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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第五章 正義の在処
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リーヴ

 リーヴへと踏み込んだ一行は、ガンドが作り出す光に照らされた洞窟内部を、キョロキョロと眺めながら進み出した。


「リーヴの広さはどんなもん?」

「リーヴは、三階層まで確認されている。一階層目はここ、鼠たちの住処だ。二階層と三階層目は、ラットマンの住処だ。ラットマンの住処は、一部分のみ調査された経歴があるが、全体像はまだ分かっていない。もしかすると、四階層目以降もあるやも知れん」

「ふうん、広そう」

 スネイルは、自分で質問しておきながら、素っ気ない返事をした。


「まだ、誰も知らない場所があるんだ」

「そうだ、ジャシード。まだ、洞窟の探査は一部しか進んでいない。ヴァーランのように、人間が造った場所以外は、よく分かっていないのだ」

「もしかしたら、おれたちがリーヴの新たな場所を切り開くかも知れない」


 風は不思議と、洞窟の中には入ってこない。そのため、洞窟の中はじめじめしており、やや不快だ。

 どこからともなく、鼠の鳴き声と、鼠の鳴き声に似た何かの声が響いてくる。


「気味が悪いわね……」

「気味が悪くない洞窟なんて、つまらないよ、アネキ」

「もう、スネイルったら……。ちっとも怖くないのね」

 マーシャはそう言いながら、無意識にジャシードの腕に触れる。オーリスが仕立てた金属の鎧は、防御に向いているかも知れないが、当然ながら触ると硬く冷たい。


「この鎧、私嫌い!」

 マーシャは鎧をペチンと叩いた。乾いた金属音が、洞窟内にこだまする。


「えっ? 何で!?」

「もうっ!」

 マーシャはもう一度鎧をペチンと叩くと、頬を膨らませて後ろへ下がっていった。


「な、何なんだ……」

 ジャシードは訳が分からず、下がっていくマーシャを振り返った。しかし何も解決しなさそうに思えて、放っておくことにした。


 少し進むと、洞窟内に川が流れていた。川の流れはとてもゆっくりで、川辺は泥っぽくなっている。洞窟内部の湿気が多いのは、この川の影響かも知れない。

 岸沿いに進んでいくと、丸太の橋が架けられていた。一行は、丸太の橋を慎重に渡り、更に奥を目指す。


「なんか……進むにつれて、鼠が大きくなって来てない?」

「僕も気になってた」

 マーシャの指摘に、ガンドが頷く。


「そろそろ、襲ってくるぞ。どこからでも来るから、気をつけろ」

 バラルが警告した。


「鼠が?」

「あれはただの鼠なんかじゃあない。リーヴに棲み着くラットマンの幼生だ」

 バラルはガンドに言う。


 周囲から、著しい視線が注がれるようになってきた。物陰から、拳ほどの大きさの穴から、視線はヒートヘイズの誰かに注がれている。

 それは敵意というものでは無く、餌を求める動物のそれだ。巣穴に入ってきた五人の肉を、彼らは狙っている。


 突然、岩の上にいた一匹の鼠がマーシャ目がけて飛び掛かってきた。


「きゃっ!」

 不意を突かれて、マーシャが声を上げる。


 だが、飛び掛かってきた鼠は炎に包まれ、黒焦げになって地に落ちた。


「気を付けろ、とはこういうことだ」

「うぅ、気を付けます。先生」

 マーシャは杖を握りしめた。


 先鋒のネズミが燃えたことで他の鼠に抑止力となったのか、他の鼠たちの視線を感じるものの、様子を窺っており襲っては来ない。


「先手を打って、やっつけたらどうかな」

「いや、ガンド。そうしたいところだが、全てを殺すのは無理がある。縦横無尽に繋がっている小さな穴から、逃げられてしまう。時間を空けて、また襲ってくる事もある」

「そうかあ……受け身なのもどうかなと思ったんだけど」


「ここは怪物の巣だから、どうしても受け身になる。ましてや、バラルさん以外はみんな初めてだし。チカラを温存しつつ、慎重に行こう」

 ジャシードは、ガンドの肩を叩いた。


 慎重に進むヒートヘイズと、鼠たちの睨み合いが続く。時折、彼らを試すように飛び掛かってくる鼠がいるものの、すぐさま近くにいる誰かに始末された。


 だが、動きがないのは表面だけで、縦横無尽に張り巡らされている穴の中は違った。鼠が通れるだけの大きさしかない穴では、忙しなく情報交換が行われていた。ついつい、下等生物だと思って見下してしまうその鼠には、知能が備わっているのだ。

 縦横無尽に張り巡らされている通路は、これまで誰にもその全貌を見せたことはない。人間が『層』と名付けている区分けなど、鼠たちには関係ない。


――入口の方から、人間が来た――


 鼠たちは侵入者たちの特徴を、言語ならざる言語で伝達していった。どのような姿をしているか、これまで犠牲になった仲間たちが、どのような手段で殺されたかを事細かに伝えていく。

 その情報は、少しも違えることなく、奥の方にいる『大人たち』へと伝えられていった。『大人たち』は情報を元にし、侵入者たちを確実に始末するべく、組織だって布陣を固めていく。


 ラットマンは、巨大な鼠が二足歩行している怪物だ。全身が毛で覆われており、鋭い歯と爪を備えている。暗闇でも問題なく見ることのできる視力を持ち、人間よりも優れた基礎運動能力を持っている。ラットマンが人間よりも劣っているのは、個体としての総合的な知能が低いことと、寿命が極めて短いことだ。

 数年で死んでしまうラットマンは、個体の知能が人間を上回ることはない。幼生である鼠の頃から、程度こそ低いものの、ある程度の知能を備えている。ラットマンは、それら知能を結び合わせ、ひとつの集合体として機能させる特徴を持っている。集合体としてのラットマンの知能は、人間一人の知能を大きく上回る。

 鼠の形をして生まれ、成長するに従って二足歩行を身につけていくラットマンは、リーヴの大半を占める怪物である。


 ヒートヘイズの五人は、第二層と呼ばれている地域に入った。第一層と第二層の間には、高低差もなければ、風景などの明確な差はない。


 ただ一つの差、それは──


「来た!」

 スネイルが警告の声を上げる。通路の奥は暗闇に包まれているが、スネイルの研ぎ澄まされた感覚は、迫り来るラットマンの一団を捉えていた。


 スネイルの警告を受けて、全員が武器を構え、洞窟の暗闇へと意識を向ける……。すると、暗闇の向こうから、風を切って迫ってくる物があった。しかし、それはジャシードの剣に弾かれて落ちた。


「矢を射てきたぞ」

 ジャシードは、地面に落ちた物を見て言う。矢を避けることもできたが、避けると言うことは、後ろへ矢が逸れていくことを意味する。後ろにいるのは、装甲が薄いマーシャやバラルだから、そちらへ攻撃を通過させることはできない。


「ここで戦うのは危険だ……もう少し広い場所があれば良いけど」

 そう言ったジャシードへ向けて、もう一本の矢が迫っていた。ジャシードは剣を振るおうとしたが、その瞬間を狙って、鼠たちが壁の上からジャシードに跳びかかる。

 しかし鼠たちの企みは、いち早く気づいたマーシャの電撃魔法で防がれ、ジャシードは問題なく矢を叩き落とすことができた。


「ありがとう、マーシャ」

「律儀にお礼を言ってる場合じゃないみたい」

 前方の暗がりからは、ラットマンが迫ってくる。その姿は、ガンドの魔法の光に照らされるほど近くなってきた。


 ラットマン達は、短めの武器を持っている。短剣に短槍、短弓と徹底している。今いる場所のような、狭い通路でも取り回しの良い武器だ。


 対してジャシードは長剣、ガンドは大きなハンマーだ。振っている途中に壁などに当たれば、威力が弱まり、狙いも狂う。それに、仲間に当てないように気を遣う必要すらある。


「おれとスネイルで前は何とかするから、ガンドは後ろと治癒魔法を頼む」

「分かった!」

 ジャシードはスネイルと視線を交わすと、ラットマンに向かって飛び出していった。


 ラットマンたちも、チューチューと何やら口籠もるような発音の鳴き声を上げ、突撃してきた。


 ジャシードの長剣ファングが、狭い通路一杯に振るわれる。


 先頭にいるラットマンは短剣で防ごうと構えたが、ジャシードの剣速と威力は、ラットマンの想像を遙かに超えていた。


 ジャシードはラットマンの剣を弾き飛ばし、その先にあった鼠顔もろとも切り飛ばした。


 しかし、その動作は大きく、振り抜けば胴体ががら空きになる。広い場所では上手く移動することによって、胴への攻撃を避けることもできるが、今は狭い通路だ。避ける場所がない。


 ラットマンたちもそれをよく分かっている。斬られたラットマンの後ろから、短剣を左右に持ったラットマンが、ジャシードの鎧の継ぎ目を狙って斬り掛かってきた。


 ジャシードは、まだそれを防ぐ体勢にない。それどころか、返した剣を振り下ろす準備をしている。


 ラットマンの短剣は、一直線にジャシードに向かっていった。その刃は、確実にジャシードを捉える――


――はず、だった。


 突如として暗闇から姿を現した、白く揺らめく剣があった。揺らめく剣は、薄暗い空間に白い軌跡を描いていく。

 白い軌跡は、突撃してきたラットマンの胴体へと吸い込まれるように伸びていった。


 そして次の瞬間、霧氷剣をラットマンに突き立てているスネイルの姿が表れた。


『ヂューッッッ!』

 ラットマンは叫び声を漏らす。


 それを見た隣のラットマンは、素早くスネイルに短剣を振り下ろす。スネイルに命中したかのように見えたその一撃だったが、スネイルの姿はふっと消えていった。


影跳シャドウステップ! 遅い遅い!」

 ジャシードのすぐ後ろに現れたスネイルは、振り向いてラットマンに向けて舌を出す。


 影跳は、スネイルがここ一年で会得した特技だ。


 アサシンと呼ばれる者たちには、気配を消し去る特技を中心として様々な応用があり、影跳もそのひとつに数えられる。気配を残像として残しつつ、自らは別の場所へと移動することで、攻撃を回避す特技だ。


 ジャシードが振り上げた剣は、スネイルの動きを待ってその刀身に紅い闘気オーラを纏い、足並みが乱れたラットマンに振り下ろされる。


 ラットマンは短槍を構えてその一撃を受け止めたが、闘気を纏ったジャシードの剣は、古びた武器をそのまま切断してラットマンに襲いかかった。

 ジャシードの太刀筋にいたラットマンは、悉く切断され、地面に倒れ込んだ。


 しかしまだその後方から、三体のラットマンがジャシードを狙っていた。二体は弓を番え、一体は短槍を構えて突撃体勢を取っている。


「任せて!」

 マーシャは声を上げると、狙いを定めて杖を振り上げた。


 轟音と共に、ラットマンの足元から業火が立ち上り、あっと言う間に三体を黒焦げの肉片に変えた。


「戦いづらかったけど、何とかなったな」

 ジャシードは、ファングを鞘に収めつつ言った。


「ふふん、おいらたちの敵じゃあないね」

「いい連携できてるわよねぇ」

「ジャッシュにスネイル、さすがの連携だったねぇ。マーシャの魔法も、いつもながら凄い威力だし、次は僕も活躍するぞぉ!」


「お前たち、まだまだ先は長い。今から調子に乗ってては、後で足下掬われるぞ」

 バラルはそんな小言を言いながらも、はしゃいでいる若者たちの背中を見て、少し羨ましい気分になった。

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