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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第四章 ひとつになる世界
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怒りの一撃

 ラグリフの私室の一つでは、ラグリフとマーシャの攻防が繰り広げられていた。ラグリフはマーシャを追い、マーシャは必死に転がる。ラグリフも面白がって、敢えてゆっくりとマーシャを追い立てる。マーシャは次第に部屋の隅へと追い込まれていった。


「こ、来ないで!」

 マーシャは叫ぶ。だが、その声は空しくも部屋にこだまするのみだ。接近するラグリフを蹴ろうとしてみるが、そもそも非力なマーシャの蹴りなど、全く有効打にならない。


「もう一回、眠った方がいいかね? 眠っている女を触るのは、趣味では無いのだが」

 ラグリフは懐に手を差し込み、小さな白い玉を取り出した。


「私はアサシンでありながら、こう言った物を作るのに長けていてな……。これはあの煙の威力が弱い物だ。指ですり潰して、ふっと顔の前を通過させれば、またお前は眠くなってしまう」

 ラグリフは余裕の笑みを浮かべた。勝者の笑みは同時に、悪魔の笑みにも映る。


「よ、寄らないで! あっちに行ってよ!」

 ラグリフの表情を見て、マーシャは更に暴れようとしたが、以外にも力強いラグリフの腕が足を押さえ込んだ。


「どうせ助けなど来ない。好きに暴れさせても良いかも知れんな」

 ラグリフは、白い玉を懐に仕舞い込み、再びニヤリとしてマーシャに迫る。


「嫌あああ! ジャッシュ!!」

 マーシャの叫び声が、再び部屋にこだました。


 その時突然、ベランダ側の窓が大きな音を立てて吹き飛び、部屋に一人ずかずかと入ってきた。


「邪魔するぞ!」

 窓から入ってきた人物が声を張り上げた。


「あ……ああ……!!」

 マーシャは、入ってきた人物を見て、思わず涙が出た。


「ジャシードじゃなくて済まんな、マーシャよ」

 とんがり帽子に質素なローブを纏い、美しい装飾がついた杖を持っているその人物は、バラルだった。


「誰だ貴様は! どうやって……」

「挨拶が遅れてすまんな。わしはバラル。人々は、わしを大魔術師と呼ぶ……なんてな。マーシャ、わしに惚れるなよ!」

 バラルは杖を突き出し、ニヤリと笑って見せた。


「何が大魔術師だ。老いぼれ一人で来たことを後悔させてやる!」

 ラグリフは身構え、懐から短剣と煙玉を取り出した。


「一人なのは、お前さんの方だぞ。状況を察するに、衛兵も遠ざけておることだろう。さあ来い!」

 再びバラルはニヤリとして、床を杖でコンコンと叩いてから、勢いよく振り上げた。


 杖で叩かれた床の辺りが青い輝きを放ち、床から青白い揺らめきが出現した。


「何だその魔法は!? 何かと思えば目眩ましか? 脅かしおって!」

「驚いたのか? いやいや、驚くのはこれからだぞ?」

 ラグリフにバラルが言い放つ。


「マーシャ!」

 揺らめきからジャシードが飛び出てきて、続いてスネイル、ガンド、シューブレンが飛び出てきた。


「なっ!? なんだと!? どうやって……。だ、だが、何度来ても同じだ!」

 ラグリフは目を見開いて仰天したが、すぐに煙玉を炸裂させた。煙はジャシードたちに向かっていく。


「ほう、これが例のヤツか。こんなもの、分かっていればいくらでも対処できる」

 バラルは青白いゲートを消し、杖をひと振りした。すると杖から強い風が吹き出し、煙を屋外へと運んでいく。


「く……!」

 ラグリフはドアの方へと走り、脱出を試みようとした。


「させるかよ!」

 シューブレンは、素早くドアの前に立ち塞がった。


「丸腰で何ができる!」

 ラグリフはシューブレンに斬り掛かり、シューブレンの腕に切れ目が入る。


「丸腰でも、壁になることぐらいはできる!」

 シューブレンは、斬られても怯まず、ドアから離れなかった。ラグリフの突きがシューブレンを何度も襲う。しかしシューブレンも上手く躱して、それ以上斬られることはなかった。


「ラグリフ、あなた……お前には、マーシャに、僕たちに……スノウブリーズに、レリートさんに、エリナさんに……きっと他の人にも……。酷いことをした報いを受けてもらう!」

 ジャシードは、力場の紅い靄に包まれた。


「ま、待て……。望みは何だ! お前の望みを何でも叶えてやろう。だから……」

 ラグリフは短剣を床に置き、両手を上げた。


「望みか。お前がもう二度と、立ち直れなくなることだ!」

 ジャシードは、ラグリフに向かって一直線、地面を蹴って距離を詰めた。


「愚かな! フォースフィールドなぞ、私のペネトレイトショットで貫ける!」

 ラグリフは床に置いた短剣を足で踏み、跳ね上げて掴むと、突進してくるジャシードに向かって黒い渦を纏った突きを放った。


「僕は……それでも、お前を倒す!!」

 ジャシードのオーラは強い紅のオーラに変化し、輝きを増していく……!


「あ、あれは……! おれたちを圧倒した、紅のフォースフィールド……」

 シューブレンが呟く。


「お前みたいな思い上がりを、何人も、何度も始末してきた! 同じように死ねい!」

 ラグリフの突きは、まっすぐにジャシードに向かっていった。


「お前が、どれだけ、自信を持っていようと……!」

 ジャシードはラグリフの黒い渦を纏った突きを、左手のオーラで受け止めた。黒い渦が紅の光に弾かれ、空中に散っていく。


「僕は、その上を行く!!」

 ジャシードは、強く握りしめた拳を、ラグリフの鳩尾みぞおちに叩き込んだ。


「あが……!!」

 ラグリフの身体がくの字に曲がり、そのまま飛ばされて壁に激突した。身体が石の壁に衝突し、鈍い音が部屋に響いた。


「うわあ、痛そう……」

 ガンドが思わず呟く。


「バ……バカ……な……。がはっ……」

 ラグリフは血を吐きながら両手両膝をつき、そのまま前のめりに崩れて気を失った。


「マーシャ!」

 ジャシードは荒く息をしながら紅のオーラを解き、マーシャの元へと歩み寄ると、そのか細い身体を抱きしめた。


「ううう……怖かった……怖かったよう……」

 マーシャは緊張が途切れ、ジャシードを抱きしめ返しながらわんわん泣き始めた。ジャシードは無言で、その背中をポンポンと叩いてやる。


「アニキ、すげえ……」

「ホントにジャッシュは、底知れないなあ……」

 スネイルは目をキラキラさせて、ガンドは羨ましげに、ヒートヘイズのリーダーの背中を眺めていた。


「ジャシード、マーシャの縄をちゃんと解いてやれ。それから、ネックレスも外してやらんとな。ガンドはマーシャの腕を治してやりな」

 バラルはジャシードに短剣を渡し、ジャシードはマーシャの縄を切ってやった。自由になったマーシャは、ジャシードの首に両手を回してしがみついた。

 ガンドはその様子を見て微笑みながら、マーシャの腕に治癒魔法をかける。


「む……」

 部屋のドアが開いて、ファイナが入ってきた。


「ファイナ! お前どこに居た!?」

 バラルは、部屋に入ってきたファイナに気がついて声を上げる。


「バラル……来ていたのか。……すまない。ジャシードたちを助けに行くつもりが、ラグリフの罠に填まって眠らされていた。縄で結ばれていたのだが、燭台で縄を切って逃げようとしたところ、この部屋が騒がしいので様子を見に来た」


「お前が付いていながら、何というざまだ!」

「すまない……不覚を取った」

 ファイナは頭を下げた。


「まあ、お前も無事で良かった」

 バラルは溜息をついた。


「レリートに、こいつの無様なやられようを見せてやりたかったな……。こいつ、どうしてやろうか。とどめを刺すか」

 シューブレンは、ラグリフの短剣を手に取り、刃をその首に付けた。


「待て。それではわしらがただの襲撃者になってしまうし、何よりグランメリスの民に示しが付かん。此奴の悪行を全て、白日の下へ晒して裁きを与え、新たな指導者を付けなければ」

 バラルが言った。


「こいつがいなくなって騒ぐのは、冒険者管理委員の一部だけだろうよ」

 シューブレンは、ラグリフの顔を床に叩きつけた。


「此奴を裁くのは、グランメリスとロウメリスの民が最も適切だ。その後、煮るなり焼くなり、好きにさせれば良い。……ガンド、死なない程度に治してやれ。あの一撃を食らって、生き残れるとは思えん」

「えぇ! 治すの? やだなあ……」

 ガンドはあからさまに嫌な顔をした。


「少しでいいから。死なない程度に」

「むう……バラルさんがそう言うなら……」

 ガンドは嫌々、ラグリフに治癒魔法をかけ始めた。


「それからスネイル。腕輪を付けておけよ」

「がってん、おっさん!」

 スネイルは、地下牢でガンドがはめられていた、一回り大きい腕輪を袋から取り出してラグリフの腕にはめた。


「しっかり封印もしてやらんとな」

 バラルは、腕輪の紋章に魔法を流し込む。腕輪から高い金属音がして、封印が完了したことを告げた。


「しかし……、ロウメリスの民にって言ってもだ。ここまで来させるのか?」

 シューブレンは、バラルに疑いの眼差しを送る。


「もちろん、そうだ」

「どうやって?」

「お前はどうやってここに来たか、もう忘れたのか?」

「忘れてはいないが……」

「と、いうことだ」

 バラルがそう言いきっても、シューブレンは釈然としない表情をしていた。


「ジャッシュ、ありがとう……。もう大丈夫」

 マーシャはようやく気持ちが落ち着いたようで、ジャシードから身体を離して笑顔を見せた。


「よし、では行くか」

 バラルは杖で床をコンコンと叩いてから、杖をぐいっと上に持ち上げた。床からゲートが出現し、全員がゲートへと入っていった。


 ゲートが繋がっていた場所は、暗い地下牢だ。


「僕たちはここに捕まっていたんだ」

 ジャシードは廊下を歩きながら、マーシャに説明していた。


「こんな所に……どうやって出てきたの? 木の扉を壊したの?」

 マーシャはジャシードを良く分かっている。


「初めはそうしようと思ったんだけど……。目が覚めたら、さっきラグリフに着けた腕輪が腕に嵌まっていて、その腕輪に施された魔法のせいで全く力場を使えなかったんだ」

「あのペンダントで魔法が使えなかったのと同じ理由ね」

 マーシャは思い出し、首に指を這わせる。今は何も着いていない。至って普通の状態だ。


「この牢屋の扉が木でできているのは、メリザスでは金属が貴重なのが一つ。生命力を発散させるその腕輪を着けられて、この木の扉を壊せる奴が殆どいないってのがもう一つだ」

 シューブレンが、そこいらの扉を叩きながら言う。


「ここには他の人はいないの?」

「いないみたいだ。ラグリフが捕まえた人限定の地下牢かもね」

「で、どうやって出てきたの?」

 マーシャは、ジャシードの袖を引っ張りながら、その答えをねだった。


「ああ、うん。それで、マーシャが居ないのが分かったから、どうしようと思っていたところで、足音がしたんだ」

「で、来たのがバラルさん?」

「そうなんだ。そう言えば聞けてなかったけど、バラルさんはどうしてここに来たの?」

「わしが、大魔術師だからだ! 何でもお見通しと言うわけだ!」

 バラルは胸を張って言う。


「ふー……ーん」

 ジャシードとマーシャの、ついでにスネイルとガンドの冷たい視線がバラルに突き刺さる。


「じょ、冗談だ。冗談に決まっておるだろうが。種明かしをすると、これだ」

 バラルは、懐から柔らかな光を放つ、親指ほどの大きさで緑色をしたクリスタルを取り出した。


「これは、対話のクリスタル、と名付けられたものだ。ちなみに仮称だ。これを魔法的に結びつけると、遠く離れていても声で会話できたり、結びつけた物の状態が分かる。で、だ。わしはこれと結びつけた玉を、ファイナに預けておってな。片割れが破壊されたのが分かったから、すっ飛んできたわけだ」

「片割れ……あの小さな緑色の玉か……。私にとっては、何の役にも立たなかった」

 ファイナは冷たい視線をバラルに向ける。


「何を言っておる。だからわしはこうして助けに……」

「私は、誰にも助けてもらっていない」

 ファイナは真顔だが、ムスッとしているように感じられた。


「それに関しては、すまなかった。まずは、窮地に陥っていたマーシャを助けねばならなくてな」

 バラルは少し焦ったように付け加える。


「……私も、女らしさというものを身につけなければ」

 顎に手をやって、ファイナは何かを思い出しているようだった。


「……? 何の話だ?」

「……何でもない」


 そんな会話をしているうちに、地下牢の一番奥までやってきた。


「ここの中で良いだろう」

 バラルが扉を開けて促すと、ラグリフを運んでいたジャシードが中に入り、部屋の隅にラグリフを下ろした。


「これ着けよう。これ」

 スネイルがジャラジャラと音を立てながら、鎖を持ってきた。


「いいねえ!」

「名案だ」

 ガンドとシューブレンも賛同した。


「後ろ手につけた方がいいんじゃない?」

「足も結ぼう」

 マーシャとファイナも続く。


 気を失っているラグリフは、鎖で両手両足を結ばれた。目を覚ましたら、マーシャやファイナが味わったのと同じ苦しみを味わうことになるだろう。


「さてと、ではここを記録してと……これは記録石だ。ちなみに仮称だ」

 バラルは、黒鉱石に文様が刻まれている物を牢屋の片隅に置いて、軽く杖で叩いた。記録石から『ブーン』と低い音がする。


「よし。次は武具を取り返さねばならんな。心当たりはあるか?」

「ラグリフは倉庫と言っていたが……分かるか?」

 ファイナはシューブレンに顔を向ける。


「ああ、分かる。おれと……お前と、チビの三人で行けば早いだろう」

「チビじゃない、スネイル!」

 スネイルはふくれっ面をした。


「よし、まずは地上に出てから行動開始だな」

 バラルはゲートを作り出し、『地吹雪屋』の近くに移動した。


 シューブレン、スネイル、ファイナの三人は、気配を消してワーナック城の中庭にある倉庫を往復し、全員の武具を全て取り返した。


「次はどうするんだ?」

 地吹雪屋で一息ついたシューブレンが問う。


「次は、世界を変える」

 バラルはパイプの煙を吐きながら、唐突にそう言った。


「世界を……変える?」

 ガンドは訳も分からず繰り返した。


「そうだ。既に準備はしてある。興味はあるか?」

 バラルはそう言ってパイプの灰を落とし、ゆっくりと立ち上がった。

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