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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第五章 正義の在処
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果たされた約束

 ジャシードたちが家の扉を開けると、とても良い匂いが漂ってきた。ソルンが料理に腕を振るっている様子だ。


「アニキおかえり!」

「ごめん、スネイル。待たせたね」

「待ってないよ!」

 スネイルは慌てて言った。


「起きてすぐに『腹が減った! もう待てない!』とか言ってたのは誰だったかな」

 バラルがパイプの煙をゆらゆらと漂わせた。


「待ってました! 待ってましたアニキ! おいら実は待ってました!」

「ぷっ、何それ」

 ジャシードはスネイルの慌てぶりを見て吹き出した。素直すぎるほど素直なのは、スネイルの良いところだ。


「アァ!」

 ジャシードの肩に、カラスのピックが飛んできてひと鳴きした。


「やあ、ピック! お利口さんにしてたかい?」

 ジャシードはピックの頭を指で撫でてやると、ピックはジャシードの耳たぶを甘噛みした。


「やあ、スネイル! 約束を果たしに来たぞ!」

 オーリスが、ピックとじゃれているジャシードの後ろから顔を出し、両手の拳を突き出し親指を立てた。


「約束!?」

 何のことだか分からないスネイルは、親指を立てるモーションだけ、真顔で取り敢えず真似ている。


「そうさ。楽しみにしていてくれたまえ。ここに座らせてもらうよ」

 オーリスは何故か自信満々に言って、空いている椅子に腰掛けた。


「そう言えばオーリス、あなた自分のお家に顔を出してきたの?」

 マーシャは、オーリスの隣に座りつつ、少し心配していることを口に出した。


「いいや。家と家族を捨てて出て行った奴が、今更ノコノコと戻っていく場所なんてありはしないよ」

「そう、オーリスがそう言うんなら、いいんだけど」

「問題ないよ。僕は僕の居場所を既に見つけているから、心配には及ばない」

 オーリスは素っ気なく言った。イレンディアでは、本人の決定がとても重要視される。本人がそう言うのであれば、よほどのことがなければ、その他の誰も決定に口を出したりしない。


「ねえソルンおばさん、パパたちは、今日はいつ頃戻るのかしら?」

 マーシャはキッチンに歩いて行った。


「約束って、何だっけ……何だったっけ……」

 スネイルは一所懸命考えていたようだが、まだ記憶が繋がっていないようだ。


「オーリスは、まさか一人でドゴールから荷物を引いてきたんじゃないよね」

 悩んでいるスネイルを見ながら、ジャシードはオーリスに問いかけた。


「まさか。でも護衛は付けたよ。ネルニードさんをね」

「へえ、ネルニードさんなら、一人いれば十分だね。それにしても、護衛なんかやってくれるんだ」

 ジャシードは素直に驚いた。自分のやりたいことしかしないネルニードが、誰かの護衛を引き受けるというのは想像できなかった。


「確かに。自分にしか興味が無い男かと思っておったが、このところの行動は、何年か前とは大違いだ」

 パイプをふかしながら、何となく聞いていたバラルも同意した。


「彼は、今や上客だよ」

 二人の疑問を補うように、オーリスが少し説明を付け加えた。


「客?」

「そう、僕にとってはお客様でもある。後で説明するさ」

「なんだか、二年で何があったのか、色々と聞いてみたくなったよ」

「後でかいつまんで説明するさ」

 オーリスはそう言いながら微笑んだ。


「楽しみにしておくよ。ところでネルニードさんは元気だった?」

「彼が元気がないなんて言うのは、想像もできないよ」

「ふふっ。確かにね」

 ネルニードは『いつも一定』な人物だ。いつも『あの調子』を維持している。お調子者のような、惚けた感じが抜けることがない。そんな姿を思い出して、ジャシードは頷いた。


「ジャッシュにオーラフィールドを伝授してから、張り合いがないって言ってた。弟子ができたみたいで、嬉しかったみたいだね」

「一年近く、ネルニードさんにはお世話になったからね。おかげでチカラの使い方を覚えた」


 以前のジャシードは、無意識下でオーラフィールドを展開し、危機を何度か切り抜けてきた。しかしスノウブリーズとの衝突を経て、ネルニードはそんなチカラの使い方はしてはならないと、強くジャシードに言い聞かせていた。それでもグランメリスでは、ラグリフに対してオーラフィールドを使ってしまった。

 ジャシードはネルニードに、叱られる覚悟でその事を報告した。だがネルニードは叱ることはせず、良くチカラを制御したと褒め、それから一年かけて正しいチカラの制御方法を伝授してくれたのだ。


「ネルニードが、オーラフィールドを伝授したというのも、わしにとっては謎だ。奴は、自分さえ強ければ良いものかと思っておったが……だとすれば、だ」

 バラルはオーリスに意味ありげな視線を向けると、パイプを灰皿にコンと叩いて燃えかすを落とし、オーリスはその視線を黙って受け取った。


「それで、そんな弟子みたいな人の家には、ネルニードさんは来ないのかい?」

 ジャシードは、ネルニードとの一年間を思い出しながら言った。


「ジャッシュはもう独り立ちできるから、いちいち顔を見なくてもいいんだってさ。きっと弟子の顔を見ると、いろいろ言いたくなっちゃうんじゃないのかな」

「そんなもんかな、師匠って」

「そんなモンなんじゃない? 君もいずれ弟子の一人や二人、取ったりすることもあるだろうし、その時に師匠たちの気持ちが分かるんじゃないかな」

「そんな時は来るのかなあ」

「どうだろうね。楽しみにしようじゃないか」

 オーリスの言葉に、ジャシードは肩を竦め、バラルは気づかれないほど小さく鼻で笑った。


「さあさ、皆さん。お待ちかねのご馳走の時間よ!」

 ソルンとマーシャが、それぞれ大皿を運んできた。更の上には大きな肉の塊と、周囲に瑞々しい野菜が盛り付けられている。野菜を中心に煮込んで作られているソースが、肉の焼けた香りと相まって、良い匂いを漂わせている。


「おお! 良い匂い!」

「本当だ。ソルンさんの食事は、いつも凄く美味しいんだよね」

 スネイルとガンドは、クンクンと鼻を鳴らした。


「お褒めの言葉は、食べてからにしてね」

 ソルンはウィンクして、キッチンに戻っていった。


 間もなくセグムとフォリスが帰ってきて、我が子『たち』との再会を喜んだ。


「さあ、今日は『我が二番目の息子』スネイルの成人祝いだ! ブッ潰れるまで食べて飲んで、祝おうじゃねえか!」

 セグムは立ち上がって、エールを注がれたマグを高く掲げた。


「なんか、なんか、照れくさいぞ」

 セグムの隣に座らされたスネイルは、背を丸めて何だかモジモジしている。


「オラァ! 成人なんだから堂々としろおお!」

 セグムに背中を叩かれたスネイルは、無理矢理背筋を伸ばされた。


「せ、成人だ! よろしく!」

 スネイルはセグムの勢いに押されて立ち上がり、初めてのエールを喉に流し込む。


「うぇぇ……苦い」

 スネイルが渋い顔をして、予想通りの展開にみんなが笑った。


「スネイルは、無理しないでジュースにした方がいいんじゃない?」

「アネキ、おいらは酒が飲みたい」

 スネイルはようやく届いた大人の世界に、小さい身体で背伸びをしてでもしがみつきたいようだ。


「なら、ワインにしたらどう?」

 ソルンがワインボトルとグラスを持ってきて、スネイルに注いでやった。


「お、これは飲める。オトナだ!」

「ふふ、お口に合って良かったわ」

 スネイルの表情を見て、ソルンも満足そうだ。


「さて、今日は僕からも、報告があるんだ」

 オーリスが立ち上がった。


「報告ってなあに?」

「まあまあ、聞こうじゃないか」

 マーシャの質問を、一旦ジャシードが抑えた。


「僕は戦えなくなったあの日、戦えなくなったと分かったあの日から、新しい道を歩むことを決めた。僕はハンフォードさんに頼み込んで、弟子にしてもらったんだ」

 オーリスは、荷台から家に入れた大きな袋の一つへ歩いて行き、ひと振りの短剣を取り出した。


「これは、僕が打った短剣だ。レイピアはまだまだ上手く振るえないけれど、金槌は平気だった」

「おお! すっげえ! オーリスは鍛冶屋なのか!」

「まだ驚くのは早いぞ、スネイル」

 そう言うと、オーリスは袋からもう一振りの短剣を取り出した。シンプルな鞘から、短剣をゆっくりと引き抜くと、鞘から橙色に揺らめく刀身が現れた。


「これは、君たちが倒したワイバーンの爪などを、僕が宝石誘導して造り上げた短剣だ。六時間に一回だけ、使い手が合い言葉を言ったときに炎が出る」

「炎が……出る!?」

 ガンドが驚きの声を上げた。


「そう、出るんだ。だいたい、三メートルぐらいの火柱になる。そして通常は、熱を発する短剣として攻撃できる。火や熱に弱い相手になら、かなりの威力を発揮できるはずだ」

「おぉぉ、すげぇぇぇ!」

 スネイルは、オーリスの発表を見て、目をキラキラさせている。


「まだあるよ」

 オーリスは、袋からもう一振りの短剣を取り出した。同じようにシンプルな鞘に収められている短剣は、先ほどのものよりも細身の様子だ。


「これは細身に作った短剣に、スノウジャイアントの爪と、氷の欠片を込めた物だ」

 そう言いながら、オーリスは短剣を引き抜いた。仄かに白く輝きを発している刀身が目を引く、素晴らしい短剣だ。


「通常は、霊気の短剣として攻撃できる。ワイバーンのように、火炎を操るような怪物には、かなりの威力を発揮できるはずだ。こちらも六時間に一回だけ、合い言葉を言うと、強い冷気を発生させることができる」


「凄いな……そんなの、ハンフォードさんですら、作れないんじゃないのかい?」

「いや、ジャッシュ。この二年間で、僕とハンフォードさんはたくさんの実験をしてきた。今や、宝石誘導の技術は飛躍的な進歩を遂げた……ってハンフォードさんが言っていた」

「そうなんだ……それを身につけたオーリスは、本当に凄いな」

「凄く努力したというのは認める。僕は家を捨てて出て行った身だ。タダでは転ばないよ!」

 オーリスはジャシードに微笑み、ジャシードは大きく頷いた。


「で、だ。この短剣ふた振りは、スネイルへの僕からの成人祝いだ。受け取って欲しい。……鞘に洒落っ気がないのは、僕に美麗な細工を施す才能がないからさ……」

 オーリスはポリポリと頭を掻きながら、スネイルに短剣を差し出した。


「え!? えぇぇぇ!? い、いいの? お、おいらが貰っていいの?」

「この短剣は、スネイルに持たせてあげたい武器を想像して造り上げたものだ。その頃は、こんな剣ができるとは思っていなかったけれど、ほぼ思い通りの物ができて、とても満足してる。二年前に決めたんだ。僕は、ヒートヘイズを抜けても、ヒートヘイズの役に立ち続けたいって。だからスネイル、これは君に使って欲しいんだ。それに、二年前に成人祝いに何か贈るって約束したろう? 一緒に祝えないかと思ってたけど、何とか間に合って良かったよ」

 オーリスは、ニッコリと微笑んでいる。


「ああ……約束!! オーリス、ありがとう……ありがとう、オーリス!」

 スネイルは短剣を受け取ると、交互に少しだけ鞘から引き抜いて、しげしげと眺めた。


「ほぉ、こんなものを作れるようになるとは……。ハンフォードに頼むとややこしいから、お前に頼めるようになるなら、ハンフォードに紹介して無理矢理押しつけた苦労も報われる」

 バラルはスネイルの短剣を眺めながら、パイプの煙をゆらゆらと漂わせている。


「バラルさん、その節は本当にお世話になりました。バラルさんが色々と手配してくれなかったら、僕は立ち直れなくなっていたかも知れません。本当にありがとうございました」

 オーリスは立ち上がって頭を下げた。


「よせ、オーリス。若い者たちに、進む道を用意することができる者は多くない。わしははその役ができて、満足しておるぞ」

 バラルはオーリスに微笑みながら言った。


「バラルさん……あなたという人は……。僕の人生だけでなく、世界を変えた大魔術師なのに、何故こんなにも謙虚なのだろう」

 オーリスは再び椅子に腰掛けながら、溜息交じりに声を出した。


「そんな人が、うちで何気なく食事してるんだもんね。凄いわよねぇ」

「いつも近くにいる人だから、なんか実感が湧かないけど、改めて考えると凄い人なのよね」

「やめい、ソルン、マーシャ。むず痒いわい」

「あら、もしかしたら、ただの照れ屋さんなのかも?」

 バラルの反応を見て、マーシャが冷やかすと、バラルは渋い顔をした。


「それにしても、いいなあ、スネイル。素敵な贈り物を貰えて。僕もレムリスで成人になりなおしたい」

 ガンドはそう言ってエールを飲み干した。


「ちゃんと、みんなの分もあるよ。でもそれは、みんなのお腹が満たされてからだ!」

 オーリスはニヤリとして、フォークを手に取った。


 ソルンが腕によりをかけて作った料理は、とても豪華だった。エルウィン育ちの豚肉、レムリスで釣り上げられた魚、ウェルド育ちの野菜。デザートには、オフィリア育ちのフルーツ。酒は、メンダーグロウ育ちのブドウで醸造されたワイン、ネクテイルで醸造されたエール。食卓はイレンディア各地の特産品で満たされている。


 ゲートのおかげで、全ての街の人々は、他の街で栽培している食材を手に入れることが可能となった。ゲートはイレンディアの街を一つにし、人々が豊かな生活を送れるようにしてくれたのだ。


 この日も、ジャシードとマーシャの成人祝いでそうだったように、セグムは酔いつぶれてフォリスと共に夢の国へと旅立った。


 その夜は、それぞれが心の底から楽しい時間を過ごした。笑いの絶えぬ、素晴らしいひとときだ。


 スネイルは、楽しい時間に身を委ねながら、改めてこの家庭に入ることができたことを心から感謝した。どん底だった彼の人生は、この家庭のおかげで最高になったのだから。


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