表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第五章 正義の在処
95/125

職人の技

「どう? ちゃんと大きさは合ってる?」

「ちょっと、腕の穴が下に広がってるとピッタリ来るんだけど、すぐには直せないよね」

 ジャシードが、オーリスが作った金属の鎧を着ようとしているところだ。


 着ると言っても、金属の鎧は柔らかくない。長袖のシンプルなシャツの上に、まずは長袖の鎖帷子くさりかたびらを着る。それから鎧の前の部分、後ろの部分をそれぞれ前後から合わせ、脇腹付近にある金具で止める。

 オーリスが思っていたよりも、ジャシードにはしっかりとした筋肉が付いていたため、腕を通す穴がきつかったようだ。


「任せてくれよ。僕だって考えも無しに、金属の鎧は持ってこない」

「え!? 直せるの?」

「金具を外しておいて」

 驚くジャシードにニヤリとした表情を向けると、オーリスは持ってきた大きな袋に手を突っ込んだ。


 たくさんの工具が入っていそうな音のする袋からオーリスが取り出したのは、円柱を縦に割ってあるようなものと、大きめの金槌だ。

 腕の穴の部分に半円柱をあてがい、オーリスはその場で金槌を振り始めた。金槌が当たる毎に、硬いはずの鎧を容易く補正していく。


 レムリスの朝に、鎧を打つ小気味よいリズムが響き渡る。昨日の夜は、女性二人を除いて全員が酔ってしまい、オーリスの発表はスネイルの部分だけで終わっていた。

 しかしオーリスは、ヒートヘイズの全員に手土産を持参しており、朝食の後に手渡したのだった。


 ジャシードとガンドには、金属の鎧だ。重量こそあるものの硬度は申し分なく、できる限り動きやすいように、随所にオーリスなりの工夫がちりばめられている。


「鉄って、熱くしないと打てないと思ってた」

 オーリスの仕事ぶりを見ながら、ジャシードは感心していた。オーリスが加工している部分だけ、柔らかくすら見える。


「ふふふ。ハンフォードさんに教わったんだ。鉄をほんの少し、打ちやすくする方法をね」

 オーリスは、鎧から全く目を離さずに答えた。


「へぇ、凄い技術だな。オーリスはそう言うのを、たったの二年で習得したわけだよね」

「もちろん、毎日毎日、休まず練習と学習の日々だったよ。今日の日を目標にしてね」

 少しだけ手を止めて、何処か遠くを見つめてから、オーリスはジャシードに微笑む。


「かなりの努力をしたんだろうね」

「ジャッシュなら、僕の苦労も分かるはずさ。……正直、今日には間に合わないと思っていたけど、何とかなった」

 オーリスはジャシードの身体と見比べながら、鎧の微調整を始めた。金槌の音が小さく、細かくなる。


「さすがはオーリスだね。それにしても、あのハンフォードさんが、誰かに何かを教えるなんて……」

「あっはは、確かにね。最初は苦労したよ。毎日毎日、葡萄を持っていく日々でさ。最初は、ハンフォードさんを勝手に眺めているだけだった」

 オーリスは思い出し笑いをしている。


「ああ、わかるよ……」

 ジャシードもハンフォードを思い出していた。研究途中だというのは分かるが、気に入らないと素っ気ない反応を見せる、とても気難しい老エルフだった。


「ひと月続けていたら、ハンフォードさんの方が根負けして、それからはとんとん拍子さ。毎日が新しい事で、こんなに充実した日々は無かった」

 少し額に汗を光らせるオーリスは、楽しそうに金槌を振るっている。


「オーリスが楽しそうで良かったよ。ずっと気にしていたんだ。オーリスが戦えなくなって、未来が無くなったような気分になっていないかってさ」

「不思議とそうはならなかった。もちろん、戦えなくなったと分かったその時は、落ち込んだけれど……。すぐに気持ちを切り替えたよ。僕にできることは何かってね」

「うん。さすがは、オーリスだ」

 ジャシードは感心しきりだった。もし、自分が同じ境遇になったとして、オーリスほど上手く気持ちを切り替えられるだろうかと考えていた。


「よし、これでどうかな」

 オーリスは再び鎧をジャシードの身体に合わせた。


「ちょうど良いよ! ありがとう、オーリス」

「どういたしまして」

 オーリスは金髪を揺らしながら、爽やかな笑顔を見せた。


「おっ! ジャッシュ、似合ってるねぇ!」

 ガンドが部屋に入ってきた。


「次は君の分だよ、ガンド。ジャッシュのよりも、手直しが必要そうだ。君がそんなにガッシリしてるとは思っていなかったからね」

 オーリスは鎧を取り上げながら、鎧とガンドを見比べた。どうやら、鎧の方がやや大きいようだ。


「努力の成果を見ろぉぉ!」

 ガンドはチカラこぶを作って見せた。


「うん、ぶよぶよが無くなって本当にガッシリしたね」

 オーリスは、ガンドの腹をペチンと叩いた。脂肪は感じられず、とても締まった印象の触り心地だが、腹が凹んでいるわけでもない。筋肉と脂肪のバランスが、ガンドなりに良いと言える。


「うっ! 腹に攻撃とは反則だ!」

「この程度で文句を言うようじゃ、まだまだ鍛えないとね」

 オーリスはニヤニヤしている。


「僕は後衛なんだよね、一応」

「暇だから前で戦いたいって、言ってなかったっけ」

 ジャシードはガンドの言葉の端をつまんで言った。


「もちろん、やれる時はやる!」

 ガンドは武器を振るう仕草をしている。


「ガンドが『やれる時』が、オーリスの鎧で増えそうだな」

 ジャシードもガンドを真似て、剣を振るう仕草をしている。


「え、そうなるの?」

「任せてくれ賜え! 早速取り掛かるよ」

 オーリスは早速、ガンドの身体に鎧を軽く合わせて、どこをどうすれば良いかを確認した。


 オーリスの仕事は、鎧を打ちやすくする技術によって、素早く進められた。腕回りを広げ、首回りを広げ、反対に腹回りは窄ませた。何度か、ガンドの身体に合わせつつ、補正作業が進んでいった。


「そう言えばオーリス、そろそろ武器を新調したいと思っているんだけど、どんなのがいいと思う?」

「そうだね……ジャッシュは動きも素早いから、長剣のイメージがあるけど、双剣で戦うのもいい気がしているんだよね」

 オーリスは作業の手を休めずに、ジャシードの戦いぶりを思い出していた。


「双剣かあ。確かに二本あった方がいいなって思ったこともあったけど……。長剣と双剣だと、戦っている最中に切り替えることを考えれば、剣を三本持つことになるよなあ」

「長剣を背負って、腰に二本持つ感じ?」

「いやあガンド。動きづらくて仕方がないだろう?」

「だよねえ……。剣がくっついたり、離れたりすれば良いのに」

「あっはは! ガンドの発想は自由だなあ」

「だったらいいなと思っただけだって」


「……いや……ガンド、それ、作れるかも知れない!」

 オーリスがふと手を止めて、何かを思い出したように言った。


「オーリスまで、冗談のつもり?」

「ジャッシュ。宝石誘導には、二つの効果があるんだ」

「二つの効果?」

 ジャシードとガンドは、同時に首を傾げた。


「そう。一つは、何か物に付加的な効果をつける。スネイルのダガーみたいにね。もう一つは、物を変質させる。ジャッシュのファングや、スネイルのワスプダガーは、まさにそれだ」

「なるほど……ついでに言えば、僕の兜もそうだね。革なのに、かなり硬いし」

 ガンドは自分の頭を指さしながら言う。


「確かに……ん? もしかして、くっついたり、離れたりする物を作れる?」

「恐らく、だよ。ジャッシュ」

 オーリスは少し強調しつつ言った。


「へえ、言ってみるモンだねえ、自由な発想をさ」

 ガンドは何やら得意げだ。


「アブルスクルと言う怪物を聞いたことがある。それは、くっついたり、離れたりできる怪物らしい」

「それを倒して部品を集めれば良いのかな。それはどこにいるのか、知ってる?」

「ネルニードさんから聞いたんだけど、どこに行っちゃったのかな」

「鎧が仕上がったら、探しに行ってみるよ」

「そうだね。さて、仕上げに取りかかろう」

 オーリスは、再び金槌を手に取った。


◆◆


『ご主人様マスター。面白いものを捕らえました』

 全身甲冑に身を包んだ男の側にあった水晶が、鈍く明滅している。


「ザンリイクか。何だ、面白いものとは」

 男は水晶に話しかける。


『素晴らしい戦力を手に入れました。過去に失ったと思っていた物に、魔法力を送ってみたところ、近くにいた者を捕らえることに成功しました』

「随分、勿体ぶるな、ザンリイク。何を捕らえたというのだ」

 水晶に話しかけている男は、左手で頬杖をつき、右手の人差し指を椅子の肘掛けにコツコツと打ち付けている。ザンリイクが捕らえた者が何かを告げると、男の指が止まった。


「そいつは解放しろ」

 男は、有無を言わさぬ口調でそう言い放った。


『何故ですか……! コイツを使えば、殆どの人間を殺戮できます!』

 くすんだ水晶から、焦りを含んだ、戸惑いの声が聞こえる。


「誰が殺戮しろと言った? 勝手な行動を取るな」

『し、しかし……』

 ザンリイクの声が尻すぼみになる。


「お前は誰に仕えている?」

『ご主人様マスターでございます』

「では、私の命令に従え」

『は……し、失礼します』

 水晶の鈍い明滅が止まり、元のくすんだ色の水晶になった。


「ザンリイク……いよいよ、使いにくくなってきたな。だが、実験の成功まであと少し……。物さえ完成すれば、あとは用なしだ」

 全身を甲冑に包んだ男は、再び肘掛けを人差し指で叩き始めた。



「何故ご主人様マスターはあのようなことを言うのだ! 人間を殲滅する、これ以上ない駒を手に入れたと言うのに!」


 深い闇に覆われた場所で、くすんだ水晶に向かって悪態をつく者がいた。灰色のローブを纏うその者の名は、ザンリイク。かつて赤い目を使い、フグードやスィシスシャスにチカラを吹き込んだその者は、くすんだ水晶に背を向けると、辺りにある物を投げ散らかしていた。


「人間を根絶やしにするために、こうしてずっと、研究をしていたのだ。この機会、逃してなるものか! 開放などするわけがない!」

 ザンリイクの声が、暗い闇に響き渡る。闇のどこからか、その声に反応した怪物たちの唸り声が帰ってくる。


「お前たちの悲願でもある、我々の世界を作ってやるぞ!」


「だが今は、少し我慢して待とう。彼奴あやつにこれを授け、我らが悲願を達成するのだ……」

 ザンリイクは、捕らえた者が自らの住処へ来るのを待つ事にした。改良した、新しい魔法の赤い目を愛でながら、その時を待つことにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング

Rankings & Tools
sinoobi.com

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ