりも屋根だ。下手すれば弓で串刺しになる!」


 このメンバーで、一番剣術が秀でてるのはプレイサだ。

 彼女の技で弓の攻撃を防ぐことは出来ないだろうか。


『プレイサ、聞こえてたとは思うが…』

『わかっている、弓はある程度防げる。ただ剣で弓をぶった切れる範囲は限られるので、誰かには命中する』 


 となれば、俺の合図でみんな一斉に動いて身を隠し、体制を立て直すしかなさそうだ。


『アリアは俺が合図したら右側の物陰に移動だ。プレイサは中尉を守ってくれ』

『わかりました』『承知した』


 こういう時、リチャードにも念話が使えれば便利なのだが…。

 俺は小声で合図したら、中尉の部下と共に近くの物陰に隠れるように彼に伝えた。

 彼らなら軍で非常用の合図を学んでる可能性がある。


『リリス、フェニックスが到着しだい攻撃を加えるように伝えるんだ』

『わかった。もうすぐ着くわ』


 直後、男が瞬きを2回した。


『今だ』

「今だ」


 その刹那に矢が風を切って馬車に向かって飛んでくる。

 プレイサは剣で矢を振り落として、自身と中尉を守ると同時に、男を浅く斬りつけ戦闘不能にした。

 俺たちを含む他のメンバーも矢を交わして各々物陰に移動、同時にフェニックスから炎が放たれ、弓を持った奴らは次の矢を放つことなく無力化された。

 

 安全を確認した俺たちは反撃に転じる。

 プレイサは剣を使い、次々と賊共を斬り倒し、テュアラティン中尉もそれに続いた。

 アリアは、リチャード達と合流し、味方の負傷者を探しながら賊を倒していった。

 俺はショットガンをイメージして離れた敵を、リリスは麻痺の範囲魔法を使い周辺にいる賊どもを次々無力化する。

 

 矢が放たれてから5分経過しないうちに、俺達は検問所の奪還に成功した。そして、47人の山賊を拘束することができた。

 検問所の多くの兵士は倉庫に閉じ込められていたが、無事に解放することができた。

 それでも3分の1の兵士は命を落としており、助かった者の半数も負傷しているため、この地で警備を続行することは困難となっていた。

 ちなみに検問所の責任者は真っ先に処刑されている。


 その後、待機していた護送隊も合流し、奴隷に扮した村人も負傷した兵士や賊の手当てを行ったり、破壊された施設の仮復旧も行われた。

 全てが落ち着いたのは日が落ちてからだ。


「皆、ご苦労であった。多くの同志を失ってしまったが、山賊の多くを捕らえることができた。こいつらはテュアラティン中尉が明日、ディクソンへ護送する」


 負傷した兵士も多いため、この検問所は一旦放棄することになった。近くに賊の仲間がいる可能性が高いため、少数の兵士を残しても再び襲われる可能性があるからだ。


 その夜、山賊の尋問を行ったが、ここを狙った原因は侵攻作戦を控えて、周辺の村などから無理に物資の調達を行ったためだ。

 不満を持つ者たちが結集し賊となり、検問所の倉庫を襲ったらしい。自分たちの物を取り返すために。


 デシューツの国民が酷い状況に置かれていることが改めて実感できた。

 捕らえた賊たちは倉庫で拘留。動ける兵士が交代で監視することになった。

 護送隊に扮している村人も数名が監視役に回されている。それくらい動ける無傷の兵士が少ない。


 その日の夜、俺たちは指揮所で一夜を明かすことになった。


「少佐殿、この先の警護は本当に不要なのですか?」

「俺たちは大丈夫だ。頼りになる司教様や護衛もいる。お前たちの方が、ディクソンへの向かう途中で、賊に襲われる危険性があるから注意するんだぞ」

「気をつけます。しかし、賊の半数が周辺の村人というのも驚きですね」

「個人的には解放してやりたいところだが、国の施設を襲った者を罰しないわけにはいかないからな。兵士にも多くの死傷者が出ているしな…」


 山賊の中に多くの村人が含まれていたことに2人は驚いていた。このような事態を招いているのは国と教会ということも理解しているので、彼らは心を痛めたのだ。


『さっさとカトマイ倒して教会をぶっ壊さないと、賊が増える一方ね』

『わたくしが生きていた時代も苦しんでる民は多く居ました。それは今も変わってないのですね…』


 フレデリカが生きていた500年前と状況が変わってないことに俺も驚いた。

 民というのは常に厳しい環境に置かれているようだ。


『俺たちが頑張って奴らを倒すさ!いい加減、元の世界に帰りたいしな。牛丼が恋しいなあ』

『牛丼?何それ、美味しいの?ワインとの相性は?』

『わたくしも初めて耳にする食べ物ですわ。それはどのような牛料理なのでしょう?』


 この2人はワインと食べ物にしか興味がないのだろうか…。

 こうして、この世界に来て5日目の夜は更けていった。

 


  ◇ ◇ ◇



 その頃、ディクソンの森の中ほどでは…。


「司教様!魔術師の女と村人はカピトラ検問所に到着したようです」

「ご苦労。このペースなら明日には追いつけそうですね。このまま進むとしましょう。逃がしませんよ」


 新たな司教が俺たちを追っているようだ。


もう少しで国境だ!

なんとか逃げ切れますように…。

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