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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第四章 ひとつになる世界
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一点突破の光

 ジャシードが突っ込んだ雪山から舞い上がった粉雪が、憎たらしくも陽の光を反射し、美しく舞い降りている。アズルギースの羽音だけが響く、白銀の静寂。アズルギースはゆっくりと羽ばたきながら回転し、ジャシードの方へと向き直りつつ、粉雪を大量に舞い上げながら着地した。


「ジャッシュ!」

 マーシャは殆ど反射的に、ジャシードのところへと走って行こうとする。しかしその腕をナザクスが掴んで引き留めた。


「ちょっと! 離して!!」

「お前は行くな! 今行けば、お前もアズルギースの攻撃をまともに受けることになる。ジャシードはフォースフィールドを使えるが、お前はまともに食らったら死ぬぞ! 威力は今見た通りだ!」

 ナザクスはマーシャに向かって怒鳴った。


「アズルギースの攻撃は多彩だ。噛み付く、舌で打つ、長い両腕、尻尾、羽の風圧がある。風圧についてはもう一つあって、今ジャシードが飛ばされた、真ん中の腕から放出される風圧がある。真ん中の腕に穴が開いていて、そこから空気を出せるらしい。ジャシードに言わなければいけなかった。皆気をつけて行動しろ」

 ファイナは、そう言ってアズルギースの背後方面へ向けて走り出す。ガンドはジャシードの方向へ、スネイルはファイナを追って、それぞれ走り出した。ナザクス、シューブレンとレリートも後を追う。


 ファイナが走り出してすぐ、雪山から再度雪が舞い、ジャシードが飛び出してきた。


「ジャッシュ! 大丈夫!?」

「平気! 出るのに時間が掛かっちゃったよ!」

 マーシャが叫ぶと、ジャシードはちょっと恥ずかしそうに片手を上げ、再びアズルギースへ向かって走り出した。


「もう……心配させるんだから!」

「彼氏をもっと信じてあげなよ」

 ミアニルスがマーシャに言った。


「か、彼氏じゃないのよ! 幼馴染みなの」

「そうなの? ずっと彼氏だと思ってたわ」

「私の幼馴染みで、私の目標で、私の憧れなの」

「あは。好きって事ね。いいなあ、仲良くできて。あたしはアイツには怖くて近寄れないけど。はあ、あたしもがんばろ。……生き残れたらね」

 ミアニルスは、宙に浮く剣を何本も従えて、尻尾の方向へ向かっていった。


「そうね。みんなで協力すれば、きっと……。私も役に立たなきゃ!」

 マーシャは全員の動きを見ながら、魔法に適した場所を探すために動き出した。



「ジャシード、すまない! アズルギースの攻撃方法を教えていなかった!」

 ファイナは、アズルギースの攻撃方法について、ジャシードに叫んで教えた。


「吹っ飛ばされた理由がわかったよ、ありがとうファイナさん!」

 ジャシードは、アズルギースの長い腕を躱し、一太刀入れようと剣を振り上げようとする。しかし、視界の端っこに、二番目の足が自分の方に向いているのが分かった。

 即座に地面を蹴り、空気の大砲を回避した。回避しても髪や衣服が強くなびき、自分の近くを強烈な風が通過していったのが分かる。更に鞭のように伸びる舌の打撃を、転がって回避する。


「一筋縄ではいかないな……」

 ジャシードは独り言ちつつ、追加のウォークライを放った。何とかして、自分にアズルギースの注意を引きつけて、全員に攻撃の機会を作り出さなければならない。


 一方、ファイナはアズルギースの周囲を半周して、皆が居ない方向まで回り込んだ。目を射貫きたいところだが、アズルギースの目は透明で非常に硬い何かで囲まれているため、目を射ることができない。下手に目だけを狙えば、自分に関心を引くことになり、ジャシードの苦労が水の泡になってしまう。

 

 ではどこを狙うかと言うと、一つはアズルギースの中足にある穴だ。その穴はいわゆる『鼻』であろうと言われており、もしそうであるならば、粘膜に直通している場所となる。とは言え、その穴は通常下を向いているわけで、どんなに狙いの良い矢であろうと無理だ。


「鱗を切り裂いて、傷を作れ!」

 ファイナは中足の穴を攻撃目標から外し、当座の攻撃目標を作るように指示を飛ばした。


「傷を作るのは、おいらの役割だ。ぴっかりんは、あんまり近づかない方がいいんじゃないの」

「近づきたくないな、って思ってたとこ。僕はみんなが見える位置にいる」

「怪我したらよろしく」

「怪我しないで」

「したら」

「しないで」

「よろしく」

 スネイルはガンドのつれない返事を無視して、気配を潜めてアズルギースに近づいていった。



「レリート、傷を何とかつけられるか? 尻尾とか気をつけてくれよ」

 ナザクスが言い、シューブレンがレリートの肩を叩くと、レリートは無言で頷いて、大きな斧を構え、アズルギースの左後ろ足の方へ走り込んでいった。


「よし、できるだけたくさんの方角から攻撃をかけないとな。厄介な中足を狙ってみるか」

 ナザクスは大剣に手をかけつつ、右中足を狙いに走った。


 その頃、ミアニルスが引き連れていった宙に浮く剣の数々が、ミアニルスの命令に従ってバラバラに尻尾を狙い始めた。


「盾なんかも役に立つのかなあ……。何でもやってみないと分かんないよね……けど、操作できるのはあと三つぐらいかな」

 ミアニルスは、更に宙に浮く盾を三つ召喚し、宙に浮く剣を守るように指令を出した。


 宙に浮く剣たちは、色々な方向から尻尾を狙う。しかしアズルギースの数メートルもある尻尾で、周囲が薙ぎ払われ、二本の宙に浮く剣が直撃を喰らって破壊された。


 その他の剣は跳び上がるようにして回避したり、間に合った盾の影に隠れて攻撃を逃れた。攻撃を食らった盾は、尻尾の一撃で、いきなり年季の入った盾のようになる。二回は耐えられそうにない。


「うう……こんな無駄に召喚していたら、あたしがもたないわ……尻尾の付け根を狙わなきゃ」

 ミアニルスは独り言ちた。


 尻尾の攻撃を回避した剣たちは、尻尾の根元を斬り付け始めた。虹色に光を反射するアズルギースの細かな鱗は、徐々に剥がれ始めた。


 しかし、アズルギースは中足を後ろへと向け始める。尻尾は当然後ろ足に隠れない位置にある。空気の大砲で狙うのは簡単にできるだろう。


「待ってた」

 スネイルは、ワスプダガーとゲーターを構え、跳び上がって左中足にダガーを突き刺した。ワスプダガーは根元まで突き刺さり、ゲーターは途中までで止まる。

 スネイルは中足を切り裂きながら、ダガーを次々と上へと突き刺して、背中に登っていく。


「間に合ったあああ!」

 反対側の右中足では、後ろへ向いて上がっていく中足に、ナザクスが肉迫していた。


「おっりゃあああああ!」

 ナザクスの真横に打ち込む大剣が、うなりを上げて右中足に直撃する。右中足の大剣が命中した辺りから、裂け目が入って体液が迸る。


 同じタイミングで、左後ろ足に走り込んでいたレリートは、隙だらけの大振りで斧を叩き付ける。アズルギースの鱗は切り裂かれ、深々と斧が刺し込まれた。レリートは即座に斧を引っこ抜き、再度同じ場所へ大振りの攻撃を叩き付ける。左後ろ足の傷は更に深く刻み込まれていく。


「よし、できた!」

 マーシャは空中に氷を集め、巨大な刃を作っていた。巨大な刃は、アズルギースの尻尾の上、人であれば腰辺りを狙って放たれる。

 ただでさえ、図体の大きいアズルギースは、視界の外からやってくる魔法の刃を回避することなどできない。巨大な刃は、アズルギースの腰付近にざっくりと突き刺さった。


 クッシャアアアアア!!


 アズルギースが耳を劈くような鳴き声を上げた。その声は、地をも揺らす大音声だ。

 その声と同時に、左前足が後ろへと動き、ダガーを刺し込みながら登っているスネイルを弾き飛ばし、左後ろ足に取り付いているレリートを蹴り飛ばした。


「スネイル!」

 ジャシードは叫んだ。スネイルは空高く放り投げられ、美しい弧を描いて地面へと落ちていくのが見える。


「私に任せろ!」

 そこは走り込んでいくファイナの姿があり、スネイルはファイナによって受け止められた。ファイナは自分とスネイルの勢いで、雪の膨らみに突っ込み、粉雪を舞い上げた。


 スネイルは意識を失っており、腕が変な方向へ曲がっている。にも関わらず、二本のダガーはその手に握られたままだ。


「この根性、子供ながら感心させられるな……。ガンド! スネイルの処置を!」

 ファイナは雪を掻き分け、スネイルを抱えたまま立ち上がった。


「ああもう、怪我しないでって言ったのに!」

 ガンドはアズルギースを遠巻きに回り込んで、スネイルのいる方へと急いだ。



「何だあの腕は……真後ろまで動くのか……!?」

 状況を見ていたシューブレンが驚きの声を上げる。


「レリート、大丈夫?」

 ミアニルスは、レリートが雪に突っ込んだ辺りに視線を向ける。雪が斧によって排除され、上気したレリートが立ち上がった。その身体からは湯気が立ち上り、露出している肌が赤く染まっている。


「わ、火がついた」

 ミアニルスはレリートの姿を見て、少し安心した。狂戦士がそのようになる時は、強い怒りに満たされるか、そこそこ痛い目を見たときだ。


 いきなり酷く痛めつけられてしまうと、痛みが勝ってしまい、本来の『狂』の部分を出すことができなくなる。しかし『狂』の部分を出している今、アズルギースの蹴りに耐えたと言うことになる。


 ジャシードにやられた時は、いきなり足が切断された故にこうはならなかったが、中途半端に痛めつけられていたらこの姿が見られたはずだった。一旦火が付くと、今度は大怪我をしてもなかなか止まらない。狂戦士は扱いが難しいのだ。


「レリート! 前足も頼むぞ!」

 シューブレンは、レリートに叫ぶ。しかしあの状態のレリートに、言葉が届いているのかは分からない。


「よし、おれは傷口に行くとするか」

 シューブレンは矢を番えて、後ろ足に付いた傷口を狙う。


 マーシャは調子よく、やり過ぎないように氷の刃でアズルギースを切り裂いてきた。切り裂いたところには、ファイナやシューブレンが矢を突き立てる。

 遠隔攻撃の三人は、マーシャを中心にして、攻撃のいい流れを作りつつある。今まで共闘してこなかったが、いざ戦いとなれば、合わせようと頑張らなくても合うものはある。


 レリートは、手当たり次第に斧を振りまくっている。狙ってかそうでないか、中足、腹、前足と、レリートの斧が襲いかかっている。


 そしてジャシードはアズルギースの巨大な顔を目の前にして、伸びてくる二本の舌や、不揃いに生えている鋭い牙の噛みつきを躱しながら攻撃していた。長い腕や、油断していると狙われる、中足からの空気の大砲にも気を配っていた。

 

 アズルギースは見かけに依らず、攻撃が素早い。二本の舌は特にそうだ。前足で当てるつもりのない攻撃を繰り出して、避ける方向を先読みして、舌の鞭を打ち込んでくる。すんでの所で躱すか、力場を使って際どく防ぐことも、何度もあった。

 

 力場は基本的に、生命力が自分よりも低い相手の攻撃を遮断することができる技だ。それ故にアズルギースのような、明らかに自分よりも生命力が格上の相手からの攻撃を受けると、通常よりも消耗が激しくなる。


 なるべく早く決着を付けたいところだが、相手はメリザスの伝説級の怪物であり、そう易々と倒されるはずもなかった。


 ジャシードは、下顎を狙ってファングの切り上げを放った。ファングは命中し、巨大な顎に斜めの切り傷が入る。徐々に与えられる傷が増え、ジャシードは油断こそしていないものの、少し熟れてきたと感じていた。


――しかし、危機と言うものは、常に前触れ無く迫ってくるものだ――


 長い前足の攻撃を避けようとしたジャシードは、身体に異変を感じた。今までのやり方では上手く避けられなくなり、やむを得ず力場で防ぐ回数が増えた。


(どうなってるんだ……僕はどうかしてしまったのか……?)


 強烈な打撃を力場で防ぎながら、ジャシードは考えた。身体が重くなっている感じがするのだ。いつもなら『ゆっくりに見える攻撃』を、素早く移動して躱すのだが、素早く移動できなくなっている。


「ぐあっ!」

 遂にジャシードの力場が間に合わなくなり、強烈な打撃をファングで何とか受ける。が、勢いを殺しきれずに数メートル吹っ飛んだ。


「ジャッシュ!」

 マーシャはまたしても、ジャシードの名を叫ぶことになった。こんな経験は殆どしたことが無い。

 ジャシードは底知れぬ生命力と、積み重ねてきた特訓量を背景にして安定的な強さを誇り、滅多に危機に陥ることはなかった。しかし今目の前で『ジャシードが押されている』のだ。


「ジャッシュ、頑張ってくれ……!」

 スネイルの治療に当たっているガンドも、ジャシードの危機を見て取った。しかしまずはスネイルだ。ガンドには、応援することしかできない。どんな強敵にも勝ち続けてきたジャシードを、信じるしかないのだ。


 しかしジャシードが安定性を欠いたことで、パーティー全体の安定性が揺らぎ始めた。


 無我夢中で暴れまくっているレリートは、長い前足に捕まり、そこへ空気の大砲が発射された。


「はぶっっっ!!」

 滅多に声を出さないレリートだが、空気の大砲をまともに食らい、口から大量の血を吐いて崩れ落ちた。


「レル!」

「レリート!」

 スノウブリーズの面々の叫び声が聞こえる。シューブレンが素早くレリートに走り寄って、その身体を引っ張っていく。


「シュー! 空気が来るぞ!」

 ナザクスの叫び声がする。ナザクスは諦めずに中足を攻撃しているが、決定的な一撃を与えられずにいた。


「こ、の状況では……くそっ……!」

 シューブレンは気を失っているレリートと共に、空気の塊に吹き飛ばされた。派手に空中を舞い、それぞれ別々の雪山に突っ込んだ。

 それを見たミアニルスは、彼らの元へと走り出す。そうすると、召還していた宙に浮く剣たちは、コントロールを失って尻尾の攻撃で次々と破壊された。


「こ、このままじゃあ、ダメだ……僕のせいで、みんなが……。でも、どうすれば……」

 ジャシードは、アズルギースの攻撃に、防戦一方となっていた。オーラフィールドを使えばいいのかも知れないが、もし意識を失っている間に再びスノウブリーズを攻撃してしまえば、彼らをとどめを刺すことになる。尚且つアズルギースを倒すこともままならず、ここで全員が死んでしまう可能性もあった。


「このままでは、勝てない。それなら、このままでは、いけない!」

 ジャシードは、できうる限りのチカラで後ろに何度か跳び、アズルギースの腕が届かない距離をしっかりと確保した。

 動きは素早いアズルギースだが、地上を進む速度はそれほど速くはない。追いつかれるまでの、少しの時間を確保できた。


「ナザクス、離れて!」

 ジャシードは、ファングを右手に持ち、左側に構えた。


「お、おい、いいのかよ!」

「早く!」

「ああもう、何をする気だよ!」

 ナザクスは大剣を背負って走り出した。


「頭の中で考えていた技を、やってみる!」

「何言ってんだよ、いきなりやれるのかよ!」


「おおおおお!」

 ジャシードは、叫びながらファングにチカラを流し込む。ファングが青白い靄に包まれ、輝きを放つ。


「つ、ら、ぬ、けぇぇぇ……!」

 アズルギースの腕が振り上げられるのを視界に捉えつつ、ジャシードはファングを前へ振り抜き、チカラを解放した。


 ファングを通してジャシードの生命力が、一点突破の光となって、アズルギースに放たれた。

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