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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第五章 正義の在処
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風の怪物

 風巻きの谷――エルウィンの対岸近くにある、ウェルドから、北に徒歩で約一日の距離にある谷だ。比較的街から近いところにあり、街道からもさほど離れていないこの谷だが、冒険者であっても訪れる者は殆どいない。


 風が殆ど無い日でも、谷に入っていく空気は、谷から出て行く空気に引かれて加速する。加速した空気は、谷を一周してまた、入ってくる空気を加速させながら出て行く。風巻きの谷の風は、殆ど収まることがない。


 その谷へ、五人の者たちが踏み込んでいく。


「帽子が飛ばされちゃいそう!」

 マーシャは帽子を押さえながら、風に抵抗している。


「谷の入り口を抜けるまでの辛抱だ。谷の中も風は吹いているが、ここほど強くはない」

 同じく帽子を押さえているバラルが、マーシャに声をかけた。


「なるべく早く抜けよう。ここでウインドクロッドに捕まったら、みんな戦いづらい」

 ジャシードは歩みを早めた。


 ネルニードによると、風巻きの谷にはウインドクロッドが棲み着いていて、この風のせいで強さが増しているらしい。風は、ウインドクロッドのチカラそのものなのだ。


 谷の出入り口を抜けると、風は徐々に弱くなっていく。それというのも、谷の出入り口は狭く、その中はある程度の広さが確保されているからだ。速度は広さで分散され、全体として風の流れと空気の流れはあるものの、突風ではない風になる。


「はぁ、やっと帽子が飛ばされなくなったわね」

 マーシャは帽子を押さえていた手を離し、溜息を一つついた。


「まだ、油断するには早いぞ、マーシャ」

「へ、なんで?」

 マーシャはバラルの言葉に、素っ頓狂な声を上げた。


「アネキ、怪物が来る。初めての気配……ウインドクロッドってやつかな」

 スネイルは既に剣の柄に手を当てており、そろそろと前へ歩き出した。


「休む暇も無いわね」

「洞窟に入る前に文句を垂れていては、最奥地まで保たんぞ」

「ごもっともです、先生」

「うむ、気を引き締めていけ」

 マーシャに続いて、バラルも杖を手に取った。


「ウインドクロッドは、ここでは強いが、対策はある」

「どうするの?」

「まあ見ておれ」

 バラルはニヤリとして、余裕の表情だ。


「さあ、オーリスの鎧、張り切っていくぞ!」

 ジャシードは、胸当てをバシッと叩き、背中の鞘からファングを抜いた。


「お出まし」

 いつの間にか、スネイルは竜巻を引き連れて戻ってきた。


 ウインドクロッドは、普段は小さな空気の渦だが、風巻きの谷では竜巻と言える強さと大きさを持つに至る。無限に供給される風が、ウインドクロッドを延々と強化し続けるためだ。

 風巻きの谷に、暫くの間誰も来なかったと見えて、ウインドクロッドは竜巻並みに成長してしまっていたらしい。


「うわぁ……間引きの大切さが分かるねぇ……!」

 ガンドは、大きな竜巻を見て息を飲んだ。ウインドクロッドの高さは、ガンドの身長十人分よりも高い。


「行くぞ!」

 ジャシードは、臆せず竜巻に突撃していく。


「せっかくの鎧だ。活用させて貰うよ、オーリス!」

 ガンドも大きなハンマーを担ぎ、ジャシードに続いて走り出した。


「おっらあ!」

 ジャシードの剣は、スノウクロッドで体験した通り、当たり前の如く竜巻の中を素通りする。しかし、竜巻にほんの少しだけ、乱れが生じた。


 ジャシードの剣ファングは、宝石誘導で幾許かの魔法的なチカラを持っている。クロッドのような捉え難い怪物にも、その魔法的なチカラで影響を与えることができる……と言うのは、割と最近分かったことだ。


「うんぬぁ!」

 轟音を立て、ガンドのハンマーが竜巻が巻く方向に逆らって振るわれる。竜巻が一部乱れるが、即座に元に戻る。竜巻を維持するチカラを減らしたいので、ひとまずはこれで良い。


 空を斬る感覚しか無い、捉え難い怪物だが、ジャシードは全く怯まない。様々な経験を経て、簡単に諦めない精神が根付いている。

 ジャシードのような戦士は、自分に注意を向けさせ、仲間に影響がないようにするのも大きな役割の一つだ。おかげで、ウインドクロッドがジャシードから離れそうな気配はない。


 しかしそれは、ジャシードに攻撃が集中することをも意味する。


 ウインドクロッドは、巻き上げた石や砂を、巧みに操ってジャシードに向かわせる。風で加速した石は、ジャシードの胴を捉えたが、乾いた音と共にオーリスの鎧が弾き飛ばした。

 それでも全てを弾き飛ばせるわけではなく、一部の石は兜の隙間から入り込んで、ジャシードの顔に傷を付けた。


「金属の鎧って、凄いなあ!」

「感心している場合なの?」

 兜の下で笑顔になっているジャシードを見て、ガンドはあきれた。ガンドの顔も、幾つもの小さな石に打たれて、血が垂れている。


 ガンドは、自然治癒力を向上させる魔法『リジェネレーション』を、ジャシードと自分にかけた。小さな傷なら、これで十分、治癒可能だ。


「で、どうするの?」

 ジャシードとガンドの奮闘を見てから、マーシャはバラルの顔を見る。


「ま、見ておれ……」

 バラルは杖をぐるぐると回して振り上げ、勢いよく振り下ろした。

 バラルの杖から、突風が出て行く。目には見えないが、近くの草が大きく揺れたことで分かる。草を分けていく突風は、塵を吸い込みながら、竜巻の巻く方向に逆らってぶつかった。


 呻りを上げながら衝突した突風と竜巻は、それぞれ打ち消し合い、竜巻の勢いが大きく失われた。バラルは二度三度と、突風をぶつけては、ウインドクロッドの勢いを削いでいく。


「風で成長するウインドクロッドだが、連続的に逆方向のチカラを受けると弱まる」


「カッコイイ! さすが大魔術師!」

 スネイルは、これを待ってましたと言わんばかりに、焦熱剣と霧氷剣を抜き放つ。剣は揺らめきと共に、竜巻を切り裂いた。

 オーリスの宝石誘導で、強い魔力が籠もった二振りの剣は、ウインドクロッドを構成する風と魔力を弱らせた。

 初めこそ、竜巻のような大きさと強さのあったウインドクロッドだったが、相次ぐ攻撃によって、大きさも高さも威力も失われていった。


「見えた!」

 スネイルは、渦巻く風の中に、ウインドクロッドの『核』を見つけた。しかし、まだ三メートル以上の高さにあり、スネイルにはとても届かない。


 しかし、スネイルには奥の手があった。


「ガンド、あそこまで頼む!」

 スネイルは、ウインドクロッドの核を指さし、ガンドに向かって走り込んでいく。


「ん、任せろぉ!」

 ガンドはスネイルがやりたいことを察し、腰を曲げつつハンマーを下から背中側へ振り上げる。走り込んでくるスネイルに合わせ、ハンマーを振り上げる。


「おおりゃぁっ!」

 スネイルは、ガンドが掛け声と共に振り上げるハンマーをひと蹴りして、その威力と反動で高く跳び上がった。


「いッただきィ!」

 小柄で体重の軽いスネイルは、あっと言う間にウインドクロッドの核付近に到達する。


 襲い掛かる小石でたくさんの傷を負いながらも、目にもとまらぬ速さで両手の揺らめく剣を振るった。幾筋もの揺らめきの軌跡が、空中に残っては消えていく。


 空中で振るった剣を両腰の鞘に納め、くるりと回転したスネイルは、華麗に着地した。


 核を破壊されたウインドクロッドは、風を巻くチカラが無くなり、まるで何も無かったかのように、核の欠片を残して消え去った。


「よっし!」

 スネイルはガンドと拳を合わせ、喜んでいる。この二人は、もはや相棒と呼んでいい。


「さすが、息ぴったりだ」

 ジャシードは感嘆の声を上げた。


「すごーい! 先生も凄いけど、ガンドとスネイルも格好良かったわ!」

 マーシャは、バラル『先生』と仲間たちを拍手で称えた。


「オーリスの剣も、サイコウだ!」

 スネイルはとてもご機嫌だ。


「次はお前がやるのだぞ、マーシャ」

「頑張りまぁす!」

 マーシャは、風の魔法を会得するため、バラルに師事している。風の魔法は習得が難しく、独学よりもバラルに教えを請う方が早道だとマーシャは判断していた。


 竜巻並みのウインドクロッドは他に二体居たが、風の魔法を使うのがマーシャに代わったのみで、同じような流れで各個撃破していった。


「結構、強い風が出てくるようになったわね。もう空を飛べるんじゃないかしら」

 マーシャは杖を振りながら、風のチカラでくるりと一回転して見せた。


「おおっ、アネキかっこいい!」

 スネイルは拍手を送っている。


「まだまだ、無駄が多い。空高く飛んだとして、途中で気を失ったらどうなるか、想像はつくだろう」

 バラルは素早くマーシャに言った。命に関わる思い上がりは、即座に思い知らせてやらねばならない。


「あぁ……ぞっとするわね」

 マーシャは、自分が落ちていく姿を想像して身震いした。


「その可能性があるうちはダメだ。もっとチカラを上手く使って、最小限のチカラで、高く浮き上がれるほどの強い風を出せるようにならねばな」

「そうね……もっと努力する」

「そして努力も必要だが、こう言った事で大切なのは、気付くことだ」

 バラルは人差し指を立てながら言った。


「気づくこと?」

「そうだ。より強い魔法を使うには、鍛錬も大切だが、無駄を排除する取り組みも大切だ。できる限り、自然にできるようになると良い。これを繰り返していると、いつの間にか大きく成長できる」

「そう言う事ね、やってみるわ」

 マーシャは拳を握り締めた。


「よろしい。授業料は、キッスで良いぞ」

「え……。ええぇ……」

 マーシャはあからさまに嫌そうな顔をしている。


「感謝の気持ちも無いのか、お前は」

 バラルはムッとした表情を浮かべた。


「もう、仕方が無いなあ……。恥ずかしいから目を瞑ってよ、先生」

 マーシャが唇を尖らせて言う。


「ん……こうか?」

 目を瞑ったバラルの唇に、フワリとした感触が触れた。


「おお……!」

 しかし目を開けたバラルの目の前には、マーシャの姿はなかった。


「どう? 風の魔法って便利ねぇ」

 マーシャはニヤリとしながら、杖をクルクル回している。


「おっちゃん、風とキッスできて良かったな!」

 すかさずスネイルが冷やかしに来て、弛んできた腹を肘で突っ突く。


「ぐ、ぬぬ……!」

 バラルは黙ってスネイルの肘を叩き、思わず唸り声を上げた。



 風巻きの谷を進んだ一行は、リーヴの入口に辿り着いた。入口は余り大きくはなく、大人が一人通れる程度だ。


「よし行こう」

 ジャシードは全く躊躇うことなく、リーヴへと足を踏み入れた。


「なんかこう、頑張るぞ! とか、気を付けていこうな! とか、そう言うのはないの?」

 暗がりを行くジャシードの背中を眺めながら、ガンドは不満そうにしている。


「いいから、とっとと入れぇ!」

 スネイルがガンドの視界の端で、焦熱剣と霧氷剣を抜き放つ。直接見ていなくても、剣の揺らめきが分かる。


「うっわ、スネイル、物騒な真似すんなって! 入る、入るから! それ怖すぎ!」

 ガンドは慌ててリーヴへと入っていった。


「うはは、効くねぇ!」

 スネイルは剣を鞘に納めながら、後に続く。


「ヒートヘイズは飽きなくて良いな。実に個性的だ」

「ふふ、ホントにそうね」

 マーシャはバラルにニッコリ微笑んで、暗闇に足を踏み入れた。

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