12 、デシューツ脱出作戦5 教会の罠
次の検問所までは1日半を見込んでいる。通常は2日半かかるが、全員が馬車に乗っているので大幅な時間短縮ができたのだ。
これなら、教会の追手がすぐに追いつくこともないはず。
先導はディクソン検問所の警備隊長、テュアラティン中尉ら10名が務めてくれているので、俺達は後ろをついていくだけだ。
周辺の警戒はリリスが作った式神のフェニックスが上空から目を光らせる。
『アキト~』
ほろ酔い気分継続中のリリスが、間の抜けた声で俺に話しかけてきた。
『何かあったのか?』
今朝も少量だが、石のワイン浸けをやってきたのでリリスのテンションは高い。
調子に乗っておかわりを要求してきたが、昨夜のように泥酔されると困るので、アリアに言って止めさせた。
それくらい、あのワインは美味しいのだろう。
『今日のお昼ごろには、デスパイズ村にいる式神と連絡が取れなくなるからさ、ディクソン郊外に移動させるわ』
『それって、指示が届く限界の距離まで来たということ?』
『うん』
彼女の式神はどこでも飛ばすことができるわけではなく、運用範囲に限界があるのだ。
地形にもよるが、遮蔽物の無い平地では200キロ程度。
山間部に入るとその範囲は更に限られてしまう。おそらく、電波と似た仕組みなのだろう。
出発してから約2時間、検問所の名の由来にもなったディクソンの森が見えてきた。
植生は針葉樹林である。
俺の世界で例えるなら、ユーラシア大陸北部のタイガと呼ばれる針葉樹林帯に近い。
森の後方でかすかに見える山がモンテシト山脈、現在の国境となっている場所だ。少し右にある鞍部となっているところに現道のモンベール峠がある。
氷河がありそうな感じの山なのだが、この時代の技術で本当に山を越えているのか不安になるほどの雄大な山脈だ。
今日は朝から雲が多く、森に入るころから雪がちらつき始めた。
「冷えますね」
アリアが手をさすりながらポツリと呟いた。
「そうですな。手がかじかみそうです。寒いようでしたら司教様は中に入っていてください」
「お心遣いありがとうございます」
御者台で手綱を握るリチャードも同じことを思っていたらしい。
俺たちがディクソンまで乗って来た教会の馬車は、耐雪仕様ではなかったので、司令用の少し豪華な幌馬車に交換してもらっている。
これは御者台の横に風よけの幕がついているので、気持程度だが寒さを凌げるようになっていた。
幌の中は小さな火鉢があり、暖をとれるよう工夫されている。
『アリアちゃん、寒い思いさせてごめんね』
『慣れているので大丈夫です。危険を察知するためにもお二方はここで見て頂く必要がありますからね』
本当は御者台に石を固定してもらうだけでも十分なのだが、賢者の石の欠片と蛇神が使っていた琥珀を吸収しているので、美しさが半端ないのだ。
カラスがいたら持っていかれる心配もあるので、こうしてアリアが肌身離さず持ってくれている。
そのおかげで、彼女の体温が石に伝ってきて、俺たちも暖かくて助かっているわけなのだ。
この石は、熱さや寒さも俺たちに感じさせてくれる無駄な機能を持っているので、御者台に固定されたらとても寒いに違いない。
『アキト!』
『ああ』
ここで唐突に映像が入って来た。フェニックスからのものだ。
しばらく行った先で、商隊がモンスターに襲われている。
『アリア、赤色のファイヤーボルトで合図、少し間をおいてから紫だ』
『わかりました』
馬車が増えて隊列が長くなっているため、色をつけたファイヤーボルトで危険を知らせる仕組みを導入したのだ。
色付きの信号弾みたいなものでカラーは4種あり、赤はモンスター出現、黄色は馬車の速度減速、青色は通常の速度に戻すときに使う。
そして停止は紫色だ。
商隊も、護衛の傭兵を雇っているので簡単に負けることはないが、モンスターの数が多いので苦戦気味に見える。
フェニックスも火を噴いてモンスターを退治していた。
『よし、紫!』
ちなみに先頭の馬車には連絡要員としてプレイサが乗っているので、この状況は念話経由で連絡済みだ。
程なくして全ての馬車が停止すると、戦える者は武器を手に取りモンスターに斬りかかった。
テュアラティン中尉の馬車には、戦闘経験豊富な兵士が乗っており、既に戦っている傭兵と連携してモンスターを押し返そうと奮闘している。
俺たちはアリアと一緒に商隊側へ移動して、ケガ人の治療にあたることにした。
俺自身は治癒の能力を全く持っていなかったので、スティールを使って魔石を回収し、石に吸収させることにした。
これならリリスが治療で使った魔力も補充できるはずだ。
『黒松明人はレベルが上がりました』
『スティールのレベルが上がりました』
こんな時にレベル上昇か。
「すぐに治療しますからね」
「すまんな、急にモンスター共が現れたんだ。驚いたぜ」
商人曰く、ここは比較的モンスターの少ない地域なので、大量に遭遇したのは初めてらしい。
『フェニックスちゃんに調べさせたんだけど、近くに魔素だまりがあるわね。それが原因でモンスターが多いのよ』
『それってモンスターの湧きスポットってこと?』
『うん』
ケガ人の治療を終えた俺たちは、リチャード、プレイサとドタンを連れて街道から森へ入った。
魔素だまりを破壊するためだ。
近づくにつれて、モンスターの数が増えたが、3人が剣で葬ってくれるので俺の出番はなかった。
やや進むと、正面に黒いモヤの塊が見えてきた。
そこから絶え間なくモンスターが出現している。
「司教様、なんですかアレは?」
「魔素だまりといって、ご覧の通りモンスターが生まれる場所ですね」
リチャードは、それを見るのが初めてだったようでアリアに尋ねたのだ。
いろんな場所を訪れている彼も知らないくらい、珍しいものということになる。
『どうやって破壊するんだ?』
『私の高出力魔法で吹き飛ばすしかないわね。アリア、みんなに下がってもらうように言って。私たちの石を地面に置いてあなたも下がってちょうだい』
『大丈夫なのです?』
『あなたも吹き飛ぶわよ?終わったらちゃんと拾ってね』
アリアは俺たちを地面に置いたのち退避した。
地面に転がるのはいつ以来だろうか?と考えてみたが、たった3日前だった……。
石に入ってると時間の流れが緩やかに感じるようだ。
『アキト、いくわよ。私の特大破壊魔法見てなさい。そして脳裏に焼きつけなさい』
『はいはい』
どうせまた、大げさに言ってるだけだろうと思ったら、それは間違いだった。
その破壊力は凄まじく、周辺の木々は炭となり、まるで隕石でも落ちたように地面に穴があいだ。
当然、俺たちも爆風に巻き込まれ吹き飛んだ。ふと空を見るとキノコ雲までできている。
吹き飛んでる最中、爆心地に視線を戻すと、光り輝く何かがあったのでスティールで引き寄せてみた。
それはアメジストのような石で呪文が彫り込まれている。
『これ教会の仕業ね、魔素の石といったところかしら?私たちを追っている奴らの仕業よ』
『俺たちの移動速度を落とすためにやってるんだな』
この辺りに教会の追手が居るとは思えないので、石の輸送手段が気になった。
俺たちは最高点まで飛んだあと、落下し始めた。
フェニックスにキャッチしてもらうべくリリスが指示をしたのだが、直前に飛んできた何者かによって俺たちは奪われてしまった。
視線を動かしてみると黒い羽が見えたので鳥のようだ。
『おいリリス、これはどうみてもフェニックスじゃないよな』
『そうね、この黒い羽ってカラスよね……』
光り輝く美しい俺たちをカラスは見逃さなかった。
フェニックスが追っているが、カラスの方が少し早いようで離れていく一方だ。
『俺たちどうなるんだ?』
『食べるつもりは無いようね』
『なるようになれーか。それよりアリアに連絡して馬車を先に進めさせよう』
教会の連中がどうやって森に罠をしかけたか分からないけど、奴らが俺たちを妨害できる場所まで来ていることは間違いない。
『そんなことしたら、私たちまた路傍の石に逆戻りじゃない!ワイン吸えないじゃない!!』
『式神を駆使したらなんとかなるだろう。魔力もあるんだしさ』
『それが……』
リリスの知性ランクFは伊達ではなかった。アホなのだ。
ほろ酔いで上機嫌だった彼女は、普段のストレス発散の意味も含めて派手に爆発魔法を使い、半分まで回復した魔法の大半を消費していた。
地面にはクレーターができて、中心部は湯気を放つ水が満ちている。温泉だろうか?
『お前はワイン禁止だ。絶対に飲むな!飲酒状態で魔法を使うな!!』
『私の魔力なんだから、自由に使っていいじゃない』
『お前、俺の魔力もこっそり使っただろう。念話が使えないのだが…』
『テヘ』
実体であれば殴ってやりたいところが、できないので我慢するしかない。
アリアへはリリスが連絡を入れたのだが、本人は馬車で移動することを拒むので、結局予備の馬を使ってプレイサと一緒に俺たちを探すことになった。
やがて、カラスは巣と思われるところに降りった。そこには4羽のヒナがいて俺たちをつついて遊び始めた。
この世界のカラスは冬にヒナを育てるようだ。
こんな厳しい時期に子育てするとは、なんてサディスティックな鳥なんだろうか…。
『ヒナのおもちゃとして俺たちを連れてきたんだな』
『カラスのヒナって可愛いわね』
真っ黒でモフモフ、かつ、つぶらな瞳がなんとも愛くるしい。癒される。
『フェニックスに命令して、カラスを焼き鳥にしてもらおうと思ってたけど、これは無理だわ。ヒナが親無しになっちゃう』
『どうしたものかな。お前さ、カラスと会話できないのか?』
『なるほど!そんなの考えたことないけど試してみる価値はあるわね』
特殊な魔法を使っているのか、俺には彼女とカラスの会話は伝わってこなかったが、何かしらの話はしているようだ。
しかし、モンスターとは会話できなかったが、動物が相手の場合は通じるのか聞いてみた。
『ああ、それは相手が魂をもってるからよ。モンスターは魔石しか持ってないの』
魔石と魂では大きな差があるようだ。
カラスとの会話はしばらく続いた。
「カァカッカーカー」
「ガーガーカッカー」
カラスは様々鳴き方を俺の前でしてくれたが、意味はさっぱりわからない。
『理由が判明したわ。このカラスは父親なんだけど、ワイフが行方不明になったって言ってる』
カラスはヒナが巣立つまでは夫婦でエサを運ぶらしいが、肝心の嫁が昨日から行方不明になり、ヒナが寂しがるので気休めに俺たちを持ってきたらしい。
一緒にワイフを探してほしいと訴えてるようだ。
『教会の奴らが、あの場所に魔素の石を置いた方法も気になるし、ついでだから探してみようか?』
『絶対探すわよ!このカラスいい子よ、私の作ったフェニックスを(なかなかイカス鳥じゃないか、君が作ったのかい?凄いじゃないかー)って褒めてくるのよ』
『お前、カラスに口説かれてないか?』
カラスは俺たちを再びくちばしにくわえ、嫁が行方不明になった場所に連れて行ってくれた。
そこは魔素だまりから20分ほど離れた場所で、人が居た形跡が残っている。
『そこに降ろすように伝えてくれ』
『わかった』
地面に置かれた俺は、探索スキルを使って足跡をたどることにした。
見えてきたのは、黒っぽいローブに身を包んだ男で、さきほど回収した魔素の石に術を施している。
教会関係者で間違いないだろう。そしてカラスにそれを持たせている。
『これって、石を運ばせたのは教会の奴らで、嫁が術で操られている感じだよな?』
『そのようね』
リリスがカラスに伝えると「カッカッカッ―」と大きな声で叫び始めた。
『俺のワイフを返せって叫んでるわ。この子の嫁はどこに行ったか見えるかしら?』
男が移動した先を追ってみると、岩の窪みを利用した場所で暖を取りながら、次の石を作っているようだ。
リリスがそのイメージをカラスに伝えると、俺たちは再びくわえられ空を移動した。
少し飛んだ場所に小高い岩山見えて来た、おそらくそこに男がいるのだろう。
『リリス、いきなり男の前に降りるとバレるので、少し離れたところから歩いて移動するように伝えて』
『うん』
しかし、リリスが伝える前にカラスは手前で降りて、ゆっくりと男の元へ歩き始めた。
カラスは頭がいいと聞くが本当のようだ。さらに俺たちをくちばしの奥へ移動させ、男から見えない位置に隠してくれた。
『リリスより賢いかもな』
『えっ、何が?』
教会の関係者と思われる男は、単なるカラスだと思い、俺たちには目もくれず作業を進めていた。
男の後方には嫁と思われるカラスがいる。
「カーカー」
『あれが俺のワイフだって言ってるわよ』
嫁の目を見ると真っ赤に輝いている。
旦那が近くに居るのに反応すらしないので、操られていることは間違いなさそうだ。
『嫁を元に戻す方法はないか?』
『そうね、術を上書きしてみようかしら』
『できるのか?』
『司教の研究していた古代魔術にその記述があるのよ。男だって、それを応用して術を使ってるかもしれない。魔力に関しては私の方が上と思うからいけるはずよ』
古代のスペルは読めないと言っていた気がするが、何か方法でもみつけたのだろう。
リリスが指示したのかは分からないが、カラスは嫁の近くに移動を始めた。
俺たちをくわえたまま「カァカァカァ」と器用に鳴くが、嫁は反応しない。
男は作業を邪魔されたのが気にくわなかったのか「あっちへ行け」と言って石を投げてきた。
『アキト、聞いてちょうだい。今から二つの魔法を同時に使うわ』
男に対してはエナジードレインで精気を吸い取り気絶させ、同時に古代魔法を使って嫁を元に戻すらしい。
俺は、男が気絶している間に探索スキルで素性を調べた上で、記憶の改変を行うことになった。
『それじゃ始めるわね』
『よろしく』「カーカー」
三者三様、返事をしたあとエナジードレインが行われた。
石に術を施していた男も、さすがに身の異変に気づき抵抗魔法を発動しようとしたが寸秒ほど遅かった。彼は気絶した。
スキルを発動した俺に見えてきたのは教会のシーンだった。
場所はどこだか分からないが、薄暗い部屋で魔素の石を10個受け取っている。
同時に魔術師の女と村人を捕まえろと指示されている。魔術師とはアリアのことだろう。
魔力が心許ないので、新しい記憶を植えてスキルを解除した。
お仕置きの意味も兼ねて、魔術師とまったく違う記憶を植えつける。それは先ほどできた温泉に保養施設をつくる天命を女神から受けたことにしておいた。
次にこの地を訪れることがあれば、街道沿いに新しい施設ができて賑わっていることだろう。
一方、カラスの嫁のほうも古代魔法に成功したようで元に戻っていた。そして、夫婦仲良くつつき合いをしている。
「カッカッカー」
「アーアー」
『助けてくれてありがとうって言ってるわ』
『元気でなー』
「カーカー」
『一つ助言があると言ってるわ』
それは、これから天候が崩れて冬の嵐がやってくるというものだった。
俺の世界でいうところの寒冷前線通過後、冬将軍がやってくるぞーという感じだろう。
気をつけなければいけないのが、護送隊が今夜野営をするであろう場所は嵐になると特に風のきつい場所らしく、倒木でダメージを負う可能性があるらしい。
その場所から右方向へしばらく進むと岩山があり、幾つかの洞穴があるのでそこを使えと教えてくれた。
「カーカー」
『困った時は呼んでくれたら助けに行くだってさ』
なんとも頼もしいカラスだ。
『ほんと男前よねこのカラス。私のフェニックスを褒めてくれた唯一の人。惚れそうだわ』
『諦めろ、相手は妻子持ちだぞ。それと人じゃねーから』
『……そうね』
カラスと別れた俺たちは、フェニックスにくわえられてアリアの元に運ばれた。
『まさかカラスを使って石を運ばせていたとわな。古代魔法を研究してる奴らならリリスと同じ式神を使ってるのかと思ってた』
『まだ研究がすすんでないってことでしょ』
『それにしても、よく古代魔法使えたよな。文字が読めないって言ってただろ?』
『勉強したら少し読めるようになったのよ。天才でしょわたし?』
天才なら魔力の使い方はもっど上手なはすだろうに。
アホなのか賢いのかよくわからないが、気さくで陽気な悪魔には違いない。
ちなみに男が持っていた石は全て回収して、消費した魔力の回復にまわした。
リリスに関しては全く足りていないといった感じだ。
その日の夕方、俺たちは無事に護送隊に合流することができた。
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名 前:黒松明人
種 族:石
職 業:廃道探索家
レベル:7
経験値:966
体 力:80/80
魔 力:12/62
幸 運:100
知 性:F
戦 術:E
速 さ:F
防 御:S
器 用:F
スキル:念斬りE・スティールE・探索A・吸収C・イメージE
称 号:放火魔
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