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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第四章 ひとつになる世界
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勝ち取ったもの

 ジャシードが放った光は、一直線に突き進み、アズルギースの右眼を貫いた。光はそのまま反対側へ突き進んで、アズルギースの左腰辺りへ貫通した。


「ぐっ……く……」

 ジャシードは、身体からチカラが抜けそうになる感覚に抗おうと、必死で耐えていた。右足からチカラが抜け、膝が雪面に着く。冷たい感覚が右膝を通じて伝わってくる。


 クシャアァァァァ……!


 少し時間を置いて、アズルギースの苦しそうな声が、弱々しく響いた。振り上げていた前足が、弱々しくジャシードに向かって横なぎに振られた。弱々しくゆっくりとした攻撃だが、意識を保つのがやっとのジャシードは避けられず、辛うじてファングを盾代わりに構えたものの、前足をまともに食らって吹っ飛んだ。

 ジャシードは雪原を転がり、小さな雪山に当たって大の字になった。


「ジャッシュ!」

 マーシャがジャシードに駆け寄ってきて、ジャシードの身体を起こしてやる。


「マーシャ……僕は平気だ……でもまだ、終わってない。僕が……開けた穴に、火の魔法を撃ち込むんだ。内側から焼き尽くしてやれ」

「うん、分かった!」

「前足と、中足に気を付けて」

 マーシャはうなずくと、ジャシードから走って離れ、アズルギースに向かっていく。


 今のマーシャは、とてつもなく勇敢だ。ジャシードを痛めつけた相手に、仕返しをしようとしているからだ。腹の底からふつふつと湧き上がる怒りは、真っ直ぐアズルギースに向けられた。


 アズルギースの左前足が弱々しく持ち上がり、マーシャに狙いを定める。しかし動きが遅い腕の攻撃を避けるのは、マーシャにとっても造作も無いことだ。


 マーシャが近づいていくと、ジャシードが開けた穴が見える。紫色の体液が、絶え間なく出ている様子だ。


「目にもの見せてやるわ!」

 マーシャの杖に、強く輝く光の玉が出現した。



「なん……だ、ありゃあ……本当に即興でやりやがった! っと、ボヤッとしている場合じゃあねえな。身体を貫かれたのにまだ生きてやがる……とどめを刺さねえと」

 ナザクスは一瞬驚きの余り、細く消えゆく光を眺めていたが、すぐ我に返りアズルギースへ向かって走り出した。


「うぐ……痛い。背中冷たい」

 ナザクスが走り出した場所より後方では、ガンドの治癒魔法で、スネイルは意識を取り戻した。


「まだ少しかかるから、じっとしてて。ジャッシュが、またやったぞ!」

「さすが、アニキ」

「中身を聞かないの……」

「あとで聞くから早く治して」

「はいはい! 治す、治すよ!」

 ガンドは治癒魔法の威力を少し上げた。


 ナザクスはアズルギースの防御がなくなった身体に、大剣での全力の一撃を叩き込んだ。大剣はこれまでよりも深く、アズルギースの鱗を叩き切って傷を与え始めた。


「この展開は嫌いじゃあないぜ! 伝説級の怪物に対して一方的って最高だぜ!」

 ナザクスの大剣は、アズルギースの脇腹に更なる攻撃を与え、アズルギースの体液が迸った。



「シュー! レル!」

 ミアニルスは、二人が突っ込んだ辺りで、宙に浮く鎧を召喚して探させていた。やがて鎧がレリートを探し当てる。


「レル!」

 レリートは、ミアニルスの叫び声に反応すること無く、ぐったりしている。夥しい量の血を吐いたようで、血色が良くない。


「お、重い。出してくれ」

 ミアニルスの近くの雪から、突然腕が飛び出てきた。


「ひいいいいい!!」

 ミアニルスは驚きの余り雪原に倒れ込んだが、すぐにシューブレンだと気づいて、鎧に雪山を掘らせてシューブレンを助け出した。


「くそ、腕をやられた……だがまずは、レリートの治療を頼む」

 シューブレンは左腕を押さえている。


「こんな重傷、治せないよぉ……やるけど、やるけど……」

 ミアニルスは、レリートの鳩尾に手を当てて治癒魔法を使い始めた。



 ファイナは、雪原にへたり込んでいるアズルギースの中足が、真っ直ぐ横へ向いている事に気がついた。アズルギースの意識はマーシャに向いているため、それを逸らすのに丁度良い材料になると判断したファイナは、すぐに行動を開始した。


 素早く弓に矢を番え、中足の大きな穴に向かって矢を放つ。矢は中足の穴に吸い込まれて行き、アズルギースの身体がビクリと跳ねる。

 ファイナは間髪入れずに矢を撃ち込む。矢は穴の中に吸い込まれていき、その度にアズルギースの身体がビクリと跳ねた。


 しかしファイナの矢はそこで無くなった。ファイナはアズルギースの側面に刺さっている矢を抜きながら走る。


「ファイナさん! ナザクス! 魔法行くわよ!」

 マーシャの声が聞こえ、ファイナは一旦アズルギースから離れ、回収した矢を使ってアズルギースの中足の穴を狙う事に専念した。できる限り、アズルギースの意識をマーシャから外しておきたいとの考えからだ。

 ファイナの思惑通り、アズルギースの中足から、空気の大砲が発射された。しかし目の見えない側へ発射される、地面の雪を巻き上げながら進む空気の大砲をファイナは軽々躱した。


「おっと、魔法だと!? 巻き添えは御免だ!」

 ナザクスも最後の一太刀を入れると、大剣を背負って走り出した。


「伝説級だか何だか知らないけど!」

 マーシャの声が雪原に響く。


「私たちを虐めたのを後悔なさい!」

 マーシャは二人が離れるのを確認すると、杖の先に作り出した小さな小さな光球を、杖を一振りしてアズルギースの穴に向けて放った。


 小さな光球は杖を離れると、一直線にアズルギースの体液が漏れている穴に向かって飛んでいき、アズルギースの体液を蒸発させながら穴に入っていった。


 アズルギースの叫び声が雪原に響き渡る。伝説級の怪物は、その巨体を転がして苦しんだ。


「まだまだ! レリートさんの痛みも、シューブレンさんの痛みも、スネイルの痛みも、ジャッシュの辛さも、全部味わいなさい!」

 マーシャが両手を広げると、アズルギースにジャシードが開けた穴から、猛烈な勢いで紅蓮の炎が噴き出した。


「うっわー……。えげつない」

 ナザクスは、その様子を見て息をのんだ。メリザスで恐らく最も恐れられている怪物、アズルギースがもんどり打つ姿を、初見で見ることになろうとは思っていなかった。


 アズルギースの叫び声は、叫び声にならないほどにか細くなり、横倒しになったまま動かなくなった。


「やったわ! ジャッシュ!」

 マーシャはジャシードの方へ振り返り、両手を上げて喜んだ。


 しかし、アズルギースはまだ事切れていなかった。マーシャの背後に、長い腕が持ち上がり、今にも振り下ろされようとしていた。


「マ……マーシャ! う、後ろ……!」

 ジャシードは、重くなってきた腕を必死に上げながら、マーシャの後ろを指さした。


「え……?」

 マーシャは後ろを振り返った。大きな腕が一本、最後のチカラを振り絞って振り下ろされようとしていた。


「ま、間に合わねえ!」

 ナザクスはその腕を止めようと走ったが、明らかに距離が遠すぎて、届きそうになかった。ジャシードとナザクスの目の前で、アズルギースの長い腕がマーシャに襲いかかる。


 その時、二人の目の前にチラと横切る影があった。猛スピードで動く影は、あっという間にアズルギースの腕に辿り着き、その関節にダガーを二本刺し込んだ。すると長い腕は関節でポッキリと折れ、マーシャに辿り着くはずだった腕は、雪煙を上げながら地面に落ちた。


「アネキに何すんだ、ばか!」

 腕から飛び降りたスネイルは、そのままアズルギースの顔へ向かって飛び込んでいき、瀕死のアズルギースの脳天辺りにダガーを何ヶ所か刺し込んだ。


 アズルギースは、スネイルの攻撃の後、完全に動きを止めた。


「スネイル! ありがとう!」

 マーシャは戻ってきたスネイルを抱きしめて感謝した。


「アネキに手を出す奴は許さない。アニキにもな!」

 スネイルはそう言うと、ナザクスを睨み付けた。


「だから、もうやんねえって……」

「どうだか!」

 スネイルの怒りはまだ、収まっていないようだ。


「スネイル……助かったよ……ありがとう」

 ジャシードも、戻ってきたスネイルに感謝した。


「アニキとアネキの役に立ったなら、いいよ!」

 スネイルはとても嬉しそうに、いい笑顔を見せた。



「お前の治療は、受けない」

 シューブレンは、ガンドの治療を断っていた。


「馬鹿なことを言ってるんじゃない! レリートさん、死にそうじゃないか!」

 ガンドは怒鳴り声を上げていた。


「うるさい! お前なんかに……!」

 シューブレンがそこまで言ったところで、宙に浮く鎧たちがシューブレンを抱えて離れだした。


「お、おい! ミアニルス! 何をする! 離せ!」

 鎧たちに担がれて離されていくシューブレンは、じたばたしながら叫ぶ。


「ガンドさん……レルをお願い。あたしじゃ無理よ……シューは押さえておくから……お願い」

「うん、分かった! 必ず助ける!」

 ガンドはミアニルスに向けて、決意の籠もった視線を送った。


「ちょっと好きじゃないからって、同じ命を見捨てて良いわけはない!」

 ガンドは、レリートに手を当てつつ、一気に治癒魔法を解放した。


 治癒魔法は、人間が持っている自己治癒能力を最大限、高速に発揮させて傷を早期に癒すものだ。通常は肉体に負担をかけないため、徐々に魔法の強さを増していくものだが、大怪我を負っていて命に関わる場合は別だ。一気に最大の強さで魔法を放つと肉体に負担はあるが、瀕死の重傷でも救える可能性が出てくるのだ。ガンドはそうすることに迷いは無かった。


「ぐ……」

 ガンドが治癒魔法を使い始めて十五分後、レリートは意識を取り戻した。


「よし、ここまで来れば、あとはミアニルスでも平気でしょ」

 ガンドはレリートの腹をペシッと叩いて立ち上がった。少しふらつくが、問題ないと判断した。


「あ、ありが、とう……」

「え?」

 ガンドは耳を疑ったが、レリートは確かにそう言った。発音もはっきりせず、非常に聞き取りづらいが、レリートはそう言った。ガンドはその瞬間に確信した。レリートは単に無口なのではなく、言葉を発することに、何か問題があると言うことを。


「同じ敵に向かっていった、仲間じゃないか。勇敢だったよ、レリートさん」

 ガンドはレリートにそう言うと、レリートは微かに微笑んだように見えた。


◆◆


 アズルギースとの戦闘を終えた一行は、最終目的地グランメリスへと向かっていった。ラマの荷台には、アズルギースから採取した部品が満載していたのは言うまでもない。更に戦いで疲れ切ったジャシード、結局眠くなってしまったガンドを乗せ、ラマはいつになくキツそうに荷を引いていた。


「な、なんでおいらが……お、さなきゃ……なんないの……」

 ラマを引くのはマーシャで、荷台を押すのはスネイルだ。


「男だろう。気合い入れて押せ」

 ファイナが冷たいひと言を放つ。


「ね、ねーちゃんも……手伝って……くれよう」

 スネイルは、何もしていないファイナに言うが、もちろんファイナは手助けなどしない。


 しかし、スネイルが押す荷台は、ふっと軽くなった。スネイルが隣を見ると、レリートが無言で荷台を押すのを手伝っていた。


「おっちゃん、ありがと。ちょっとのちょっとのちょっとだけ、見直した」

 スネイルがそう言うと、レリートは無言で頷いた。


 陽が傾いていく中、暫く歩いて行くと、遠くに見えていた巨大な壁が近くなってきた。


「あれが、グランメリスね!」

 マーシャは、眼前に迫ってくる高い壁を見ながら言った。旅の到達点が目の前に迫ってきたが故に、感慨深いものがある。


「ああ……着いちまった。グランメリスに」

 ナザクスは、複雑な思いを声に乗せて言った。スノウブリーズたちにとっては、グランメリスは任務失敗の責めを受ける場所でもある。気持ちが沈むのも悪くは無い。


「気持ちは少し分かるけど、胸張りなさいよ。アズルギースを倒したんだからね。伝説級なんでしょ!」

 マーシャがそう言うと、ミアニルスが小さく頷いた。


「不利になったときのネタにでもするよ」

 ナザクスは、チカラなく笑いながら言った。


「よお、お帰りなすったな、スノウブリーズ」

 グランメリスの衛兵が、ニヤニヤしながらナザクスに話しかける。


「おう」

 ナザクスが不機嫌そうにしているのを見ると、彼らの関係性が見える。


「スタート地点に戻るんだろうなぁ、ええ?」

「がはは、そういじめんなよ。どうせラグリフ様にいじめられるんだからよ」

「それもそうだな、わはははは!」

「がはははは!」

 衛兵たちが騒々しく、ナザクスたちスノウブリーズをあざ笑う。


「のうのうと衛兵なんぞやっている、勇気のねえボンクラに言われたくないな」

 シューブレンは、衛兵たちに言い放って街に入っていった。


「うるせえよ、負け犬が!」

「背中に力がねえぞ! があははは!」

 衛兵たちは負けじと言い放った。


「感じの悪い街ね……」

 マーシャは独り言ちた。ナザクスたちが言っていたことが真実味を帯びる街だ。豊かなように見える街だが、街が擁する雰囲気は陰鬱なものだ。経済は多少豊かも知れないが、人々の心には闇が渦巻いている。


「とりあえず、今日は宿に泊まれ。宿は街の北東側にある。宿の名前は『地吹雪屋』だ。名前こそ寒そうだが、おれの名前を出せば良くして貰えるはずだ

もちろん部屋は暖かくしてくれる」

 ナザクスはそう言って、紙に自分の名前を記し、マーシャに渡した。


「ナザクスたちはどうするの?」

「おれたちは、グランメリスにも寝る場所をもってる。心配すんな。これでヒートヘイズの任務も終わりだ。後は好きなようにすればいい。じゃあな」

 スノウブリーズたちは、ヒートヘイズたちとは別の方向、南西へと歩いて行った。


「さてと……。早いところ、ラマを楽にしてあげないと」

 マーシャはそう言って、地吹雪屋を目指して歩き始めた。

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