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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第四章 ひとつになる世界
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ロウメリス

 ガンドの手引きを取り戻し、すっかり機嫌が良くなったラマはが、疲れて寝てしまったマーシャを荷台に載せて再び雪原を行く。


 マーシャの命を救ったファイナは、そのまま同行することになった。本当はラナック砦で合流するつもりで待っていたようだが、余りにも暇だったために矢を調達していて、その間に入れ違ったようだった。

 ラナック砦でひと部屋埋まっていたのは、ファイナの部屋だった。


「ファイナさんは、バラルさんに何て言われたんですか?」

 ジャシードは、新しくメンバーになったファイナに尋ねた。


「旅が終わるまで見守れと」

 ファイナは簡潔に答える。


「そうなんですね」

「敬語は必要ない」

 ジャシードの言葉に被せるように、ファイナは素早く言う。


「あ、うん。分かった……」

 ジャシードはそう言って、次の話題を探した。その間、ファイナは黙っている。


「……父さんとパーティだったんだよね」

 ジャシードは、先ほどのファイナの言葉を思い出した。


「そうだ」

 ファイナは一貫して簡潔に答える。


「父さんは、その……だらしなかったんですか?」

「敬語は必要ない」

「あ……ごめん」


「だらしなかった」

 ひと呼吸置いて、ファイナはハッキリと言い切った。


「どんな風に?」

「全て。自分勝手、寝坊する、人を待たせる、片付けない、学習しない、配慮に欠ける、隙が多い、弓が下手、注意力散漫、酒癖が悪い、自制心に欠ける、女に弱い。まだ必要か」

「……も、もういいです……」

「敬語は必要ない」

「は、はい」

 自分の親の事ながら、恥ずかしい気分になってきたジャシードは、その場で話を打ち切った。マーシャが起きていたら、大笑いされていたかも知れない。


「セグムさんって、そんな感じだったんだね。今はちゃんとしてそうに見えるけど……あれ……そうでもないかな」

 ガンドはセグムの話を聞きながら、セグムの事を思いだしていた。初めこそ、そうではないと思いつつも、よく考えると合っているような気がしてきた。


「うーん……」

 ジャシードとガンドは、セグムを思い出しながら唸った。


◆◆


 その後ロトス湖の付近で、ゴブリンとコボルドの小規模集団に遭遇したが、難なく撃退した。夜になる頃には、北メリザスと南メリザスを繋ぐ、ウラハンス橋に到達した。


 メリザスは、実際は南北に分割された、二つの陸から成り立っている。人間が住んでいるのは北メリザス、怪物どもしか居ないのは南メリザスだ。それを繋ぐのが、このウラハンス橋である。


 ウラハンス橋を越え、北メリザスに入る。橋を越えたところにある、橋の下へと続く坂を下りていくと、そこには人の手で掘られた洞穴があった。


「これは道案内が無いと分からないね」

「誰でもわかる場所にあったら、怪物どもに襲われちまうだろ」

 ナザクスは、ジャシードを指さしながら言った。


 メリザスでは、平原で野営することはできない。夜も動いている視力のある腹ペコ怪物どもに、いちいち襲撃されてしまうからだ。戦うことになれば、全員が起きることになるし、見張りを立てたところで意味は無い。

 だからこそ、このような人口の洞穴が重要だし、それがどこにあるかもまた、重要なのだ。


 一行はその洞穴で夜を明かし、また翌朝出発した。いよいよ寒さも本格的になってきたが、ロウメリスが近い。

 スノウブリーズたちは、ロウメリスで何とかシューブレンとレリートを治療し、ミアニルスに本当の意味での休息を与えたいと願った。

 ウラハンス橋からロウメリスまでは、昼前には到着できるとの事で、一行は先を急いだ。北メリザスの南側には殆ど怪物が生息おらず、気温が低いことを除けば、行程そのものはとても楽だった。


「あれがロウメリスだ」

 ナザクスはまっすぐ腕を伸ばして、遠くに見えてきた場所を指差した。


 指先にあるのは、これまで見たことがないほど壁の低い、お世辞にも立派な壁などとは言えない街だった。


「ロウメリスには宿がない。あるのは治療院だけだ。営利行為はグランメリスの取り締まり対象になる。せがまれても、何も売ったり買ったりするなよ。特に売ろうとしてくるヤツは、グランメリスの回し者かも知れねえ」

「回し者? そんな事をして、グランメリスに良いことはあるの?」

「ある。捕まえて、冒険者契約を結ばせるんだよ」

「うわあ、やり口が酷いね……分かった。けど、宿がないなら、どこに泊まればいいんだい?」

「多分、空き家はあるから、手配してやるよ。宿ほど小綺麗じゃあないだろうが、雪と多少の寒さは凌げる」

 ナザクスとジャシードが話している間に、ロウメリスが近くなってきた。

 ロウメリスの外周を囲っているのは、石や土を盛り上げただけの、壁ではなく土塁だった。怪物に対する守りなど、何一つ無い。


「これは、思ったより……」

 ジャシードはそこまで口が滑ったが、何とか言いそうになったことをせき止めた。


「ああ。ひでえモンだろ。ロウメリスをこのままにしていいわけがない」

 ナザクスは、ジャシードが飲み込んだひと言を引き継いだ。


 ロウメリスを囲う土塁は、街道から見て反対側に土塁のない場所があり、そこが入り口になっている。


「よう、ナザクス。お前依頼しくじったらしいな、え?」

 一人で門番をしていた男が、ヘラヘラ笑いながらナザクスをからかった。


「おいおい、もうここまで情報が来てんのかよ……それよりお帰りとかねえのかよ、キューズ」

 ナザクスは肩を落とした。


「お帰り、ナザクスぅ」

 キューズと呼ばれた男は、女の物まねをしながら言う。


「うっわ気持ち悪い。言うんじゃなかった……それより空いてる家あるか? 護衛を泊める場所が欲しい」

「空き家か? フィーブリの家の隣が空いてるぜ」

 キューズは、後ろの方を適当に指さした。


「分かった。ありがとよ」

「いいのよ、ナザクスぅ」

「もうやめてくれ……」

 キューズがなよなよしながら言うので、ナザクスはうんざりしている様子だ。


「しかしよぉ、何でお前が護衛雇ってんだ?」

 キューズは、ジャシードたちを指さしながら尋ねた。


「シューとレリートが大怪我でな、おれとミアだけじゃ帰れないと思ってたときに、彼らが護衛を買って出てくれたんだよ。正直助かったし、彼らがいなかったら、おれたち死んでたな」

「へぇ、そうか。お前が手放しで褒めるなんてなぁ、すげえヤツらなんだな。それにしても、お前らが依頼をしくじったなんて珍しいと思ったら、大怪我かよ……確かにレリートは酷いな」

 キューズは、レリートを見て目を丸くした。レリートは狂戦士ゆえに良く怪我をするが、こんなに重症なのは初めてだった。


「まあ後で詳しく話してやるよ。酒あるだろうな?」

「あるよ。温まるぜえぇ」

「おし、じゃ、後でな」

「おう、後でなぁ」

 ナザクスはキューズに軽く手を上げて、空き家のある方へ歩き出した。


「ナズ、おれたちは治療院に行く」

「ああ、分かった。明日には回復するだろ」

「だといいが」

 シューブレンは、レリートを連れて別の道を歩き出した。


「あたしは家に行くわ」

「ああ。毎日治療ありがとうな」

「うん……」

 ミアニルスは、シューブレンたちの後を追って行った。商隊の者たちも、ナザクスにひと言告げて歩いて行った。


「さてと。お前たちはこっちだ」

 ナザクスは、ジャシードたちを空き家の方向へ連れて行く。


 ロウメリスで一番太い道は、草がたくさん生えている場所を抜けていく。


「草ばっか」

 スネイルは見たままを言う。辺り一面、雪から辛うじて頭が見えている程度の草が生えている。


「鹿が食べるための草だ」

 ナザクスは、草原を見ずに言った。


「鹿育ててどうすんの」

 スネイルは、草原を見たまま言った。


「鹿は食料だ。ロウメリスでは鹿ぐらいしか食べられるものはない。いくらか山羊もいるが、こっちは乳を飲むため、それからチーズとバターを作るためのものだ」

 ナザクスはすれ違った老人に手を上げつつ言う。


「あら、チーズとバターもあるのね」

 マーシャが好物のチーズに反応した。


「……ちなみにチーズとバターは、その殆どがグランメリスに持っていかれるし、山羊が増えたら山羊も持っていかれる」

 ナザクスは、剣で雪を乱暴に払った。フワリと浮く雪の量は、彼の悔しさを表しているかのようだ。


「山羊は、増えても増えないのね……」

 マーシャは、ロウメリスの実態がなんとなく分かった。ここは、グランメリスに搾取されるために存在する町だ。生かさず、殺さず。ここに生まれたら最後、グランメリスの為に死ぬまで働くことになる。

 ナザクスのように、冒険者になる方が余程ましだと言えそうだ。


「お酒はどこから来るの?」

 マーシャは次の質問を投げかけた。


「酒は山羊の乳から造る。けど大して酔えないから、火にかけてから冷やして、を繰り返して濃くする。」

「お乳って、お酒も造れるのね」

「山羊の乳と同じで、あまり美味い物ではないな」

「どんな味がするの?」

「酸っぱい酒だ。飲むか? けものの」

「あ……ううん……やめとく」

「そうか」


「着いたぞ。ここだ」

 ナザクスはしばらく歩いて、ヒートヘイズの一行をぼろい家屋の前に案内した。

 主に丸太で造られた家屋は、木が所々朽ちており、誰がどう見ても古いと言えるものだった。窓はなく、ドアを閉めたら暗くなる。

 真っ暗にならないのは、ドアなどの建て付けが悪いためで、しっかり閉めても壁や屋根から光が漏れてくる。


「ベッドはないの……かな」

 ガンドは部屋を見渡している。しかしどう見ても、奥に暖炉があるのみで、部屋の中はがらんどうだ。


「敷物は後で持ってきてやるが、あるのはそれだけだな。空き家だからそんなもんだろう」

 ナザクスは、床に落ちているゴミを幾つか拾い上げた。


「あと、ラマは中に入れておいてくれ。外には夜、吸血コウモリが飛んでくる。だから昼はいいが、夜はなるべく外出するなよ。敷物取ってくる」

 ナザクスは用件だけ言って、外へ出て行ってしまった。


「いやあまさか、ベッドも無いなんてね。これなら、ネクテイルの石ベッドの方がいいなあ」

 ガンドは何もない部屋をうろうろしながら、自分の居場所を探していた。しかし適当な場所が見当たるはずもなく、部屋の端っこに荷物一式を置き、なんとなく床に座り込んだ。尻に冷たい感覚が厚手の服越しに、じわりと広がる。


「そうね……想像してたより、うんと貧しい感じがするわね」

 マーシャは電撃の魔法を弱めに使って、床に散らばっている埃を杖にひっつけながら、部屋をぐるぐると回っている。


「アネキ、何してんの?」

「見て分かるでしょう? 掃除よ。電撃の魔法を凄く弱めに使うと、埃がひっつくのよ。面白いよね」

「埃どうすんの?」

「集めた埃は……こうよ」

 マーシャは、ドアを開けて杖を表に出すと、火の魔法で燃やした。埃はぽふっと音を立てて燃え、跡形もなくなった。


「すげー! アネキすげー! かっこいい!」

 スネイルは感動に包まれている。


「器用だなあ。マーシャは」

 ジャシードは、外に置いたままだったラマを引いて、家に入ってきた。


「ラマ、どうするの?」

 マーシャは恐る恐る家に入ってきた、ラマの頭を撫でている。


「繋ぐよ」

「どこに?」

 マーシャは部屋を見渡した。がらんどうの部屋には、ラマの綱を繋ぐ場所など無い。


「これに」

 ジャシードは家の外から大きな岩を持ってきて、入口近くの端に置いた。そしてラマの綱を岩に結びつけ、一定のチカラで動かないのを確認した。元々大人しいラマは、ガッチリ結びつける必要もないだろう。


「あら、不思議としっくりきたわね」

 がらんどうの部屋には、ラマくらい大きくて大人しい動物がいると、なんだか置物のようで部屋の寂しさを紛らわせてくれた。


 荷台から荷物を全て降ろして部屋にしまうと、なんとなく生活感が出てきたように感じられる。


「敷物持ってきたぞ。あと燃料もな」

 ナザクスが丸めたたくさんの敷物と黒い燃料を荷台に載せてきた。敷物は草を編んで作られた物で、三枚重ねると多少柔らかな感覚がする。


「燃料これ何?」

 スネイルは丸い形をした燃料を手に取り、手の上でコロコロと転がした。


「鹿の糞を乾燥させた物だ。もう汚くはないが、一応スコップを使えよ」

 ナザクスはやや面白そうに答えた。


「うぇぇぇ!」

 スネイルは手の上の物を、ナザクスが持ってきた入れ物に放り込んで、ナザクスの衣服に手をなすりつけた。


「おいこら! おれの服で拭くな!」

「汚くないんだろ! すぐに教えない方が悪い!」

 ナザクスとスネイルは、くだらないやりとりで騒いでいる。


「糞も燃やせるんだね? マーシャ、火をつけてみてよ」

 木しか燃やしたことのないジャシードは興味をそそられ、スコップで暖炉にこんもりと盛っている。


「盛りすぎると火がつかねえぞ……あいや、マーシャの魔法なら余裕か」

 スネイルとの『なすりつけ合い』に区切りをつけたナザクスは、二人のやりとりを見て言葉をかけた。


「余裕よ!」

 マーシャは杖の先に炎を作り出し、糞に着火した。糞は草の臭いを出しながらゆっくりと燃え始め、部屋の中に暖かさを伝え始める。


「おお。うんこあったかい」

 スネイルは、外の雪で洗ってきた手をかざして乾かしている。


「ラマの横に木箱ごと置いておくから、適当に使ってくれ。明日は朝出発だ。まだ昼だが、治療のためだ。たまにはノンビリすんのもいいだろ。じゃな」

 ナザクスは伝えたいことを伝えると、家から出て行った。


 ファイナは一言も発することなく、部屋の壁により掛かってやりとりを見ていた。

 レリートほどではないが、ファイナは基本的に寡黙な女性で、必要なとき以外は口を開くことはない。口を開けば割と辛辣な言葉が出てくるため、自重しているのかも知れない。


「さて、明日までゆっくりしようかな」

 ガンドは敷物の上に横になった。


「特訓しないの?」

 ジャシードは、ガンドとは対照的に、剣を手に立ち上がった。


「う……す、するよ……もちろんだ」

 ガンドはしぶしぶ、立ち上がった。

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