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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第五章 正義の在処
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四つの赤い目

――二十年ほど前、暗い闇に包まれた場所に、とある冒険者がやってきた。


 ザンリイクが仕掛けた数々の罠を突破して、そこまで辿り着いた冒険者は、殆どいなかった。ましてや、たった一人で辿り着いた者は、一人もいなかった──この冒険者を除いては。


 その冒険者は、ザンリイクと戦い、激戦の末に勝利しようとしていた。ザンリイクは追い込まれ、もはや万に一つの勝ち目も無い状態になっていた。もはや冒険者は、ザンリイクにとって、目の前の脅威であった。


『く、くそ……強すぎる……もう魔道具もない』

 二つの赤い目で鼻の先に迫った剣の切っ先を見つめ、二つの赤い目で敵を見つめながら、ザンリイクは人間に分からない言葉で声を上げる。

 用意していた自慢の魔道具は、全て使ったか、破壊されてしまった。


「何を言っている? 命乞いか? いや、怪物は命乞いなどせぬか」

 目の前の脅威は、剣を少しも動かすことなく言う。


「ちがう」

 ザンリイクは、目の前の脅威に向かって、辿々しい人間の言葉を駆使して言った。人間の言葉は、魔道具の実験のために捕らえた人間から、遙か昔に聞き出した知識だ。


「ほう。お前は人間の言葉を解し、話すことができるのか」

 少しの間、沈黙が流れた。目の前の脅威は、何かを考えているように見える。


「一つ聞きたい。お前が使っていたものは、お前が作ったものか?」

 目の前の脅威は、そこいらに散乱した魔道具の破片を指さしている。


「そうだ。我が作った」

 ザンリイクは身動きせずに答える。


「そうか。では、私に協力するつもりは無いか」

 剣をザンリイクの顔にピタリと合わせたまま、目の前の脅威は言った。


「ふざけるな、我は人間に……協力しない」

 ザンリイクは吐き出すように言う。


「お前は人間が憎いか?」

「憎い……目の前にいるお前も、人間が憎い」

 ザンリイクは、憎しみを込めた言葉を絞り出した。


「私には、成し遂げたい目標がある。人間を大量に虐殺するための準備をしたい。だが、こんな事を頼める人間はいなくてな……。このような道具を作れるのであれば、できるのではないか。今のままでは威力も足りず不可能だが、いずれ、できるのではないか」

 剣を突き出したまま、目の前の脅威は言った。


「材料と時間、あればやる」

「私は、お前のような怪物を探していた……多少なりとも、会話ができる怪物をな。私に協力するならば、お前が必要な材料を私が調達し、更なる研究ができる環境を約束しよう。協力しないならば、お前に用は無い。今すぐに死ぬがいい」

「人間のくせに、人間を殺すか。殺して、どうする」

「この手に勝利を掴む。それだけだ。さあ、答えろ。私に協力して腕を磨くか、今死ぬかを」

 目の前の脅威は、剣を少し前に出し、ザンリイクの鼻先に剣の先端を押しつけた。


 ザンリイクは考えた──本当に人間を虐殺したいと考えているのならば、目指す方向性は同じであり、協力するのは吝かで無い。だが、そうでなかったら……。その時までに、供給される材料で腕を磨き、目の前の脅威を殺せる準備を整えれば良い。考えようによっては、これはまたとない機会では無いだろうか──


「……協力、する」

 ザンリイクは、そう返答した。


「ふん……。思ったよりも賢いようだな。では、お前が本気であると示すために、自らの命の次に大切なものを私に預けろ」

 目の前の脅威は、そう言うと剣を下ろし、部屋をうろつき始めた。あたりにある目ぼしい物を掴んでは、ザンリイクの反応を窺っている。


 ザンリイクには、一つだけ大切にしている物があった。それは『生命力』を集め、封じ込めておくことができる『命の宝珠』だった。


 闇に包まれたこの場所で、これまで数え切れない程の人間を連れてきては殺し、生命力をその宝珠に詰め込んであった。ザンリイクにとって『命の宝珠』は、長い年月をかけて造り上げた、努力の結晶であった。


 事もあろうに、部屋をうろつく手が『命の宝珠』を目敏く見つけ、それに触れる。


『それに触れるな……!』

 ザンリイクはついうっかり、声を上げてしまった。怪物の言葉だったが、それでも十分に伝わってしまった。


「ふむ……。これを私に預け、お前の忠義の証とせよ。それから、もっと人間の言葉を学び、私を『ご主人様マスター』と呼んで仕えよ。裏切ったら、これを破壊し、お前も殺す」

 目の前の脅威は、そう言いながら『命の宝珠』を懐に収めた。


「わ、わかった……ご主人様マスター

 ザンリイクは、何とか声を絞り出した。


 その後ザンリイクは、数々の魔道具を生み出してきた。使える物も使えない物もあったが、培ってきた技術は無駄にはならなかった。


 時折、人間を実験台にしたいと申し出ることもあったが、ご主人様マスターは常に『好きにして良い』と言った。その度にザンリイクは、人間を虐殺する目標は、本気なのだと実感するに至った。


 人間を虐殺することが、根絶やしにすることができるのであれば、ご主人様マスターの下でそれを為しても良い。ザンリイクは、次第にそのように考えるようになっていった。


◆◆


「待っていたぞ。さあ、こちらへ来い」

 通路の入口に立つ者を見て、ザンリイクは手招きをすると、その者は無言でザンリイクに近付いていった。既に魔力で捕らえられているため、その目は虚ろで、殆ど意思というものが感じられない。


「これを着けよ」

 ザンリイクは、丸く平べったい、怪しく赤く光るものを差し出した。見るからに怪しいそれは、失敗を繰り返した末に辿り着いた、最もチカラを入れて研究してきた魔道具『赤き開放の目』だった。


 ザンリイクはこの所、その主の向かう方向性とのズレを感じていた。研究を優先するために目を瞑っていたが、上手く飼い慣らされてしまっていたと気づかされた。

 折角捕らえた強力な駒を、解放しろなどと言い出した事もそうだ。ザンリイクは、それではっと目が覚めた。


 目指す方向性が異ならない限り、そのような命令を出せるはずもない。当初の目的である『人間を虐殺する』ことが、ようやくできる素地が整ったと言うのに、それを実行しようとしないのはおかしい。


 即ち、もはや同じ目的では無い、ということが明らかになった。そうなれば、研究の成果を渡すことなどできない。無論、今ザンリイクの目の前にいる、この者もそうだ。解放することなどできない。


 そして今や、『目の前の脅威』では無くなろうとしている。かの者を殺し、人間を根絶やしにする。


 魔道具『赤き開放の目』は、目から身体の至る所に作用し、通常押さえ込まれているチカラを解放する。更に『赤き開放の目』に蓄積した魔法力を使って、そのチカラを増幅させる。


 全ての知覚と身体能力の向上、そして驚異的な再生能力が与えられる。その結果、元々の能力を遥かに超えた、尋常ならざる能力を発揮することができるようになる。


 改良を重ねた『赤き開放の目』は、これまでで最も強力な状態となっており、ザンリイクはその目を与えるに相応しい者を探し求めていた。コボルドやリザードマン、ましてやラットマンなどではない、もっと強力な存在が相応しい。


 ザンリイクから『赤き開放の目』を受け取ったその者は、躊躇わず目にあてがった。『赤き開放の目』は、元々の目に浸透するように、奥深く入っていく。

 その者は暫くの間、顔を押さえ声を上げながら、苦しそうに藻掻いていた。しかしそれも程なくして治まったようで、ぜいぜいと苦しそうに息をするその者の身体から、赤黒い闘気が滲み出てくるのが分かる。


「よし……よし……良いぞ……。最高だ、まさに……最高だ……!」

 ザンリイクは、赤い目で強力な手下となったその者を見て、とても満足していた。

 この者は、これまで赤い目を授けてきたコボルドや、リザードマンなどとは全く格が違う。まさに、待ち望んだ素晴らしい逸材だった。


「まずは、我がご主人様マスター を殺すとしよう。その障害となるものは、全て排除せよ。行け、そして『完成』してこい」

「……承知した」

 四つの赤い目を持つザンリイクの命令を聞き、頷いた『二つの赤い目の者』は、暗闇に包まれた場所を出て行った。


◆◆


 ヒートヘイズの一行は、何度となく迫り来るラットマンの一団を倒しながら、リーヴの未知なる場所へと向かっていた。ラットマンは非常に数が多く、連戦に次ぐ連戦で、さしものヒートヘイズも少し疲れが見え始めていた。


「ネズミばっかで飽きた」

 スネイルが溜息をつく。


「飽きたとか、そう言う問題じゃあ無いけど、確かに多すぎる……」

「どこまで行けばいいのかしら……」

 ガンドもマーシャも、少し参っている様子だ。


「もう少し行くと、多少休憩できる場所がある。そこまで踏ん張れ」

 バラルも疲労を感じていたが、表に出さないようにし、若者たちを勇気づけた。


 暫く進むと、バラルが言っていた場所に着いた。鼠の気配が殆ど無く、確かに少しゆっくりできそうに見える。


「じゃあ、ここで少し休憩しよう。三十分ぐらいで良いかな」

「ジャッシュは疲れてないの?」

 ガンドはどっかと地面に座り込んで、近くにいるジャシードを見上げた。


「おれは、まだまだ平気だよ。見張ってるから、ゆっくり休んで」

「ジャッシュの体力は底なしね……」

 ジャシードの元気ぶりには、マーシャも呆れていた。


「おかげで安心して眠れる。三十分経ったら起こしてくれ」

 バラルはそう言うと、即座に寝息を立て始めた。


「何だか、ドゴールに行く途中を思い出すなあ」

 バラルの様子を見て、ジャシードは微笑ましかった。その時はコボルドやらゴブリンやらトロールやらの襲撃を受けたが、バラルは凄まじい魔法で一気にケリを付け、そしてすぐに眠ってしまった。


「バラルさんって、すぐに眠れるのね……でもちょっと、私も眠るわ」

 マーシャは荷物から敷物を取り出すと、丸まって寝息を立て始めた。


 ガンドもいつの間にか、岩にもたれ掛かった状態で、寝息を立てていた。


「みんなすぐに眠れるね」

「全くだな」

 スネイルとジャシードは、小声でクスクスと笑った。


「アブルスクル、どうやってやっつける?」

 スネイルが、揺らめく剣を見つめながら言う。


「そうだな……ネルニードさんの情報を整理すると、スライムを生み出す、身体の一部を飛ばしてくる、粘性の高い粘液を出す、嗅ぐと息ができなくなるガスを放つ、タフなスライムだな」

 ジャシードは、指を折りながら言う。


「近づいたら、ガスを出すのかな」

 スネイルは鼻を摘まんでいる。


「どんな時に、どんな攻撃をしてくるか、まずは観察してみないといけない。それで、特徴を掴んだら、攻撃が見えるようになると思う。スライムを生み出すって言うのは厄介だけど、それはガンドに任せて、おれたちはアブルスクルに集中。マーシャとバラルさんの魔法で一気にカタを付けられると良いけど、焼いてしまったら部品が取れないから、方法を考えないといけないな」


「風の魔法で切り刻む?」

「それもいいけど、雷の魔法もいいかも知れない」

「バリバリってね」


「それにしても、ガスを吸わないように、アブルスクルを引きつけないといけない。ガスをどういうときに出すのか、どれぐらい出るのか、どれぐらい効果が続くのか、確認しないといけない」

「じゃあ、見つけてもすぐには戦えないね」


「まずは、少しちょっかい出して、観察してみないと」

「うーん、ワクワクしてきたぞ」

 スネイルは、お気に入りの揺らめく剣を握りしめた。

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