10 、デシューツ脱出作戦3 古き神殿
俺たちは野営地を襲おうとしているモンスターを倒すべく森へ入った。
式神のフェニックスが報告してきた位置は、まだ先になる。
月あかりが届かないほど、生い茂った不気味な森を、松明の灯りを頼りに進む。
メンバーはアリア・プレイサ・リチャード・副官の4人と石に入ってる俺とリリス。
アリア以外は剣術が主体だ。
「不気味な森ですな」
「ええ、動物の鳴き声すらしませんね」
アリアとリチャードは恐怖を紛らわすために話しながら進んだ。
他の2人は周囲に気を配っているせいか終始無言。
『リリス、何か感じるか?』
『モンスターの気配は遠いわね。でも何かしら、この不気味な感じは』
『悪魔以上に不気味な存在なんているのか?』
『悪霊やら邪神もいるわよ。あと地形的に邪気が集まりやすい場所もあるのよ』
この世界は意外と不気味な存在が多いようだ。今のところ英雄王カトマイがダントツだが…。
『お前ってさ、モンスターの上位互換みたいなもんだろ?その気になればモンスターを追い返せないか?』
『上位互換の意味がイマイチ分からないけど、体があれば可能なんだけどね…。あいつらって鈍感だから、石に入ってる私に気づかないのよ。最初に遭遇したゴブリンがそうだったでしょ』
それは、俺たちに小便をかけようとしていたゴブリンのことだ。
確かにリリスが本気で叫んでいたが奴が俺たちに気づくことはなかった。
『残念だけど、奴らに遭遇したら倒すしかないわ』
『わかった。それじゃ魔石収集を目的に頑張るとするか』
『そうね、魔力の回復に努めましょう』
俺は松明の灯りに照らされる地面を見ていて、1つ気づいたことがあった。
等間隔で石畳の一部のような物が露出しているのだ。
『アリアちゃん止まって。地面の石畳みせてくれないかな?』
『そんなのあります?』
『ほらそこだよ』
『あっ!』
アリアは立ち止まって姿勢を低くしてくれた。
地面には文字が彫られた石が僅かに露出していた。
「司教様、どうされました?」
「この石が気になりましてね」
リチャードも同様に姿勢を低くして石を見ている。
『この文字はなんだろう?ちょっと探索スキルを使ってみる』
俺は石にの記憶を見るためにスキルを使った。
見えてきたのは頭に動物の被り物をした人たちで、祭壇で何かを捧げている。
石自体がとても古いせいか、映像は断片的だ。
幼い子供たちが、モンスターと思われる物の肉を食べさせられていたり、見るに堪えないシーンが多い。
これ以上スキルを使うと戦闘に影響するの使用を止めた。
『とても酷い記憶だったわね、悪魔の私でも引くわ…。この文字なんだけど、リゲルの記憶で見たことあるから調べてみる』
リリスは文字に見覚えがあるようだが、リゲルが絡むとろくなことがない。
「この文字、読むことはできませんが、以前、演習で行った遺跡で見たことがありますな」
「それはどこの?」
「かなり前のことなので詳細は覚えてませんが、ここと同様、モンスターの多い森でして、確か王都の遥か南だったと思います」
リチャードが知っていたことも驚きだ。
遺跡で見たということならば、古代文明の文字だろうか?
映像を見る限り、彼らの衣装は今とは全く違っていた。
『わかったわよ。これ古代の呪文だわ。今から2000年近く前の文明が使っていた文字ね』
リリスによると、教会はこの文明の魔術について研究しているが、まだ解明はされていないようだ。
モンスターが多く出没する森に遺跡が残っているケースが多い。
おそらくは、ここもそのひとつなのだろう。
『リチャードの話が本当だとすると、古代文明とモンスターって関係があるのかも』
『先に進めば何かわかるかもしれないな』
『そうね…、と言いたいところだけど、モンスターに囲まれてるわ』
『急だな。地面から湧いたか?』
『そうかも』
この気配に他の3人もすぐに気づいたようで、みんな剣を構えている。
リリスがフェニックスに指示して、モンスターの種類を特定させる。
上を見ると光り輝く不死鳥が見えていた。
モンスターはオーガやトロールなど大型の亜人に混ざってゴブリンもいる。
光り輝くフェニックスが気になるのか、俺たちよりもレアな不死鳥を見上げていた。
リリスの駄作が役立ったのだ。
「今です!」
アリアが合図すると3人とも一斉に切りかかる。
『アリアちゃんは、3人に支援魔法をお願い』
『わかりました』
俺は念斬りでガトリング形式の機関砲をイメージして撃ちまくる。
リリスは炎系の魔法でモンスターを焼き尽くした。
フェニックスも火を噴いて攻撃を加え、俺たちの周囲に居たモンスターは5分ほどで全滅した。
炎が森の木々に燃え広がり、森林火災の様相を呈してきたので、アリアとリリスが水魔法を使って全て消化した。
魔石はアリアがうまく回収して、俺たちに吸収させてくれたおかげで魔力が幾分か回復した。
『黒松明人はレベルが上がりました』
『イメージのスキルが上がりました』
=====
名 前:黒松明人
種 族:石
職 業:廃道探索家
レベル:4
経験値:56
体 力:50/50
魔 力:40/40
幸 運:100
知 性:F
戦 術:E
速 さ:F
防 御:S
器 用:F
スキル:念斬りE・スティールF・探索A・吸収D・イメージE
称 号:放火魔
=====
レベルが上がったのでリリスにステータスを見てもらった。
経験値はレベルが上がる都度リセットされるようで、前回より低くなっている。
相変わらず称号だけは意味不明だ。だいたい、俺は炎なんて使っていない。
『レベルの上りが遅いわね。ウプププ』
リリスに笑われてしまった。正直悔しい…。
『それより、お前らちょっとやりすぎだろう…』
『私は悪くないもん。燃えやすい木に問題があるのよ。普通の森ならあんなに燃えないもん』
リチャードが焼け残った木を見て口を開く。
「この森の木々は発火しやすい特殊なタイプですな」
「やはりそうですか。燃え方が些か激しいと思っていたのです」
「しかし、司教様の攻撃はでたらめな強さですな。炎攻撃と同時に砲撃のような魔法も使い、我々を支援までするとは上級魔術師を超えているのでは?」
「お戯れを…。これも全ては女神様のご加護のおかげなのです」
本当は3人で攻撃してるのだが、事情を知らない人が見たらそう思うのも致し方ない。
『ほら、リチャードも言ってるじゃない。私がやり過ぎたわけじゃないわ』
『そうか、すまん…』
鬱蒼と茂っていた木々が消えたので、月あかりが辺りを照らしている。
よく見ると石柱のようなものが数本見えていた。
遺跡の一部だろう。
「地面の石と同じように文字が掘られていますね」
「本当ですな」
ここで、護衛役のプレイサがアリアに近寄って来た。
「司教様、次のモンスターが来ます」
彼女の指す方向を見るとモンスターの影と目が不気味に輝いていた。
3人とも剣を抜き構える。
次に現れた奴らも、先ほどと同じ亜人種が主体だが、大型の蛇も混ざっていた。
俺たちは同じ攻撃パターンで戦ったので、森は当然ながら火の海だ。
周囲にいた蛇系のモンスターが次々やかれて、ウナギを焼いているような香ばしい匂いが漂っている。
『モンスターの蛇は食べれるかもしれないな』
『え?そんなもの食べるの?』
リリスは若干引き気味だ。
確か、蛇はウナギと味が似ているはずだ。こちらの世界にウナギを食べる習慣があるのかは知らないが…。
森の消化を終えると、奥の方に建物のシルエットが見えていた。
「司教様、あれはなんでしょうな?」
「私も見たことない様式の建物ですね」
近寄ってみると、それは木の根で覆われた建物だった。
外見はカンボジアにあるアンコール遺跡群のベンメリア遺跡にそっくりだ。
崩壊のし方まで似ている。
周囲を見渡すと、1つだけ崩れていない建物が残っていた。
「あの建物だけは崩れてませんね、入ってみましょう」
アリアが言うと松明を持ったリチャードが先に入り安全を確認する。
「どうぞお入りください」
中は光苔が淡い光を発しているおかげで、真っ暗ではない。
入って分かったのだが、この建物だけ砂岩をくり抜いて作られており、それで崩壊を免れていたようだ。
至るところにナーガと呼ばれる蛇神をモチーフにした石像が立っている。
こちらの世界でも同じ名称なのか分からないので、聞いてみることにした。
『リリス、あの奇妙な像なんだけど、蛇神のナーガか?』
『よく知ってるじゃない?でも神じゃなくって、邪神として恐れられているのよ。この神殿にいた人たちって邪神を崇拝していたのかもね』
邪神も神ではあるが、俺の世界とは扱いが異なっていた。それでも元居た世界と共通している部分があるのは少し不思議な気分だ。
考えられるのは、女神が俺をこの世界に連れてきたように、過去にも同様のことがあったのかもしれない。
アンコールから、神か人を連れて来たのかもしれない。
奥にある大きな広間に入ると、中央に石板でできたパズルのような物が置かれていた。
それぞれの石には文字が彫られている、並べ替えると何かイベントが発生する仕組みだろうか?
『この文字が読めないことには、どうしようもないな…。下手に触ると罠が発動するかもな』
『ちょっと待って、文字は読めないけどリゲルの記憶にあった文字列に並べ替えてみるわ』
リリスはアリアに指示して、文字を並べ替えさせた。すると…。
1マス空いている部分に琥珀のような石が、石板の下から出てきた。
これはどういう仕組みになっているのだろうか。仕掛けがとても気になる。
『その石とてもきれいね』
『アリアちゃん、あの石に近づいてみて』
アリアにお願いすると、袋から俺たちを取り出して、琥珀のような石に近づけてくれた。
『これは琥珀ね、きれいなんだけど、とても禍々しい力を感じるわね』
『吸収できたりして?』
と言ってる間に、お互いが光り出して琥珀を吸収し始めた。
同時に石の扉が開いたような独特の音が響き、怒気に満ちた気配が伝わってきた。
「司教様、気をつけてください。何か来ます」
プレイサの注意喚起のあと、俺たちの前に現れたのは巨大な蛇の怪物ナーガだった。
『リリス、あれは邪神ナーガか?』
『形はそっくりだけど魂が感じられない。あれは琥珀の守護者だわ』
やはりリゲルが絡むとろくなことがない。まあ、お宝とモンスターはセットになっていることが多いけどね。
戦いの火ぶたが切って落とされる。
琥珀を吸収中だったので俺たちもまだ動けない。
代わりに3人が剣でナーガと戦っていた。
連携の相談などはしていないはずだが、阿吽の呼吸でうまく連携して攻撃していた。
剣術レベルが高い者同士ならではの戦い方なのだろう。
琥珀は今までに吸収した魔石やリゲル司教と違って、大きな力を持っているせいか、吸収に時間がかかっている。
頑張れ俺たちの石!と思わず応援したくなる。
『アリア、俺たちは石板の上に放置されても大丈夫だから、君は3人のサポートに回ってくれ』
『わかりました』
3人とナーガは一進一退の熾烈な交戦を続けていた。
リチャードの派手な攻撃にナーガの視線が奪われている隙に、プレイサが左目、副官が右目をほぼ同時にを攻撃して失明させた。
ナーガは苦痛の咆哮を上げ、尾の部分で薙ぎ払おうとしたが3人は回避する。
暴れ出す巨体に次々と剣が刺さるが、どれも致命傷にはならなかった。
戦闘が長引けば体力を消耗した俺たちが負けるのは明白だ。
『アキト!吸収を終えたわ。加勢するわよ』
『俺は機関砲で一か所を連続攻撃するから、穴が開いたらそこに魔法を打ち込んでくれ』
3人の攻撃を見ていると、ナーガの表面にある鱗が意外と分厚いようで、斬ってもダメージが半減されているようだった。
ガトリング形式の機関砲なら、同じ場所に連続攻撃できるので、鱗を破壊してできた穴にリリスの魔法を打ち込めば、この状況を打破できるかもしれない。
魔法の種類は彼女にお任せ。
『了解したわ』
『アリアは俺が合図したら3人にナーガから離れるように言ってくれ』
『わかりました』
俺は機関砲をイメージし、狙いをナーガの首のあたりに定めた。
『アリア、合図!』
彼女はナーガめがけてライトニング魔法を放った。
これが事前に決めておいた退避の合図だ。
俺は3人がナーガから離れるタイミングを見計らい、弾を放った。
その威力は抜群で、鱗は一瞬で破壊されて体内に弾が撃ち込まれていく。
リリスは氷系魔法で氷柱を作り、ナーガの表面にできた穴に命中させた。それは奴を貫いた状態でとまる。
彼女は更にエネルギーを送り続け、氷柱を太くしていく。ナーガは痛みのせいで暴れたが、徐々に動きが鈍くなっていき、やがて肥大しきった氷柱が奴の首を切断した。
首から上の部分が地面に落下、残った胴体も緑色の血をまき散らしながら倒れた。
30秒も経たないうちにナーガの死骸は光の粒となって消えた。そこには、魔石が残されている以外は何もない。
この世界でモンスターを倒しても、魔石以外のドロップアイテムはない可能性がある。
俺はスティールスキルを使って魔石を回収し、石に吸収させた。
『黒松明人はレベルが上がりました』
『吸収のスキルが上がりました』
これで俺はレベルがやっと6、吸収スキルはCまで上昇した。
吸収に関しては俺ではなく、石自身のスキルじゃないかと思っている。
リリスはこれ以上スキルを覚えることができないので、空きのある俺が石の代わりにスキルを覚えているのだろう。
ひょっとすると彼女のスキルの幾つかは、石のスキルなのかもしれない。
◇ ◇ ◇
建物の外に出るとフェニックスが周囲にいた蛇のモンスターを焼き払い…、食べていた…。
『お、おいリリス…、お前の式神って食事が必要なのか?』
『そんなの知らないわよ』
飼い主なのにずいぶんと無責任な奴だ。
よく見ると魔石ごと食べているようなので、彼らも魔力が必要なのかもしれない。
リリスによると、邪気の類も薄まっているので今夜モンスターが襲ってくる心配はないということだった。
俺たちは野営地へ戻り、疲れた体を休めることにした。
『あの琥珀は何だったのだろうな』
『今調べてるのだけど、何らかの儀式で使っていたのは間違いないわね。おかげで私の魔力は半分まで回復したわ』
結局、蛇の邪神が使っていたことは間違いないが、それ以外は調査に時間がかかりそうだ。
リリス的には、魔力が半分まで回復しただけで十分らしい。
俺もレベルアップできた。しかし上昇率の悪さはなんとかならないのだろうか。
プレイサやリチャードなど、30後半レベルの者でも1上がったのに、レベルが4だった俺は2上がって6だ。
普通なら10まで上昇してもいいんじゃないか?異世界から来た俺に対して、とても冷たい世界だ。
愚痴っていると、偵察に出していた式神の鳥から画像が入って来た。
『アキト、デスパイズの村に教会の先遣隊が到着したわよ』
ったく、忙しい夜だ…。
教会の奴らはりきりすぎだろ!




