13 、デシューツ脱出作戦6 嵐の夜
俺たちが護送隊に合流したころから、カラスの助言通り雪の降り方が強くなってきた。
風は南寄りで湿っぽく、雲の流れはとても早い。北からは、寒冷前線と思われる真っ黒な雲の塊が稲妻と雷鳴を伴い、こちらへ動いている。
カラスの夫婦を助けたことや嵐に関する助言、教会の妨害についてはアリアに話してある。
「ご無事でしたか司教様!」
帰りを待っていたリチャードとテュアラティン中尉が心配そうな顔をして近づいてきた。
「迷惑をかけましたね。おかげで探し物は見つかりましたし、神からの信託も授かりました」
「おお!それで、どのような?」
「ここにいては危険です」
リチャードたちは、思わず眉をしかめた。
アリアは、俺から聞いたカラスの助言を彼らに伝え、ここが危険であることを話した。
「それはいけませんな、直ちに移動しましょう」
幸い彼らも到着したばかりで、野営の準備などは始めていなかった。もし野営ができ上っていたら嵐に巻き込まれていただろう。
リチャードが号令を出すと、隊列は街道を離れて森の中を右方向へ進んだ。
この辺りは、木々が密集していないため馬車も容易に通ることができる。
やや進むと、岩山のシルエットが見えてきた。
カラスの情報が正しければ洞穴が幾つかあるはずだ。
「司教様、あの岩山で間違いありませんかな?」
「ええ、方向的にもあっております」
それを聞いたリチャードは安堵の表情を浮かべた。
『本格的な嵐になる前に着きそうだな』
『そうね。私の素晴らしさを理解しているカラスが嘘をつくはずないじゃない』
『はいはい』
あれは、あのカラスの口説き文句だろう。
振り返ると、真っ黒な雲がゆっくりと確実に近づいてきている。
念のため、竜巻の漏斗雲ができていないか見てみたが、視認できなかったので問題なさそうだ。
竜巻は本当に危険なので、大型の積乱雲がある場合は注意を払わなければならない。
岩山に着いた俺たちは、複数の洞穴に分散して入り、嵐をやり過ごすことにした。
穴は、まるで遺跡のように点在しており、大きさもまちまち。
その中で、人が十分に入れる大きさの洞穴を利用することにした。
馬車の幌を取り外してから車体を倒し、穴の入口を塞ぐ。こうすれば中に風雪が入りにくい。
それでも、隙間ができてしまうので、外した幌をうまく使い外気の侵入を塞いだ。
ひとつの洞穴に馬車3台分の人と馬が収容できるので、残った幌は地面を敷いて中が冷えないようにした。
連れて入った馬は、雷鳴が気になるのか落ち着かない様子で、馬番が撫でで暴れないように気を落ち着かせている。
「これでひと安心ですな。本格的な嵐になると外に出れなくなりますので、私とドタンで他の穴を見てきます」
「私も行きますよ、少佐殿」
と、言ってテュアラティン中尉も様子を見に行くことになった。
「よろしくお願いします」
アリアが返事をすると3人は洞穴から出て行った。
外の様子はフェニックスを通じで映像が伝わってくるが、目前まで雲が迫っていた。
雲の下には白い壁ができていたが、これが通過するときホワイトアウト状態になるのは間違いない。
さすがに、馬車が吹き飛ばされるような大風は吹かないと思うが、そればかりは祈るしかなさそうだ。
『そろそろフェニックスちゃんを呼び戻すわ。吹き飛ばされそうだもの』
『そうだよな、揺れが酷いからな』
伝わってくる画像が上下左右とでたらめに揺れ動くので酔いそうだ。
それだけ強い風が吹いているということになる。
わずかの間をおいて3人と一緒にフェニックスが帰って来た。
「司教様、外は何も見えない状態ですよ」
「これ以降は外にでるのは危険なので外出禁止としましょう」
「ご苦労様です」
リチャードの報告によると、全員問題なく収容できており、各洞穴にテュアラティン中尉の部下が1名づつ配置されているので、逃げ出す心配もないとのことだった。
この嵐の中を逃げる者はいないだろうし、そもそも護送隊自体がニセものなので逃走はありえない。
むしろ、バレないかどうかが心配である。
幸い、多くの兵士は昨夜ディクソンで酒を酌み交わしているので仲だ。問題が起こる可能性も低いはず。
外の嵐は酷くなるばかりで、時おりビューっという風と共に雪が吹き込んでくる。
俺たちが居る穴は、馬車に積んでいた火鉢以外に式神のフェニックスがメラメラと炎を出してくれるので比較的暖かい。
その熱源を利用して夕食が作られている。
『ワイン!ワイン!』
『ワイン浸しは1回だけだぞ。また魔力の大半をストレス発散に使われたら堪ったもんじゃないからな』
『大丈夫だって、私を誰だと思ってるの?』
カラスよりおバカな悪魔と言ってやりたかったが堪えることにした。
そんなことを思っていると、何かを煮込んだ美味しそうな匂いが流れてきた。
夕食は、ディクソンで司令が羊肉を持たせてくれたので、それとジャガイモを煮込んだスープとライ麦のパンだ。
私だけ食べるのは申しわけない…、と言って、アリアがワイン浸しのあとにスープ浸しもしてくれた。
石が吸収したものを俺たちが味わうには、食べているところや飲んでいるところをイメージするだけらしい。リリスがやっと楽しみ方を教えてくれたのだ。
確かに美味しい。そりゃ俺の世界の食べ物と比べればレベルは落ちるが、それでも場の雰囲気も関係してるのか旨く感じる。
実際に食べているわけでもないのに不思議である。
もう一つ不思議と言えば、スープを飲むと体力が回復している気がするのだ。
この石の特徴をもっと把握すれば、もう少しい楽しい日常を満喫できるのではないだろうか。
『このスープ旨いじゃん、肉の香りがたまらんわー。アリアちゃん、ワインおかわり』
リリスの要求に困った様子のアリアが俺に視線を送って来た(ような気がする)
『アリアちゃん、もう一杯だけ入れてあげて…』
『わかりました』
こういう環境下では、食事は大切な息抜きの場となる。移動中は寡黙だった村人も少しワインが入っているせいか陽気に話し合っている。
さすがに狭いので踊りだす者はいなかったが、表情はみな和んでいた。
『みんなの楽しい表情を見るのも私は好きなのよね、癒されるわーー』
『お前は本当に変な悪魔だな』
『だって楽しいでしょ?私は辛気臭いのが大嫌いなのよ』
過去に何かあったのかも知れないが、あえて聞かないことにした。今は…。
食事を終え一服すると、疲れのせいか多くの者が寝息を立てはじめた。
外は相変わらずの猛吹雪で、隙間を塞いでいるつもりでもどこからか雪が入って来る。
リリスが天候が比較的穏やかな場所にいる式神の映像を見ると、時間は夜半を過ぎたあたりだ。
「明日、嵐が収まったら予定通り前進するとしましょう」
「そうだな。よろしくお願いするよ中尉」
リチャードとテュアラティンは、ルートの確認を終えると眠りについた。
「冷えてきてますので、司教様も毛布を被るなどしてお休みください」
「そうするとしましょう」
外の温度がどれくらいか分からないが、火鉢やフェニックスを使っていても穴の中の温度が下がってきていることがわかる。
吐く息が白さを増しているからだ。
ほろ酔い気分のリリスが、式神に指示をして炎の大きさを調整させていた。
体調を崩す者がでなければよいのだが…。
それからどれくらいだろうか、どこからか女性のすすり泣く声が聞こえてきた。
『リリス、聞こえるか?誰かの泣き声が聞こえるのだが…』
『……ん?確かに聞こえるわね…。誰かしら?』
『私もさっきから気になっていたのですよ』
アリアによると、しばらく前から聞こえていたらしい。
薄暗い穴を見ていても、それらしい女性の姿は見えない。
聞こえてくるのは寝息やゴォォォーっという嵐の音くらいだ。
『この声なのですが…、奥から聞こえてきませんか?』
アリアが指したのは穴の奥で、そこにはいくばくかの隙間があった。
俺は彼女にお願いして、手で動かせる石をどけてもらうと、隙間から風が吹きはじめた。
どうやら奥に空間があるようだ。風の音に交じって女性のすすり泣く声も聞こえてくる。
『アキトー、これって幽霊じゃないの?わたし、すごく苦手なんですけど…』
リリスは悪魔のくせに霊が苦手なようだ…。
隙間からファイヤーボルトを放って、奥の様子を窺ってみると古代魔法の文字が一瞬だけ見えた。
単なる岩肌なら、隙間を埋めて声が聞こえないようにしようと思ったのだが、あの文字が描かれているなら話は変わってくる。
リチャードとプレイサをお越し、他の人を起こさないようにそっと隙間を広げ、奥に入ることにした。
「なんですかその穴は?」
異変を察知したのか、テュアラティン中尉が目を覚ました。事情を話した結果、彼も同行することになった。
現役の軍人だけあって、異変を感じる能力が高いようだ。
副官のドタンも俺たちの動きに気づいていたようだが、彼は穴の入口付近にいて、寝ている人たちを避けてこちらに来るのは困難であったため、軍用のジェスチャーで「お気をつけてと」と言っていた。
穴の奥は意外と広く、人工的に掘られたものだった。壁にはところどころに古代魔法の文字が書かれている。
『なんて書いてあるんだ?』
『う~ん、リゲル司教が研究していた呪文とは違って、なんていうかな…、何かを祀っている聖なる場所かな』
古い時代、この辺りに住んでいた人が信仰していた神様を祀っていた祠なのかもしれない。
洞窟信仰というものもあるくらいなので、この世界にそれがあっても不思議ではない。
少し気になるのが古代の人たちは、わりと残酷なところだ。人を生贄にしたり、実験したり、分解したり、直視できないものが少なくない。
以前、スキルを使って過去の記憶映像を見た時は、画面全てをモザイク処理しないといけないほどグロテスクなシーンもあった。
俺の世界でも、似たようなことしている文明はあったので、これは人類の発展と切り離せないことなのかもしれない。
ここでも神に生贄を捧げている可能性が十分にある。だとすれば声の主はその霊?
警戒しつつ奥へ進むと祭壇のような物があった。
『わかったーーー!』
『うおっ!急に脅かすなリリス』「きゃっ!」
唐突にリリスが大声をあげたので驚いてしまった。
アリアも珍しく驚いたのだが、それはリゲル司教が発するような声とは思えないものだった。バレなきゃいいが…。
「どうされましたか司教様、女性のような驚き方をして…」
「すまない、急に何かが見えたので驚いたのだ」
アリアは祭壇に視線を移したが、何もないし誰もいない。
彼女を驚かせた原因はリリスなのだから…。
『急に驚かさないでくださいよ、リリスさん!』
『これくらいで驚かないでよねー。ぷんぷん』
絶対に非を認めない悪魔であった。
『で、何がわかったんだ?』
『ここよ、ここが何かってこと』
リリスは司教の記憶にある研究資料から文字を探して、部屋の壁に何が書かれているのが調べ続けていたようだ。
『ここはね、雪の精霊を祀っていたそうよ。泣いているのは幽霊じゃない…はず』
『そりゃよかったじゃないか。この泣いている声の主は精霊ってことか?生贄にされた子かもしれないぞ』
『えっ、それは勘弁してほしいわね…』
リリスの声が急に小さくなってしまった。過去に幽霊にでも憑りつかれたのだろうか。
『あの柱の裏ですね』
リリスとは対照的に、冷静に声の位置を探していたアリアが、祭壇の右奥にある柱を指さした。
「司教様、あの柱に誰かいるのでしょうか?」
「そうですね」
俺たちが柱に移動し裏側を覗くと、1人の少女がしゃがんだ状態で手で顔を覆い泣いていた。
「顔がなくなったの」というヲチじゃないことを祈るばかりだ。
この世界にも幽霊はいるんだな~。




