11 、デシューツ脱出作戦4 ディクソン検問所
デスパイズに教会の先遣隊が来たようだが、これは織り込み済みだった。
残った村人に(リゲル司教は異教徒を討つため、村から1日の距離にある森へ向かった)と伝えるように言ってある。
ただ、先遣隊は予想より早く到着しているので、こちらのスケジュールも前倒しした方がよさそうだ。
◇ ◇ ◇
翌朝、軽い朝食を済ませてから野営の撤収を始めた。
朝食は現地調達した蛇モンスターだ。森で、こんがりと焼けたものを4人で拾って持ち帰った。
たまたま、うなぎのタレに似たようなソースがあったので、つけて焼けば意外と美味しかったのだ。
最初はみんな食べるのを拒絶していただが、香ばしい匂いが漂い始めると空腹に負けた者から口にし始めた。
こういった日数のかかる移動では、モンスターを食材にするのも悪くない。
この日は、夕方までに最初の検問所に到着する必要がある。
追手のことを考えると時間は少しでも惜しい。
ところが、指揮官のリチャード・ポトマックはお人よしだった。記憶操作する以前の彼は、もう少し尖っていた気がするが、現在は丸くなってしまっている。
そのためか、道すがらぬかるみにはまって動けない馬車を助けたり、野盗に襲われている旅人を救ったりしているうちに夕方になってしまった。
本来なら目的地に到着しているはずだったのに、たどり着いたのは夜の8時過ぎになってしまった。
検問所は小規模なものだと思っていたのだが、どうみても村の規模を有している。
門では、通行税をしっかりと徴収していた。俺たちは公用で来ているので対象外だ。
「私は護送隊の指揮官リチャード・ポトマック少佐だ」
「護送任務お疲れ様です。ディクソン検問所警備隊長のポール・テュアラティン中尉です」
単なる検問所だから名前なんてないと思っていたら、ディクソンという立派な呼び名がついていた。
この辺りの地名からとったのだろう。
「我々は、公爵への贈答品である奴隷を運んでいる」
リチャードは通行証を提示していた。
「確認しました。この時間から先に進むのは危険です。日が昇るまで待機願います」
「司教様、よろしいですかな?」
「従いましょう」
可能であればもう少し先まで進みたかったが、検問所で待機の指示が出て場合は従う必要がある。
「テュアラティン中尉、奴隷を泊める場所はあるのかね?」
「ございます」
中尉は俺たちの隊列を見て何かに気づいたようだ。
疑問を持った表情のままリチャードに話しかけた。
「少佐殿、見たところ兵士の数が少ないようですが、道中で何かございましたか?」
やはり兵の少ないところを突いてきた。バレる心配は無いと思うが、少し不安だ。
かと言って、本物の兵士を入れるというハイリスクなことは避けたい。
「失礼します、副官のドタン・バニアス中尉です」
同乗していた副官(村人で元下士官)が身を乗り出してきた。
「我が隊は特殊な訓練を受けておりますので、少数先鋭で護送任務に就いております。奴隷もご覧の通り従順なのでご安心ください」
「承知しました。では、この馬車にお乗りの方は指揮所へ行き、司令官にお会いください」
「了解した」
護送隊は二手に分かれることになった。
俺たちは指示された通り指揮所へ向い、奴隷に扮する村人は収容施設へ移動となった。
ディクソン検問所の中は住民がいて、宿屋、雑貨屋といった店や酒場まである。
指揮所は広大な敷地内の中央部にあった。2階建ての辺境にしては豪華な施設だ。
『これだけ設備が揃ってたら村と変わらないな。デスパイズよりしっかりしてるんじゃないか?』
『そうね、私の大嫌いな教会だってあるわよ』
アリアや聖職者に扮している村人も、教会へ挨拶に行く必要があるのかもしれない。
◇ ◇ ◇
俺たちは指揮所に入ると、最奥にある応接室へ通された。
わずかの間をおいて、司令官と思われる初老の男性と司祭が入って来た。
「楽にしてくれ、護送任務ご苦労である」
「私は護送隊の指揮官リチャード・ポトマック少佐です」
「私はディクソン検問所の司令官をしておるアイディン・クランフォード中佐だ。こちらはアーウィンデール司祭」
「よろしく少佐」
2人は握手を交わす。
続いて副官のバニアス、アリア、プレイサ、助司祭のジェイホークの順に挨拶し、それぞれ握手を交わした。
「指令書は確認なさいますか?」
「いや、結構だ。司教様までいらっしゃるのに、そこまで確認する必要はない。ところで食事は?」
「はい、まだとっておりません」
クランフォード指令も打ち合わせが忙しく、夕食をとっていなかったので一緒に食べることになった。
辺境の検問所なので質素なものになると思われたが、振舞われたのは豪華な肉料理だった。
この世界でも食事の前にはお祈りをするようだ。今まで何度か食事をしたが、食事前のお祈りなんて誰もしていなかった。
『このお祈り苦手なのよね~』
『悪魔だからダメージでも受けるってことか?』
『違うわよ、辛気臭いから嫌いなだけ。それに普段は誰もお祈りなんてしてないでしょ?』
『俺もそこが気になってたんだけど、なんで今は祈ってるんだ?』
『それは司祭様が祈りを始めたからです』
アリアが事情を話してくれた。
『本当は食事前にお祈りをしないといけないのですが、今の教会は締め付けが厳しいので、彼らの教えを拒否している人が多いのです』
表立って批判すると連行されるので、聖職者がいないところでは教会の教えは守られていないそうだ。
ここ何度かの食事で、祈りをしなかったのは司教自身がそれをしなかったからだ。
『そういうことだったのか。ありがとうアリア』
『いえ』
教会が嫌われるのは仕方のないことだろう。彼らは度が過ぎている。
無駄に長いお祈りが終わったので、やっと食事を口にすることができる。
この世界の聖職者は、食事に関して制限がないようで、司令と同じ肉やワインを口にしている。
他所に収容されている村人が何を食べているか分からないが、ちょっと申し訳ない気分になってしまった。
グラスに注がれたワインも高級そうだ。
この香りにいち早く反応したのは悪魔だった。
『アリア~、石を少しだけワインに浸してよ!』
『は、はい?』
リリスは無類の酒好きだったようで、馬車に積んでる安いワインには興味を示さなかったが、目の前にある高級ワインには興味津々といった感じだ。
彼女に尻尾をつけたら激しく振っているだろう。
アリアは俺たちを袋から取り出して、テーブルにあった皿に乗せると少量のワインを注いでくれた。
この行為に全員の視線が集中する。司令に至っては完全に時間が止まっている。
それを察したリチャードが指令に口添えをした。
「クランフォード司令、リゲル司教は少々特殊な信仰方法をお持ちなのでお気になさらず」
『リリスさん、これとても恥ずかしいのですけど。私、頭のおかしい人と思われてますよ』
『アリア~、大儀であった!このワイン美味しいわ~、アキトも飲みなよ』
『石に吸収させたワインって飲めるのか?』
石はみるみるうちにワインを吸い、やがて飲み干してしまった。
「失礼ですがリゲル司教、その石は一体……」
「そうです、私も気になります」
疑問を持った指令と司祭がアリアに尋ねてきた。
当然の疑問だろう。石がワインを吸っているのだから。
「この石は女神ラフィエル様の加護を受けた特殊な聖物です。ワインは女神様の元へ運ばれているのです」
この説明を聞いた司令、リチャード、副官、司祭、助司祭の5名は目が点になり思考が停止していた。
俺たちはカラクリを知っているので、なんとも思わないが、彼からすれば目の前で神の奇跡が起きているに等しい。
当の悪魔はワインを飲んでほろ酔い気分だが…。
『おいリリス、さすがにこれはヤバいぞ。みんな固まってるぞ』
『当然でしょ!私は大悪魔リリス様よ、ひれ伏せってんだ~ハッハ~。ワイン追加だアリア~!女もつれこ~い』
この悪魔の酒癖は最悪だ。しかも酔うとオッサン化する。
5人は石に向かって祈りを始めた。
司令と司祭を除く3人は、以前もこいつの奇跡を目の当たりにしているので免疫があるはずなのだが、司令に合わせて祈っている。
『リリス、光のアレをやってやれ。そして終わったら外へ行こう。ここはまずい』
『ヒッック、うぃ~』
泥酔してるから雨でも降らせないかとハラハラしたが、無事に光の粒が室内に降り始めた。
これを見ていた給仕の女性も膝をつき祈り始めた。
座っていたアリアは立ち上がり両手を上げ神託を告げる。
「神はお喜びのようです。ここにいる皆さんに神のご加護を!」
「ありがとうございます。心ゆくまでワインをお召し上がりください」
司令と司祭も床に膝をつき祈りの体勢になっていた。
『リリス、降らせすぎだ。もう止めろ!』
『うぃ~っす』
リリスの返事のあと、光の粒は消えて行った。
指令はアリアの前に近寄るとすがるような眼差しを彼女に向けた。
「リゲル司教様、このような下賤な私めに神の奇跡をお見せ頂き恐悦至極に存じます」
「私も教会に長年携わっておりますが、本物の奇跡を見たのは初めてでございます」
『アキトさん交代してください、もう私無理です。私の良心が破壊されそうです』
『アリア、悪魔が神を装い人を騙すのは、悪魔の習性だから仕方ないと思えば少しは気が楽になると思うよ。俺たちも悪魔に騙さてるんだよ。犠牲者なんだ』
少しくらいは気休めになればいいのだが…。
悪魔が嘘をつくで、俺は閃いた。
『リリス、生きてたら声の魔法やってくれ』
『ウッキ~』
こいつが酔いつぶれる前に下準備を済ませておこう。
魔法が本当に効いてるかどうか不安になりつつ声を出してみることにした。
「ああ」
大丈夫なようだ。
「みなさん、この事はご内密に願います。多くの方に知られたくはないのです」
「もちろんですとも!」
こういった秘密クラブ的なことは彼らも嫌いではないはずだ。
俺たちだけの特別な秘密。やがて他人に語るだろうけど、10日くらいは口を閉ざしてるだろう。
それだけ黙っててもらえれば十分だ。
「私たちにできることがございましたら、なんなりとお申し付けください」
「それではお願いがございます」
うまく食いついてくれた。
俺が指令たちに依頼したのは、奴隷たちにも良い食事を提供すること。
少しでも早く移動したいので、全員が乗れるだけの馬車の提供。
寝ているはずのリリスが一言『ワイン』と言ったので、この村にあるワインの提供をお願いした。
奴隷も含めて全員が馬車に乗るのは異例中の異例だろう。
「それくらいお安い御用です。お任せください司教様」
食事を終えた俺たちは、護衛役のプレイサを伴って外に出ることにした。
指令が警護をつけると申し出たが断っておいた。
今頃、残された5人で、リチャード達が前回見た奇跡をネタに盛り上がっていることだろう。
現役軍人を加えたかったのは、こういった時にも有利だからだ。
偽物の指揮官を立てても、こういったことに遭遇するとボロが出てバレる可能性がある。
今残している3人はその心配が全くない。
◇ ◇ ◇
指揮所を後にした俺たちは、村人が収容されている建物へ向かった。
リリスは爆睡しているようで、何故か寝息が聞こえてくる。呼吸をしているわけではないのに…、本当に不思議な石だ。
声の魔法は解除されていない。術者がこの有様なので目覚めるまで有効だろう。
目的の建物は町はずれにあった。
入口に兵士が立っていたが、司令から渡された通行証を見せてたらノーチェックで通された。
おそらく特別なタイプなのだろう。
「みなさん大丈夫ですか?」
俺が話しかけるとパトリックが近寄って来た。
今は魔力節約のため認識阻害は解除している。
「アリア様、何か指示をだされましたかな?途中で食事と寝床が改善されたのですが」
よく見ると少量だが、肉料理が振舞われてるようだ。ワインも用意されていて、駐屯してる兵士も一緒になって飲んでいる。
入口に立っていた兵士が酒臭いのはこれが原因だった。
しばらくすると楽器も持ち込まれ、昨夜よりも賑やかな踊りが始まった。
「パトリックさん、少々お付き合い願えませんか?」
俺は彼を連れて街中の酒場へ移動した。
こちらも収容施設に負けないくらい賑わっていた。
吟遊詩人の歌と弦楽器や管楽器の調べが店内に溢れ、焼けた肉の香りが煙とともに漂っている。
「パトリックさん、聞いてほしいことがあります」
俺は教会の追手が迫っていることと、明日から馬車を増やすので移動速度を上げることを伝えた。
場合によっては旧道も利用するつもりだ。
「なるほど。戻りましたら皆に伝えることにします」
せっかく酒場に入ったので、パトリックはエールを、アリアは蜂蜜酒を口してそれぞれの宿舎に戻った。
◇ ◇ ◇
翌日、出発前に俺は司令たちを呼び寄せた。
「クランフォード司令とアーウィンデール司祭はこちらへ」
俺は後を追って来るであろう教会の連中に対して小細工を施すことにした。
これには2人の協力が不可欠である。
「司祭は教会内部が幾つかに分かれていることはご存じですよね?」
「もちろんです。私はどこにも属しておりませんが…」
「安心しました。実は聖物の石を狙っている連中が私を追ってきているのです」
「なんと!」
まずは司祭に対して。
教会の追手は俺たちが目指している場所を把握している、あまりにも違った場所に行ったと伝えても信じないだろう。
そこで、同じ方向だが経由地を少し変更したのだ。それはモンスターが数多く発生する森。
リゲル司教が、古代魔術を研究していることは彼らも知っているはず。それを利用して、森に遺跡を調べに行ったと伝えれば信じる可能性が高い。
そして指令に対しては、近日中に行なわれる正規の奴隷護送の件だ。
あちらの指示書は正規の内容だろうから、こちらの物は極秘扱いということで作ってある。
昨夜は確認してくれなかったが、無理やりそれを見せておいた。
そのうえで、彼らがやって来ても俺たちの護送隊のことは話さないようにお願いしておいた。
ついでに、彼らに対しても手厚く接するように依頼をした。
これで、ディクソン検問所で無用のトラブルや騒動は起きないはずだ。
「あなた方の好意は神に伝えてあります。この石に手を触れてください」
『リリス、よろしく』
『仕方ないわね…』
リリスは不機嫌だったが、少量の魔力を2人に与えた。
「これは…、力が満ち溢れるようですな」
「女神様からのお礼のようなものです、お二方とも祈りを続ければ加護を受け続けることができるでしょう」
「司教様、ありがとうございます」
こうしてディクソン検問所での工作は全て完了した。
「出発する!」
リチャードが号令を発すると、幌馬車が一斉に動き始めた。
この先は雪の降りやすい地域に入るため、司令の好意で幌付きの馬車に入れ替えてくれたのだ。
車輪も雪に強い物に交換されている。
先頭には、次の検問所までの道案内と護衛に当たる兵士までついている。
一度は断ったのだが、司令が食い下がるので仕方なく受け入れた。
護送隊はディクソン検問所を後にした。
護衛してくれるのは有難いけど、ニセの護送隊とバレないように工夫するのが大変そうだ…。




