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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第四章 ひとつになる世界
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湯煙の湖

 荒れ狂う吹雪の中、一行は前のめりになりながら街道を進んでいく。この辺りまで来ると、街道の近くには棒が立てられている。この棒のおかげで、雪で道が見えなくなっていても、何となく街道沿いに進むことができるようになっている。


 ラマの頭に、皮の切れ端を布で固定してやり、マーシャがその上に魔法で氷の帽子を作った。この簡易的な帽子のおかげで、ラマの顔への吹雪の直撃をある程度防ぐことができた。


 荷台の方にはジャシードとファイナがついて、荷台を覆う布に降り積もる雪を時々振り落としている。


 視界は十メートルもなく、怪物に襲われることは確かに無いかも知れないが、代わりに進む速度も遅くなってしまう。


 スネイルは念のために周囲の気配を探り、警戒している。常人には吹雪で気配など分かりはしないが、レンジャーやアサシンの『気配を探る能力』は、不思議なことに周囲がいかなる環境でもある程度探知することができるのだ。

 もっとも、この吹雪の中で獲物を探そうなどという馬鹿な怪物もいないらしく、ただひとつの気配も感じないようだ。


「おなかが空いても、食事をする場所もないねえ!」

 ガンドが叫ぶ。吹雪のために、普通の声では聞き取れないからだ。


「我慢しろ、男だろ! どこで飯を食えるってんだ!」

 ナザクスが後ろを振り向いて叫んだ。


「我慢するのは男だけじゃあないぞ!」

 ガンドは叫び返した。


「みんな、おなか空いてるの!? おなか空いてる人は手を上げて!」

 今度はマーシャが叫ぶ。


「腹は減ってるが、どこで食うってんだよ!」

 ナザクスが叫んだ。


「じゃあここで食べましょ!」

「だからどこでだよ! 吹雪の中食えねえだろ!」

「ここでよ! はい止まって!」

 マーシャは全員を止まらせた。止まろうが進もうが、吹雪は容赦なく叩きつけてくる。


「お前、こんな所でどうしようってんだよ」

 ナザクスが近づいてきた。


「こうするってのよ!」

 マーシャは杖を振り上げ、魔法で氷の壁を作り始めた。氷の壁は、叩きつける雪をくっつけながらどんどん成長していき、四角い入り口つきの、まるで元々そこにあった建造物のようになった。


「お前、こんなの使えるなら、もっと早く言ってくれよ……」

「さっき思いついたんだから、仕方ないでしょ?」

「さっき思いついたものを、すぐに魔法にするって、何者だよお前……」

「バラルさんが言ってたのよ。『魔法の広がりは無限だぞ』って。だから私はいつも考えてるのよ。困っていることがあったら、どうやって解決したら良いのかって」

「考えることと、実際にやることは違うだろうが」

 マーシャの言葉に、ナザクスは反論した。生命力だって無限では無い。できることと、できないことがある。


「お前らはどうなってんだよ……」

 ナザクスは、ため息をつきながら言った。思えばヒートヘイズの面々は、とんでもないことを、息をする延長の如くいとも簡単にやってのける。特にジャシードとマーシャは、その能力にずば抜けている。

 地味ではあるが、スネイルもそうだ。かなり遠方から、怪物の気配を探ることができるし、戦闘ともなれば確実に怪物の急所を突いている。まだ子供だというのに、だ。

 更に地味なガンドだが、ほどほどの戦闘力を持っている上に、治癒魔法を的確に行使する事もできる。

 何気なく加わっているファイナもそうだ。ここまで凄まじい弓の名手を、ナザクスは見たことがない。


 ナザクスは、ヒートヘイズが羨ましいと思った。グランメリスのパーティーを全部比較しても、ヒートヘイズに適うようなパーティーは、そうそう思い浮かばない。

 もちろん、スノウブリーズだって場数ではヒートヘイズに負けてはいない。あのスノウジャイアントたちにだって、全員が万全だったら、もう少し楽に勝てた気がする。

 しかし、彼らに足りていないのは場数だけであり、個々の潜在能力で遠く及ばないのがしみじみと感じられる。だからこそナザクスは羨ましく思う。


「何なんだ、一体……」

 もう一度、小さくため息をつきながら、ナザクスは氷の建物に入っていった。


 実は、マーシャがやっていることを羨ましく思ったのは、ナザクスだけではなかった。ジャシードも、マーシャの創造性に舌を巻いていた。

 ジャシードは、技を磨いてきたつもりだった。剣の技は言うに及ばず、部分的な力場を使う事もできるようになったし、フォーススラッシュも身につけた。


 ナザクスが言うには、それだけでも特別なことらしい。力場つまりフォースフィールドは、一旦発動させると勢いづいてしまうため、ある程度の時間は止めることは難しいものらしい。それを身体の一部分だけ、しかも一瞬だけ使うなど、普通はできないという。

 フォーススラッシュもそうだ。その技は達人級であり、成人したてのような小物が扱う事など、普通できはしないらしい。フォーススラッシュは、オンテミオンのような全てにおいて熟達している人物のみ、扱える技なのだ。それを、戦闘経験半人前のジャシードが扱えるのは、とても信じられないと言っていた。


 だが、ジャシードは少しも満足していなかった。自分が生き残れるだけの技では、彼にとっては満足のいくものではない。マーシャや仲間たちを守り切れない技や実力などに、大した意味は無い、そう考えていた。

 それだけに、もっともっと考えて、新しい技術を身につけなければならない。

 マーシャは目の前で、魔法を駆使し、あらゆる問題を解決してしまう。そんな稀有な能力を身につけたマーシャを守れないとは、なんとお粗末なことだろうか。

 ジャシードはそんなことを考えながら、氷の建造物へと入っていった。


 一行はマーシャが作り出した氷の建造物の中で、吹雪にさらされることなく、簡素で質素ながら普通に食事を摂ることができた。


「吹雪の時しか、こんなのはできねえな。晴れてたら、こんな建物は目立ちすぎて、飯を準備している間に襲撃されそうだ」

 ナザクスは干し肉を口に放り込みながら言った。


「そうだね、吹雪で良かったかも知れない」

「いや、良くはねえよ。良いのは飯の時だけだろ」

「食事の時だけでも、普通にできて良かったよ。元々、こんな時間は無いはずだよね。吹雪が叩きつける中、干し肉を食べるとかさ」

「違いねえや。……いつもは吹雪の中食ってたな、干し肉」

 ジャシードの言葉にナザクスは納得しつつ、これまで何度となくあった、吹雪の記憶に苦笑した。


◆◆


 食事を終え、マーシャは氷の建造物を炎の魔法で破壊した。


「せっかく造ったのに壊すの?」

 ガンドは自分の家が壊されるような気分で、氷の建造物が溶けていく様を眺めた。


「こんなの、壊していかなくても吹雪が止んだら壊される。怖いのは怪物共にこの場所を覚えられちまうことだ」

 ナザクスはそう言いながらも、名残惜しそうに干し肉を噛んでいる。


 氷の建造物が完全に溶けたのを確認すると、一行は再び北を目指した。しかし、吹雪は一段とその勢いを増し、進んでいくのが困難になってきた。

 真っ白い雪の中、殆ど変わらない風景に時間だけが経過していくように感じられる。ナザクスが後ろから進行方向について、時折指示を出してくるが、一体何を目印にしているのか、ジャシードたちには全く分からなかった。


「今日はマロフ砦まで行くのはやめだ! マロウ湖に行くぞ! マロウ湖まではおれが先頭を行くから、近くを離れるなよ!」

 ナザクスが声を張り上げた。


 ナザクスは、何も目印がなさそうな場所を、街道を逸れて北西へと進み始めた。街道から離れると、更に雪が深くなる。


「雪が浅い方には行くなよ、雪が浅いって事は、殆ど怪物が踏み固めているということだからな」

 ナザクスはそう言いながら、敢えて雪が深い場所を、大剣を振り回して雪をかき分けつつ進んでいく。


 ナザクスは、時折休憩を取りながら、大剣を振り回して進んでいった。空がやや暗くなりかけてきた頃、掻き分けた雪の向こうにマロウ湖らしきものが見えた。この猛吹雪の中、マロウ湖からは白い煙が立ち上っている。


「あれが湖?」

 ガンドが気になって質問した。


「そうだ。湖面は見えないが、マロウ湖は、壁から湯が噴き出しているんだ。だからあの白いのは湯気だな。おれの歩いたあとをついてこい。湖に落ちるからな!」

 ナザクスはそう言いながら、湖畔の雪を湖に落としつつ、湖の反対側にあった、湖畔へ向かう坂を下っていった。


 坂を下っていく途中、ものすごい勢いで湯を噴き出している壁が何箇所もあった。時に強く、時に弱くなりながら、かなり高温であろう湯が轟音と共に噴き出している。

 外から入ってきた雪は、この湯の勢いと湯気の温度で、一気に溶かされて消えていく。そのため湖畔には雪がなく、ただ濛々と湯気が立ち上っていた。

 湖に辿り着く前よりも、かなり気温が高いのが感じられる。レムリス付近と同じぐらいの気温だ。


「あつい!」

 スネイルが羽織っていたコートを脱いで、ラマの荷台に放り込んだ。


「メリザスとは思えない気温だね……」

 ジャシードもコートを脱いで、片手に引っかけ背中に回した。


 マロウ湖は、大きな穴の底に水が溜まっているような、そんな構造をしている。湖の水は壁から供給され、恐らく地下水としてどこかへ抜けていっているらしい。

 コップの中にお湯を注げばコップの中の気温が上がるように、マロウ湖の気温は、お湯のせいで周囲よりも高くなっているのだ。


「こんな暖かい所があったのに、吹雪じゃなければ寄らなかったの?」

 マーシャは砂利でできた、砂浜を思わせる水辺にしゃがみ込んで、ゆっくりと湯気を上げている水を見ている。

 マロウ湖は、外が嵐でも風があまり入ってこない。湖面近くに風が到達してきたときには、そよ風程度に弱まっているのだ。


「暖かいだけで寄るほど、のんびりした旅でもないんだよ。おれたちはグランメリスで……」

「あったかぁい!」

 ナザクスの発言を全く聞かずに、マーシャは湖がお湯で満たされていることを知って声を上げた。


「人の話を聞けよ!」

「おお、あったかい!」

 今度はスネイルがマーシャの真似をして、手を水に突っ込んで感嘆の声を上げた。


「ああもういい。……身体を洗うのにはいいぞ。だが、あまり奥に行くなよ。奥の方が熱いから火傷する。それと、あんまり騒ぐな。怪物を寄せることになる」

「わあ、たくさんの水で身体を洗いたいと思っていたの!」

「ったく、そこは聞くのかよ……」

 ため息をつきながら、ナザクスは洞穴に入っていった。


「ここは、見張りを立てないといけないかな?」

 ジャシードはナザクスに聞いた。


「一応、交替で起きておくかな。多分怪物は来ないが」

「そうなんだ」

「ああ。この辺りの怪物は、暑いのが好きじゃあない」

「それもそうかもね」

 ジャシードは額に少し滲んだ汗を腕で拭った。


◆◆


 夕食を摂ったあと、マーシャの願望が実行に移される時が来た。湯浴みの時間だ。


「身体を洗って来るわ。ファイナさんも行きましょ。ミアニルスさんもどう?」

 ミアニルスは少し躊躇ったが、マーシャの誘いに乗って行くことにしたようだった。


「おいらは?」

「男はダメに決まっている」

 ファイナがピシャリと言った。


「ちぇ」

「見たら射貫く」

 ファイナは弓と矢を持っていった。


「スネイル、君はなんて自然に、凄いことをやろうとしているんだ……」

 ガンドは驚愕している。


「ダメなの?」

「ダメに決まってる! 僕たちは男だぞ!」

「そうなのか」

 スネイルは膨れっ面をして洞穴に座り込んだ。


「スネイルは、マーシャたちが戻ってきてから僕たちと行こう」

「おお! さすがアニキ!」

 スネイルは膨れっ面をやめ、親指を立てて突き出した。


「な、なんだ。単に寂しかっただけか……」

 ガンドは苦笑している。


「スネイルは覗きなんかに興味は無いよ。あんなにたっぷりのお湯で身体を洗ったことは無いから、興味があるだけだよね」

「覗き……? おいらは、お湯に飛び込んでみたい!」

 スネイルはジャシードに飛び込む仕草をして見せた。


「お前はあるんだろ?」

 ナザクスはそっとガンドに近づいて耳打ちした。


「な、なな……」

 ガンドはあからさまに狼狽えた。


「ある、な。ある。お前は、ある。正常だ。実に正常だ。あのチビの方が異常なんだ。ミアはともかくとして、あの湯気の向こうには、あられもない姿の美女が二人もいる。男なら、興味があるのは当然だ」

 ナザクスは、面白がって小声で続けた。


「な、僕は……き、興味は、あ、ある。けど、覗きなんて、しない。しないぞ!」

「バレないようにすれば、いいだろ。減るもんじゃあないんだ。バレなければ、無かったことと同じだ。違うか?」

「そう言うのは、良くないぞ。良くない。うん、ああ、良くない」

 ガンドはもはや、しどろもどろ。視線は泳ぎ、落ち着きがなくなっている。


「ナザクス、からかうのはやめなよ。ガンドが困ってるじゃないか」

「くくくっ! 余りにもウブな感じがして面白くてよ。じゃ、おれは先に見てくるぜ」

「一応言っておくけど、止めた方がいいよ?」

「何良い子ぶってんだお前は。バレなければ、無かったことと同じだっての。マーシャの裸はどんなんかなってね」

 ナザクスは洞穴を出て、湯気の中を進み始めた。


 ジャシードはナザクスの後ろ姿にため息をついて、頭の後ろで腕を組み、新しい技へとその思いを向けた。


「たまには、苦労続きのおれに、良いことがあったっていいよな」

 ナザクスはそっと、音を立てないように、湯気の中へと踏み込んでいく。

 しかしその瞬間、ナザクスの目の前に、床から氷の刃が出現した。更に襲いかかる、宙に浮く鎧の拳。


「ぬおおっ! うおあっ!」

 ナザクスはすんでの所で拳を回避して尻餅をついた。


「ひっ!!」

 直後、頬をかすめる矢が通り抜けた。矢の風圧を肌で感じる。


「私は気配を探れる。忘れるな。次はない。ちなみに言っておくが、私は耳がいい。ガンドに何を耳打ちしたのか、聞こえているぞ。お前の大きな足音のようにな」

 湯気の向こうにいたのは、弓を引いているファイナと、全員着衣の女性たちであった。


「じ、冗談だって……はは。結果的に見てないんだから、大目に……」

 ナザクスが言い切らないうちに、ナザクスが地面についている手の、親指と人差し指の間の地面に矢が突き刺さった。


「あ、アブねえじゃねえか! 刺さったらどうすんだよ!」

「刺さっても、治癒魔法があるだろう」

 慌てて手を引くナザクスに、ファイナは言葉で追撃した。


「こ、怖え怖え……。なんだあいつは」

 ナザクスは這うように洞穴に戻ってきた。


「覗こうとなんかするからだよ」

 ジャシードは笑いを堪えながら言った。気の毒ではあるが、相手が悪かったと言わざるを得ない。


 女性陣が湯浴みを終えたあと、湯浴みをしたい男たちが湯浴みをした。騒ぐなと言われていたにもかかわらず、スネイルはお湯に大はしゃぎで、子供らしい一面を覗かせていた。

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